賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第022話 断腸の思い


 黒猫亭の受付で、既に勇者がコウヘイの部屋で待っていることを知ったコウヘイは、その勇者の特徴を確認していた。

 その遣り取りの声が二階まで響いており、コウヘイが戻ってきたことに気付いたその勇者は、一階に下りる階段から、コウヘイに声を掛けた――――

「康平くんなの?」

 名を呼ばれた僕は、その声の主が誰か気付き、ハッとなり振り向いた。

「葵先輩!」

 その人は、柔道部のマネージャーで、今は勇者パーティーの治癒魔法士をしている葵先輩だった。

「良かった、無事だったのね。戻って来て早々悪いけど、部屋で話をしましょう」

 葵先輩は、安堵の表情とともにそれだけ言って、身を翻し腰まで伸びたストレートの黒髪をなびかせて降りてきた階段を戻って行った。

「チルちゃん、さっきはごめんね。教えてくれてありがとう」

 チルちゃんに先程怒鳴ってしまったことを再び謝ってから、僕は慌てて葵先輩のあとを追った。

「葵先輩、どうしてここに?」

 部屋に入るなり僕は、葵先輩が黒猫亭にやって来た理由を尋ねた。

 以前、何度か一緒に黒猫亭で食事をしたことがあったことを思い出した。
 だから、どうやってとは聞かない。

「そうね。でも、先ずは私に謝らせてほしいの……あのとき、康平くんを庇いきれなくてごめんなさい」

 姿勢を正し、葵先輩が深く頭を下げてきた。

「ちょ、ちょっとやめて下さいよ。力不足なのは理解していたし、僕は気にしていないですから」

 僕は強がった。
 本当は、葵先輩のことも酷く憎んだ。
 ただ、時間が経つに連れ、それも仕方なかったのだと思うようになった。

 勇者の紋章のせいかわからないけど、葵先輩はどこか変わってしまっていた。
 僕に対する優しさは変わらなかったけど、基準がどうしても魔族や魔獣討伐に置かれていた気がする。

 追放されたあの日だって、厄介払いのように金貨を渡してきた。
 本当は、魔法袋を取り上げられた僕を可愛そうに思ったからなのだと思ったけど、あの日以来、黒猫亭を訪ねてくることはなかった。

「それに今は新しい仲間も出来て、元気にやっていますよ。ほら、冒険者として、もうアイアンランクにまで上がったんですから!」

 再び、僕は強がった
 追放されたことなど全く堪えていないとでもいうように――

 かざした鉄色の冒険者カードは、僕の心を映したかのように鈍い輝きだった

「そうなの? それなら良いんだけど。新しい仲間……ねえ」

 謝ってきたのは葵先輩の方なのに、葵先輩の反応は全く興味がなさそうだった。
 ただ、その細めた眼は、エルサのことを品定めするように鋭かった。

「ねえ、コウヘイ。このアオイっていう女は誰なの?」

 エルサはエルサで葵先輩のことを挑発するように睨み返していた。
 そして、僕の腕に抱き付いてきた。

「ふーん、ずいぶんと仲が良さそうね。康平くんは、そういう子が好みなんだ」
「好みって……何を言っているんですか!」

 僕に頭を下げた後は、エルサに気を取られているようだった。

「エルサといって魔法が凄いんですよ、あはは」

 何だろう、変な汗が噴き出してきた。

「エルサも睨みつけないでよ。彼女は大崎葵先輩。僕と違って本物の勇者だよ」
「へー、そうなんだ。でも、わたしにとってはコウヘイが本物の勇者だもん!」

 何に対抗意識を燃やしているんだ?

 エルサは、何故か、挑発するような態度をやめてくれない。

 その瞬間、二人の間に火花が散った気がするけど、気のせいであってほしい。

「そ、それより、ここに来た理由を教えてくださいよ」

 険悪なムードなのを感じ取り、僕は強引に話を元に戻す。

「そうだったね。聞いて康平くん。今、あなたにはが掛けられているの」

 葵先輩は、備え付けの椅子に腰かけながら、そう話を切り出した。
 僕たちにも座るように、という仕草をしたので、僕たちはベッドに腰を下ろす。

「それって、他の冒険者を襲って魔獣の素材を強奪しているっていうやつです?」
「あら、知っていたのね。それなら話が早いわ……って、まさかとは思うけどやっていないよね?」

 僕のことを疑うような発言をしてきたけど、その目はちっとも疑っていない様子だった。

「と、当然ですよ。葵先輩なら僕にそんな大それたことをする勇気が無いことくらい、わかりますよね?」

 僕の性格を知っている人なら、僕がそんなことをするとは考えない。

「まあね。でも、内村主将が人とは変わるものだとか言って、全然取り合ってくれないのよ」

 葵先輩は、ため息交じりにそう言って呆れ顔だった。

 どうやら、僕が冒険者として活躍しているという噂が、事の発端らしい。

 ゼロの騎士として有名な僕は、自分で考えていたよりも周りから見られていた。

 僕が冒険者登録をしたことで、勇者パーティーから追放された噂が広まるのは、あっという間で、ダークエルフの美女を連れ歩いていることも有名らしい。

「え? 美女! ねえ、コウヘイ、わたし美女だって」
「ああ、うん。そうだね」

 僕の名前を呼んでおきながら、何故、エルサは、葵先輩を見ているんだ?
 普段、そういう見た目のことを気にすることがないのに、今日のエルサは、少し変だった。

「ちょっと、いちゃつくなら私のいないところでやってくれないかな」
「いや、いちゃついてなんかいないじゃないですか」
「そうなの? 凄く嬉しそうだけど」
「それより、説明の続きをお願いします」

 当然、説明してくれていた葵先輩は、途中で茶々が入れば面白いはずがないと思った。
 引っ付いてくるエルサを脇に押しのけながら、葵先輩を促した。

 中断された説明が再開され、僕はほっとした。

 葵先輩曰く、一日で五〇を超える魔獣の素材を納品し、荒稼ぎしているという話も有名らしかった。

 葵先輩としては、負い目もあったのか、僕が元気にやっていることを知って嬉しかったみたいだけど、他の三人の先輩は面白くなかったらしい。

 それを聞いて、少しだけど気分がスカッとした。

 僕のことなど忘れているのかと思いきや、一々僕の動向を気にしている辺りが、小物みたいだと思った。

 日本に居たとき、何故、あの先輩たちにおびえていたのだろうか、と今更ながら自分の気の弱さにウンザリした。

 更に、笑っちゃう話が、僕が泣いて謝って勇者パーティーに戻してくれとすがってくると、内村主将たちは考えていたらしく、そこまで賭けをしていたのだとか。

 それなのに、冒険者として上手くやっている話が聞こえてくれば、当然おもしろいはずがない。

 その話を聞いたエルサは、我慢できなかったのか、先輩たちを罵った。

「勇者がそんな低能だとは思わなかったよ」
「こ、こらっ、何言ってるんだよ、エルサ」

 僕は、葵先輩の反応を窺いながら、エルサに注意をした。

「良いのよ。私も同感だから」

 葵先輩は、部屋の天井を見つめながら冷たい目をしていた。

「正直、主将たち先輩は、調子乗ってるのよ。山木くんも酷いもんよ。私としては、こっちが頭を下げて康平くんに戻って来てほしいくらいなのに……」

 ん? どういうことだろう。

 僕が抜けてから勇者パーティーの活動が、どうやら上手くいっていないようだ。

 僕の代わりに三人の冒険者を入れて火力が増したはずなのに、前衛が魔獣を捌ききれず、山木先輩が魔法の詠唱に集中できないらしい。

 腐っても勇者であるため死ぬほど危険な状態にはならないらしいけど、生傷が絶えず葵先輩がヒールを掛ける頻度が倍増しているのだとか。

 魔法が使えなかった僕でもタンクとしての役割を果たせていたらしい。

「それで、私が康平くんを戻すようにお願いしていたの。魔力切れになることは無かったけど、これから先のことを考えると、やはり不安が残るじゃない?」

 召喚されたときに水晶の輝きによって、葵先輩の魔力量がとてつもなく多いことは証明されている。

 しかし、数値化された訳ではなく、目安としてとてつもない量だとわかっているだけなため、戦闘が激しくなるにつれて魔法を使用する頻度が増えれば、心配するのも当然だろう。

 実際、どの魔法がどれだけ魔力を消費するのかは、僕も手探り状態だった。

 エルサのように魔法眼のスキルがあれば、魔力切れに陥る心配はないだろうけど、そもそも魔法眼のスキルはかなり特殊なスキルでイルマが羨むほどである。

「それなのに主将たちは、帝国の兵士を動員してまで康平くんを罪人として捕らえるつもりなのよ。前置きが長くなったけど、本題はそれよ。だから……できるだけ早く帝都を離れなさい」

 いつも優しく温かい微笑みを向けてくれていた葵先輩の表情は、いつになく真剣だった。
 こんな厳しい顔もするんだな、と僕は知らない一面を見て葵先輩とは思えなかったほどだった。

 変わったのは僕だけじゃない。
 僕は成長して強くなった実感があるけど、葵先輩は疲れ果て、辛そうな表情をしていた。

 そう思った僕は、思わず提案した。

「葵先輩、辛かったら僕たちと一緒に行きませんか? 僕が葵先輩を守ってみせますよ」
「康平くん……」

 一瞬、キョトンとした表情を浮かべ、葵先輩は沈黙してしまった。

「ど、どうです? 冒険者でも魔王を倒すことはできますよ。確かに帝国からの給金がなくなっちゃいますけど、魔獣の素材を売れば、意外とこれが稼げるんですよ。治癒魔法が得意な葵先輩が一緒なら心強いですし、凄い発見だってしたんですよ。なんとですね――」

 葵先輩の沈黙を悩んでいるのだと勘違いし、僕が機関銃のように話を続けていたら、葵先輩が突然、鼻で笑った。

「え?」

 いつの間にか、葵先輩は、射抜くような眼差しを僕に向けていた。

「内村主将の言った通りだったのね。あの内気な康平くんが私を守る、なんて言う日がくるなって思わなかったよ……」

 葵先輩は、優しくも悲しそうな声音で静かにそう言ったあと、

「あなたごときが魔王を討伐するですってぇ! 調子に乗るのも、いい加減にしなさい!」
「えっ……」

 いきなり立ち上がった葵先輩は、僕を叱責した。
 あまりの事態に僕は、間抜けな声を出してしまった。

 それは、あまりにも唐突で、本気の叱責だった。
 何の身構えも出来ていなかった僕は、何が起こったのか全く理解できず、むしろ夢の中にいるように思考がまとまらない。

「いいこと。すぐに帝都を離れなさい! ここ数日出入の記録が無いのに毎日魔獣の素材を持ち帰ってこられるなら、バレずに脱出する方法があるんでしょ? もし……まだ、明日の朝になってもここにいたら、私があなたを捕縛するから!」

 葵先輩はそう一息に言って、そのまま振り返ることもなく部屋から出て行ってしまった。

 僕は、その後姿を茫然と眺めることしかできなかった。

 エルサが何やら葵先輩に叫んでいたようだけど、それすら葵先輩は相手をせずにあっさりと出て行ってしまった。

 それからは、何が何だかわからなくなり、座っていたベッドに背中から倒れた。

 どれくらいの間そうしていたのだろうか。

 数分? あるいは数時間経ってしまったかもしれないほど、時間の感覚すら曖昧になっていた。

「コウヘイ、大丈夫?」

 エルサが何か言ってきたけど反応できない。

「大丈夫だよ。わたしが一緒にいるから泣かないでよぉ」

 泣かないで?

 エルサの震える声に違和感を感じ、その言葉にやっと反応することができた。

 泣いているのはエルサじゃないか、と青がかった銀色の瞳に涙を湛えたエルサを見つめた。

「エルサ、何を言っているんだよ。僕が泣く訳ないじゃ、ないか……」

 そのエルサの涙を拭ってあげようと起き上がり、エルサの目元に手を伸ばすと。

「ううん、コウヘイ泣いてる」

 エルサが僕を強く抱きしめ、背中を摩ってくれた。

 そのエルサの背中越しに僕が目元に手を持っていくと、確かにその中指が濡れるのがわかった。

 ――――その事実を受け止めたコウヘイは、ゼンマイが切れたブリキのおもちゃのように動くことはなかった。

 その間エルサは、コウヘイのことを慰めるように優しく包み込んでいた。

 しかし、コウヘイはどうすることもできずに、葵の言葉を頭の中で何度も何度も反復するのであった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品