賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第021話 指名手配
帝都に戻る途中で魔人たちに襲われたことを思い返していたコウヘイは、冒険者ギルドの目の前まで来ていた。
そのギルド前には、小隊規模――三〇人――の騎士が整然とした態度で立っていた――――
「コウヘイ、今回はフードを取らない方がいいかも……」
「え、何で?」
僕は、魔族に襲われたことを報告するために冒険者ギルドに向かっていた。
本当は、皇帝に伝えたかったけど、今の僕にはそれができない。
だから、騎士に伝えた方が早いと思い、身隠しのローブのフードに僕が手を掛けたところで、その右手をエルサに止められたのだった。
「あとでちゃんと説明するから。ねっ、お願い」
「う、うん、わかった。じゃあ、こっそりと入ろっか」
「うん、ありがとう」
訳がわからなかったけど、エルサの言う通りにした。
エルサが正しかったことは、冒険者ギルドの中に入って直ぐに証明された。
「コウヘイさんは、そんなこと絶対にしません! 魔獣討伐も頑張っていて数日でアイアンランク冒険者にまでなっています!」
ミーシャさんがオーシャンブルーの瞳に力を込めて、僕のことを庇うように誰かに説明しているところだった。
「だーかーらっ、隠し立てしても良いことないよ。昔のよしみで言ってやってんだから、そこんとこ理解してくれないとあたいたちも困るんだよね」
横柄な態度で、ミーシャさんを攻め立てるように大きな声を出している女性に、僕は見覚えがあった。
僕が追放されたあの屈辱的な日。
先輩たち勇者パーティーに参加することになった女冒険者、盗賊のギーネ。
燃えるような赤い髪をツーサイドアップにしており、挑発的な目尻が上がった赤い瞳でミーシャさんを睨みつけて、ちっこいくせに両手を腰に当て偉そうに仁王立ちしていた。
その後ろに、剣士のフェルと魔法士のイシアルが尽き従うように佇んでいた。
あのとき、僕のことをゼロの騎士様とバカにしてきた剣士のフェルがリーダーかと、僕はてっきり思っていたけど、違うようだった。
そのフェルは、つまらなそうに目に掛かる前髪が気になるのか、左の人差し指でその栗色の髪を弄っていた。
一方イシアルも他人事のように肩先位のウェーブ気味の金髪を手櫛しており、暇を持て余している感じが見受けられた。
身隠しのローブで隠れながら話を盗み聞きすると、どうやら僕が他の冒険者を襲って魔獣の素材を奪う強盗紛いのことをやっている疑いがある、とギーネは主張していた。
攻撃もろくにできず役立たずだから勇者パーティーを追放された僕が、異常な量の魔獣の素材を納品できる訳がない、というのがその証拠だという。
僕は、それを聞いて内心呆れるしかなかった。
「だ、だったら冒険者を襲うことだって無理じゃないですか」
うん、僕もその通りだと思う。
ミーシャさんが僕の代わりに反論してくれているのを見て、僕は申し訳ない気持ちで一杯になったけど、さすがにこの場に姿を現すのはマズイ。
そのあとも同じようなことを繰り返し言い合っていたけど、冒険者ギルドのお偉いさんが出てきて仲裁する様子もなかった。
僕たちがここにいても状況を好転させることはできないため、エルサの手を引き冒険者ギルドをあとにして、黒猫亭に向かうことにした。
「エルサ、ミーシャさんには悪いけど、このまま帝都を離れよう」
「な、何でよっ! コウヘイは何も悪いことしてないのに……」
エルサは、僕のことを思って本当に怒ってくれていた。
反論したい気持ちを我慢していたのだと思う、その唇に血が滲んでいた。
「エルサ、どうしようもできないことは、この世の中にいくらでもあるんだよ。彼女たちは、今や魔王討伐の要である勇者パーティーに所属している。その反対に僕は、勇者パーティーを追放され冒険者。真実がどうであれ、事情を知らない人たちが、どっちの言い分を正しいと思うかは明らかだよ」
持っていた布でエルサの唇を拭いてあげ、僕はそう説明した。
「で、でも!」
エルサは僕の説明に納得がいかない様子で、握った手に力を込めてきた。
「それなら他の場所で冒険者ランクを上げて、僕たちの力を示せば良いんだよ。シルバーランクなら昇格試験があるし、シルバーランクになって戻ってくれば良いじゃないか。ねえ……エルサ。僕たち二人ならできる気がしないかな?」
「コウヘイ……」
エルサは、僕の言葉をゆっくり咀嚼するように考えているようだった。
「うん、二人ならできるよ、きっと。ううん、絶対できるよ」
眉間に皺を寄せて怒っていたエルサに笑顔が戻ってきた。
「よし、先ずは、黒猫亭に戻って明日の朝には帝都を出るよ」
「うん」
決意を新たにし、僕たちはどこへ向かうかなどの話をしながら黒猫亭へと向かった。
――――――
黒猫亭の周りに兵士がいることもなく、チルちゃんも変わりなく僕たちを出迎えてくれた。
「コウヘイ様お帰りなさい」
「ただいまチルちゃん」
「チルさん、ただいま帰りました。早速夕食のお勧めを教えてください」
エルサは戻るなり、のんきに夕飯のメニューを聞いている。
相変わらず、この従者バージョンのエルサには慣れず、僕は苦笑い。
一応、僕たちは、追われている身なんだけどな、と思いながらも、僕もお腹が空いていたので、それは言わないことにした。
「あ、そうでした。コウヘイ様」
「ん、どうしたのチルちゃん」
チルちゃんが夕飯の献立をエルサに説明して、何にするかエルサが考えている間に、何かを思い出したように僕に声を掛けてきた。
「他の勇者様が一時間ほど前にお見えになりましたよ」
「え!」
チルちゃんの発言に、僕だけではなくエルサも夕飯のことを考えるのを中断し、食い入るようにチルちゃんに注目した。
「ど、どうしたのですか……」
僕たち二人の食いつきがあまりにも良すぎて、チルちゃんは後ずさりしてしまった。
まさかこの場所がばれていたとは……
僕は一刻もこの場を離れなければと考える。
要件は、冒険者ギルドと同じことだろうか?
「あ、いや、それで要件は? 何か言っていたかな?」
「それがもうすぐお戻りになるはずと伝えたら、部屋で待つと仰られて二階の部屋にいるはずですよ」
「なんだって! 今いるのっ」
僕はつい大きな声を出してしまった。
「ああ、ごめんなさい。何かお気に障ることを……」
「コウヘイ!」
エルサから注意されたけど、遅かった。
やってしまった……チルちゃんは、その黄色い瞳に涙を浮かべ始めた。
「え、あ、ご、ごめん。大丈夫だから。ほら大丈夫だから」
僕は怯えたように震えたチルちゃんの頭を優しく撫で、落ち着いてもらった。
僕の大声に何事かと女将のパルマさんが駆けつけて来たけど、事情を説明した。
「そうでしたか。それは大変失礼いたしました」
僕が悪いと説明したのに、パルマさんはお辞儀をして謝罪してきた。
「いえいえ、僕が悪かったんですよ。いや、本当に」
僕も慌てて、お辞儀を繰り出した。
「いえ、勝手に部屋に通した私が悪いんです」
グスンと鼻をすすりながら目を真っ赤にして、チルちゃんも謝ってきた。
「ああーもう! 大声を出した僕が悪かったんだってー」
三人の謝罪の応酬で収集がつかなくなったとき。
「それで、その勇者様は、どのような風貌でしたか?」
何事もなかったように、エルサがナイスフォローをしてくれた。
「そうそう、まさか前髪がこれくらい長くて、目尻がこんな風に吊り上がった人じゃないよね?」
内村主将の特徴を言って、チルちゃんに僕を訪ねてきたのが誰なのか確認しようとしたら、階段から人が下りてくる気配とともに僕の名前が呼ばれた。
――――その声に振り返ったコウヘイは、驚愕することとなる。
帝都を駆け回る騎士や兵士たちは、魔人ではなくコウヘイを探していたのだ。
安全のはずの黒猫亭にも勇者が訪れていた。
この状況をどう切り抜けるべきか、コウヘイは必死に考えるのだった。
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