賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第016話 身隠しのローブ


 春がとうに過ぎ初夏の湿り化を帯びた生温い風と共に朝の陽の光が鎧戸の隙間から差し込み、いつもの軋む安っぽい作りのベッドで違和感を感じたコウヘイは、目を覚ました――――

「あっ、んっ……あっ、ああっ……」

 あれ? このベッドってこんなに気持ちよかったっけ……

「ひあっ……やあぁ……やっ……」

 何だろう……ものすごく柔らかい……

「んんんっ、ンッっ、んんーっ」

 ベッドといっても木製の台に藁が敷かれており、その上に厚手の敷物を敷いただけで、日本で寝ていたベッドと比較すると決して寝心地が良いとは言えない。

 しかも、この感触は僕の左手から感じられる。
 そう気付き意識が覚醒して目を開け、飛び込んできたそれを目の当たりにして僕は驚愕した。

「なっ!」

 僕の左手が自己主張の強いエルサの胸を、揉みしだいていたのだった。

「あ、コウヘイおはよう。おかげでこんなに気持ちの良い朝ははじめて」

 き、気持ち良い? な、何が……?

「あ、えっ、おはよう。それは良かった……そ、そうじゃなくて……ごめん」

 そう言いながらも僕の左手はその胸に吸い付いたように離れない。
 こ、これは魔力吸収の効果によるものなのか? と混乱してしまう。

 唐突に、けたたましいアラーム音が鳴った。

「う、うわあ!」

 その拍子に僕の左手も離れてくれた。

「何……この音?」

 エルサは音の正体がわからないからか、音がする方を警戒するように見ていた。
 僕にとっては懐かしい音であり、直ぐその音の正体に気付いた。

「まさか……そんなはずは……」

 そのアラーム音が鳴る感覚がだんだん小刻みに早くなりより大きくなる。
 掛け布団を捲りベッドから降りた僕は、音の発生源であるチェストにゆっくりと近付いた。

 そのチェストには、ここファンタズムに召喚されたときに身に着けていた柔道着の他に、貴重品やタオルを入れるために使っていた手提げ袋が仕舞ってあった。

「やっぱり、電源が復活している……」

 僕は、手提げ袋に仕舞っていたスマートフォンを取り出し、目覚ましアプリをフリックし、音を止めた。

「あ、止まった」
「充電切れで使えなくなったはずなのに……」

 チェストの前に立ったまま僕は、スマートフォンを調べ始めた。
 画面右上の電池マークを見てみると、断線しかけた充電器で充電したときのように、充電マークがついたり消えたりしていた。

「エルサ、こっちに……」

 エルサを呼ぼうとしたけど、一糸纏わぬ姿であることに気付き、急いで顔を背けた。

「ご、ごめんっ」
「だから、謝らないでよー」

 エルサが服を着たのを確認し、二人揃ってベッドに腰掛けた。

「それで、これを持てばいいの?」
「うん、これは僕が元居た世界の道具で、電気……こっちでいう魔力みたいなエネルギーで動く道具なんだ」

 スマートフォンの詳細な説明は省き、僕は簡単な説明だけをして、エルサにそれを手渡した。

「へー、コウヘイの世界の魔道具……」

 エルサは、それを受け取るや否や、不思議そうに裏返したりしていた。

「どれどれ、予想通りだと良いんだけど……やっぱりそうだったんだ」

 エルサが手に持ったスマートフォンを覗き込んだ。
 さっきみたいに、充電マークが点滅することもなく、充電状態のままであった。

「そ、それでどうなの? これは重要なもの?」

 エルサは、言われるがまま持たされたスマートフォンを顔の横に持っていった。

 エルサには、同じ物を持っている人と連絡を取り合う道具であること等、一般的な機能の説明をしてあげた。

「それって、マジックウィンドウの魔法石と同じってこと?」
「うーん、似てるけど、ちょっと違うかな。マジックウィンドウとは違って、基本は音声だけなんだ。相手の様子も見えるけど、この画面の中にしか映らないんだよ」
「でも、凄いよ! うん、すごーいっ!」

 それを聞いたエルサは、興奮したように驚いていたけど、電波が無いためその機能が使えないことを説明すると、残念な表情を見せた。

 僕としては、陽の高さで時間を計るまどろっこしさから解放されたことがわかっただけで、満足だった。

 時間の概念は、不思議なことに地球と全く同じだった。
 ただし、日数の数え方が一週間が五日間で、それが六週で一か月。
 三〇日の月が一一回と一二月に当たる最後の月が三五日で、一年は三六五日。

 今のところスマートフォンの使い道は、時間を確認するのと写真を撮るくらいだろうか。
 僕は、スマートフォンが戦闘で壊れないように、魔法の鞄に仕舞って持ち歩くことにした。

 今日の予定は、昨日の夜に決めた通り、エルサの装備品購入と冒険者登録をしてサーベンの森で魔法の訓練をすることだ。


――――――


 朝食を終えた僕たちは、マシューさんの武具店へと向かった。

「いらっしゃい。おお、コウヘイか、ラウンドシールドの調子はどうだい?」
「おはようございます、マシューさん。ええ、とても使いやすくて気に入りました」
「そうそうか、それは良かった。今日はどうした?」
「実はこの子、エルサの装備品を揃えたくて……」

 僕はそう言ってエルサが被っているフードを外した。

「おお、いつの間に! ……もしかしてそれは身隠しのローブか? どこで手に入れたんだよそんなもん!」

 予想通り昨日のチルちゃんと同様に、マシューさんも突如姿を現したエルサに驚いたけど、その理由をすぐに言い当てた。
 しかし、イルマから聞いていた名前と違った。

「身隠しのローブ? 幻影のローブじゃなくてですか?」
「まあ、それと同種の物だといえるが、この距離まで接近して存在自体に気付けないってことは、身隠しのローブのはずだ。これでも俺は元冒険者だからな、それなりに気配には敏感な方なんだよ」

 マシューさんが元冒険者だったことを聞いて驚いた。
 確かに、ガッチリした体躯で戦士のように見えなくもない。
 ただ、強者特有のプレッシャーを感じなかったことから、鍛冶作業で鍛えられたのだろうと、僕は思っていた。

「そのー、幻影のローブは、ふつうだったらどんな感じなんですか?」

 折角なので、僕はマシューさんに効果の違いを尋ねた。

「そうだな――」

 視認障害のローブは、大きく分けて三種類――幻影、身隠しと迷彩。

 幻影のローブは、フォレストフロッグやケイヴフロッグなどのシルバーランク魔獣の素材が主要材料。
 存在は認識できるけど、視界がぼやけるといった認識し辛い程度で、接触すれば認識されてしまう。

 身隠しのローブは、イルマが言っていたマンイートカミーリョンが代表的な素材で、ゴールドランクの魔獣に分類されているらしい。
 効果は、接触されない限り認識されないという優れものだけど、嗅覚に敏感な魔獣を騙すことはできない。

 迷彩のローブは、幻想級に分類されるマッジクアイテム。
 その素材は、アダマンタイトランクのカーモサーペントドラゴンの鱗が必要らしい。
 効果は、何をしてもばれないといわれているけど、過去の文献に記載されている情報しかなく、その詳細は不明らしい。

「ゴールドランクってことはいくらするんですか? 僕たちは知り合いの錬金術師から、ただでもらったんですけど――」
「はあーっ!」

 マシューさんの雄叫びともいえる大声に、思わず耳を塞いだ。

「ただって言っても、貸し? があって、その償い的な感じでもらったんですよ」
「はっ! バカ言ってんじゃないぞ!」

 ただでもらった理由を言ったけど、今度は怒るように怒鳴られてしまった。

「ふつうだったら、それ一つでこの前コウヘイが売りに来たミスリルの大楯が一〇じょうは買えるぞ! 貸し借りの清算で渡す代物じゃねえよ」
「へ!」

 僕は必死に計算する。
 あの大楯が金貨三枚と小金貨五枚だったからその一〇倍で金貨三五枚だ。

 え? ……三五〇〇万円!

 イルマから受け取ったときは、金貨数枚の価値があるのではないかと疑っていたけど、とんでもなかった。

「で、でもゴールドランクの魔獣なら上級冒険者で狩れるってことですよね? 何でそんなに高価なんですか」
「コウヘイの言う通り、マンイートカミーリョンは大した魔獣じゃない。でも、その擬態能力から先ず発見することができないし、生息地がヘヴンスマウンテンの向こう側のエルフの森だから、素材が出回ることはほとんどないんだ」

 ヘヴンスマウンテンとは、ここファンタズム大陸の中央に聳える山で、頂上は雲を突き抜けるほどで、そこに行けば神々に会えると噂されている。
 サーデン帝国もこの山に面しており、東に向かえばその麓に行くことができる。

「な、なるほど……確かにその人はエルフでしたけど、それと関係があるかもしれませんね」

 僕は、イルマが何か隠すような性格でもないことからそう納得しようとする。

「なるほど、それならわからなくもないな……って、そんな訳あるかよ!」

 どうやら、マシューさんは納得できなかったらしい。

 サーデン帝国の南に面している、小国六か国が連合を組んでいるバステウス連邦王国との仲は険悪で、輸送ルートが確保されていない。
 つまり、バステウス連邦王国よりも南東にあるエルフの森には、行くことさえできないらしい。

 更に、一般的に暗殺等特定の職業で重宝されるため、それだけ高価なのだとマシューさんは補足説明をしてくれた。

「それを聞くと、確かに貴重なローブなんだと思いますけど、悪い人ではなさそうですし――」
「おいおい、騙されていやしないだろうな?」
「はい、大丈夫だと思いますよ」

 僕を召喚してしまったことへの罪滅ぼしだと言っていたし、そのままの意味と受け取っても良いと思う。
 それに、僕を騙したところで、イルマには何の特にもならない。

「まあ、コウヘイがそう信じているならいいが、それで何が必要なんだっけか?」
「あっ、そうでした。軽装防具と弓をこれで買える範囲でないでしょうか? あと、足りれば剣も……」

 ついつい話の流れで話し込んでしまった。

 マシューさんが本来の目的を思い出させてくれたので、残りの資金を手の平に乗せて依頼する。
 その金額は、小金貨八枚、銀貨八枚、小銀貨四枚。

 本当は、金貨二枚もあるけど、先程ローブの金額を聞いてしまった手前、少しでもイルマに渡そうと思い、それは出さないでおいた。

「うーん、これだと大したものは選べないと思うぞ……ちょっと待ってろ」

 マシューさんは、カウンターから出て、鎧が並べられている場所まで移動して、商品を眺めはじめた。

 エルサの体型に合うものを探してくれているのだろう。
 時折、エルサの方へ視線を向けていた。

「それにしてもそんなに高価だったんだね。わたしびっくりしちゃった」

 マシューさんのところに向かおうと歩き出した僕にエルサが幻影のローブ、もとい身隠しのローブの価値について感想を言ってきた。

「そうだね。むやみに誰かに教えるのは止めにしよう」

 僕は、顔だけ後ろに振り向きそれに同意して、これ以降悪戯に使うことを止めることにした。

 今回、マシューさんに対してやったことは、完全に悪戯心からであった。
 その結果、本来の価値を知ることができて良かったけど、そのローブの使用目的が暗殺と聞き、用心することにした。

 本来の僕の性格からしたらこんな悪戯をすることなんて考えられなかったけど、魔法が使えることがわかったり、昨日のチルちゃんの反応が面白くてつい浮かれてしまっていた。

「エルサちゃんだったっけか? きみの身長だとロングボウだと扱い辛いと思うから、このショートボウなんてどうだろうか?」

 マシューさんは、長さ八〇センチほどの、グリップが金色に装飾されたショートボウをエルサに手渡した。

「うん、大丈夫。元々これくらいのを使っていたから」

 エルサは、構えて弦を引く動作をして使い心地を確かめ、そう答えた。

「それは、うらはずともとはずが鋼鉄で補強されているから、持ちが良いはずだ。次は防具だな……」

 鎧は、黒を基調とした露出が多い胸当てで、お腹が完全にあらわになっている。
 どうやらエルサの胸が邪魔をして、胴体全てを隠せる革鎧が無かった。
 ――いや、買えなかったのだ。

「ロングブーツはおまけだ。悪いが、剣までは無理だな」

 手持ちが少ないせいで、無防備の下半身用にとロングブーツをおまけしてくれた。
 レッドリザードマンが素材らしく、赤色のそのブーツは、エルサの褐色の肌にマッチしていた。
 それを見たマシューさんは、ひとしきり頷いて納得の顔をしている。

 もしかして、マシューさんの趣味じゃないよね、と僕は疑ってしまう。
 エルサにはローブを羽織ってもらい、露出した肌を隠してもらうことにした。

 マシューさんの店を出たところで僕は、手元に残った硬貨を眺め一人暗くなる。

「残り銀貨一枚と小銀貨四枚か……」

 冒険者登録にもお金が掛かる。
 それを考えると、残りは小銀貨九枚にしかならない。

 四日分を先払いしているため、寝床に困ることはないけど、悠長に魔法の訓練をしている場合じゃないかも、と僕は心配になった。

「イルマの好意に甘えるか? いやいや、それはダメだ」

 ――――かぶりを振ったコウヘイは、エルサと共に身隠しのローブのフードを被り、冒険者ギルドを目指した。

 その様子を窓のカーテンの隙間から、マシューが眺めていた。

「エルフの賢者めっ。まったく、あいつは……」

 どういう訳か、コウヘイに身隠しのローブを譲ったのがイルマだということに気付いている様子で、悪態をつくのだった。

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