賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第015話 はじめての仲間


 エルサの好意を奴隷紋の影響と考えていたコウヘイは、エルサが檻の中で願ったことを打ち明けたことにより、その不安が払拭された。

 やっと仲間ができた! という喜びを胸にコウヘイは、これからのことへ思いを巡らしていた――――

 明日から早速、魔法の練習をしたいな。
 でも、エルサから吸収した魔力って、どれくらいなんだろう?

 などと、僕が考えていたら、ベッドの縁に座っていたエルサと目があった。
 そのエルサは、足をパタパタさせながら、僕を見て微笑んでいた。

「あ、ごめん。また、考え事しちゃってたよ」
「ううん。なんか楽しそうだったから、わたしも楽しいよ。そっちのコウヘイの方が好きだなぁー、わたし」

 エルサは、満面の笑みだった。

「えっ?」
「だってー、一日中こんな顔してたよ!」

 そう言って立ち上がったエルサは、眉根を指で摘まみ、無理やり皺を寄せた。

「えー、嘘だー」

 当然、僕は反論した。

 が、

 今日一日、何を考えていたっけと、エルサが無理やり奴隷にされたことを知ったときや、エルサの好意を奴隷紋の影響だと悩んだときのことを、思い返した。

「そう、それ! その顔だよぉ!」

 言われて眉間に手を持っていき指でなぞった。

「……あ、本当だ」

 確かに、眉間に皺ができていた。

「ほらね」

 エルサの笑顔を見て、僕も笑いがこぼれた。

 楽しい……

 こんなに気兼ねなく誰かと話をしたのは、いつ以来だろう。

 召喚される前は、そんな誰かが居た気がしたけど、朧気で思い出せなかった。
 この世界に召喚されてからは、当然、そんな機会はなかった。

 葵先輩との会話がそれに近かった気がしたけど、尊敬と憧れ、そして嫌われたくないという思いから、葵先輩との会話は、緊張の方が強かった気がする。

「エルサ……」

 思いがけず僕は、エルサの名を呼んだ。

「な、何?」

 突然名前を呼んだもんだから、エルサはベッドに座り直し、姿勢を正した。

「ずっと一緒にいてくれる?」

 女々しい発言だけど、僕には重要なことだった。
 それに、内気な僕にしては、結構頑張ってる方だと思う。

 自分の気持ちをひた隠しにし、耐えてきた僕は、中々素直に慣れないでいた。
 それでも、エルサには本当の僕を見てほしかった。

 奴隷とその主人という関係ではなく、一緒に冒険をする仲間として――

「うん、そんなの当然だよ!」

 言下、エルサが抱き着いてきた。

「コウヘイこそ、いなくならないでよ」

 耳元でそう言われ、そのまま僕は頷いた。

「うん、大丈夫! 約束するよ!」

 僕はそう宣言し、エルサをベッドに座らせた。

「それじゃあ、これから冒険を共にする仲間として、改めて自己紹介をしよっか」
「うん!」

 僕に仲間と言われて嬉しいのか、手を挙げてエルサが元気に返事をした。
 その様子がおかしくて、僕はクスっと笑ってしまった。

「じゃあ僕からね。名前は片桐康平。勇者として召喚されたけど、見ての通り紋章は無いんだ」

 左手の甲を見せながら言ったけど、エルサはかぶりを振った。

「ううん、そんなの関係ない。コウヘイは、わたしの勇者だもん。それでいいの」
「そっか、ありがとう」

 なんて良い子なんだ! と僕は、頬が緩むのを感じた。

「今までは魔力がゼロだったから魔法に詳しくないけど、これからはガンガン覚えていくつもり。特技は、盾で敵の攻撃をいなすことと、体術かな?」

 次はエルサの番ね、と僕は促す。

「わたしは、エルサ・アメリア・シュタウフェルン・フォルティーウッド。フォルティーウッドは里の名前で、シュタウフェルンが家名、アメリアが母の名前だよ。特技は、魔法全般使えるけど、電撃系が得意なの。武器は、弓だけじゃなくて剣もそれなりに扱えるよ」

 まさかのハイスペックだった。

 電撃魔法は、基本魔法といわれる火、水、風、土魔法より、上位とされている。
 更に、僕が凄いと驚いたのは、剣も扱えることにだった。

 エルフ族は、魔法と弓術が得意な種族で、これは固定観念ではなく既成概念だ。

 それに……

「エルフって名前が長いんだね……」
「うーん、どうかな? ヒューマンが短いだけだと思うんだけど」

 小首を傾げたエルサは、そんなことはないと言った。

「ああ、確かにそうかもね」

 サーデン帝国は、平民は名前だけで、姓があるのは貴族だけなのだ。
 ファンタジー世界の設定でよくある区別だった。

 だから、僕は納得したように頷いた。

「ただ、種族意識というより、帰属意識の方が強いからどうしても長くなっちゃうのかもだけど――」

 そこで一瞬、間ができたと思ったら、

「それと、エルフじゃなくてダークエルフだって! エルフより強いんだから!」

 と、語気を強めにしてダークエルフを強調してきた。

「あ、ごめんごめん」

 ウッドエルフとダークエルフの仲が悪いという設定は、真実のようだ。

 ただ、僕としては、そんな区別をしたつもりはない。
 それでも、ふつうは、エルフといったらウッドエルフを指すらしい。

 ダークエルフは、ウッドエルフより数が少なく、選ばれた種族なんだとか……
 つまり、希少種のようで、エルサが奴隷狩りにあったのもそんな背景があった。

 ファンタジー小説を書いた人は、異世界からの帰還者なのでは? と勘ぐってしまうほどに、その知識が役立ったのは、これまでの生活で、はじめてかもしれない。

 それはともかく、エルサには後衛として、僕のサポートをしてもらうつもりだ。

「それじゃあ、明日はエルサの弓と防具を買いに行こうか。冒険者登録するのは、そのあとかな」
「うん、わかった。早速、魔法を試すの?」
「そうだね。ただ、呪文を覚えてるのがあまりないからなー」

 イルマの魔法書を受け取らなかったことを今更ながら後悔したけど、仕方ない。
 流石に、あんな高価なものを受け取れない。

「それならわたしが教えてあげるよ」
「そっか、魔法が得意って言ってたもんね」
「うん、任せて!」

 自信満々にそう答えて、ニカっと笑うエルサ。

 そんなエルサを見て、本当にエルサに決めて良かったと思った。
 エルサと巡り会えたのは、完全に偶然だった。
 神様が本当にいるなら、この感謝をいつか伝えたい。

 エルサが衰弱していた原因が、溢れ出した魔力に因るものだとは、あの奴隷商も流石に予想できなかっただろう。

 あのとき、提案された奴隷の中に、エルサほどの人物は居なかった。

 魔法全般使える上に、弓術や剣術の心得があるエルサは、恐らく金貨ニ〇枚を軽く超えると思う。

 この世界には、魔力量を計る手段はあっても、それ以外のステータスを計る方法が無い。
 だから、あの奴隷商は、エルサの凄さを見落としてしまったのだろう。

 聖女という例外はいるものの、やはり例外だ。

 でも、エルサが言っているだけで、どの程度なのかは未知数だ。
 どれくらい強いのかは、明日確認させてもらこととしよう。

「よしっ、明日に備えて、もう寝よっか」

 そう言った瞬間、僕は重大なことに気付いた。

 この部屋には、ベッドが一つしかない。
 ソファーがあれば良かったけど、帝都の外れにある安宿に、そんな備え付け家具はない。

 どうしよう……と、僕はソワソワし始め、あっちへウロウロこっちへウロウロ。

「どうしたの?」

 僕の異様な行動を見て、エルサは訝しんでいた。

「ん、何でもないよ。ちょっと……あっ、そうだ!」

 勇者パーティーの遠征時に、よく地面に敷物を敷いてそのまま寝ていたのを思い出した。

「ちょっと下まで行って敷物借りてくるから、先にベッドで寝てていいよ」
「え、何で借りてくるの?」

 エルサは、不思議そうに小首を傾げた。

「何でって……僕が床で寝るからだけど……」
「床? 何で?」

 まるで、僕が間違ったことを言ったかのよなキョトン顔をエルサはしていた。

「いや、ベッドは一つしかないし……」
「一緒に寝るんじゃないの?」

 な、なんですとおおおー!

「い、いやさすがにそれは、ま、まずいんじゃないかな……あはは」

 平静を装おうとして僕は、失敗した。
 完全に動揺した声で、笑い方もぎこちなかった。

「だって、寝ているときが一番魔力回復するんだよ。また溢れて体調悪くなっちゃう……だから、一緒に寝てほしいの」
「いやー、でも……」
「ねえ……だめかな?」

 それは、ズルい!

 僕の服の裾を掴みながら上目遣いでおねだりしてくる。

「あっ、う、うん。そうだよね。一緒に、寝よっか……」

 そのエルサの仕草に、僕は一瞬で陥落した。

「やったーっ!」

 当のエルサは、大喜びである。

 それを横目に見て僕は、ベッドに向かった。

 全く……調子がいいんだから、と僕は、今後エルサに振り回されることになるのを、容易に想像できた。

 すると、突然――

 エルサは、着ていたワンピースの紐ベルトをスルっと外し、左手を背中にもっていき、器用に片手で背中のボタンを外し始めた。

「な、何を……」

 僕が止める間もなく、ボタンを外したことで緩んだワンピースがストンと床に落ちた。

 部屋を照らしていたオイルランプの火の光が、あらわになった褐色の肌を、艶やかに照らしていた。

 あまりの美しさに僕が呆けていると、エルサがニコっと笑った。

「ちょ、ちょっと何してるのさ!」

 ハッとした僕は、顔を背けながら指摘した。

「何って、寝るときは服を着ない主義なの」

 平然とした態度でエルサはそんなことを言ってくる。

「た、頼むから何か着てよっ」

 僕は慌ててベッドに潜り込み、布団で顔を覆うように引き寄せた。

「今更何を言っているの? コウヘイったらおかしい」

 そう言って、エルサはコロコロと笑う。

 確かに、奴隷契約をする際にエルサの裸をみていた。
 それでも、エルサの背中に紋章を刻む作業のためで、仕方がなくだ。
 しかも、エルサは俯くように前傾姿勢だったため、背中しか見ていない。

「それに……この方が効率よく吸収できると思うの」

 そう言いながらエルサがベッドの中に潜り込んできた。

 曰く、間接的より直接肌を触れ合った方が効率よく魔力が吸収されるらしい。

 奴隷商では、空気中に漂っていた、エネルギーを感じ取った。
 それを認識した瞬間、それが僕の中に流れ込み、力が漲る感じがした。

 結局、それはエルサから漏れ出した魔力だった。

 檻の格子越しにエルサに触れた瞬間、魔力の奔流が僕の身体を駆け巡ったのを覚えている。

 実際、上限を超えていないからなのか、同じ空間にいてもあのとき感じた魔力を認識することはできなかった。

 だから、エルサが言っていることは本当だった。

「で、でも……」

 エルサが言っていることが本当だったとしても、同じベッドで寝ることでさえ抵抗を感じるのに、裸の女の子となんて、とんでもない!

「わたしは気にしないから。ねっ、たくさん吸ってほしいな……」

 エルサはそう言って背を向けた僕に抱き付いてくるのだった。
 鎧越しではない、確かなその感触を背中に感じながら、僕は身動きを取れなくなった。

 エルサは気にしないと言う……
 でも、僕が気にするんだよおおおー!

 これはエルサのため、エルサのため……

 僕は、平静になるべくそう自己暗示を掛ける。

「コウヘイ、おやすみなさい」

 僕の心中など知らぬエルサは、暫くしてスヤスヤと寝息を立て始めた。
 
 ああ、もうっ! と僕は、この状況に目が冴えてしまい、寝るに寝れなかった。

 妙な気を起こさないために、今後のことを考え、意識を無理やり変える。

 エルサから流れ込んでくる魔力を感じながら僕は、考察を開始した。

 先ずは、僕の身体がどれくらいの量を吸収できるのか……

 この世界の魔法は、体内にある魔力を使って大地に宿る神聖な力を行使するものといわれており、魔力が無ければ魔法は使えない。
 そのせいで魔力量ゼロだった僕は、魔法を使えなかった。

 しかし、エルサから吸収した魔力のおかげで魔法を使えるようになった。

 自分の魔力でなくても魔法が使えることが判明した今となっては、吸収した全てを留めておけるのか、またどれくらいの量を留めておけるのかが重要になる。

 次に、魔法詠唱の必要性……

 この世界の魔法は、先程の神聖な力を行使するための方法であることの他に、二つ常識といわれている法則がある。

 それは、「詠唱をして発動するもの」と、「詠唱を省略すると効果が弱まる」というものであり、合わせて三大法則といわれている。

 よって、偉大な魔法士になるためには、「如何に正確な詠唱を行えるか」と、「何回行使可能な魔力量があるか」の二点が、重要とされている。

 しかし! 僕はそれに疑問を抱きはじめている。

 そう考えた理由は、昨日会ったあの謎の少女四人組の存在が大きかった。

 お河童頭の少女の詠唱は短かった上に、内容もテキトウだったのだ。
 その証拠に、さっきイルマの店で見せてもらった魔法書に書かれていたウィンドストームの呪文は、その少女が詠唱した内容と全く違った。

 その少女の呪文は、

「行きなさい、荒れ狂う暴風よ! ウィンドストーム!」

 魔法書の呪文は、

「大地に宿りし風の精霊よ、我の問いに応え汝の力を解き放て、その風荒れ狂う暴風となりて、すべてを吹き飛ばせ、ウィンドストーム」

 と、全然違ったのだ。

 仮に、あれで弱まっていたとしたら、正確に詠唱していたらどんだけの威力だったんだろう、と思うと僕はゾっとした。

 ただ、基本的に威力の差はないとされており、その点も腑に落ちない。

 あとは……

 ――――そんな考察の中、エルサから流れ込む魔力は心地よく、次第にコウヘイの意識は遠のき、コウヘイは眠りに落ちるのだった。

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