賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第009話 謎の少女四人組

 小川のほとりに射し込む光柱の中、佇むようにしてコウヘイは、動けないでいた。
 そこは、鋭利な刃物で切断されたような切り口の胴体や四肢が散らばり、まるで戦場のようだった。

 先程まで奇声をあげて騒いでいたゴブリンたちは、一匹残らず物言わぬ骸と化していたのだった――――

「一体何が……」

 予期せぬ事態に、そして、目の前の惨状に圧倒されていた。
 これ以上の魔獣の死骸に囲まれた経験があるものの、血生臭い臭いに、吐き出したい衝動に駆られた。

 その衝動をなんとか堪えていると、四人の少女が僕の元に近付いてきた。

「あら、お怪我はないかしら? ゼロの騎士様」

 強調するように、「ゼロの騎士様」と言ったその人は、冒険者のような出で立ちだけど、この惨状に不釣り合いなほど可愛らしい金髪碧眼の美少女だった。

「あれれー? おーい、聞こえていないのかしら?」

 僕が反応しないでいると、凄くバカにした様子で、僕のことを覗き込むようにして見上げてきた。
 ただ、その水のように澄みきった瞳から、悪意などは感じられなかった。

「あ、ああ、聞こえているよ……」

 ハッとして、僕はそう応じ、その少女の出で立ちに違和感を感じた。

 その少女は、何かの鱗のような素材を使用した軽装鎧に、やけに意匠を凝らした金糸で飾られた青い上質なローブを纏っていた。
 それなのに、腰の辺りから家紋のような刻印が施された剣の柄が、顔を出していた。

 魔法士なのか剣士なのかよくわからないけど、力の波動のような見えないプレッシャーを感じ、思わず僕はゾクリとした。
 見た目によらず、やり手なのは間違いないだろう。

「も、もしかして、さっきのウィンドストームは、きみが?」
「ん、違うわよ。このお河童頭の子がやったのよ」

 ん、お河童頭?

 目の前の少女が指差した方へ視線を向けると、明るい緑色のような髪を、お河童にしている少女がいた。

 その奇妙な少女は、その突出した特徴以外は、一般的なデザインで質素な灰色のローブを纏っていた。
 その手には、魔法石が埋め込まれた杖を持っていたことから、魔法士だと素直に受け入れられた。

 それにしても、この世界でもお河童っていうんだ……

 などと、日本に関すること全てが懐かしく感じるのは、召喚者ならではの感覚かもしれない。

「そうだったんだね。危ないところを助けてくれてありがとう」
「ん、大丈夫……迷惑じゃなくて良かった」

 お河童頭の少女にお礼を言うと、少々聞き取り辛い返事だった。

 この少女は、僕と同じで人と話すのがあまり得意ではないのかもしれない。
 ただ、あんな凄い魔法を使うんだから、ハイランクの冒険者に違いない。

「きみたちは冒険者なのかな?」
「うーん、まあ一応ね。冒険者より学生が本業だから」
「えっ、学生なの!」

 金髪碧眼の少女の言葉に驚いたけど、そこまでおかしい話でもなかった。
 四人とも見た目は全員一〇代前半といった少女の姿をしている。

 しかし、イルマのことがあるから、もしかして……

「き、きみたちは、もしかして長寿の種族で何百歳だったりする?」

 僕としては、真剣な質問だった。
 一方、少女たちは、みな唖然とした表情をした。

 そして、またもや金髪碧眼の少女が言い放つ。

「はぁー? ゼロの騎士様って頭の中もゼロなのかしら?」
「ぐっ……」

 結果、凄いバカにされた。
 様付けされているせいで、皮肉さが半端なかった。
 しかも、さっきよりもその視線がもの凄く冷たい……

 その視線に耐えきれなかった僕は、その場に崩れ落ち、右手を前に着いて、左手で胸の辺りを押さえた。

「おいおい、そこら辺にしておきなって」

 よく日に焼け、癖のある燃えるような赤髪の少女がそう言うと。

「そうよ。なんだか、不憫よ……」

 腰のあたりまで伸ばした栗色の髪をした色白の少女が、同情したような視線を向けてきた。

「だ、だって、ゼロ騎士が変なこと言うから――」
「からかうの……よくない……」

 どうやら、僕のことをバカにしているのは金髪碧眼の少女だけのようで安心したけど、未だ答えを聞けていない。

「で、実際はいくつなの?」
「うっさいわねー! こうみえても今年で一三歳よ!」
「え?」

 良い意味で期待を裏切ってくれて安心した。

「ん、何かしら? そうは見えないと言いたいのかしら?」

 いや、見た目そのままで安心しただけなんだけど。

「いや、そうじゃなくて、その年齢にしては、魔法の威力が凄まじかったと感心したんだよ」

 気を持ち直した僕は、ゆっくりと立ち上がり、そう賞賛した。

「そう、あなたの方が強力なはずなんだけど……そういえば何で魔法を使わないのかしら?」
「はい? きみは、僕の二つ名を理解して言っていたんじゃないの?」

 噛み合わない会話に、僕は困惑した。

「知っているわよ。魔力量ゼロの重装騎士。それで『ゼロの騎士』でしょ?」
「なんだよ。知っているじゃないか。それなら僕が魔法を使えないのだってわかってるよね」

 そう反論して、気付いた。

 これは、ただ僕をからかって遊んでいるんだ。
 こんな子供にさえバカにされるなんて僕は……

「でも……そのゼロは、無限大……」

 僕が心により深いダメージを受けて落ち込んでいると、金髪碧眼の少女がそんなことを言った。

「それは一体どう――」
「魔力を感じなさい。せっかく良いスキルがあるのにもったいないわよ」
「だからそれはどういう意味なの?」
「内緒っ、わたしからできるアドバイスはここまでよ」
「内緒って……そこまで言ってそれはないでしょ!」

 その意味が気になる僕は、もう一度尋ねた。

 しかし、ダメだった。

「わたしたちが倒したゴブリンの耳はもらっていくから。いいわよね?」

 話はこれで終わりと言わんばかりに、その少女は身を翻し、横たえたゴブリンの方へ歩いていく。
 そして、清々しいほどに完全無視をされ、僕は反応が遅れてしまった。

「え? ま、まあ、それは構わないけど……きみたちが倒した訳だし……」
「あっそ、悪いわね」

 悪いと言いつつも、僕に背を向けたままだった。
 形式だけで、さも当たり前のように振舞う様が、まるで貴族のようだと思った。
 見た感じ一人だけ上質な装いだし、他の三人は従者か何かだろうか。
 ただ、お互い対等な感じで話していたから、同級生の可能性もある。

 それにしても……

 魔力を感じる? それに良いスキル?
 僕にスキルがあると、あの聖女は言っていなかったはず。
 この少女には、僕のスキルが見えるのだろうか?

 色々考えている間に、四人の少女たちがゴブリンの耳を次々と切り取っていく。

「あっ、二匹だけ僕が倒したから、それは残してもらって良いかな?」

 あと二匹でおまとめポイントの五匹になることを思い出し、そう伝えた。

「ん、わたしは構わないけど、勇者なのに何故必要なのよ」

 怪訝そうな視線を向けられ、僕は咄嗟に嘘をついた。

「そ、それは訓練で討伐数を決められていて、それで必要なんだよ」
「ふーん、勇者でもゴブリン相手で訓練するのは知らなかったわ」

 その場しのぎの嘘であるため、バレやしないかと冷や汗が止まらない。

「はは、変わっているだろー。ほら、僕はどっちかというと倒すより守るタンク役だから弱いゴブリンで許されているんだよ」

 この少女に勇者パーティーから追放されたことを知られでもしたら、間違いなく、先程よりもバカにされると思った。
 だから、この嘘は不可抗力だった。

 誰のためだって?
 当然、僕のため!

 そのうちバレるのは承知している。
 ただ、今バレるのだけは、勘弁してほしい。

 きっと、「魔力量ゼロの騎士」ではなく、「仲間ゼロの騎士」とか言われそうだった。
 もしそうなったら、僕は立ち直れなくなってしまう。
 だから、僕の精神衛生上、この嘘は不可抗力なのだ。

 必死に僕は、自分自身に僕の嘘を正当化していたら、四人の少女は、討伐証明部位やら魔石の採取を終えたようだった。

「それじゃあ、わたしたちはこれで失礼するわね。魔王退治頑張ってねえー」
「お、おう、任せとけ」

 そう手を上げて作り笑いを貼り付け、その少女四人組を見送った。

「はあー、何だったんだよもー。ありえないだろ、あの歳であの威力の魔法とか。勇者パーティーより強いんじゃないか? 異世界召喚しなくても探せばいるじゃないか!」

 風の短剣を作ったイルマ然り、さっきのお河童の子は、絶対先輩たちより強いと思う。

 突っ込みどころが多すぎて名前を聞くの忘れてしまったけど、あの金髪碧眼の少女から受けたプレッシャーを思い出し、僕は身震いした。

「あっ、いけない。早く戻らないと門が閉まっちゃう」

 僕は、嵐のように現れ、嵐のように去って行った少女たちによって、更に自信を失ってしまった。

 先輩たち勇者パーティーを見返すどころではないよ、これじゃ!

 ――――少女たちの強さに嫉妬を覚え、もやもやした気持ちを抱えながら、帝都サダラーンへの帰路を急ぐコウヘイであった。

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