賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第006話 道具屋の少女

 床の上で眠ってしまったコウヘイは、黒猫亭を出たところで、固まった身体を解すように、朝日に向かって伸びをした。

 少し酔いが残った頭に丁度良い、小鳥の囀りが心地よい風に乗って耳に届く、気持ちの良い朝だった――――

「宿代も確保できたし、一人でどこまでできるのか試してみるかな」

 誰に言う訳でもなく僕は、これから始まる冒険に夢を抱き、一人歩き出した。

 ミスリルの大楯の売却代金と捕縛報酬で資金に余裕が生まれた。
 そこで、僕は先ほど黒猫亭の宿泊費一週間分を先に支払った。
 更に、壊れた……いや、壊してしまったベッドの費用も支払い、新しいベッドに替えてもらうことにした。

 内村主将たち勇者パーティーの目があるため、拠点を帝都から移したいと言うのが本音だった。
 それでも、この世界に召喚されてから一人で行動をしたことがない。
 戦闘は、パーティー行動が基本だったし、大規模遠征の場合は、帝国の騎士団もいた。

 つまり、一人でどこまで戦えるのかを、僕自身が把握できていない。

 先ずは、この一週間で自分の実力を確認し、今後の目標をどうするか決めなくてはならない。
 一人でも戦闘をこなせるようなら、さっさと帝都からおさらばするつもりだった。

 黒猫亭から冒険者ギルドへ直行した僕は、冒険者ギルドに入るなり、手頃なクエストを探すためにクエストボードの前までやってきた。

 今日は、昨日ほど注目されることはなかった。

 マシューさんと飲み過ぎて寝坊したから、時間帯が中途半端なのもあるかもしれない。

 勇者パーティーに所属していたときは、訓練参加が自主性に任されていた。
 だから、遠征時以外は、魔獣被害報告とその対策のために開かれる午後の会議に間に合いさえすればよかった。
 そう考えると、重役出勤と言われる類かもしれない。

 マシューさんによると、勇者とは違い冒険者の朝は、とてつもなく早いらしい。

 帝都サダラーンの北にあるサーベンの森にダンジョンがあり、帝都の冒険者は、ほとんどそこへ潜るという。

「やっぱり、ダンジョンより手前のサーベンの森で達成できるクエストがいいな」

 ロックランクに設定されているクエストは、ほとんど薬草採取関係しかない。
 魔獣関係は、討伐よりもその素材採取のクエストで、ランクが意外と高い。

 だから、昨日言われたように、ミーシャさんに質問することにした。

「あのー」
「コウヘイさん、おはようございます。今日は、クエスト受注ですか?」

 当初の塩対応は何処へやら、満面の笑顔で出迎えてくれた。
 思わずその笑顔に照れてしまい、顔がほんのりと熱くなった。

「あ、そうなんですけど。ロックランクに指定されている討伐クエストとかって、ないのでしょうか」
「うーん、そーですね……」

 ミーシャさんは、考え込むように目を瞑った。

「今は、落ち着いていて討伐関係は少ないですね。ただ、クエストとして発行されていませんけど、ゴブリンにウルフやボアといった害獣系の魔獣であれ常用依頼になっていますので、討伐証明部位を持って来ていただければ報酬が出ますよ」
「あ、そういう仕組みなんですね」

 討伐系が少ないと聞き、一瞬残念に思ったけど、そのあとの言葉に安心した。

 害獣系の魔獣というのは、人を襲うだけではなく、田畑を荒らすことからそう呼ばれているらしい。

「ちなみに、討伐証明部位は、ゴブリンが右耳で、ウルフとボアが右前足になります。更にそれぞれ五匹ずつ討伐すればボーナスもありますので頑張ってくださいね」

 おまとめポイント的なやつだろうか。

 ミーシャさんの説明は、とても丁寧でわかり易かった。

 それなら採取クエストを受けつつ、常用依頼の魔獣を狩ることにしよう。

「ありがとうございます。そうしたら、この回復草の採取クエストを受けてみます」

 冒険者カードを手渡し、クエスト受注の手続きをお願いした。

「はい、では頑張ってくださいね。あと、一人なのですからあまり森の奥には行かないように気を付けてくださいね」
「あ、はい。気を付けます」
「あーでも、ファイティングファングを素手で気絶させちゃう位に強ければ、そんな心配は無用でしたかね」

 昨日の悪漢を引き合いに出し、舌をぺろっと少し出して微笑んでいた。
 やばい、ミーシャさんが可愛いすぎる……

「あ、いや、でも、気を付けることにします。そ、それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」

 あまりの可愛さに、少しキョドってしまったのが悔やまれたけど、可愛い子にお見送りされるのは、やはり気持ちが良い。

 今まで、そういった女性たちは、内村主将たち勇者に声援を送っており、僕への声援は皆無だった。

「それにしても、討伐証明部位とか切り取らないといけないのか……」

 勇者パーティーでは、魔獣を討伐するのが仕事であるため、ひたすら討伐して魔法袋に収納して、ある程度まとまった量が貯まったら城の担当官へ提出していたから、特段そういう作業をしたことがない。

 今は、その魔法袋もなければ、証明部位を切り取るための刃物も無い。

「色々と準備が必要なんだな。森に行く前に、道具屋で買うことにしよう」


――――――


 何の気なしに、北の門へ向かう道すがら見掛けた道具屋に立ち寄ることにした。

「へー、沢山あるな」

 店内に入ると、狭い売場に所狭しと物が積まれるように置かれていた。
 一応、種類ごとに纏められているようだけど、ごちゃっと放置されている感じで、種類も多く雑貨屋の方がイメージとしては近いかもしれない。

「あのー、すみませーん」

 これは、自分で探すよりも聞いた方が早いなと思い、店内に人が見当たらないため僕は、お店の人に自分の存在をアピールする。

「あのー、すみませーん」

 反応が無いためもう一度叫んだけど、またも反応がない。

「あーのー、すみませーん!」
「はいはいはい、聞こえとるよ。そんな怒鳴らんでも良いじゃろ」

 聞こえているなら、一回目で出てきてほしい。

「魔法袋と小型ナイフを……」
「ん、なんじゃ?」

 やっとお店の人が出て来たので探し物の内容を伝えようとして、その姿に言葉が詰まる。

 年のころは、一〇代前半にみえる少女で、肩先より少し長い輝く金髪、白目の部分も含めて透き通る緑の瞳をしており、日本ではまず見かけない容姿をしていた。
 ヨーロッパに行けばいるのかもしれないけど、僕からしたら珍しいことに変わりはない。
 更に言えば、サーデン帝国人の一般的な見た目は、栗色の髪に茶色の瞳なのだ。

 それが故、僕は覚えていた。

「勇者召喚のときに城の広間にいたよね?」
「おお、お主は確か……カダグリヨウヘイ!」
「ち、違う。片桐康平だよ」

 名前を間違って覚えられており、すかさず僕はそれを訂正した。

「うむ、異世界の名前は聞きなれないから覚えにくいのじゃよ」
「それよりも、なんできみはここにいるの? 親御さんの代わりで店番かな?」

 そう言った途端、何かが飛んできて僕の意識が刈り取られた。




 気が付くと知らない部屋のソファーの上に寝かされていた。
 ただ、僕の全身が納まらず、ふくらはぎから先が、飛び出していた。

「あれ、ここは?」

 上半身を起こして顔を辺りへ巡らせると、草色の魔法士ローブを羽織った先程の少女が居た。
 背の低い丸みを帯びたテーブルを挟んだ向かいの椅子に座っており、特徴的な尖った耳をぴくぴくと小刻みに動かしていた。

「目を覚ましたか、コウヘイとやら」
「どうして僕は寝ていたの?」

 すると、その少女はせわしなく視線を泳がせ始めた。
 ああ、この子のせいなのか。
 というか、あのとき店内には僕とその少女の二人だけだった。

「えっと、あれは、まーなんじゃろな?」
「きみがやったのかい?」
「ギクっ」

 それを口に出して言う人をはじめて見た。

「あ、あれは、お主がわしのことをバカにするからいけないのじゃ。だ、だからわしは謝らんからな」

 プイっと明後日の方へ顔を向け両腕を組んでいる。

「ごめん、何が何だか事情がわからないんだけど……」

 僕は、その少女を促し、事情を説明してもらうことにした。

「事情といっても特にないのじゃが……」
「いやいや、あるでしょ。ほらっ、まだきみの名前も聞いていないし」

 それに、年寄り臭い語尾が非常に気になる。

 エルフ族の知り合いがあまりいないから断定できないけど、種族的な特徴であるはずはなかった。

 帝国の数ある騎士団の一つに、エルフ族のような騎士団長がいたけど、ふつうの話し方だった。

「ふむ、確かに、それもそうじゃな。わしは、イルマ・ウェイスェンフェルトじゃ。気軽にイルマと呼び捨てにしてくれて構わん」
「そう、じゃあ、僕も呼び捨てでいいよ。それで、僕に何をしたのかな?」

 僕がソファーに寝かされる前は、店内にいたはずなのだ。
 だから、その答えを聞くべく、角度を変えて質問した。

「いやっ、じゃから――」
「別にバカにしたようなことをした覚えはないんだけど」

 同じことの繰り返しになりそうだったため、食い気味にそれを牽制したら、反論するようにイルマは語気を強めた。

「ば、バカにしたであろうに! わしを子供扱いしたではないか!」
「あっ! え? でも……」

 原因が判明したけど、それは余計に僕を混乱させた。
 だって、子供にしか見えないんだもん!

「なんじゃ?」
「いや、別に……」

 心を読まれたのか、明らかにイルマの表情が曇っていくのがわかった。
 子供扱いされたことがそんなに悲しいのだろうか。

「全く、お主らヒューマンは、人を見た眼でしか判断ができんのか」

 肩を大きく上下させため息を吐いたイルマは、組んでいた足を組み替えた。
 その際に、捲れたローブの隙間から、すらっとした色白の生足が垣間見えた。

 ただ、残念なことに、見た目が幼いため全然嬉しくなかった。
 むしろ、子供が大人ぶった仕草をしたように見えて、それが可笑しかった。
 僕がそんなくだらないことを考えているとは知らず、イルマは説明を続けた。

「そもそも、わしが子供だったら、勇者召喚の現場におるはずなかろうて。よく考えてみるのじゃ、コウヘイよ」
「あ、確かに……」
「わしは、こう見えてエルフの賢者とも呼ばれておるのじゃぞ」

 その得意顔のイルマを見て、僕は驚くというより、まだ背伸びをするのか、と変に感心した。

「賢者ってあの、賢者?」
「なんじゃ。信じておらんようじゃの」

 いぶかしむような表情の僕を見たイルマは、不満のようだった。

「いや、だって、ねー」
「何が、ねー、じゃ。わしは今年で六四八歳になる」
「はっ?」

 年齢を聞いた僕は、流石に素っ頓狂な声を出してしまった。

「そんな嘘だっ。エルフ族が長寿なのは知っているけど、精々二〇〇とか三〇〇だって聞いているけど……」

 イルマは何を思ったのか、ニヤニヤと気味の悪い笑顔だった。

「それは、一般的なウッドエルフやダークエルフの話じゃよ。わしは、ハイエルフなんじゃ。千歳くらいなら余裕じゃて」

 それを聞いた僕は、息を呑んだ。

 その話が本当だとすると、賢者と呼ばれていると言ったのも、あながち間違いではないのかもしれない。
 それにしても、ファンタジー世界とは、当たり前かもしれないけど、日本の常識が全く通用しないと思った。

「ん? でも、待てよ……もし、それが本当だとすると、あの日あの場所に居たってことは……まさか!」

 子供の戯れに付き合っている感覚で、楽しく話していた僕は、別の可能性に気付き、驚愕した。

「じゃから、そうじゃと言っておろうに。それだけ生きておれば、自然と魔法知識が増えたもんじゃ。それ故、賢者と呼ばれるのもさして不思議ではないじゃろ。そうともなれば、ヒューマンたちの中にもわしのことを聞き及ぶ者がでてくる」

 イルマの話を聞いている内に、少しずつ身体が震えていくのを感じた。

 そして、耳を塞ぐようにイルマの話を拒絶する。

 やめてくれ! それ以上聞くと確信してしまう……

「つまりじゃ――」

 それでも聞こえた。

 やめろ!

「態々わしの居場所を突き止めてまで――」

 必死に隠していた感情が――

 やめろ、やめろ!

「皇帝と――」

 少しずつ這い上がるようにして――

 やめろ、やめろ、やめろ!

「聖女が――」

 心の奥底から湧き上がるようにして――

 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!

「依頼してきよったんじゃ――」

 ソレは溢れ出し、僕の中を埋め尽くした。

 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろおおおーーー!

「勇者召喚をな」

 それを聞き、何も考えられなくなった僕の頭が、真っ白になる。

 しかし、じんわりと真っ白なキャンパスを埋めるように真っ黒に埋まっていく。

 ――――まるで憎悪に塗りつぶされたように、真っ黒と。

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