賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第004話 心機一転


 勇者パーティーから追放を言い渡されたコウヘイは、思う存分泣き腫らし、そのまま眠りに落ちていた。

 スヤスヤと眠るコウヘイの顔に、建付けの悪い鎧戸の隙間から朝日が差し込んでおり、その光でコウヘイは目を覚ますのだった――――

「……ん」

 喉が痛い……

 それに、何だかうまく目が開かなかった。

 なぞるように指で瞼に触れて、目が腫れていることに気付いた。

「わかっていたはずなのに……」

 日本に居たときでさえ、先輩たちの中に僕の居場所はなかった
 それなのに、異世界に召喚された仲間として、勇者パーティーとして、そこが僕の居場所だと思い違いをしていた。

 今思い出してみれば、召喚された当日から先輩たちは、僕のことを追放しようとしていたじゃないか。

 結局は、聖女と葵先輩のおかげで、追放されなかっただけなのに……

 その葵先輩も引き留めるようなことを言っておきながら、最後には手切れ金の如く金貨を差し出してきた。

「くそっ」

 僕が思い切りベッドを殴りつけると、右手が一瞬淡く光った気がした。
 しかし、その勢いでベッドの骨組みが真ん中から折れたことで、僕の身体が右側に傾いて床に落ちてしまった。

「いてて……今のは何だった……ん?」

 以前からよく軋む音をさせていたことから、限界だったのかも、と考えていたら、床に倒れた僕の視線の先に、あるものが置いてあることに気付いた。

 それは、帝国から支給されたミスリルのプレートアーマー、大楯とメイスであった。
 それらは、柔軟性があり、且つ非常に軽いミスリル鉱石が原料で、耐久性が高く、軽く、そして高価な一級品だ。

 魔法が使えない僕が何とか今まで生き残れてこれたのは、この装備品のおかげと言っても過言では無い。

 だから、ベッドが壊れたことも忘れ、歓喜した。

 すると、腹の虫が鳴り、昨日の昼から何も食べていないことを思い出した。
 とりあえず、腹ごしらえをするべく一階に降りていく。

 一階に降りると、受付のチルちゃんが床の掃き掃除をしていた。
 黒猫亭は、その名の通り、猫獣人族のヒューイさんとその奥さんであるパルマさんが営んでおり、その一〇歳になる娘がチルちゃんだ。
 そういう趣味は無いけど、もふもふの猫耳をもふりたい衝動に駆られるのはなぜだろうか。

「あ、コウヘイ様……」

 降りてきた僕に気付いたチルちゃんは、その猫耳が垂れ下がっており、心配そうな目で僕のことを見つめていた。

「おはよう、チルちゃん。朝食をお願いできるかな」
「お、おはようございます。そ、それでは席にてお待ちください」

 いつもは、二言三言他愛もない会話をするのに、今日はそそくさと厨房の方へと去って行ってしまった。

「あ……これは聞かれちゃった、よね……」

 あまりのことでよく覚えていないけど、昨日の夜はずっと叫んでいた気がする。
 しかも、確認のためか扉が幾度となく叩かれていたけど、それも無視していた。

 食堂を歩く僕に集まる他の客からの視線が、槍のように尖っている気がした。

 恥ずかしさで赤面した顔を俯かせながら、僕の定位置である、一番隅っこのカウンター席に座り、朝食を待った。

 朝食は、大体いつも同じで、焼きたてのパン二つ、具が少なめの塩味の野菜スープとゆで卵。
 変わるのは、野菜の種類くらいで薄味なのは変わらない。
 夕食は、日替わりで好きなものを選べる。
 一泊二食付きで、たったの小銀貨三枚。

「あ……これはやばいかも……」

 スープを運んでいた木製のスプーンが、僕の口の手前で止まった。
 その反動でどぼっと零れたスープが、スープ皿に落ちて汚らしく飛び跳ねた。

 今の僕には、その小銀貨三枚を支払うお金さえないことを思い出した。

「ど、どうしよう……」

 朝食を食べながら今後のことを考える。

 といっても、僕にできることは冒険者しかなかった。

 この世界に召喚された当初から、話す言葉は問題なかった。
 しかし、読み書きは、全くの別物だった。

 恐らく、自動通訳機能的な魔法が掛かっているのかもしれない。
 その理由は、誰一人としてわからないと言っていた。
 だから、そういうものだと理解する他なかった。

 この半年間で読むことにはだいぶ慣れたけど、書く方は不安がかなり残る。
 そうとなると、読み書きの技能が必要ない仕事に限られてくる。

 ここはファンタズム大陸随一の国力を誇るサーデン帝国で、しかも帝都である。
 城下町には、色々な店が立ち並び、仕事探しは事欠かないと思う。

 でも、部活一筋だった僕は、日本でアルバイトの経験がない。
 しかも、可能性は低いけど、あの先輩たちに出会ってしまう可能性がある。

 となると、帝都から離れられ、一番慣れていることと言えば、魔族や魔獣と戦うことだった。

 幸い、この世界には、冒険者という職業がある。

 攻撃面で不安があるけど、もう勇者パーティーではないため、無理に強敵を狙う必要もなく、必要な分の魔獣を討伐して暮らしていけば良い。
 素材を売るだけでも良いけど、冒険者ギルドに登録しておいた方が報酬も出る。

 そうと決めた僕は、冷えて硬くなったパンをすっかり冷めてしまったスープで流し込み、身支度を整え、黒猫亭を飛び出した。


――――――


 見上げると、盾に剣を交差させた看板が掲げられていた。

 その木造建屋の武具店の扉を押し開けると、直ぐに声を掛けられた。

「いらっしゃい。おっ、あんた勇者パーティーの……」

 何を言わんとしているのか僕でもわかる。
 ゼロの騎士と言いたいのだろう。

「まあね」

 まさか追放されたとは言えず、適当に誤魔化す。

「実は、この大楯を元手にして、少し小さめの物に買い替えたいのですが」
「おや、いいのかい?」

 恐らく店主だと思う。
 その男の確認は、尤もなことだった。

 僕は、ゼロの騎士として有名であるけど、重装騎士であることも知られている。
 その重装騎士が大盾を手放す意味がわからないのだろう。

 しかし、一人となると、攻撃と防御をバランスよく行う必要がある。
 そのため、この大楯で立ち回るのは難しい。
 一回り小さめの盾に変えることで、戦い易くするのと、余ったお金を暫くの生活費に充てようと考えたのである。

 幸い、このミスリルの装備品は、あの魔法袋とは違い、皇帝より下賜されたもので、返却の義務はない。

「ええ、問題ないですよ」
「そうかい、じゃあ状態を見せてくれないか」

 店主が指示したカウンターの隣にある天板が広めになっている場所に、僕は大楯を乗せた。

「うーん、やはり中々の物だね」
「いくらくらいになりますか?」

 はやる気持ちを押さえられず、思わず尋ねた。

「少し待ってくれ……」

 状態を確認するようにひっくり返したりしている。
 店主の「中々の物」という言葉に、期待が高まる。

「そうだな。多少手入れが悪いが……」

 ごめんなさい。
 あまり道具を扱ったことがないから手入れとかしてこなかった。

「元が良いから金貨三枚と小金貨三枚でどうだろうか?」
「え!」
「ん、これでも奮発しているんだが……良いだろう。小金貨二枚追加して、金貨三枚と小金貨五枚でどうだ」

 僕の驚き声を不満と感じ取ったのか、勝手に値上げしてくれた。

「…………それでお願いします」

 正確な価値はわからないけど、金貨一枚で一〇〇万円位だろう。
 いくら希少素材を使用したミスリルの大楯とはいえ、三五〇万円で売れるとは思わなかった。

「まいどっ。それじゃあ次は新しい盾だったな。どういうのを探しているんだ」
「そうですね。こう片手で攻撃をいなしつつメイスで攻撃できる余裕がある軽めの物が良いですかね」

 動作を交えつつ実演して説明する。

「あんた、重装騎士だろ。そんなんで良いのか?」
「ええ、僕も攻撃する必要がありまして」

 腑に落ちないのか、再び怪しむように指摘してきた店主をなんとか誤魔化す。

「そうか、勇者パーティーも大変なんだな」
「ええ、まあ……」

 さっきから冷や汗が止まらない。
 元から人と話すのが苦手な僕は、早くこの場を去りたい気持ちがどんどん大きくなってくる。
 
「それなら、この鉄鋼のラウンドシールドはどうだ? 丈夫にするために厚みがあって重量があるが、小さいから重心がぶれることもないだろう」

 そう言って、ファミレスのトレー位の大きさの丸い盾を僕に手渡してくれた。

 確かに、ミスリルの大楯を少し軽くしたくらいだけど、大きさが五分の一ほどになったため、扱い易いと思った。

「良いですね。手にも馴染む感じがします」
「そっか、それにするか? それなら小金貨二枚と銀貨五枚でいいぞ」
「お願いします」

 先程の売り値から差し引いてもらい、ラウンドシールドと金貨三枚、小金貨二枚と銀貨五枚を受け取って武具屋をあとにする。

「あ、名前聞くの忘れた。また、利用することもあるだろうからそのときでいいかな」

 色々と質問されて辛かったけど、僕が適当に答えると深くまで追求して来なかったので、物分かりが良さそうな印象を受けた。

「次は、冒険者ギルドか」

 ミスリルの大楯が意外な値段で売れたため、急いで稼ぐ必要がなくなったけど、登録だけは済ませようと思った僕は、冒険者ギルドへ向かうことにする。

「確か、大通りを南に進んだ場所だったかな」

 今まで訪れたことはなかったけど、通り過ぎることは何度かあった。
 その記憶を頼りに、大通りを南に進んでいく。

 ――――コウヘイのその足取りは、追放された割には、意外とこの状況を楽しんでおり、非常に軽やかだった。
 ついさき程まで勇者パーティーに対する憎悪で、彼はもやもやとしていた。

 それでも、誰からも指示されず、コウヘイのしたいようにできる感じが、思いの外新鮮で、清々しかったようだ。

 そんな彼は、心機一転、前へ進むべく冒険者ギルドを目指すのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品