賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第003話 勇者パーティーからの追放

 デミウルゴス神歴八四六年――六月一五日。

 コウヘイたちが召喚され月日が経ち、魔獣や魔族との戦闘に慣れたころ。

 勇者パーティーは、ゲームでいったら中級ボスといわれる中級魔族を、魔王軍領とマルーン王国との国境といわれている、「死の砂漠谷」で討伐に成功した。

 マルーン王国は、サーデン帝国の北東にあるトラウィス大国を更に超えた同盟国で、その王国より要請を受け、勇者パーティーが遠征を行ったのが背景――――

 僕は、その出来事を思い返しながら目的地に向けて、とぼとぼと歩いていた。
 その足取りは、決して軽いものではなかった。

 当初の依頼は、城塞都市パルジャ――マルーン王国、防衛要の都市――の周辺に魔獣の大群が現れたことに起因していた。
 しかし、その魔獣たちが居たのは、パルジャから翼竜で半日ほど行った砂漠の中央地帯だった。

 そして、そこに居たのは、魔獣だけではなく中級魔族といわれる、「ドーファン」であった。

 これまで魔族の名前を聞いたことがなかったけど、それも当然かもしれない。
 それほどまでに互いは相いれない種族であり、情報が遮断されていたのだから。

 そして、帝都サダラーンに凱旋帰国したのが、正に今日――六月二四日――であった。

 今回のような大きな戦果が無くとも先輩たちは、未成年にも拘わらず、祝勝会と称し毎晩のように宴会を催していた。

 ただ、この世界に飲酒を規制する法律は無い。
 そのため、誰かに咎められることも当然無い。

 城下町に拠点を移してからは、僕がその宴席に呼ばれることはなかった。
 むしろ、呼ばれても断ると思う。

 召喚されて間もない訓練期間中は、城内で生活をしており、食事の際には当然お酒が振舞われていた。
 そのときに酔っぱらった先輩たちの僕に対する対応が非道で、流石にそれに耐えきれなかった僕は、二度と同席しないと誓った。
 そんな過去があったため、今回も行きたくないというのが本音だった。

 しかし、戦闘中に気を失った僕は、多大な迷惑をかけた……らしい。
 そうとなっては、断れるはずもなかった。

 訓練期間が終わり、城を出て自由行動になってからは、宿を別々にしている。
 自主的というより、同じところに泊らせてもらえなかった。

 そのため、僕が拠点にしている黒猫亭を出て歩いて向かっているのは、勇者パーティーが拠点にしているエレガンス・オアシス、そこが今の目的地だ。

 外は既に日が沈み、不規則に建ち並ぶ魔導外灯の光を頼りに、石畳の道を一人歩を進める。

 目的地であるエレガンス・オアシスに着いた僕は、格の違いを改めて身に染みて感じた。

 その立地は、サダラーン城に繋がる大通りに面した一等地であった。
 大理石張りの壁は、まるで神殿のように神々しい店構えをしており、入口は重厚で艶のある立派な木扉、その取っ手は純金なのかゴールド色に輝いていた。

 一方、黒猫亭は、三階建ての木の板を貼り付けただけのような木造建屋。
 その出入り口の扉は、吹けば飛ぶようなちゃちな作りをしている。

 既に暗い気持ちになった僕は、ドアマンに促されるまま、重い足を持ち上げるようにして開かれた扉を通り抜けた。

「康平くん、待ってたよー。ほら、こっちこっち」

 ラウンジを進んでいくと、葵先輩が僕を見つけてくれて手招きしていた。

「すみません。遅れちゃいましたか?」
「大丈夫よ。私も今降りて来たところだから」

 葵先輩だけは、変わらず僕に優しく接してくれる。
 召喚された当時は、変わってしまったのかと不安になったけど、未だ僕が憧れた人のままであった。

「おー、来たか、片桐」
「呼んでいただきありがとうございます」

 はじめてのことだったので、文句を言われないように念のため感謝を伝える。

「しかし、本当におまえは、めでてーやつだな」
「うわー、やっぱりそうくるよねー」
「だから賭けをしても無駄になると言ったんだ」

 高宮副主将、山木先輩、そして内村主将のその言葉に僕は、見当違いをしていたことに気が付いた。

 遊ばれたのか? と思ったけど、次の言葉で僕の考えがどうしようもなく甘かったことを思い知らされた。

「おまえ、俺らのパーティーから追放な。これは決定事項だから」

 決して良いことを言われるとは思えず、心構えをしたけど……

 まさかの追放! いきなり、そんな、酷すぎる!

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、主将。いきなりどうしたんですか!」

 僕があまりの衝撃で何も言い返せないでいると、葵先輩が内村主将に言ってくれた。

「大崎、おまえだってわかるだろ。最近のこいつはまともに攻撃を受け切れていない」

 その内村主将の指摘は、尤もなことだった。
 だから僕は、何も言い返せなかった。

 序盤のゴブリンやオーク程度であれば、何のこともない盾の一振りで敵の攻撃をいなし、魔獣の体勢を崩すことができていた。
 ただし、オーガやトロールといった中級以上の魔獣を相手にすると、痛みに耐えることはできても、腕力が足りないのか盾をはじかれ、僕の方が体勢を崩されることの方が多くなっていた。

 そこを魔獣に突かれて陣形が崩れ、攻撃魔法士として中衛にいる山木先輩が、攻撃される事態にまで発展することさえあった。

 更に、先の中級魔族との戦闘では、気を失うという失態を犯してしまった。

 それでも僕は、身を挺して前衛で魔獣の攻撃を一手に引き受けていたのだ。

「確かにそうですけど……」

 ああ、やっぱり葵先輩もそう思っていたんだ。
 僕が重装騎士として役立たずであると……

「それでも、康平くんは私たちのために身体を張ってくれていたじゃないですか」
「まあな、確かにそれはあの聖女が言っていた通り使えたな……でも、これ以上は、無理だろ」

 葵先輩が考え直すように内村主将に言ってくれたけど、内村主将がはじめから僕をおとり程度にしか考えていなかったことが理解できた。
 後ろに立っている高宮副主将と山木先輩も内村主将と同じように憮然とした表情をしている。

「それにな。五年前に勇者パーティーを壊滅させたあの中級魔族を俺たちは、召喚されてから、たったの半年で討伐できたんだ。たったの半年だ!」

 内村主将は、今回のことを誇らしく思っているのか、短期間で討伐したことを強調していた。

「俺たちは、これからもより強くなる必要があるんだ。いつまでもこんな足手まといに付き合ってる暇はどこにもねーんだよっ」
「そ、そんな、酷すぎます。康平くんがいなくなったらどうやって魔族や魔獣の攻撃を防ぐんですか」

 葵先輩が僕を残留させるために理由をあげたけど、考えに方によっては、結局捨駒がいなくなると困ると言っているようにしか聞こえなかった。
 あまりのことで僕は、そんな卑屈な考え方しかできなかった。

「葵先輩、ありがとうございます。でも……もういいです」

 僕は、上手く思考がまとまらないため、葵先輩になんとかそれだけを言った。

 それに、先輩たちの向こう側にいる人たちが目に入り、それが答えなんだと悟った。

「片桐わかってくれるか。しかし、おまえが心配しないように紹介しておくか。ほら、来いよ」

 僕が心配? 誰を? よくそんなことが言えるよ。

 内村主将に呼ばれた三人の女の子が前に出てきた。

 彼女たちは、今回の魔族討伐戦に冒険者ギルドより参加してきたシルバーランクの冒険者たちだった。

 剣士のフェル、盗賊シーフのギーネと魔法士のイシアルは、十代後半で若手のエースと呼ばれている冒険者で、今回の討伐戦同行に抜擢されたらしい。

「こいつらが俺たちのパーティーに入れば攻撃の層が厚くなる。防御なんてまどろっこしい戦法をとる必要はなくなる。攻めて攻めて全て一本取れば、時間切れを狙う必要はねえんだよ」
「あとのことは、私たちに任せてください。ゼロの騎士様っ」

 内村主将の話が終わったと同時に、フェルが僕の二つ名を言ってバカにした。
 その、「ゼロの騎士」とは、魔力量ゼロの僕の二つ名だ。

 前衛職は、身体強化といわれる魔法を行使して戦うのがこの世界の常識らしい。
 でも、魔力量ゼロの僕には、それができない。

 できないのに重装騎士をしている。
 だから、「ゼロの騎士」らしい。

「そ、それなら心配ありませんね。今までありがとうございました」

 僕は、できるだけ皮肉を込めてそう言ってやったけど、僕の性格ではそれが限界だった。
 本当なら、「バカヤロー、こっちだって願い下げだ」くらい、言ってやりたかった。

「康平くんっ」

 葵先輩が引き留めるようにして名を呼んでくれたけど、僕はそのまま背を向けて出ていこうとする。

「おい、待て片桐」

 高宮副主将が僕を呼び止める。

「なんでしょうか」

 さっさとこの場を離れたいけど、呼び止められたことで、少なからず期待をしてしまう。

『冗談だ。中級魔族討伐のサプライズだ! どうだ! 本気にしただろっ。なあ?』

 などという、空想を思い描いた。
 そんなことをあの高宮副主将が言うはずないのに……

「今までありがとな、片桐。助かったよ」

 沈痛な面持ちで高宮副主将は、そう言った。

「た、高宮副主将……」

 それは、引き留めの言葉ではなかった。
 それでも、その一言で今までの苦労が報われた気がして、思わず涙がこぼれた。

 が、

 それは全て卑劣な計算だった。

「なーんて言ってもらえると思ったかバカヤロー、手持ちの金とその魔法袋を置いていけ」

 僕を苦しめるための計算だったのだ。

「なっ……」

 時間が止まるとはこのことを言うのだろうか。
 僕は、その発言が信じられなかった。

 思わず流した涙が蒸発するほどの、腸が煮えくり返るような怒りが、僕の中に醜くドス黒い感情と共に沸き起こるのを感じた。

「うわー先輩、鬼畜だ」
「雄三の言う通りだな。片桐、聞こえただろ、さっさと置いていけ」

 何で……何でこうなった?
 僕が何をしたって言うんだよ……

 いきなり異世界に召喚され、勇者の紋章がないにも拘らず、勇者と同様の苦しい訓練に耐え、魔族や魔獣を討伐して各地を回った。

 しかも、僕が身を危険に晒してまで全ての攻撃を一手に引き受けていた。
 それだからこそ先輩たちは、楽に討伐戦を行えていたはずなのに……

 それなのに……それなのに……

「こ、これは僕の物です。いくら何でもその仕打ちはあんまりです!」

 言ったぞ! 言ってやったぞ! と僕は、小刻みに震えながらも内心は晴れやかだった。

「なんだと……」

 まさか僕が言い返すとは思わなかったのか、高宮副主将は、不機嫌そうな野太い声で僕を睨んだ。

 一瞬、それに怯んだ僕は、腰の右側に吊った魔法袋に手を添えた。
 そして、一気に身を翻しその場を逃げ出すように駆け出した。

「アクセラレータ!」

 高宮副主将が身体強化の魔法を唱えるのが微かに聞こえた。

 やばい! と、僕が振り返ったのも束の間、弾丸のような速度で急速接近した高宮副主将に体当たりされ、僕は床に身を投げ、簡単に取り押さえられてしまった。

「まさか、お前が逃げるとはな……本来、魔法袋は、デミウルゴス神皇国より貸し出されている幻想級マジックアイテムだぞ。それを持ち逃げしようとするとは……窃盗の罪で牢屋行きだな」
「あ……」

 そうだった。

 僕は、怒りのあまりにそのことを完全に忘れていた。

「ち、違うんです。そんなつもりは――」
「黙れ!」
「ぐっ」

 弁明しようと、背に乗った高宮副主将の方を向いたら、顔を床に押し付けられてしまった。

「雄三! それくらいにしてやれ」
「何をだ」
「痛そうじゃないか。可哀そうに……」

 可哀そうとか言いながらも、近付いて来た内村主将は、僕の魔法袋を腰ベルトから外し、取り上げた。

 抵抗しようとしても、もう一つの身体強化魔法であるパワーブーストを唱えた高宮副主将を相手に僕は、身動みじろぐことさえできなかった。

 これが魔法の力か、と魔法を使えない僕は、そんな自分自身を呪った。

「パーティー追放が決まった時点で、これの所有権は俺たちのもんだ」

 僕の頭のところでおもむろに立ち止まった内村主将は、そう言って足をやや広げてしゃがむように腰を落とした。

「雄三が言うように、本来は窃盗罪で刑吏に突き出してもいいんだぞ」

 だらんと両腕を股の間に垂らして僕を見下ろした表情は、気味が悪いくらいに満面の笑みだった。

「だが、それをしては一緒に召喚された俺たちまで、窃盗犯と同じ人種だ何だと、何を言われるかわからん……だから、このまま立ち去るならお咎め無しとしてやろう」
「おい、和正。それだと――」
「いい、放してやれっ。こんな奴に無駄に時間を浪費するのもばからしい。さっさとしないと、折角のメシが冷めて不味くなる。ただでさえこの世界のメシは――」

 内村主将と高宮副主将が何やら言っていたけど、僕の耳にはもう何も届かなかった。

 僕に魔力さえあれば……

 そう思た瞬間、身体がポカポカと温かくなるのを感じた。

 すると、僕を押さえつけていた重しがなくなり自由となったと思ったら、その不思議な感じがふっと止まった。
 今のは何だったのだろう、と思いながらも、しばらくの間、僕は床に突っ伏したままだった。

「康平くん……」

 葵先輩が手を取って引き起こしてくれたおかげで、正気を取り戻した。

「せ、先輩……僕は……」

 そんなに役立たずだったのでしょうか? と聞こうとしてできなかった。

 葵先輩が魔法袋から取り出したモノを見て、あとが続かなかったのだ。

「これ、少ないけど、生活の足しに使って。もし、無くなったら渡すか――」

 そこまで聞いて、目の前に差し出された葵先輩の右手を弾いていた。
 葵先輩は、目をしばたたかせ驚いたように固まってしまった。

「な、何をするの……」

 飛び散った数枚の金貨の内、一枚がその勢いで回転していた。
 その回転が弱まり、ぱたりと倒れた。

「せ、先輩もなんですね……」
「え?」
「先輩も……葵先輩も、主将たちと一緒なんですねっ!」

 僕は、葵先輩の返答を待たずに、その場から駆け出して去った。

 あれからどれくらい走り続けたのだろう。
 気が付いたら、黒猫亭の前まで来ており、辺りは人影もなく、魔導ランプの光がゆらゆらと揺らめいて僕を照らしていた。
 
 乱暴に木製の扉を開け、その勢いのまま部屋まで駆け上がり、ベッドに身を投げた。

 さっきの出来事が何度かフラッシュバックした。
 特に、葵先輩の最後の顔が忘れられない。

 魔法袋から金貨を取り出し、それを差し出したときの葵先輩の顔は、ぎこちなく引きつった笑顔だった。

 葵先輩だけは、他の先輩たちとは違うと思っていた。
 戦闘で傷ついた僕を、治癒魔法士である葵先輩は、最優先に癒してくれていた。

 だから、それに恩返しするように身体を張って魔獣を後方へ行かせないように頑張ってきたのに……

「ち、チクショおおおーーー!」

 ――――その夜、コウヘイは、自分の中で暴れる怒りを吐き出すように、ひとしきり泣き叫び続けたのだった。

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