異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第200話お母さん! 母と魔女③

自宅を出発して20分。
県道を逸れ、細い農道を走った先に物件がある。
明治時代に作られた小さなレンガ造りの橋を軽トラで渡り、小高い丘を登った先に大きなため池が姿を現した。
ブラックは車窓から景色を眺めながら。


「あら~。大きな池ね~」


「農業用の貯水池だ」


「農業用~?」


「ここで水を貯めておいて必要な時に田んぼに流すんだよ。ブラックの居た世界にも農業用はあるだろ?」


「あるわよ~。でも、私はずっと一人だったから良く知らないわ~」


「......そうか」


農業用の貯水池を取り囲むように2mほどのフェンスが立てられているが、どうやらここは絶好の釣りスポットになっているらしく、フェンスには所々穴が空いていた。


貯水池の脇には何故かアスファルト舗装された道路があり、道路の端にはU字構もあり、排水や給水設備は整っている事は窺えた。
こんな山奥にある家は水道は井戸だったり、排水も宅内処理の場合が殆ど。
その家一軒の為にライフラインを整える事は市や町はしない。
恐らく、この道の先の家の家主だった者が自費で引いたのだろうか?


「あ、あれかしら~?」


ブラックの指を指した先、貯水池のちょうど裏側に大きな洋館が立っている。


「おお。マジか。家って言うよりも城じゃねぇか」


依頼者からはボロ家と聞かされていたので、その浮世離れした外観に地味ながら驚いてしまった。


「お~。近くで見るとより迫力があるな」


一般的な木造2階建ての高さはおおよそ10m前後だが、この洋館はその倍はあり、横幅も30m以上あった。
外壁にはレンガを使っていたが、粗悪品だったのか、触ると茶色い塗料が手にべっとりと付つ。
苔やツタが絡みつき、入口が分からずにいると、軽トラから降りたブラックが俺に手招きをする。


「こっちよ~」


ブラックの指差す方向に視線を向けると、ツタの先に木製建具が見えた。
恐らく、ここが入口なのだろう。


「くそ! 鎌ないとこのツタ切れねぇぞ」


ツタは太く、素手で切っていたら日が暮れてしまう。
面倒だが、一度、会社に戻って鎌を持ってこないとな。


「しょうがねぇ。一度、戻って______」


諦めて軽トラに乗り込もうとすると、緑色の光が軽トラのボディーに反射し、俺は後ろを振り返る。


「何をしているの~? 中に入りましょう」


「お、おう」


ブラックは恐らく、魔法を使ったのだろう。
ツタは意思を持っているかのように動き、道を作った。



______洋館・内部______



「ゴホゴホ! 埃がやべぇな」


洋館の中は薄暗く、長年使われていなかったので埃や砂が多い。
所々、床が腐って抜けていたり、雨漏りもしている。
物件としては珍しいが正直、お客はつけられないかもしれん。


「あら~。随分汚いわね~」


「まぁ、空き家になって50年は経っているからな」


「50年? そんなに経っていないじゃない~。この世界の建物は随分と脆いわね~」


ブラックは床が抜け落ちる事を心配してか、フワフワと俺の周りを浮遊している。
こんな場所に人がいる訳もないので、俺は特にブラックの行いを注意しなかった。
まあ、パンツは丸見えだがな。
俺がブラックのロングスカートの中を視姦していると、ブラックが突然。


「あ! そうだわ~」


と何かを閃き、指パッチンをする。
パチンと乾いた音が耳に届いた直後、足元が薄っすらと発光し、その光は瞬く間に家全体を覆いつくす。


「うわ! お前、何やった!?」


光は俺も包み込む。
このまま、別の世界に飛ばされてしまうのではないかという恐怖から子供のように大きな声を上げてしまった。


「あら~。女の子みたいな声出しちゃって可愛い~」


「うるせぇ!」


段々と光が消えていくと、様変わりした室内が姿を現し、俺はその光景に息を呑んだ。


「お、おお。お前、何やった?」


床全てを覆う赤い絨毯、壁には高級そうな額縁に入ったいくつもの絵画、上を見上げると光り輝くシャンデリアがあり、天井には宗教画のような絵が描かれていた。
ここは玄関ホールだったのか、40帖ほどの空間の先には幅広に設計された重厚感のある階段が設けられている。


「ここの時間を50年戻しただけよ~」


「あ? 時間を戻した?」


「ええ~。そうよ~」


おいおい。
時間を戻すって、魔法ってのはそんなに万能なのか?
それとも、こんな力を使えるブラックは魔女の中でも特異な存在なのか?


「______おい。てめぇら、一体、ここで何をしている!」


ブラックの行いにあっけに取られていると、階段の上から低いだみ声がし、見上げた先に居たのは杖を持った白髪の老人だった。


「あ、いや、その......。あ!」


ブラックを見ると、俺の隣で空中をフワフワ浮かんでいる。
俺はマズイと思い、「いや! これは、手品の練習で!」と咄嗟に嘘をついた。


「......」


白髪の老人は顔中のシワを顔の中心に集め、こちらを無言で凝視している。
この屋敷の住人なのだろうか。
腰は曲がり、背も小さいが、只者ではない雰囲気があった。


「こ、この子はマジシャンの卵なんですよ! この黒いローブはコスプレって言って!」


ちくしょう!
なんで、俺がこんなにアタフタしなきゃいけないだよ!
ブラック! お前ももう少し慌てろよ!


「......随分と懐かしい顔だなぁ」


「そうね~。まさか、こんな所で会うなんてね~。怜人」


怜人という名を耳にし、背筋に電流が走った。
紋付き袴に、木製の杖、特徴的な白髪と豊かな顎髭。
俺は恐らく、この老人の事を知っている。


______桐島怜人きりしまれいと


俺の曾爺さんだ。

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