異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第194話お母さん! 夢見る色

2016年8月11日
雪、エルフ、追放......


2016年8月12日
岩、幼女、洞窟......


「あ? なんだこれ?」


ベッドの上に置かれていたメモ帳の中には日付と三つの単語が並んでいた。


1p目の日付は俺がユスフィアに飛ばされた日から始まり、エルフや幼女等の単語が記されている。
三つの言葉は全て俺がユスフィアで見た、体験したもので構成されているのでは?
と推測することは出来た。
しかし、どうして、俺が体験した出来事がこのメモ帳に書かれているんだ?


「ん?」


メモ帳から桜の花びらが落ちるように六つに折りたたんだ紙の切れ端が下に落ち、拾い上げる。
切れ端を拡げると中にはミミズのような波打った細い文字で『おかえり』と書かれていた。
誰が誰に対して伝えたい言葉かは不明だが、その言葉を見て、俺の心は安堵感のようなものに包まれる。


丸まった背中、白髪交じりの髪の毛、枯木のように今にも朽ち落ちそうな細い手足。
見た目は全く違う。
しかし、俺は目の前の人形のような老婆に対して。


「......お母さん」


という言葉が思わず突いて出た。
母親は黒髪短髪、女性らしさの欠片もないガサツで声が大きく、引退した女子プロレスラーのようにガタイが良い。
女なのに野球が上手く、俺が小学生の頃は父親の代わりに俺にキャッチボールをしてくれた母。
目の前にいる老婆はそんな母親と似ても似つかないのに、老婆に対して母親を重ねてしまっていた。


「しっかし、マグナガルの奴はどこに行った?」


人に「ここに入れ」と言ったきり、姿を消すなんてどんな不親切なプログラムだよ。
しかも、俺は今、幽体という非常に不安点な状態だ。
天から天使が舞い降りたらそのまま連れて行かれてしまうぞ。


「婆さん。ここ、借りるぞ」


崩壊した世界で無暗に歩き回るのは得策ではない。
とりあえず、俺はこの部屋で待機しようと婆さんの隣の空きベッドに腰かけ待たしてもらうことにした。


「......」


一応、礼儀として婆さんに声は掛けたが返答はなく、疲れていたのかベッドに倒れ込んだ。



◇ ◇ ◇



「......つとむ! つとむ!」


ん?
何か遠くの方から声が聞こえる。
しかも、苗字ではなく名前で呼んでいる。
名前で俺の事を呼ばれたのはいつぶりだろうか。
女性にしては低い声、荒々しい口調、俺は久しぶりに聞く声に自然と口元が緩んでいた。


「あんた! 起きなさいって!」


「______ごふっ!」


「早く朝ごはん食べてよ! こっちは朝から物件調査が入ってるんだから!」


「あ、あぁ......」


女性にしては筋肉質な体格の良い母親はいつも仕事で身に付けているスーツに身を包み、ラップでグルグル巻きにしたサンドイッチを俺の腹に押しつけ、今すぐに食えと言わんばかりに寝起きの息子を急かした。
普通の家の朝食風景は知らんが、我が家にとっての朝食とは味わって食うものではなく、腹に入れる為だけの作業である。


「そういえば、藤村さんとこのアパート外壁塗り替えるって話あったでしょ? 業者に発注はしたの?」


「まだだよ。昨日言われたばかりだろ」


「何だよ! それくらい早くやりなさいよ! 今月忙しいんだからさ! そうやってあんたは仕事を後に回してさ! あたしが夜遅くまでやってるのにあんたは早く帰って!」


「俺は定時で帰りたいんだよ。次の日に回せる仕事は次の日に回してだな......」


「くっちゃべってないで早く朝ごはん食べちゃいな!」


「......あぁ」


俺の家は地元で不動産屋をしている。
祖父が一代で立ち上げ、祖父の娘である母親が後を継ぎ、俺はそこで母親と一緒に働いている。
従業員は俺と母親を含めて三人。
儲かる事もないが、飯が食えないほど経営難という訳でもなく、息子一人を女手一つで私立大学まで通わせるだけの余力はあった。


「じゃあ、私、もう行くからね! 皿、水に浸けといて!」


「あぁ」


お魚咥えたドラ猫を追いかける主婦のような逞しさを持つ母親の背を見ながら俺は思う。
あぁ、俺はついに戻って来たんだ______と。

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