異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第174話お母さん! エニグマ国

______エニグマ国______


「か、母ちゃん!」


部屋の隅で椅子に座っていた女性は自身の母親だった。
俺はベッドを降り、母親に抱きつく。


一年近く家を空け、心配していただろう。
「心配かけてごめん!」という言葉よりも先に安堵感から大粒の涙が流れ落ちた。


「俺、帰って来たんだあああ!!!」


異世界に来る時も唐突だったが、まさか、戻る時も唐突だとは思いもしなかった。
しかし、何故、俺は戻る事が出来たんだ?
母の胸の中で冷静を取り戻すと、「ごめんね。私はあなたの母親ではないのよ」と穏やかな口調が聞こえて来た。


「え?」


その言葉を受け、俺はスッと母親と距離を取ると母親だと思っていた人物は両の手で顔を覆い、手を離す。


「レプティリアン?」


「ええ。驚かせてごめんなさいね」


緑色のうろこ状の皮膚に大きな黄色い目。
目の前の女性の外観的特徴はバラックと酷似していた。


「ど、どうして、俺の母ちゃんの姿を?」


「私達、レプティリアンの能力は”擬態”なの。相手が警戒しないようにその人が最も信頼する人物になる事が出来る。あなたには私が母親に見えたのね」


レプティリアンの女性は小さな子供に話しかけるようにゆっくりと言葉を繋ぐ。


「あ、あぁ......」


バラックもそうだったが、どうやら、レプティリアンという種族は能面のように表情が固く、感情表現が人間のように豊ではない。
レプティリアンの女性は優しい口調にも関わらず、ニコリともしなかった。


「もし、差し支えなければ、あなたのお母さんに擬態しても良いかしら?」


「え? どうして?」


「お母さんと話した方があなたが怖がらないと思って」


「......そんなつもりじゃ」


「いいのよ。私達、表情が変わらなくて怖がらせちゃう事が多いから」


「......じゃあ」


母親になる事を承諾すると、レプティリアンの女性は再び、掌で顔を覆い、手を話すと顔や身体など母親そのものになっていた。


「少し違和感があるかもしれないけど、我慢して頂戴ね」


そう言うとレプティリアンの女性は俺の母親の姿で目頭にシワを寄せ、口角を上げた。


「ここは一体どこ何だ? それに、あんたは一体......」


「まあまあ、そんなに焦らないで。お腹空いたでしょ? スープがあるからちょっと待ってて」


「え? いや、別に......」


レプティリアンの女性を引き留めようとしたのだが、俺の話を聞かずにバタバタと部屋を出て行ってしまい、俺は薄暗い竪穴式住居のような空間に取り残されてしまった。


ただ、レプティリアンの女性からは人を騙そうとか、取って食おうというようなやましさは感じない。
それに、母親と同じ顔と声に自然と俺は気を許していた。



◇ ◇ ◇



「う、美味い」


乳白色のスープの上にはバジルのような緑色の葉っぱが添えられ、ミルクのようなほんのりとした甘さとほど良いしょっぱさが癖になる味。
ゴロゴロとジャガイモのような野菜が入っているが、ジャガイモ独特の臭みがなく、スープを口に運ぶ動きが止まらなかった。


「バラックも大好きなのよ、それ」


レプティリアンの女性は俺の母親の顔で微笑む。


「バラックを知っているって事はバラックの母親なのか?」


レプティリアンの女性の年齢は外見では分からなかったが、話し方などで恐らく、人間でいう50代に思え、そう尋ねた。
レプティリアンの女性は思い出したように手を胸の前で合わせ。


「そういえば、自己紹介をしていなかったわね。私はバラックの母親代理のレイスよ」


「母親代理?」


「ええ。バラックの本当の母親はバラックが5つの時に亡くなってね。それから、母親の妹である私が彼を引き取って育てたの」


「そうだったのか......。俺は花島つとむ。何か、看病して貰って、飯まで出して貰って悪かったな」


「いいのよ。バラックの友人なのだから気にしないで」


バラックの友人ではないんだけれど。
まあ、いいか。


「そういえば、バラックは? それに、巨人族の男と女も一緒にいただろう?」


「その二人ならバラックと一緒に図書館に向かったわ」


「図書館!? 図書館があるのか?」


「え、ええ。そんなに驚く事かしら?」


冷静に考えれば、図書館の一つや二つがあってもおかしくはないか。
先程、スープを出される直前、この場所が何なのかを聞いた。
どうやら、ここはレプティリアンの国らしい。
レプティリアンの国は地下深くにあり、外界との交流も殆どなく、他種族が訪れる事も滅多にない。
洞窟の奥にある迷路のような道を進まないとここにはたどり着けないようなので、ホワイトシーフ王国と近い距離にあっても、シルフがその存在を知らなかったというのは頷けた。


レプティリアンの女性の服装や話し方を見るに、文明レベルは高く、狩猟民族のような野蛮な雰囲気は一切なかった。
また、ホワイトシーフ王国にもヴァ二アル国にも図書館などはない。
シルフやパスのような上流階級でないと本を読む事が何故か出来ず、一般市民が気軽に本を読む環境や習慣は二つの国ではなかったので「図書館がある」という事を聞いて驚いてしまった。


「この世界に来て、図書館がある場所なんて行った事なかったから」


「この世界に来て?」


______しまった!
うっかり、口が滑ってしまった!


「いや、実は俺、こことずっと離れた場所から旅をしてきて、それで、色んな国を周ってたんだよ!」


「あ、ああ。そうだったの。旅人さんね。憧れるわ」


「そ、そんな、憧れるような事はしてないさ」


怪しまれるといけないので、会話を続けると、レシルは遠くを見るような目で再び、「そんな事ない。羨ましい」と言葉を言いかえ。


「私達、レプティリアンはこの地から離れられないの」


「そんな事ないだろ。離れたければ離れればいい」


「いえ。出来ないわ。この地はロイス様が降り立った場所。ロイス様がまた舞い降りた時に出迎える使命が私達にはある」


さっき、ホワイト達が話していた、ロイス教の神様の事か。
しかし、それは宗教上の問題であり、本当に違う場所に行きたいのならどこにでも行けるはずだが......。
レイスの発言に疑問を抱いていると、レイスが袖を捲り上げ、肌に印字された英語と記号が混じったような意味を成さない文字を見せてくる。


「この地を離れようとすると、この文字の部分が燃えるように熱くなるの。私達はこれをロイス様からの言葉・聖痕と呼んでいるわ」


ヴァ二アル国で見た本には漢字が書かれており、レイスの腕には英語と記号が刻まれている。
やはり、この世界は地球と何かしら繋がっているものがあるのではないだろうか?
だが、その繋がりが何なのか、この世界と地球の関係性は分からず仕舞い。
SF的な考えで言えば、未来の地球、過去の地球、はたまた、もう一つの地球という見方も出来るが決定的な証拠がない。
未来の地球であれば、過去の地球の痕跡が見付かるだろうし。
過去の地球であれば、俺がいた時代でこの時代の遺物が見つかっていても良いはず。
今のところ、もう一つの地球という線が濃厚かもしれない。


「ほう。初めて見た文字だな」


英語や記号は俺の世界にあったもの。
意味が分からないにしても「見たことある」と言えば良いのに俺は嘘を付いた。


「私達にも言葉の意味は分からない。ただ、この言葉は世界を変える言葉なの」


「世界を変えるねぇ」


人がどんなものを信仰しているのを否定することはしない。
たが、こんな事を話している合間にもシルフに魔の手が伸びている。
早い所、ホワイトの兄貴にオッサンの陰毛を食わせなければ。


「レイス。俺をその図書館とやらに連れて行ってくれ」


俺のお願いに対して、レイスは「ええ。分かったわ」と言って頷いた。

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