異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第161話お母さん! 世界の終わりと

______ヴァ二アル国______


◇ ◇ ◇
■ ■ ■


シルフに振りかざされた殺意のある手刀。
その場にいた全員がシルフが殺されてしまうと察し、悲鳴を上げる者、目を背ける者が多数を占める中、レミーの身体を乗っ取ったブラックだけがポツリと言葉を発した。


「あら~。遅かったじゃない」


シルフとゴーレム幼女の間を断つように突然、地面に亀裂が入ったかと思うと割れた地表から炎の柱が噴き上がり、ゴーレム幼女は焼けた腕を抑えながら悲鳴を上げた。


______ドン!!!


空から舞い降りたミーレは火柱に蓋をするように噴き上がった炎を二本の足でしっかりと押さえつける。
マグマのような髪色に火の粉が纏い、高温を身体全体で浴びているにも関わらず、服は燃える事がない。


「やあ! ゴーレムの魔女! リベンジマッチをしようじゃあないか」


豊満な胸を抱えるように腕を組むミーレは先程とは打って変わって自身に満ちた表情を浮かべている。


野生の獣は自分よりも強い相手というものを肌で感じる事が出来る。
自我を失ったゴーレム幼女にも野生の勘が備わっているのか、ミーレの姿を見て、ゆっくりと後ずさりを始めた。


「ふーん。まあ、逃がさないんだけどねー」


「______!?」


不敵な笑みをミーレが浮かべた直後、ゴーレム幼女は背を向け、四つん這いで後ろ足を大きく蹴り、その場を離れようとする。


「ミーレ!」


この場からゴーレム幼女を逃がしてしまうのはマズイ。
そう悟ったシルフがミーレの名を呼ぶがその時、既にミーレは逃げるゴーレム幼女の目の前まで移動していた。


「逃がさないって言ったでしょ!」


突如、現れたミーレに驚いたゴーレム幼女はピタリと足を止める。
ミーレは一歩、間合いを詰め、ゴーレム幼女の脇腹に重たい蹴りを浴びせ、踏ん張る事が出来なかったゴーレム幼女は数十メートル吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた。


「まだまだ!」


叩きつけられたゴーレム幼女が顔を上げるとまたしても目の前にはミーレの姿。
ミーレはゴーレム幼女の顔面に右ストレートをお見舞いすると無防備となった顎に左フックを打ち込み、ゴーレム幼女の脳を揺らす。
前回、戦った際はミーレが防戦一方だったのに対し、今回は立場が逆転した格好。
ミーレは夕立のような激しい攻撃を緩める事無く、ガードもままらないゴーレム幼女に浴びせ続ける。


「ミーレってあんなに強かったのね... ...」


シルフは自分達が手も足も出なかったゴーレム幼女を袋叩きにしているミーレを見て、驚きの声を上げる。


「元々、強かった訳じゃないよ。僕の体液を与えたんだ」


そう言いながら、空から舞い降りたパスの姿を見て、シルフは息をのんだ。


「ヴァ二アルなの?」


「うん。そうだよ」


シルフが昨夜会った際、パスは普通の人間の姿であった。
だが、目の前に現れたパスの背中からは琥珀色の透き通った美しい翅が生え、人間とは思えない姿となっている。


何があったの?
シルフはそう誰もが思い付く野暮な言葉を使わずに。


「... ...無事で良かった」


と安堵の表情と子供を包み込むような優しい言葉でパスを受け入れた。


「ごめんね。心配かけて... ...」


「全くよ! それよりも花島がいないの!」


「え!? いない!?」


確かに戦闘が始まってからパスも花島の姿を見ていない。
パスが周りを見渡しても他の者の姿は見えるが、見慣れた中年の腹をした花島の姿だけがない。


「あなた達が探している男は恐らく、あそこにいるわよ~」


シルフとパスが花島の行方について思案していると老婆のように腰を曲げたブラックが瓦礫の下まで歩いてきてそう告げた。


「あそこ?」


ブラックはゴーレム幼女とミーレを指差し、シルフは目で追う。


「あの子の中よ~」


「あなた、何を言っているの? それに、何かあなた雰囲気が違うような... ...」


「シルフ... ...。それって多分、花島がゴーレムちゃんの中にいるってことだよ」


「え? ヴァ二アルまで一体なにを言って... ...」


シルフは青ざめたパスの表情を見て、現在の状況と事態をようやく察した。


「花島がゴーレムの中______それって花島が食べられたって事なの!?」


シルフは焦った様子でパスに言葉の意味を問おうとするがパスは首を大きく横に振る。


「恐らく違うわ~。魂だけがあの中に吸い込まれた。肉体は恐らくどこかにあると思うわ~」


瓦礫の下からブラックが答えるとパスは大きく首を縦に振り、答える。


「ブラックが言っている事は間違ってないと思う。僕もゴーレムちゃんの中から微かにだけど花島の気配を感じるんだ」


「ど、どうすれば花島を救う事が出来るの!?」


花島がゴーレム幼女の中に囚われている事は分かった。
問題は囚われている事実よりもどうやって花島を救出するか。
シルフはパスに問うが「そ、それは... ...」と困惑した様子でシルフから顔を逸らされてしまった。


「私たちではどうすることも出来ないわー。その花島って子が自分で何とかするしかないわね~」


「花島は普通の人間なのよ! いいえ! 普通の人間よりも弱いし、ワガママで出来損ないよ! そんな花島が自分でゴーレムの中から出て来れるとは思えないわ!」


「そう言われても~」


シルフにとっては花島は一緒に旅をしてきた仲間という認識だが、ブラックにとってはただの人間。
ハッキリ言って、花島の生死などどうでも良かったのだ。


「______kush hjl!」


ゴーレム幼女と戦闘を繰り広げていたミーレは魔法を使い、ゴーレム幼女を拘束。
両腕と両足に光の輪のようなもので瓦礫にはりつけにされたゴーレム幼女はぐったりとしており、ハンターに捕らえられた獣のようにミーレの事を睨み付ける。


「イキャアア!!!」

「お~! 君すごいね! まだ、あたしと戦う意思があるんだね~! でも、もう、お終いだよ~! 君はもうじき時空の狭間に飛ばされちゃうんだからさ!」


ミーレの言葉を復唱しながらシルフはブラックに問いかける。


「時空の狭間に飛ばす?」


「ええ。そうよ~。私たちの転移魔法で時空の狭間に飛ばすのよ~。そこには音も時間も光も闇もないわ~」


「は、花島は一体どうなるの?」


「あの子の中にいるって事は一心同体。花島って子も時空の狭間に飛ばされてしまうわね~」


ブラックの目は本気だった。
彼女は人間を本当に”モノ”としか見ていないのだろう。
花島を時空の狭間に飛ばすという事が花島をどれほど苦しめるのか理解していない。
分かっていたとしても、それはどうでも良い事と割り切っているに違いない。


「レミー! 凄いでしょ! あたし勝っちゃった!」


ゴーレム幼女を拘束して、帰ってきたミーレは自慢気にレミーの身体を乗っ取ったブラックに話しかけてきた。


「あら~。凄いわ~。強くなったわね。ミーレ」


「ん? レミー? 何か話し方変だよ? 頭でも打った?」


「ミーレは魔力が上がってもおバカさんなのは変わりないわね~」


ミーレはムッとした表情を浮かべる。


「あんた、レミーじゃないね。誰?」


「ブラック。あんた達の本体よー」


「本体? よく分からないけど、レミーはどこにいるの?」


「どこってここよ、ここ」


ブラックは自分の心臓をちょんちょんと指でつく。
ミーレは困惑した面持ちを見せるが、これ以上会話をしても満足の行く答えが返ってこないと察し、深い溜息をついた。


「レミーに何かあったら、ただじゃおかないよ」


「はいはい。ん?」


子供をあしらうようにミーレの言葉を聞き流すブラックの横をシルフが走り去っていく。
シルフは光の輪で拘束されているゴーレム幼女の元で立ち止まると、腰を落とし、ゴーレム幼女に向かって訴えかけた。


「ゴーレム! あんた早く正気に戻りなさい! このままではあなたも花島もマズイ事になるのよ!」


額に玉のような汗を掻くシルフ。
ゴーレム幼女はシルフの声に聞く耳がないのか、自身を拘束している光の輪を外そうと身体を揺らし、悲鳴を上げる。
断末魔のような嫌な音を聞きながらミーレとブラックはゴーレム幼女とシルフの周りに魔法陣を描き始めた。


「シルフもそこを離れた方がいい。じゃないとシルフまで時空の狭間を一生漂う事になるよ」


「ゴーレムを治す事は出来ないの!? あなた達、魔女でしょ!? 最強の種族なんでしょ!?」


「... ...」


ミーレは切羽詰まった様子で訴えを続けるシルフから視線をそらし、唇を強く噛んだ。
「救えるものなら救いたい」
ミーレにとっても花島やゴーレム幼女は少ない時間であるが同じ釜の飯を食べた仲であり、時空の狭間に飛ばさなくても良いのならしたくないのが心情である。


「彼女はもう救えないの~。心の奥の奥まで洗脳されてしまっているわ~。あなたも知っているわよね~? あれに憑りつかれたら死しかないってこと」


「で、でも... ...!」


それでも、何か考えればゴーレムや花島を救う手立てが見つかるはず。


シルフは時間をかければ二人を救う事が出来るとブラックに提案したかった。
ブラックは魔法陣を描く手を止め、時間をかける事が出来ない理由を伝える。


「考えている時間はないわ。その子はもしかしたら”魔王の器”なのかもしれないのだから」


「魔王? 何よそれ」


シルフを横目にミーレが答える。


「数千年に一度のペースで訪れる世界の崩壊さ。魔王は魔女の突然変異によって生まれる。魔王が復活したらこの世界はリセットされてしまう」


「... ...リセット?」


「シルフも教典くらいは読んだ事あるよね? 世界は一度、飢餓、貧困、伝染病、戦争等々によって壊れる寸前だった。その原因となったのが魔王の出現なのさ。教典にはそんな詳しく書いてないけどね」


「あなたはどうしてそれを知っているの... ...?」


世界の終わりという予期していなかった言葉を聞き、狐につままれたような顔でシルフはミーレに問う。


「どうして? それは別の世界で世界の崩壊を経験しているからさ」


砂煙で覆われていた空に色が戻り、雲の合間から太陽が顔を覗かせる。
降り注いだ光はミーレとブラックが描いた幾何学模様の魔法陣を照らし、ミーレとブラックは便所の棒を二人で手に持ち、ゴーレム幼女を転移させるために詠唱を始めた。

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