異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第148話お母さん! ゴーレム幼女の過去⑦

______クックの家______


血のように赤い夕陽が森を染め、山鳩の鳴き声が段々と小さくなっていく。
リトラレル王から魔具の製造の生産性を上げるように指示されたレインは工場を広げ、人員を配置することをクックに相談をしに訪れた。


______トントン。


「入るぞ」


ノックをするが、クックからの返事はなく、部屋の中は暗く、音もない。


「作業小屋にいるのか?」


部屋にいなければ工場にいる可能性もある。
レインは家の横に併設されている工場に足を向け、木製のドアを開ける。
工場の机には作りかけの魔具と魔石が乱雑に置かれ、直前までクックが作業していたのがうかがえた。


ガシャン!


「ん? 奥に居るのか? 返事をしろ!」


工場の奥にはクックが作った自室があり、レインが入る事を許されていなかった。
クックとはあくまでも他人であり、好奇心もなかったが、一度、間違えて入ってしまいそうになった時に血走った眼でレインの腕を掴み止めた。
その事もあり、奥に進むことにレインはためらいを見せたが奥で倒れている可能性も考慮し、足を前に進める。


「クック! いるのか?」


工場の壁に掛かっていた蝋燭の火を頼りにレインは周囲を照らす。


「ん?」


レインは部屋の隅にある麻布で覆い被された物体が気になり、燭台を向けると垂れ下がった麻布の下に数匹のネズミが群がっていた。
突貫作業で増築されたクックの自室の床は歩くとギシギシと音を立て、その高音に驚いたネズミは一目散に棚の奥に身を隠す。


「ここにはいないのか... ...」


周囲を見渡してもクックの姿はない。
部屋を出ようとした時、レインは先程のネズミが集まっていた箇所が気になり、後ろ髪を引かれる。


興味本位で近づいたものは良くない事をもたらす事を幼いながらもレインは知っており、今までそういったものに興味を示さなかった。
しかし、この時ばかりは何かに導かれるようにレインは麻布の中を確かめたくなる。


「これは... ...」


布を取ると大きな魔石があった。
魔石は大きければ大きいほど価値があり、高いものは国一つの国家予算と変わらないと言われる。
ただ、それだけの魔石は発掘されることは少なく、見付かったとしても欠けや傷があるものばかり。
しかし、レインの目の前で緋色に輝く魔石は刃こぼれのない日本刀のように美しく、異彩を放っていた。


「ん? 魔石の中に何か... ...」


レインはジッと魔石の中をのぞき込む。


「何だこれは!?」


魔石の中を覗いたレインは珍しく声を上げ、驚いた。
不純物が混じるはずのない魔石の中には眼球や指などの人体の一部がバラバラになった状態で魔石の中を浮遊していた。


レインにとって、戦場で死体を見る事は日常茶飯事だった。
取り乱す事はなかったが、何故、こんな奇妙な物がクックの家にあるんだ?
と疑問を抱いた。


「______レイン! そこで何をしている!?」


後ろを振り返ると血相を変えたクックが立っており、「いや、これは」と弁明しようとしているレインは近づいてきたクックに乱雑に突き飛ばされた。
小さな体はふわりと宙に浮き、奥にあった棚にぶつかり、崩れた数冊の本にレインの身体が埋まる。


初めて心を許した人間に怒りの感情をぶつけられ、レインはどうしていいのか分からず、身体を震わし、国で見た子供のように。


「ごめんなさい」


と口にする事しか出来なかった。


「いまさら! 今更、謝ったってシルヴィアはもうここには戻らない!!!」


目に熱いものを溜めたクックは声にならない声を上げる。
レインはその一言で目の前の魔石の中を浮遊していた四肢はバラバラになったクックの孫だと直感し、自身が彼女の命を奪ったのだと悟る。
恐怖の感情から逃げるようにレインはクックの家を飛び出した。


林道を走りながら、レインは今までのやってきた事は”人から大切なものを奪う事だった”のだと気付く。
言われるがままに人を殺してきたレインにはそれが分かっていなかった。
何となくだが悪い事をしている感覚はあった。
それがこの世の理であり、常識だ。
と殺しを正当化してきた。

だが、初めて心を許した人間から憎悪の感情を向けられ、自身の過ちの大きさに気が付かされ、頭の中で自身を非難する声や殺してきた人間の叫びが鳴り止まなくなる。


「いやだ! もう、聞きたくない!!!」


走りながら耳を塞いだレインは体勢を崩し、顔から地面に落ち、新雪のような白い肌を茶色い泥が覆う。


「嫌だ!!! 嫌だ!!!」


足をバタつかせ、池から引きずり出された魚のように全身を使い、暴れるレイン。
服も顔も泥だらけになり、今のレインの感情を表すかのような藍色の布が樹頭じゅとうを覆い、山鳩もいなくなった森には月明かりと自責の念に駆られる幼い魔女の声だけがこだました。

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