異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第147話お母さん! ゴーレム幼女の過去⑥

______ユニキスの森______


ユピス国を西に二日ほど歩くと雷樹の木が生い茂るユニキスの森、別名魔女の住む森がある。
ブラックはその森の中央付近に小さな木造家屋を作り、下界と交流もせずに天涯孤独で暮らしており、人が訪れることなど稀だ。
木製のドアに付けられたドアノックは錆びついており、長年使用されていないことが見た目で分かる。
エルデステリオの命を受け、数名の特使がブラックの家まで向かうが足取りが重く、表情も硬い。

ブラックは竜が存在する時代から生きている。
一国を一夜で壊滅させてしまうほどの魔力を持つという噂があり、ユピス国に住む者であれば彼女の事を一度は聞いた事がある。
当然、ブラックと関わろうとする強心臓の持主はいるはずもなく、特使たちは「これは事実上の死刑宣告だ」と苦い汁を飲んだ。


「こ、ここですか... ...」


特使の一人であるテテスは目の前に見える小さな丸太小屋を見つけ、重い口を開く。


「あ、ああ」


特師団の指揮を任せられているエプロンは地図を開き、確認。
他の団員たちを外で待機させ、テテスを連れ、木製のドアを恐る恐る叩く。


ドアがノックされることは数十年ぶりでブラックは返事をする事を忘れてしまったのか、黙ってドアを開けた。


「... ...」


エプロンとテテスは現れた白髪で右目が赤、左目が金色の美しい幼女に一瞬、見惚れてしまった。
そして、すぐにテテスは腰を落とし、幼女と目線を合わせ。


「お嬢ちゃん。お母さんかお父さんはいる?」


テテスは軍に入る前はユピス国で教師をしていた経験があり、子供の扱いには慣れている。
女であるテテスは力が無く、かつ、彼女は要領も悪かった。
軍に入ったはいいが、演習や訓練についていけずに彼女自身も軍を離れ、また、教師の道に戻った方がいいのか考えていた。
そんな中、王からこの命を直々に受け、作戦の内容を聞かずに「やります!」と快諾。
後になって内容を聞いたテテスが頭を抱えたのは言うまでもない。


「enireespeten?(何者だ?)」


ブラックの喋る言葉は抑揚がなく、早口で、高圧的な物言いだった。


「... ...何を言っているんだ?」


エプロンは聞いた事が無い言葉を耳にし、困惑して眉をひそめる。


「あ、en pes re yupis(私たちはユピス国から来ました)」


「 munon ref kll?(ムノン語が喋れるのか?)」


「tyyy(少し)」


「... ...gf(入れ)」


ブラックの喋る言語は失われた国の失われた言葉。
数百年前に一夜にして滅んだ”幻の都ムノン”で使用されていた言葉であった。
ブラックは数百年ぶりに自分以外から発せられる言葉を耳にし、気を許したのか部屋に二人を招き入れた。



□ □ □



______ブラック家______


「へー。中は意外と広い」


まるで観光地に来たかのようにテテスは魔女の住む家をジロジロと見る。
壁には爬虫類の剝製や動物の骨が吊るされ、蝋燭の火で家の中が照らされている。
雷樹の木は背が高く、この森の雷樹は伐採されることなく育ち、どれも高さが30mは下らない。
当然、雷樹の木の下にある丸太小屋には陽の光が入る事が少なく、家の中は常に薄暗い。
湿度が高いのか、至る所にアオカビが生えていた。


「おい。さっきの言葉はなんだ?(小声)」


ブラックは茶を客人の為に煎れるために台所に立っている。
案内された椅子に座り、エプロンはブラックに気づかれないようにテテスに先程のやり取りを聞こうとした。


______コトン。


「数百年前にこの地に存在したムノンという国の言葉よー」


「ん? あれ!?」


テテスとエプロンの前にあるテーブルの上に木のコップに入ったお茶が置かれ、対面の椅子に座るブラック。
先程まで少し離れた台所に居たにも関わらず、一瞬にして目の前まで現れた白髪の幼子に驚きを隠せないエプロン。


「へえー。すごい。今、魔法を使いました? あれ?? というか、私たちの言葉を喋ったような... ...」


肝が据わっているのか、ただ単に無自覚なのか、テテスは魔女であるブラックに普通の人間に接するように話しかけている。
ブラックも失礼なテテスや魔力すら感じないエプロンを敵ではないと悟ったのか、自分で煎れた茶を啜る。


「久しぶりに言葉を発したから昔の言葉と混じっちゃってねー。普通にあなた達の言葉も喋れるわよー」


「何だろう... ...。想像していた魔女と違うぞ... ...」


おっとりとした口調でまるで老婆のように喋る魔女から”魔女殺し”と言われるような凶悪な面影はなく、人畜無害に見えたエプロンはボソッと本音を零した。


「冷めるからあなた達も飲みなさーい」


ブラックがそう言うと木のコップがふわりと宙に浮き、テテスとエプロンの手の中にソッと収まる。


「... ...」


エプロンは毒が入っているのでは?
と勘繰るが、テテスが「ちょうど、喉乾いていたんですよ」と言いながら何の疑いもなく茶を飲みほしたのでそれに続いた。


「ぷはー! マズイ! もう一杯!」


遠慮することなく、魔女である自身に対し、お代わりを要求する人間が可笑しかったのか、ブラックはニコニコしながら急須きゅうすのような注ぎ口が尖った物を宙に浮かし、茶をテテスのコップまで注ぐ。


「... ...お前、すごいな」


「え? これくらい、全然、飲めますよ!」


「いや、苦いお茶を飲めることじゃなくて... ...」


二人のやり取りを見ながら、ブラックは目じりを下げる。
自分よりも明らかに弱い人間がじゃれ合う姿をペット感覚で可愛いと思っているのか、自身が幸せだった頃を思い出し微笑んでいるのかは定かではないが、エプロンやテテスを取って食おうという事は考えていないのは見て取れた。


「こんな森の奥に人が来るなんて本当に珍しいわー」


テテスは両手でコップに口を付けながら上目遣いでブラックを見て。


「どうして、こんな森の奥に住んでいるんですか? 寂しくないの?」


「寂しくはないわよー。あなた達は犬や猫が沢山いる町や国が居心地がいいと思う?」


テテスの質問に質問で返す。


「犬? 猫?」
「うーん。最初は楽しいかもしれないけど、飽きるかもしれないですね」


「でしょ? 私はあなた達を”喋る動物”としてしか見てないの。だから、こうやってたまにお話するのは楽しいけど、毎日は疲れちゃうわー」


「動物... ...」


見た目は10歳くらいの幼女に動物扱いされ、気まずそうに頬を指でポリポリと掻くエプロンから軍人としての威厳は感じられない。


「そういえば、あなた、どうしてムノンの言葉を喋れるのかしらー?」


ムノンという国は数百年前に消え、同時にその言語も消失した。
ブラックは単純に懐かしい言葉を話すテテスに興味があったのと、もしかしたら、自分以外にムノンの生き残りがいるのではないかと淡い期待を抱いていた。


「私、軍に入る前は歴史の教師をしていたんです。ムノン語は教師になる前に好きで調べました」


「そう。上手に喋れているわ」


ブラックはニコニコとしながら物憂げな表情を浮かべた。


「えへへ。そうですかー」


テテスはもじもじしながらお世辞を真に受ける。


「______あの! 私たちは雑談をしに来た訳ではないんです!」


このままではいつまで経っても本題に入れないと思ったエプロンは机を叩き立ち上がる。
ブラックはニコニコした表情を崩さずに口を開いた。


「殺して欲しい魔女がいるんでしょ?」


「え? あ、ああ。はい... ...」


拍子抜けしたエプロンは力なく、椅子に座る。


「人がここに来る理由なんてそんなもんよー」


ブラックの家は普段は人が近寄らない場所にある。
そんな所までわざわざ訪れるのはブラックに用があるから。
生ける歴史書のような魔女に頼む事など限られている。
中には誰かを助けたいと思ってここまで来る者もいただろう。
しかし、長年の経験からそんな奇特な人間は数名しかおらず、殆どが自身の利得しか考えていなかった。


「じゃあ、引き受けて______」


「お断りよー」


「... ...は?」


ブラックとのやり取りは終始順調そうに見え、エプロンは自分達の依頼を受けてくれるものだと勘違いしており、断られた事で呆然としてしまう。


「だって、利益がないものー。確かに私は最強の生命体だと自負しているわ。その気になればあなた達なんて一瞬でバラバラよー」


「金なら国からたんまりと出る! 欲しいなら奴隷も付けると王から言われている!」


「お金や奴隷なんて要らないわー」


「じゃあ、何だ!? 何が望みだ!?」


焦ったエプロンは語気を強める。
ブラックを連れて来ることが出来なければ彼は恐らく、王に殺される。
残された家族もどうなるか分からない。
自身や家族の安否を気に掛けるエプロンは大量の汗を掻いた。


「そうねー。あなた方どちらかの心臓を頂けないかしら?」


「______!?」
「______心臓!?」


突然の申し出にテテスは服の袖をギュッと握り、エプロンは更に発汗した。
魔女であるブラックが金や奴隷などに興味がなく、別の報酬を要求してくることは旅立つ前に覚悟していた。
だが、実際に耳にすると蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


「いい加減にしろ!」


エプロンは腰に身に付けたホルスターから掌に収まるほどの黒光りした小さな魔銃をブラックに向ける。


「ん? それで何が出来る? 人が」


一瞬にして空気が張り詰め、ブラックの足元から出た黒いもやが部屋を包む。
無垢な笑顔は能面のような表情となり、血の気が感じられない。


「こ、こっちにはお前の魔力を奪う力があるんだ!!!」


ガタガタと震えながらもエプロンが強気でいられるのには理由があった。


「ふっははは! 魔力を奪う!?」


笑うブラックにエプロンは得意気に言い放つ。


「この銃は秘宝である大剣ブラスの欠片が埋め込まれている! こいつを撃てばお前なんか______」


「お前ら人間は本当に醜いな」


「なに?」


魔力を奪う或いは無効化する伝説級の魔具を向けられているにも関わらず、ブラックは動じることなく、むしろ、目の前の人間を嘲笑う。
同時に興が醒めたように「はあ~」と深いため息をつきながら黒い靄を引っ込めた。


「大剣ブラスってのはね、神出鬼没なのよー。現時点であなたがそれを大剣ブラスだと言い張った時点でそれが偽物と証明しちゃったのよー」


「... ...何を言っている?」


「頭が弱い子ねー」


そう言うとブラックはパチンと指を弾き、何もない空間から一冊の分厚い年季の入った本を取り出す。


「これは?」


「魔具が書かれた本よー」


風がないにもかかわらず、本はひとりでにパラパラと音を立てて捲れ、あるページで止まる。


「ほら、ここに書いてあるでしょ? 大剣ブラスについて」

本を覗き込むエプロン。


「... ...読めない。どこの言葉だ?」


「あ、これ、ムノン語ですね」


テテスがムノン語だと理解するとブラックは驚いたように口を大きく開け。


「やだー。あなた、ムノン語読めるの?」


「え? 勉強したって言ったじゃないですか?」


「勉強してもムノン語を喋る事は出来ても、魔力を持たない子には文字は読めないのよー」


「ん? 魔力を持たない?」


テテスは首を傾げる。
テテスは普通の人間であり、魔女や魔術師のように魔力を持っていない。
この国、いや、世界に生まれると生まれた時から魔術を持つか、持たない者か判明する。
魔力を持つ者は軍人になるか、魔具を作る職人になる事が決められており、それ以外の者は別の仕事を与えられる。
魔力というものは生まれた時に神から与えられ、努力や勉強で身に付くようなものではないというのが世界の常識であった。


「ちょっと、失礼ー」


ブラックはテテスの眉間に指でソッと触れる。


「... ...あの、何か、変な感覚です」


まるで、全身の血液が沸騰したお湯になったかのように身体が熱くなるテテス。
顔は風呂から上がったように火照り、吐く息は白い。
部下に何が起こっているのか分からないエプロンは黙ってその光景を見る事しか出来なかった。


「... ...なるほどー。面白いわねー」


ブラックが指を離すとテテスは肩の力が抜けたのか、ぐにゃりと身体を横に倒し、隣に座っているエプロンにもたれ掛かる。
エプロンはテテスを受け止め。


「何が面白いんだ?」


とブラックに言葉の真意を問いただした。


「この子、僅かだけど魔力があるわー。少なすぎて感じられなかったけど、確かにあるわねー」


「魔力が? テテスは生まれた時に魔力がないと判明したはず... ...。国が間違えたのか? いや、しかし、既にテテスは成人を超えている。出生時に間違えたとしてもこの歳まで判明しないのはいくら何でも... ...」


エプロンが困惑するのは無理もない。
通常、生まれた時に魔力のアリORナシを判別し、定期的な健診をし、出生時に誤認がなかったかを確かめる。
稀に国や町や村のどこにも属さない”ロスト”と呼ばれる国籍を持たない人種の中に特異的に魔力を持つ者が生まれるが、テテスにはしっかりとした国籍があり身元確認が済んでいる。
でなければ、教師になることも国を守る軍に入る事も出来ない。
その健診をかいくぐり、今まで魔力を持つ事を隠しきるのは現実的に考えられない事だった。


「あくまでも仮説だけどねー。後天的に魔力を手に入れたんじゃないかしらー?」


「後天的? そんな事があるのか?」


「さぁ? ただ、これは世界の理を変えてしまうかもしれない重要な事よー」


「世界を変える? こいつが?」


自身の肩にもたれ掛かる赤毛の少女は魔女殺しの自宅でぐっすりと眠っている。
エプロンは「こいつが世界を変えるなんて笑えないジョークだ」と心の中で思っているに違いない。


「さっきの魔女殺しの依頼受けても良いわー」


「なに!? 本当か!?」


「ただ、条件があるのー。その子を譲ってくれないかしらー?」


ブラックは上機嫌そうにテテスを指差す。


「ああ、良いだろう。俺たちは命を捨てる覚悟でここまで来たんだ。殺されないだけマシだとテテスも納得するだろうよ。取って食おうって訳じゃないんだろ?」


「そんな悪趣味な事しないわよー。ただ、世界が変わるところを見てみたくなっただけよー」


「... ...魔女の考える事は分からん」


エプロンはテテスに世界を変える事なんて出来ないと思っている。
体力は中の下で、要領が悪く、教師であったにも関わらず人に物事を教える事が下手な部下という評価を下していたからだ。


しかし、彼女はムノン語を用いた魔術書を作成し、勉学によって誰でも魔法が使えるようになる世界を近い将来、創り出すことになる。


「... ...ん? あれ? 私、どうして少佐の肩に?」


テテスは意識を取り戻し、目を擦る。


「おはよう。子猫ちゃん」


善人も悪人も獣も人間も包み込んでしまいそうな緑色の瞳と、一夜にしてムノンを消失させた大火のような赤色の瞳は斜陽を浴びて明々と輝く。


「子猫ちゃんじゃありません! 私にはテテス・マグナガルという名があるんです!」


テテスはブラックに向かってビシッと指を指した。
後にテテスは魔術書を生み出した後、結婚し、子供を産む。
そして、遠い子孫が分離したブラックである”ミーレ””レミー”に魔法を教えるリズ・マグナガルという事までブラックは予想していたのだろうか。


「そう。テテス・マグナガル。これから、長い付き合いになるからよろしくね」


と生意気な人間を怒る事なく、笑顔で見つめた。

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