異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第114話お母さん! 第二回戦は大喜利!③

『おい! あの爺さんみたいな婆さんを摘まみだせ!』


ハンヌ陣営の半袖丸がそんな合図を内通者に送る。
そして、髭婆さんはコロッセオの内部から出てきた警備員に審査員の席から出されてしまった。


「え!? ちょっと~! 何なの!?」


引きずられ、会場を後にする髭婆さんの様子を見た観客たちは少々動揺した様子だ。
司会も何がどうなっているのか分からず、実況出来ずにいた。


「ちょっと! どうして退場なのよ!」
「そ・そうだ! これじゃあ、花島が... ...」


パス側は髭婆さんが連れ出された事に抗議を始める。
先程の勝利が花島が実力で得たものではなく、髭婆さんがいたお陰だとパス側も感じていたのだろう。
髭婆さんがいなくては勝負にすらならない。


司会はメイドから一枚の紙を渡され、それを読み上げる。


「え~。どうやら、彼は頭に障害を持っていたようで病院から逃げ出していたようです。それで、病院の方に連れ戻されてしまった... ...。という説明です」


疑心暗鬼になりながらも説明するしかない司会。
司会の説明に再び笑いが起こる会場。
反発の声を上げるパス陣営。


「YOU! これで万事休すだな!」


髭婆さんというカードを切れなくしたハンヌ陣営は胸をなで下ろす。


「では! 気を取り直して四問目! とし子ちゃんの家では誕生日ケーキの代わりに別の何かが出されます! それは何!?」


____四問目。


トムは早々に手を挙げ、回答。


「YES! こ・コンニャク!」


ここでトムに対する笑いは少なかった。


「WHAT!? 何で!?」


何で?
トムが冷静な状態であればこの場の雰囲気を察していただろう。
しかし、彼は久しぶりに感じる敗北の気配に自分では気付かない程度に動揺していたのかもしれない。
これが第一問目や第二問目であれば特に気にするようなミスではない。
ただ、彼はやってしまった。
絶対に花島に取らせてはいけない四問目にミスをしてしまった。


「... ...どう考えても、まだ、髭婆さんへの笑いが残っている」


そう。
先程の回答の余韻がまだ観客の中にあり、トムの回答など殆どの者が聞いていなかったのだ。
そして、花島は余韻が終わった頃合いを見て。


「___はい! 親戚のおじさん!」


____どっ!


笑いでスタンドが揺れ、その微かな揺れが足元から肌に伝う。
またしても札を上げざる得ない状況になった少年と女性は躊躇ためらいながらも札を上げた。


「な・なんと!!! 四問目を取ったのはまたしても花島! なんということでしょうか!?」


第三問目。
花島は髭婆さんという飛び道具を使って笑いを取った。
トムは第三問目の敗因として花島が髭婆さんをイジったからと予想しており、現にその予想は当たっていた。
そこで、強行策であると認識していたがハンヌ陣営は髭婆さんを強制退場させ、花島が次戦で笑いを取ることを不可能にさせようと目論んだのだ。


____が、四問目。


花島は髭婆さんを使わないでこの会場から笑いを取った。
これは期せずして起こった事態。
再び、動揺するハンヌ陣営。
パス陣営もハンヌ陣営も「どうして笑いが取れたのだ?」と同じ疑念を抱いていた。


「い・一体何が!? YOUが面白いことを言ったとは思えないが... ...」


トムは初めて動揺し、目を見開いて花島を見やる。


花島は面倒くさそうに頭をポリポリと掻きながら。


「面白いこと何て一言も言ってないよ。俺はあいつらのツボになったってだけだ」


「TUBO?」


ツボ。
元来、笑いというものは場の雰囲気に合った言葉を選び、相手を和ますというものだ。
発言の場や言葉を違えたり、タイミングを逃せば笑いというものは効果を発揮出来なくなる。
笑いを取る事を生業なりわいにしている人間は芸を磨く努力は勿論、その場を読む力を身に付けることにも比重をかける。


ただ、それら全てを凌駕するものが一つ存在する。
それは笑いのツボだ。
どんなに芸を磨いても、その場を読む力を身につけたとしても太刀打ちが出来ず、達人でも人間国宝でも一生に一度辿り着けるかどうかの天武の極み。


ある著名な落語家は言った。
世界のツボになりたいと____。
弟子を数百人も抱え、寄席を開けば毎回爆笑の渦を巻き起こす。
彼は日本でのツボを押さえた数少ない人間。
そんな人間でさえも海外に出れば見慣れないアジア人という認識に過ぎない。
ツボというものはあまりに局所的なもの。
日本でツボを押さえたとしても、それが海外で応用が利くかは分からない。
時代・場所・人種によってツボは千差万別。
笑いのツボを押さえるというのは砂漠でコンタクトレンズを見付けるようなもの。


___が、花島は見付けた。


それは恐らく、一瞬、このバトルのこの時間だけ。
恐らく、花島の言葉によって笑いが取れる事はもうない。
ただ、それでいいのだ。
花島は芸人でも人気者でもない。
ヴァ二アル・パスを王にする為に戦う戦士なのだ。


「さあ! まさか! こんな接戦になると誰が予想したのでしょうか!? 次のお題で勝者が決まります! この戦いを制すればパスチームは王位継承権に王手となります!」


焦るハンヌ陣営をよそにお題は読み上げられる。


「さて! 最後のお題に登場していただきましょう!」


司会に呼び込みをされ、コロッセオの内部から出てきたのは頭にターバンを巻いた中年の男。
指や首に装飾品を身に付け、お金持ち風な男性であった。


「さて! 彼はこの国で貿易商をやっているアラブ・アリババさんです! 彼が他国から持ってきた物はどんな物? というのが最終問題となります!」


先程とは一風変わったお題。
人が登場するという事はその人物の反応が笑いに繋がるかが勝敗の分かれ道となり得る。
そして、花島はこの時、初めて見に入る為、手を挙げるのをためらった。


「YES! 爺さんみたいな婆さん!」


「... ...」


トムが先攻を取り、プライドを捨て、花島が三回戦で見せたネタを被せてきた。
会場からは多少の笑いが起きるものの、貿易商はピクリともしない。
貿易商の反応を見た観客達も笑いずらくなったのだろう。
これでは、審査員の二人も札を上げずらい。


二答目を続けざまにトムが放つ。


「YES! 珍しい犬のウンチ!」


「... ...」


苦肉の策で下ネタを言い、会場からは失笑され、女性の観客からは引かれてしまうトム。
第4回、第5回戦においてトムの人気者としての地位は完全に地に落ちた。


「YES! 聖剣伝説2!」
「YES! 鬼の踵!」
「YES! 全自動洗濯機!」


「... ...」


一人で回答を続けるが貿易商は仏頂面で喜怒哀楽の感情の殆どを失った人形のようだった。
見かねた司会は。


「うーん。これはお題が難しかったか? これは次の問題に行った方がいいかもしれませんね」


大喜利ではボケやすいお題とボケにくいお題というものが存在する。
前者は面白い回答が出やすく、後者は中々出にくい。
時にはそれを見極め、回答しないで次のお題に賭けるという選択も大喜利においては重要な戦術でもある。


案の定、司会もこれはボケにくいと判断したのか、運営本部に次のお題に行ってもいいかと確認。
五問勝負といえども中にはこういったボケにくいものが存在するのは運営側も認識しており、通常は他にも何問か用意しているもの。


____しかし、花島には次はない。


次の問題に行ってしまえば花島を負かそうとハンヌ陣営が裏で工作しているという不安があったからだ。
ここで決めるしかない。
花島は手を挙げ。


「すいません。紙とペン貸してもらえますか?」


突然の要求に固まる司会。


「紙とペン? 何に使うんですか?」


「何って大喜利にだけど... ...。武器とか魔法とかとりあえず何でもOKなんでしょ?」


「ええ。大丈夫ですけど」


ハンヌ陣営はこれはボケにくいお題だと理解したのか、暴走ギリギリのトムを止め、次のお題に向けて温存する作戦に出た。


「あいつ、何をする気だ?」
「HAHAHA! 異国の者は問題の性質も分からないみたいね!」
「... ...」


紙とペンを受け取った花島はスラスラと何かを書き出す。
飽きていた観客達も花島の行動に興味津々のようだ。


「はい! 出来ました! 司会! また、お題を読み上げてくれ!」


「え? ああ。貿易商の彼が他国から持ってきたものはどんなもの?」


「それは... ...」


ハンヌ陣営も観客達もパス陣営も花島の回答を見守る。
恐らく、花島の回答が終われば次の問題に行き、花島の勝率はガクッと落ちる。
花島は貰った紙に書いた画を見せる為、くるっと紙を回し、貿易商に見せた。


「____それは! うんこです!」


「... ...」
「... ...」
「... ...は?」


ダダ滑り。
まさかのトムが滑った下ネタを同じ局面で花島は披露した。
敵も味方も観客も一同。
「なにやってんだあいつ?」
と花島に呆れる。


「HAHAHA! あのボーイは何をやっているんだ!?」


トムの言っている事は正論。
花島も何も言えないだろう。
花島は糞滑りした。
恐らく、もう、再起不能。
並みの人間には理解が出来ない行動だった。


「ぷっ____! うわははははは!」


静寂を裂くように誰かが大声で笑う。
あまりにも滑りすぎて逆に面白いという状況になったのだろうか?
いや、それは違う。
この会場でただ一人、花島のボケを笑った人物がいた。
そして、それは意外にも今までクスリともしなかった貿易商だったのだ。


「うひいいい!! ひひひ!!」


ジャングルの奥地にいる怪鳥のような奇妙な笑い声が会場にこだますると釣られて子供達が笑い出す。
それを見た両親も笑い、会場内は笑いの連鎖反応が起こった。


「WHAT!? どうしていきなり貿易商が笑ったのだ!? どういうマジックを使った!?」


頭を抱えるトム。
どうやら、花島が魔法を使って強制的に貿易商を笑わせたと思っているようだ。


「いや。俺、魔法使えないし」


「じゃあ、あの魔女か!?」


「ゴーレム幼女はグロッキーだし... ...」


「じゃあ、あの双子のビッチ共が裏切ったか!?」


「いや、そんな複雑な問題じゃないよ... ...」


トムは色々と詮索する。
しかし、それはどれも的を射た答えではなく、渋々、花島が回答する。


「あの貿易商さ、こっちの言葉分からないから」


「WHAT!? 言葉が分からない?」


____そう。


彼はトムのボケが面白くなくて笑わなかったのではなく、単純に彼が何を言っているか分からなかっただけなのだ。
そこで、花島は画を見せ、笑いを誘った。


「貿易商って聞いて何となくだけどこっちの人間じゃないのかも。って予想してさ、で、お前のボケに対しても反応しないし、もしかしてと思ったんだよね」


「で・でも、どうしてウンコの絵なんかで... ...」


「うーん。ほら。ウンコとかチ〇チ〇って万国共通じゃん? 知らない外人にいきなりウンコの画見せられたら面白くない?」


「い・いや... ...。面白くはない」


「... ...マジで? 俺、感覚変なのかな?」


花島はここで二つの奇跡に遭遇していた。
一つ目は『ウンコの画で貿易商が笑ったこと』
彼は勤めている会社から「とりあえず、闘技場に行け」と上司から訳も分からず連れて来られた。
闘技場に着いた時、彼は猛烈にウンコがしたかった。
「あの。トイレ行きたいんだけど」
それを伝えてもヴァ二アル国の言葉を喋れない貿易商を誰も相手にしなかった。


そして、予想だにしなかった五問目の突入に運営本部は大慌てになり、彼はウンコに行くタイミングを完全に逃す。
闘技場に来たら知らない人間に訳の分からない言葉を言われるし、ウンコには行きたいし、彼は「今日は最悪の日だ」と考えていた。
そんな時、花島からウンコの画を見せられ、何故か可笑しくなってしまった。
偶然にも花島はまたしてもツボを押さえたのだ。


二つ目は『貿易商の笑い声で観客達も笑ったこと』
先程の髭婆さんほどの見た目のインパクトはないが、貿易商の特殊な笑い方に髭婆さんを連想し、何人かは思い出し笑いをした。
それ程、髭婆さんのインパクトは強烈で尚且つ、途中退席させられたというイレギュラーさがあのキャラクターに磨きをかけた。


『お前ら絶対に札を上げるなよ!!!』


半袖丸の威圧に固まる審査員の少年と女性。
この大喜利対決ではいくら笑いを取っても審査員の札が上がらなければポイントに結びつかない。
脅迫を受けている二人は札を上げることはないだろう。


「あれ! おかしいよ! 何で札が上がらないの!?」
「... ...ハンヌ陣営が何かをしているのでしょうか?」


あまりの不思議な状況にパス陣営もハンヌ陣営の謀略に気付き始めていた。


「HAHAHA! まぐれに助けられたとしてもこれは審査員あっての勝負だ! あの二人が札を上げなければ貴様の勝ちはない!」


トムが言っている事は正しかった。
いくら面白い回答をしても札が上がらなければ意味がない。
審査員とハンヌ陣営の癒着ゆちゃくは誰からみてもあからさまだった。


そして、何より、審査員の二人にはその重圧が重くのしかかっている。
花島はハンヌ戦でセバスより意思疎通の能力を得ており、審査員の二人の胸中を垣間見ていた。
どうやら、二人は家族を人質として囚われているらしく、半袖丸の指示に逆らえない状態。
先程から花島が説得を続けているが突然、頭の中で話しかけて来られた二人は更に動揺し、交渉が出来るといった状態ではなかった。


何か手はないのか!? 頼むから札を上げてくれ! 家族は俺達が助ける!


まるで念じるように両手を合わせる花島。
すると、花島の思いが伝わったのか、少年の札がスッと上がる。


『なにをやっているんだ貴様!? 家族がどうなってもいいのか!?』


少年は首を振って半袖丸に「自分は上げていない」とアピール。
では、何者かの魔法か?
しかし、魔法の反応があればハンヌ陣営も感知する事が出来る。
魔法少女達に聞いても「魔法の反応はない」との回答。
では、誰が? どうやって?


「お~っとこれは!? 審査員の女性の札も上がりそうだ!!!」


「なにーっ!?」


司会の言葉に驚く半袖丸。
審査員の女性を見ると上がりそうな右腕を必死に抑えており、額には大粒の汗。


『何をしているんだ!? お前の家族もそうなってもいいのか!?』


だが、審査員の女性も首を横に振る。
これは自発的に挙げているのではないとの合図。
やはり、魔法の力!?


特異な力の正体を魔法と決めつける半袖丸。
この事象は魔法ではなく”能力”によるものという判断はどうやら出来なかったようだ。
そして、その能力を知らないうちに使っていたのはただの人間だと言われていた花島なのだから術者を特定する事も勿論、出来なかった。


「頼む! 札を上げてくれ!」


念じる花島。


「OH~! STOP!!!」


一瞬の沈黙の後、シュプレヒコールのような歓声が場内を席巻する。
その歓声は勿論、花島に向けられたものだった。


「な・なんという事だー!? 圧倒的、有利だと思われていたトムが敗北! まさかの事態! これは王位継承戦が始まって以来のジャイアントキリングだ!」


「そんな___! バカな!」


女性は机に顔を突っ伏しながら上がった右手を左手で押さえつけている。
女性が抵抗しているのは明らかだったが、現に札は上がっている。


「待て! これは何かのふせ___!」


半袖丸は出掛かった言葉を引っ込めた。
不正を指摘し、睨まれるのは誰だと冷静になって考えたからだ。
パス陣営が不正している証拠よりも自身が行っている不正が多いのは明白。
そして、彼は三戦目、四戦目、五戦目にもある仕掛けをしていた。
ここで変に事を荒げるよりも一度、思いとどまった方が得策と考え、スッと一歩引きさがる。


「勝利者の名前を!!!」


ヴァ二アルは笑顔で司会者に勝利者宣言をするように促し。


「____勝者!!! パス陣営の花島だ!!!」

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