異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第85話お母さん! ... ...。

【ゴーレムマンション】


「んっ... ...」


重い瞼をゆっくりと開けると、目の前には見慣れた天井があった。
どれくらいの時間寝ていたのか。いや、そもそも、俺は... ...。
辺りを見渡しても大丈夫オジサンやハンヌの姿はなく、ゴーレムマンションの廊下になびく風の微かな音とそれに乗り、ゴーレム幼女や白髪の幼子が戦う音が耳に届く。


「おい。リズいるか?」


問いかけても心の中にいたはずの魔女からは返答がない。
リズは本当にハンヌが作り出した幻想に過ぎなかったのか?
ただ、俺はリズと会話もしていたし、リズの力を借りて魔法も使った。
その実感は今でもあるし、安易に存在を否定できない。


目の前にある堅牢な扉はどうやら俺を向かい入れる準備が整っているようだ。
足の震えは引き、心臓の高鳴りもない。
今はこの扉の先に恐怖は感じない。

「... ...行くか」


決意に満ちた一歩目。
何かが変わった音がした。



【ゴーレムマンション・ハンヌの部屋】



「ついに来たか」


部屋の奥に鎮座するハンヌと思われる醜い顔をした、無頼者のような風貌の老人は椅子に座りながら、頬杖をつき威嚇するような態度を取る。
ユラユラと陽炎のように揺れる松明の灯りがハンヌの苦痛に歪ませる顔を写し、俺はその正体に驚きを言葉に内包させながらも彼に問いかける。


「セバス。お前はシルフの執事だった男だよな?」


ハンヌ______セバスはせせら笑う。


「ふっはは。如何にも。私は姫様に仕えていた従者である。それがどうかしたか?」


薄暗い空間でもセバスの悦に浸った気味の悪い笑顔はハッキリと視認出来た。

「... ...いや。意外だなと思ったのと、後は、この事実を知ったシルフが悲しむなと思っただけだ。面白味のない質問かもしれないが、シルフを騙していた事に罪悪感はないか?」


少しでもいい。
回答を受け取るのに数秒でも間が欲しかった。
しかし、それは叶わず、セバスは食い気味に。


「______ない。むしろ、苦しむエルフの姫の表情をツマミに一杯やりたいくらいだ」


「... ...そうか。ミーレやレミーを洗脳し、シルフを裏切った罪はデカいぞ」


「お前に術式を破られた時点でワシの死期はもう近い。”洗脳”という能力は諸刃の剣なんだよ」


確かにセバスの言う通り、彼はどんどん憔悴していくように見える。
自分の命を賭け、魔法少女達を洗脳し、セバスが成し得たかった事は何だ。
時間がない。
得られる情報を得なくては... ...。
しかし、セバスは唐突に昔話を始める。


「私の家族はあの忌々しいエルフの姫の親。先代の王に殺されたのだ。私達の種族が使えるこの”洗脳”という能力はかなり希少な力。それを使って王は世界を掌握しようとしていたのだろう。ただ、平穏に暮らしたかった私は王の力になる事を拒否した。すると、王は私の妻や娘を人質にした」


血反吐を吐きながらも話を続けるセバスはもう、光も見えないのだろうか。
定まらない目線は俺の目と合うことがない。


「私は妻と娘を助けるために王に協力し、人々を洗脳し、間接的に多くの人間を殺した。そして、王に敵対する人間を全て抹殺し終えた時、王は私に『自害しろ』と命令してきた。私は妻や娘が助かればそれでもいいと考えた。そして、私は王に懇願したのだ『捕らえた妻や娘を逃がしてくれればそれを受け入れます』と。しかし、王は回答せず、自ら付けていた装飾品を外し、私の足元まで投げつけてきた。そして、それを拾いあげた瞬間に私は感じ、全身を裂くかのような強烈な悪寒を感じた。私の反応をみて、王は笑みを浮かべながら言った。『お前の妻と娘の瞳は実に美しい』______と」


狂気じみた話を聞いた時、一瞬だが、セバスに同調し、シルフの親である先代の王が憎いと感じてしまう。
セバスは事切れる寸前。
洗脳の力は使っていない。
これは、俺が自然に抱いた憎悪である。


しかし、冷静になれ。
如何なる理由があれども、復讐からは何も生まれない。
同情をセバスに抱くには十分過ぎるピースが揃ってはいるが、共感してはいけない。
それは、同罪とまでは言い切れないが、シルフの父親と今のセバスは同じだからだ。

「... ...どうして、幼いシルフも一緒に殺さなかったんだ? その時のお前の心情を察すると王の血縁であるシルフも殺しそうな勢いだが」


自身も娘を殺されたのだ。
殺人鬼の行動をプロファイリングする訳ではないのだが、単純に疑問を感じた。


「そんな事か。単純に残された人間の苦しみを分からせてやろうと思っただけだ」


「... ...」


ひとしきりの想いを吐露するとセバスは大量に吐血し、うなだれ、俺はセバスの元に歩み寄る。


「______花島! ハンヌは!?」


俺が来た扉をくぐり抜け、シルフの声と足音がこちらに迫ってくるのが分かる。
俺はハンヌの顔を見ながら、思考する。

ハンヌの正体やシルフの親がやった事を伝えるべきか?
親代わりであるセバスの死と裏切り、王の正体を同時に知ったシルフは正常な精神を保てるのかは甚だ疑問を抱く。

死が近付く中、セバスは絞り出すかのように擦れた声で耳打ちをし。


「... ...異界の勇者よ。迷惑を掛けたな」


一歩下がって、セバスを見ると全身の力が抜け、ぐったりとしている。
そこにシルフが息を切らして到着。
目の前にいる長年、親のように連れ添ったセバスの変わり果てた姿を見て、セバスを抱き抱え。


「セバス!? どうしたの!? ねえ!? ハンヌにやられたの!?」


後ろ姿からもシルフが慌てている様子が伝わる。
当然だが、シルフはハンヌの正体に気付いてはいない。

「... ...シルフ。あの... ...。実はハンヌの正体は... ...」


俺がそう、事の成り行きを説明しようとすると。
骸になったかと思われた、セバスの左手が微かに動き甲の部分がシルフの頬に触れ、俺の頭の中で『エルニア泣かないで』とセバスの優しい声が響いた。


セバスの洗脳の能力にかかっていて、意識が通じるパイプのようなものが俺に埋め込まれていたのか、セバスの意識が走馬灯のように流れ込んでくる。
記憶の中での光景はセバスが語った事と相違はなかった。
それはあまりにも非現実的でまるで、映画を見ているような気分だった。
そして、セバスの人生を垣間見た俺の瞳からは一筋の雫が垂れ、地に落ちる。


そして、俺は泣き叫ぶシルフの肩に手を添えて、嘘を付いた。


「ハンヌはもういない。セバスが倒してくれた」


悪人に手向ける花などない、同情もしない。
しかし、もし、セバスという善良な人間がハンヌという架空の悪人に洗脳されていたのだとしたら。
セバスという人間には同情も出来るし、花を手向ける事くらいはしてもいいはずだ。


セバスの段々と冷たくなる肉体を抱きしめ、延々と泣き続けるシルフ。
一つ、彼に同情することがあるとしたら、憎むべき王の娘のことを愛してしまったという事実だけだ。





第一部。ゴーレムマンション奪還編完。

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