俺の悪役令嬢が世界征服するらしい
第10話 お嬢様、パーティーに行く。(前編)
「ミコトよ、妾の世界征服において最も邪魔な敵は誰だと思う?」
王族主催の社交パーティーに向かう途中、迎えに来てもらった馬車の荷籠内でエリザベートは俺にそんな質問をしてきた。
「案じずとも今は荷籠内に音を遮断する結界を張っている、故に御者に聞き耳を立てられる事はない」
「いつの間にそんな便利な能力を……」
「じゃから気兼ねなく申してみよ、お前の思い描く妾の敵を」
「ん~」
敵、敵ねぇ。
正直、世界を征服しようだなんて奴には敵しかいない気もするが、最大のと言われると言葉に詰まる。
しかし強いてあげるとするならば、
「やっぱりこのミスリム帝国自体でしょうか…… 一応人間が統治している中では最大の国ですし」
確かに他の大陸にも統治がしている国はチラホラあるが、その中でもミスリム帝国の領土と軍事力は群を抜いている。
それを踏まえるとこの国を手中に収めさえすれば他国を手に入れたも同然と言えなくも無い。
「ふむ、カニミソにしてはそれなりの回答じゃな」
「そんな美味しい物は俺の頭には入ってないです」
因みにカニミソは蟹の脳みそではない。あれは人間でいうと肝臓やすい臓に近い部分である。
「確かにこの帝国が世界でも有数の力を持っているのは事実じゃ、ならその力を効率よく手に入れるにはどうしたらよいと思う?」
「まさか王族を皆殺しにするとか言いませんよね……」
今朝も物騒な事言っていたし、この女ならやりかねない。
「まあそれも1つの方法ではあるが、妾の趣味ではないな。それにわざわざ命を奪わずとも力だけを奪う方法があるではないか」
「まさか……」
嫌な予感が俺の灰色の脳細胞を刺激する。
そしてそれを感じ取ったのかエリザベートはいつもの邪悪な笑みを浮かべてこう言った。
「そう、残りの御三家の令嬢。アリシアとサクラノヒメを篭絡すればよいのじゃ」
◇
まさかエリザベートの部下候補が自分と同じ地位の御三家令嬢達だったとは……
いや、ある意味で妥当な案かもとは思うよ? だって、あの2人くらいしかコイツとまともに話せる人いないからね(会話が噛み合っているかはまた別の問題)。
しかしそれは同時に家のエリザベートお嬢様に負けないくらい面倒な人達という事を意味する。
【帝国のやべえ奴らといったらこの3人!!】 みたいな記事が以前出回ったくらいだ。
因みにそれを発行した出版社は謎の倒産を遂げた。
まあ確かにそんな3人が手を組めば帝国王家を正面から敵に回せるというのもまた事実ではある。
何故そこまで言い切れるのかという説明はまた彼女達に会ってからするとして……
おいおい、これってマジでクーデータフラグじゃないのか?
バレたら最悪極刑物の罪だぞ…… 今の内に遺書をしたためておいた方がいいかもしれんな。
「これはこれはエリザベート様、よくぞお越しくださいました」
「うむ」
そして時刻は午後8時すぎ。俺達は王族主催の社交パーティーの会場へと到着していた。
まるで東京ドームみたいな巨大な建造物、その中には国中の貴族達が一同に会している。
「本日はいつもにも増してお美しゅうございます」
「うむ」
当たり前だ、誰が身支度を整えたと思っている。
いつもより豪華でありながら気品漂う燃えるような深紅のドレスも、流れるような金髪の手入れも、無駄に素材の良い顔を最大限に活かすメイクも、全て俺がやったのだ。伊達に10年仕えている訳ではない。
今のエリザベートは間違いなくこの国でトップの美しさである事請け合いである。
「では執事殿、こちらのリストにサインを」
「あ、はい」
正面玄関にて出迎えてくれた使用人に促され、お嬢様馬鹿(自覚アリ)な俺は来賓リストに無駄に長いお嬢様のフルネームを記す。
「確かに。では奥の中央広場へお進み下さい」
そして俺達はそのままレッドカーペットが敷かれた長い廊下を抜けて、中央広場へと続く扉の前に立つ。
「お嬢様、くれぐれもトラブルを起こさないで下さいね」
「分かっておる、今日の目的はあの2人の篭絡じゃ。それ以上の事をするつもりはない」
「それが一番トラブルの原因になりそうですが……」
まあ今更言っても仕方ないか。
願わくば2人が上手くお嬢様と話を合わせてくれますように……
淡い期待を胸に、俺は重い扉を開け――
「エェェェリザベェェェェェトォォォォォオ!!!」
「かぱッ!」
扉を開けた瞬間、俺は顔面に仮面なライダーさんもビックリな飛び蹴りを喰らい後方へと吹っ飛んだ。
まだ向こうの世界じゃやってんのかな~ アレ。
「ぐ、おおお…… は、鼻が……」
俺は何とか不屈の闘志で立ち上がり、俺を蹴り飛ばしたであろう犯人の姿を確認する。
しかしその犯人は足蹴にした俺の事なぞ気にも止めないでお嬢様に何やら喚き散らしていた。
「エリザベート、アンタ私より遅く来るだなんていい度胸してるじゃない。そんなんだから無駄に乳がデカくなるのよ。なんなら私がこの場でその無駄乳を切り落としてあげなくもないわよ?」
そんな事を言いながら腕を組んでいるのは髪も目も銀色のツーサイドアップ美少女。
非常に小柄でまるで雪の妖精のような愛らしさだが、その言動は氷柱の如く尖っており腰に携えられた剣が物騒極まりない。
「ふんッ どこぞのアリシアが風で飛ばされてきたかと思えば、何じゃまな板ではないか」
「ちょっと!? 逆よ逆!! いや逆でもダメだけど!!」
「これミコト、そんな所で鼻血を出しておらんで大根をもって参れ、妾が極上の大根おろしを振舞ってやろう」
「聞きなさいよ人の話を!!」
プンスカと怒りながら地団駄を踏むこの少女こそ帝国三代貴族の一角、青剣のシンボルを持つスタンフィールド家のご令嬢。
アリシア・フローレンス・スタンフィールドその人である。
こんなに子供っぽくてもエリザベートと同じ18歳なんだそうだ。
「おひはひぶりでふ、ありひあはん(お久しぶりです、アリシアさん)」
俺は鼻を押さえながら一応挨拶をする。
「あら、平民。アンタもいたのね」
「……」
このガキ、俺を蹴り飛ばした事を無かった事にしやがった。
「アリシア様、ミコトさんの事を平民なんて呼んだら失礼ですよ。ちゃんと謝って下さい」
気が付けばアリシアさんの背後には長身の美人メイドが立っていた。
「いえ、いいんですよキャスカさん。俺が平民なのは本当の事ですし」
「ほら見なさい、平民も平民がいいっていってるじゃない!!」
別に平民がいいとは言ってねえよ。
「すみませんミコトさん、アリシア様がとんだ粗相を……」
謝りながら俺の顔をハンカチで拭いてくれたのはキャスカ・ミレニアさん。
アリシアさんの専属メイドであり、スタンフィールド家のメイド長を勤めている女性だ。
セミロングの茶髪に琥珀色の目、控えめだが完成された顔立ちはまさに美女とって相違ない。
強いて欠点を挙げるとするならば、
「アリシア様にも困った物ですよね。アリシア様は小さくて可愛い所が最高ですのに……」
「……ソウデスネ」
彼女の欠点は物凄くアリシアさんを溺愛しているという所だ。勿論、性的な意味でね。
この性癖さえ無ければ俺が尊敬できる数少ない使用人なんだけどなぁ……
「? あ! しまった! キャスカさん2人がいません!?」
「!? ま、まさかもう!?」
僕達はいつの間にか消えていた2人を探して僕とキャスカさんは中央広場へ入る。
そして、
「だあああああ!! もう我慢できないわ!! 決闘よエリザベート!!」
「ふんッ よかろう。お前のその極小な胸に反比例した巨大な態度を改めさせてやるわ!!」
金髪と銀髪のお嬢様は少し目を離した隙に、だだっ広い会場のど真ん中で決闘をおっぱじめようとしていた。
遅かったか……
「お、なんだなんだ」「見てエリザベート様とアリシア様の決闘よ」
「うひょ~ これは今日来た甲斐があったぜ」「お前どっちに賭ける?」
「私、エリザベート様に1ゴールド!!」「じゃあ俺はアリシア様に!!」「私も!!」「俺も!!」
ガヤガヤガヤとパーティー会場がざわつき始める。
因みに金髪と銀髪の下らない決闘はこのパーティーの恒例行事と化しており、このイベント見たさに態々出席する貴族も少なくない。
たぶん猛獣同士のじゃれ合いを見ている感じなのだろう。
「今回は妾が内容を決める番だったか」
「そうね、まあどんな内容であろうと返り討ちにするまでよ」
「言うではないかチンチクリン。よかろう、なれば此度は古式ゆかしいあの競技で雌雄を決しようではないか」
「アンタ、まさか……」
「そう、ジャンケンで勝負じゃ!!」
『うおおおおおおおおお!!!』と周りで歓声が上がる。
なんでもこっちの世界じゃジャンケンは神聖な競技として祭り上げられているらしく、貴族の間で一時期大流行した程だ。
地球出身の俺からすればマジで下らない。激しく帰りたい……
「おーっほっほっほ!! この私にジャンケンを挑むだなんて愚かねエリザベート。自慢じゃないけど私はあの競技の必勝法を知っているのよ? それでも挑む気?」
「ふんッ ぺチャパイ風情が粋がるでないわ。貴様の下らん必勝法など妾のジャンケン13奥義の前では無意味だという事を教えてやる」
いいから早く終わらせてくれ、そして俺をまともな現実世界に返してくれ。
「ゆくぞ銀髪!!」
「きなさい金髪!!」
「最初は!!」「グー!!」
しかし2人の勝負は割りとあっさり決着した。
どうして最初はグーの時点で勝敗が決したのかというと、それは2人が堂々と反則行為に打って出たからである。
まあ要するに2人は最初はグーと言っておきながらチョキとパーを出したのだ。
因みにチョキを出したのがエリザベート、パーを出したのがアリシアさんだ。
よってこの勝負はエリザベートの勝利となる。いや、普通に無効試合だと思うのは俺だけか?
「う、うそでしょ…… な、なんで…… 私がパーを出すなんて分からない筈なのに……」
アリシアさんは両膝から崩れ落ち、地面に両手を着いてショックを受けていた。
心底どうでもいい光景である、それに気付いたのか観戦していた貴族達も何事も無かったように去っていた。
「哀れよなぁアリシア、お前が最初にパーを出してくる事なぞ1万年と2千年前から知っておったわい」
大言壮語も甚だしいな。
「さて、妾達の勝負では勝者が敗者に何でも命令できるルールじゃったよな」
「くッ! 殺しなさい!!」
「そう急くな。そうじゃなあ、どんな恥ずかしい命令がよいかのお~」
笑いながらアリシアさんを見下ろすエリザベート、例の如く完全に悪役である。
一方アリシアさんを守るべきメイドのキャスカさんは、
「ああっ このままではアリシア様が次の章で大変な事に…… 止めて! エリザベート様!! 全裸で猫耳を着けて四つん這いになるだなんて命令はあんまりです!!」
「……」
己が欲望を垂れ流していた。
俺は今日の目的を忘れているお嬢様に近づいてある事を耳打ちする。
「お嬢様、アリシアさんを仲間にするんじゃなかったんですか?」
「? おおそうじゃったそうじゃった。危うく■■を■■■させる所じゃったわい」
どうやら俺は水面下でアリシアさんの貞操的な何かを救ったようだった。
これは勲章を貰ってもいいレベルの働きといえよう。
「おいアリシア、貴様への命令が決まったぞ」
「何よ一体……」
「後で妾の話に耳を傾けよ」
「は?」
エリザベートの予想外の命令にアリシアさんは口をポカンと開ける。
「じゃから、後で大事な話がある故その際、真摯に妾の話を聞けと申したのじゃ」
「お嬢様、それでよろしいのですか?」
アリシアさん程ではないが俺も内心で結構驚いていた。
てっきり『妾の配下となれ!』的な事を言うのかと思ったからだ。
「よい、妾が求めるは真に我が覇道に賛同する仲間じゃ。上辺だけの命令で従わせたのでは意味がないからの」
「左様ですか」
なんだ、案外まともな事も言えるじゃないか。
「よく分かんないけど、まあそんな事でいいならお安いご用よ」
「うむ」とエリザベートはアリシアさんに手を伸ばし彼女もそれをとって立ち上がる。
「これで妾の勝ち越しじゃな」
「ふん、またすぐに追い越してやるわよ」
それはさながらお互いに健闘を称えあう握手のようにも見えた。
「美しい友情ですね、ミコトさんもそう思いませんか?」
キャスカさんはハンカチで目から零れる雫を抑えていた。
まあ確かに絵面は微笑ましいとは思う。ただ、
「やっていた勝負が反則ジャンケン以外なら最高でした」
「ああ、それは私も同意です」
キャスカさんの涙が一瞬で止まった瞬間だった。
王族主催の社交パーティーに向かう途中、迎えに来てもらった馬車の荷籠内でエリザベートは俺にそんな質問をしてきた。
「案じずとも今は荷籠内に音を遮断する結界を張っている、故に御者に聞き耳を立てられる事はない」
「いつの間にそんな便利な能力を……」
「じゃから気兼ねなく申してみよ、お前の思い描く妾の敵を」
「ん~」
敵、敵ねぇ。
正直、世界を征服しようだなんて奴には敵しかいない気もするが、最大のと言われると言葉に詰まる。
しかし強いてあげるとするならば、
「やっぱりこのミスリム帝国自体でしょうか…… 一応人間が統治している中では最大の国ですし」
確かに他の大陸にも統治がしている国はチラホラあるが、その中でもミスリム帝国の領土と軍事力は群を抜いている。
それを踏まえるとこの国を手中に収めさえすれば他国を手に入れたも同然と言えなくも無い。
「ふむ、カニミソにしてはそれなりの回答じゃな」
「そんな美味しい物は俺の頭には入ってないです」
因みにカニミソは蟹の脳みそではない。あれは人間でいうと肝臓やすい臓に近い部分である。
「確かにこの帝国が世界でも有数の力を持っているのは事実じゃ、ならその力を効率よく手に入れるにはどうしたらよいと思う?」
「まさか王族を皆殺しにするとか言いませんよね……」
今朝も物騒な事言っていたし、この女ならやりかねない。
「まあそれも1つの方法ではあるが、妾の趣味ではないな。それにわざわざ命を奪わずとも力だけを奪う方法があるではないか」
「まさか……」
嫌な予感が俺の灰色の脳細胞を刺激する。
そしてそれを感じ取ったのかエリザベートはいつもの邪悪な笑みを浮かべてこう言った。
「そう、残りの御三家の令嬢。アリシアとサクラノヒメを篭絡すればよいのじゃ」
◇
まさかエリザベートの部下候補が自分と同じ地位の御三家令嬢達だったとは……
いや、ある意味で妥当な案かもとは思うよ? だって、あの2人くらいしかコイツとまともに話せる人いないからね(会話が噛み合っているかはまた別の問題)。
しかしそれは同時に家のエリザベートお嬢様に負けないくらい面倒な人達という事を意味する。
【帝国のやべえ奴らといったらこの3人!!】 みたいな記事が以前出回ったくらいだ。
因みにそれを発行した出版社は謎の倒産を遂げた。
まあ確かにそんな3人が手を組めば帝国王家を正面から敵に回せるというのもまた事実ではある。
何故そこまで言い切れるのかという説明はまた彼女達に会ってからするとして……
おいおい、これってマジでクーデータフラグじゃないのか?
バレたら最悪極刑物の罪だぞ…… 今の内に遺書をしたためておいた方がいいかもしれんな。
「これはこれはエリザベート様、よくぞお越しくださいました」
「うむ」
そして時刻は午後8時すぎ。俺達は王族主催の社交パーティーの会場へと到着していた。
まるで東京ドームみたいな巨大な建造物、その中には国中の貴族達が一同に会している。
「本日はいつもにも増してお美しゅうございます」
「うむ」
当たり前だ、誰が身支度を整えたと思っている。
いつもより豪華でありながら気品漂う燃えるような深紅のドレスも、流れるような金髪の手入れも、無駄に素材の良い顔を最大限に活かすメイクも、全て俺がやったのだ。伊達に10年仕えている訳ではない。
今のエリザベートは間違いなくこの国でトップの美しさである事請け合いである。
「では執事殿、こちらのリストにサインを」
「あ、はい」
正面玄関にて出迎えてくれた使用人に促され、お嬢様馬鹿(自覚アリ)な俺は来賓リストに無駄に長いお嬢様のフルネームを記す。
「確かに。では奥の中央広場へお進み下さい」
そして俺達はそのままレッドカーペットが敷かれた長い廊下を抜けて、中央広場へと続く扉の前に立つ。
「お嬢様、くれぐれもトラブルを起こさないで下さいね」
「分かっておる、今日の目的はあの2人の篭絡じゃ。それ以上の事をするつもりはない」
「それが一番トラブルの原因になりそうですが……」
まあ今更言っても仕方ないか。
願わくば2人が上手くお嬢様と話を合わせてくれますように……
淡い期待を胸に、俺は重い扉を開け――
「エェェェリザベェェェェェトォォォォォオ!!!」
「かぱッ!」
扉を開けた瞬間、俺は顔面に仮面なライダーさんもビックリな飛び蹴りを喰らい後方へと吹っ飛んだ。
まだ向こうの世界じゃやってんのかな~ アレ。
「ぐ、おおお…… は、鼻が……」
俺は何とか不屈の闘志で立ち上がり、俺を蹴り飛ばしたであろう犯人の姿を確認する。
しかしその犯人は足蹴にした俺の事なぞ気にも止めないでお嬢様に何やら喚き散らしていた。
「エリザベート、アンタ私より遅く来るだなんていい度胸してるじゃない。そんなんだから無駄に乳がデカくなるのよ。なんなら私がこの場でその無駄乳を切り落としてあげなくもないわよ?」
そんな事を言いながら腕を組んでいるのは髪も目も銀色のツーサイドアップ美少女。
非常に小柄でまるで雪の妖精のような愛らしさだが、その言動は氷柱の如く尖っており腰に携えられた剣が物騒極まりない。
「ふんッ どこぞのアリシアが風で飛ばされてきたかと思えば、何じゃまな板ではないか」
「ちょっと!? 逆よ逆!! いや逆でもダメだけど!!」
「これミコト、そんな所で鼻血を出しておらんで大根をもって参れ、妾が極上の大根おろしを振舞ってやろう」
「聞きなさいよ人の話を!!」
プンスカと怒りながら地団駄を踏むこの少女こそ帝国三代貴族の一角、青剣のシンボルを持つスタンフィールド家のご令嬢。
アリシア・フローレンス・スタンフィールドその人である。
こんなに子供っぽくてもエリザベートと同じ18歳なんだそうだ。
「おひはひぶりでふ、ありひあはん(お久しぶりです、アリシアさん)」
俺は鼻を押さえながら一応挨拶をする。
「あら、平民。アンタもいたのね」
「……」
このガキ、俺を蹴り飛ばした事を無かった事にしやがった。
「アリシア様、ミコトさんの事を平民なんて呼んだら失礼ですよ。ちゃんと謝って下さい」
気が付けばアリシアさんの背後には長身の美人メイドが立っていた。
「いえ、いいんですよキャスカさん。俺が平民なのは本当の事ですし」
「ほら見なさい、平民も平民がいいっていってるじゃない!!」
別に平民がいいとは言ってねえよ。
「すみませんミコトさん、アリシア様がとんだ粗相を……」
謝りながら俺の顔をハンカチで拭いてくれたのはキャスカ・ミレニアさん。
アリシアさんの専属メイドであり、スタンフィールド家のメイド長を勤めている女性だ。
セミロングの茶髪に琥珀色の目、控えめだが完成された顔立ちはまさに美女とって相違ない。
強いて欠点を挙げるとするならば、
「アリシア様にも困った物ですよね。アリシア様は小さくて可愛い所が最高ですのに……」
「……ソウデスネ」
彼女の欠点は物凄くアリシアさんを溺愛しているという所だ。勿論、性的な意味でね。
この性癖さえ無ければ俺が尊敬できる数少ない使用人なんだけどなぁ……
「? あ! しまった! キャスカさん2人がいません!?」
「!? ま、まさかもう!?」
僕達はいつの間にか消えていた2人を探して僕とキャスカさんは中央広場へ入る。
そして、
「だあああああ!! もう我慢できないわ!! 決闘よエリザベート!!」
「ふんッ よかろう。お前のその極小な胸に反比例した巨大な態度を改めさせてやるわ!!」
金髪と銀髪のお嬢様は少し目を離した隙に、だだっ広い会場のど真ん中で決闘をおっぱじめようとしていた。
遅かったか……
「お、なんだなんだ」「見てエリザベート様とアリシア様の決闘よ」
「うひょ~ これは今日来た甲斐があったぜ」「お前どっちに賭ける?」
「私、エリザベート様に1ゴールド!!」「じゃあ俺はアリシア様に!!」「私も!!」「俺も!!」
ガヤガヤガヤとパーティー会場がざわつき始める。
因みに金髪と銀髪の下らない決闘はこのパーティーの恒例行事と化しており、このイベント見たさに態々出席する貴族も少なくない。
たぶん猛獣同士のじゃれ合いを見ている感じなのだろう。
「今回は妾が内容を決める番だったか」
「そうね、まあどんな内容であろうと返り討ちにするまでよ」
「言うではないかチンチクリン。よかろう、なれば此度は古式ゆかしいあの競技で雌雄を決しようではないか」
「アンタ、まさか……」
「そう、ジャンケンで勝負じゃ!!」
『うおおおおおおおおお!!!』と周りで歓声が上がる。
なんでもこっちの世界じゃジャンケンは神聖な競技として祭り上げられているらしく、貴族の間で一時期大流行した程だ。
地球出身の俺からすればマジで下らない。激しく帰りたい……
「おーっほっほっほ!! この私にジャンケンを挑むだなんて愚かねエリザベート。自慢じゃないけど私はあの競技の必勝法を知っているのよ? それでも挑む気?」
「ふんッ ぺチャパイ風情が粋がるでないわ。貴様の下らん必勝法など妾のジャンケン13奥義の前では無意味だという事を教えてやる」
いいから早く終わらせてくれ、そして俺をまともな現実世界に返してくれ。
「ゆくぞ銀髪!!」
「きなさい金髪!!」
「最初は!!」「グー!!」
しかし2人の勝負は割りとあっさり決着した。
どうして最初はグーの時点で勝敗が決したのかというと、それは2人が堂々と反則行為に打って出たからである。
まあ要するに2人は最初はグーと言っておきながらチョキとパーを出したのだ。
因みにチョキを出したのがエリザベート、パーを出したのがアリシアさんだ。
よってこの勝負はエリザベートの勝利となる。いや、普通に無効試合だと思うのは俺だけか?
「う、うそでしょ…… な、なんで…… 私がパーを出すなんて分からない筈なのに……」
アリシアさんは両膝から崩れ落ち、地面に両手を着いてショックを受けていた。
心底どうでもいい光景である、それに気付いたのか観戦していた貴族達も何事も無かったように去っていた。
「哀れよなぁアリシア、お前が最初にパーを出してくる事なぞ1万年と2千年前から知っておったわい」
大言壮語も甚だしいな。
「さて、妾達の勝負では勝者が敗者に何でも命令できるルールじゃったよな」
「くッ! 殺しなさい!!」
「そう急くな。そうじゃなあ、どんな恥ずかしい命令がよいかのお~」
笑いながらアリシアさんを見下ろすエリザベート、例の如く完全に悪役である。
一方アリシアさんを守るべきメイドのキャスカさんは、
「ああっ このままではアリシア様が次の章で大変な事に…… 止めて! エリザベート様!! 全裸で猫耳を着けて四つん這いになるだなんて命令はあんまりです!!」
「……」
己が欲望を垂れ流していた。
俺は今日の目的を忘れているお嬢様に近づいてある事を耳打ちする。
「お嬢様、アリシアさんを仲間にするんじゃなかったんですか?」
「? おおそうじゃったそうじゃった。危うく■■を■■■させる所じゃったわい」
どうやら俺は水面下でアリシアさんの貞操的な何かを救ったようだった。
これは勲章を貰ってもいいレベルの働きといえよう。
「おいアリシア、貴様への命令が決まったぞ」
「何よ一体……」
「後で妾の話に耳を傾けよ」
「は?」
エリザベートの予想外の命令にアリシアさんは口をポカンと開ける。
「じゃから、後で大事な話がある故その際、真摯に妾の話を聞けと申したのじゃ」
「お嬢様、それでよろしいのですか?」
アリシアさん程ではないが俺も内心で結構驚いていた。
てっきり『妾の配下となれ!』的な事を言うのかと思ったからだ。
「よい、妾が求めるは真に我が覇道に賛同する仲間じゃ。上辺だけの命令で従わせたのでは意味がないからの」
「左様ですか」
なんだ、案外まともな事も言えるじゃないか。
「よく分かんないけど、まあそんな事でいいならお安いご用よ」
「うむ」とエリザベートはアリシアさんに手を伸ばし彼女もそれをとって立ち上がる。
「これで妾の勝ち越しじゃな」
「ふん、またすぐに追い越してやるわよ」
それはさながらお互いに健闘を称えあう握手のようにも見えた。
「美しい友情ですね、ミコトさんもそう思いませんか?」
キャスカさんはハンカチで目から零れる雫を抑えていた。
まあ確かに絵面は微笑ましいとは思う。ただ、
「やっていた勝負が反則ジャンケン以外なら最高でした」
「ああ、それは私も同意です」
キャスカさんの涙が一瞬で止まった瞬間だった。
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