俺の悪役令嬢が世界征服するらしい
第9話 お嬢様、駄々をこねる。
この俺、周防ミコトの朝は滅茶苦茶早い。
まだ朝日も昇っていない、むしろまだ暗い時間に耳をがなりたてる目覚まし時計に起こされ、洗面所で顔を洗う。
そそくさと昨日の夕食の余りを食べ、自分では切れない(切ってくれる人がいない)という理由で伸びている後ろ髪を結ぶ。
そしてクローゼットにある羅列された執事服を一着とってそれに身を包み、姿見で身嗜みを整える。
「ついにこの日が来たか……」
どうして俺がいつもにも増して憂鬱な顔をしているのかと言うと、それは先日ある手紙が屋敷に届いたからだ。
手紙というか招待状というか、まあつまり王族が主催する社交パーティーのお誘いだ。
正直、俺はこの社交パーティーが余り好きではない。
如何に十年間貴族の家で執事をやっていても骨の髄まで平民な俺からすれば貴族のパーティーなんて居心地が悪い事この上ない。
しかし、それが一番の原因という訳でもない。
憂鬱の最たる原因は我が主、エリザベートお嬢様がパーティーに行くのをこれでもかというくらい嫌がるからだ。
喚くは暴れるはのエリザベートを毎回四苦八苦の末に連れ出してはいるものの、その重労働の辛さは余人には語り尽くせないものがある。
しかも最近、魔法とか言うとんでもスキルを身につけたせいでカンストしたかと思われたお嬢様の我が儘レベルは見事に限界突破しており、猛獣の域を超えて今やモンスターレベルにまで達している。
気が重い、気が重い気が重い気が重い気が重い。
「はぁあ……」
俺は朝食の下ごしらえをしながら大きな溜め息を付く。
日本じゃ溜め息一回につき一つ幸せが逃げるというが、もしそれが本当だったら俺の幸せポイントはとっくに底をついてマイナス値を示しているだろう。
「今回はどうやってお嬢様を連れ出したものか」
ジャガイモの皮を丁寧に剥きながら俺は考える。
ん~ いっそ朝食に名状しがたい薬のようなものを入れるのもアリか。
そいで眠っている隙に会場につれていけば諦めもつくだろう。
そうなると無味無臭の薬を探さないとな、なにせあのお嬢様の嗅覚は犬並みだから。
「スープか紅茶、どちらに入れようか。いやいっそ両方に入れるべきか。ん~ 悩むぜ」
自分の主に何の葛藤も罪悪感も無く一服盛ろうとする執事がそこにはいた。
◇
俺達が住む国は《ミスリム帝国》といって大昔から王族と呼ばれる連中が統治しており、貴族制を採用している。
身分の高さは上から順に王族、上級貴族、中級貴族、平民といった具合のピラミッド形式であり、上級貴族は政治の一部に強く関わりがあったりなかったりする。
そして上級貴族の中には帝国三代貴族、通称《御三家》と呼ばれている名家が存在する。
言うなれば超上級貴族、桁違いの財産に土地、権力を保有し、三家を統合した力は王族にすら匹敵し他の貴族からも恐れられている。
その内の一つが赤龍のシンボルを持つ、ここブリュンスタッド家だ。
そして今、俺の目の前のキングサイズベッドで死んだように寝ているのが現当主であるエリザベート・エレオノール・ブリュンスタッドである。
名前長いよ、お前なんか略して『エ』で充分だ。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
本当はそのまま一ヵ月くらい目覚めない方が世のため人のための気もするけど。
「……う、ん」
エリザベートはゆっくりと目を開けてこれまたゆっくりと体を起こす。
「妾は行かんぞ」
「いやまだ何も言ってないでしょ」
「言わずともお前のその顔を見れば分かるわい、ついに王族から招待状が届いたのであろう。何度も言うが妾はあの面倒なパーティーが大嫌いなのじゃ!!」
俺はお前みたいな勘のいい餓鬼が嫌いだよ。
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!! 行きとうないったら行きとうない!!」
ベッドの上を暴れまわるお嬢様はどうも駄々っ子作戦を発動したようだった。
「どうしても連れて行きたくば妾にキスして」
「え! そんな事でいいんですか!?」
「すまん、今のは無しじゃ。忘れよ」
「ちッ」
俺だって本心ではあまり行きたくはないが、王族の招待を理由も無しに断ったとあっては家名に傷が付きかねない。
勿論嘘を付くという手もあるが、この女は一度味をしめると次回もサボる危険性があるのでそれは避けたい。
薬は最後の手段として、もう少しだけ説得してみるか。
「いいじゃないですかお嬢様、向こうにいけばお友達にも会えるでしょ?」
「トモ……ダチ……?」
「感情のないロボットの真似は止めて下さい」
さてはまた漫画を読んで夜更かしやがったな。
「ミコトよ。お前の言う友達とやらは、よもやあの二人の事を言うておるのか?」
「あの二人以外に誰がいるんですか、むしろ他に友達いないでしょ」
いや俺もいないけど。
「勘違いするでないぞ、あのような連中は別に妾の友人ではない。都合の良い駒じゃ、コ・マ!!」
「そうですか。じゃあさっき電話でサクラさんが言っていた『また同人誌のペン入れを手伝って欲しい!!』っていうお願いはお断りしてよろしいですね?」
「なに!? サクラから電話があったのか!? 何故早々に妾に変わらぬのじゃ!! この戯け!! オタンコナス!!」
何故なら電話なぞ来ていないからである。
これは後一押しでいけるっぽいな。
「そういえばこの前は買出しに行った時はアリシアさんのメイドさんにばったり会いましてね。またお嬢様と決闘ッ――じゃなくて、遊びたいと申しておりましたよ」
「フハハハ! まったくドイツもコイツも仕方のない奴等じゃのお。そこまでして妾を求めるか、よい妾も丁度魔法を自慢したいと思うておった所じゃ、此度は超特別にパーティーに出向いてやろう!!」
「畏まりました、ではドレスをご用意しておきます」
よし! この手使えるじゃん! なんでもっと早く使わなかったんだよ俺!!
まあ後であの二人、残る御三家の令嬢達には口裏を合わせてもらわないといけないけど……
それにしても久しぶりだな、あの二人に会うのも。
「ふむ、こうなってはいっそ王族を魔法で吹き飛ばして帝国を乗っ取るというのもアリじゃな」
「そういうのクーデターって言うんじゃ……」
とりあえず誰これ構わず吹き飛ばしたいお嬢様なのだった。
まだ朝日も昇っていない、むしろまだ暗い時間に耳をがなりたてる目覚まし時計に起こされ、洗面所で顔を洗う。
そそくさと昨日の夕食の余りを食べ、自分では切れない(切ってくれる人がいない)という理由で伸びている後ろ髪を結ぶ。
そしてクローゼットにある羅列された執事服を一着とってそれに身を包み、姿見で身嗜みを整える。
「ついにこの日が来たか……」
どうして俺がいつもにも増して憂鬱な顔をしているのかと言うと、それは先日ある手紙が屋敷に届いたからだ。
手紙というか招待状というか、まあつまり王族が主催する社交パーティーのお誘いだ。
正直、俺はこの社交パーティーが余り好きではない。
如何に十年間貴族の家で執事をやっていても骨の髄まで平民な俺からすれば貴族のパーティーなんて居心地が悪い事この上ない。
しかし、それが一番の原因という訳でもない。
憂鬱の最たる原因は我が主、エリザベートお嬢様がパーティーに行くのをこれでもかというくらい嫌がるからだ。
喚くは暴れるはのエリザベートを毎回四苦八苦の末に連れ出してはいるものの、その重労働の辛さは余人には語り尽くせないものがある。
しかも最近、魔法とか言うとんでもスキルを身につけたせいでカンストしたかと思われたお嬢様の我が儘レベルは見事に限界突破しており、猛獣の域を超えて今やモンスターレベルにまで達している。
気が重い、気が重い気が重い気が重い気が重い。
「はぁあ……」
俺は朝食の下ごしらえをしながら大きな溜め息を付く。
日本じゃ溜め息一回につき一つ幸せが逃げるというが、もしそれが本当だったら俺の幸せポイントはとっくに底をついてマイナス値を示しているだろう。
「今回はどうやってお嬢様を連れ出したものか」
ジャガイモの皮を丁寧に剥きながら俺は考える。
ん~ いっそ朝食に名状しがたい薬のようなものを入れるのもアリか。
そいで眠っている隙に会場につれていけば諦めもつくだろう。
そうなると無味無臭の薬を探さないとな、なにせあのお嬢様の嗅覚は犬並みだから。
「スープか紅茶、どちらに入れようか。いやいっそ両方に入れるべきか。ん~ 悩むぜ」
自分の主に何の葛藤も罪悪感も無く一服盛ろうとする執事がそこにはいた。
◇
俺達が住む国は《ミスリム帝国》といって大昔から王族と呼ばれる連中が統治しており、貴族制を採用している。
身分の高さは上から順に王族、上級貴族、中級貴族、平民といった具合のピラミッド形式であり、上級貴族は政治の一部に強く関わりがあったりなかったりする。
そして上級貴族の中には帝国三代貴族、通称《御三家》と呼ばれている名家が存在する。
言うなれば超上級貴族、桁違いの財産に土地、権力を保有し、三家を統合した力は王族にすら匹敵し他の貴族からも恐れられている。
その内の一つが赤龍のシンボルを持つ、ここブリュンスタッド家だ。
そして今、俺の目の前のキングサイズベッドで死んだように寝ているのが現当主であるエリザベート・エレオノール・ブリュンスタッドである。
名前長いよ、お前なんか略して『エ』で充分だ。
「お嬢様、朝ですよ。起きてください」
本当はそのまま一ヵ月くらい目覚めない方が世のため人のための気もするけど。
「……う、ん」
エリザベートはゆっくりと目を開けてこれまたゆっくりと体を起こす。
「妾は行かんぞ」
「いやまだ何も言ってないでしょ」
「言わずともお前のその顔を見れば分かるわい、ついに王族から招待状が届いたのであろう。何度も言うが妾はあの面倒なパーティーが大嫌いなのじゃ!!」
俺はお前みたいな勘のいい餓鬼が嫌いだよ。
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!! 行きとうないったら行きとうない!!」
ベッドの上を暴れまわるお嬢様はどうも駄々っ子作戦を発動したようだった。
「どうしても連れて行きたくば妾にキスして」
「え! そんな事でいいんですか!?」
「すまん、今のは無しじゃ。忘れよ」
「ちッ」
俺だって本心ではあまり行きたくはないが、王族の招待を理由も無しに断ったとあっては家名に傷が付きかねない。
勿論嘘を付くという手もあるが、この女は一度味をしめると次回もサボる危険性があるのでそれは避けたい。
薬は最後の手段として、もう少しだけ説得してみるか。
「いいじゃないですかお嬢様、向こうにいけばお友達にも会えるでしょ?」
「トモ……ダチ……?」
「感情のないロボットの真似は止めて下さい」
さてはまた漫画を読んで夜更かしやがったな。
「ミコトよ。お前の言う友達とやらは、よもやあの二人の事を言うておるのか?」
「あの二人以外に誰がいるんですか、むしろ他に友達いないでしょ」
いや俺もいないけど。
「勘違いするでないぞ、あのような連中は別に妾の友人ではない。都合の良い駒じゃ、コ・マ!!」
「そうですか。じゃあさっき電話でサクラさんが言っていた『また同人誌のペン入れを手伝って欲しい!!』っていうお願いはお断りしてよろしいですね?」
「なに!? サクラから電話があったのか!? 何故早々に妾に変わらぬのじゃ!! この戯け!! オタンコナス!!」
何故なら電話なぞ来ていないからである。
これは後一押しでいけるっぽいな。
「そういえばこの前は買出しに行った時はアリシアさんのメイドさんにばったり会いましてね。またお嬢様と決闘ッ――じゃなくて、遊びたいと申しておりましたよ」
「フハハハ! まったくドイツもコイツも仕方のない奴等じゃのお。そこまでして妾を求めるか、よい妾も丁度魔法を自慢したいと思うておった所じゃ、此度は超特別にパーティーに出向いてやろう!!」
「畏まりました、ではドレスをご用意しておきます」
よし! この手使えるじゃん! なんでもっと早く使わなかったんだよ俺!!
まあ後であの二人、残る御三家の令嬢達には口裏を合わせてもらわないといけないけど……
それにしても久しぶりだな、あの二人に会うのも。
「ふむ、こうなってはいっそ王族を魔法で吹き飛ばして帝国を乗っ取るというのもアリじゃな」
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