俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編
王子様とブランチ
それから程なくしてレッスンを終えたエネオさんは屋敷を後にし、アリシアさんと俺は細かい予定を片付けてから一時の休息を取る事になった。
元より押していたスケジュールだったがこれで帳尻を合わせることができる。
ありがとう、エネオさん。でも帰り際に俺の臀部を触るのは止めて欲しかったけどな!
「……」
レッスンを終えてた後のアリシアさんは自室にて大きめのソファに体育座りしたまま複雑そうな面持ちで黙り込んでしまっていた。
俺はというと棚の中にあるアルバムを勝手にペラペラと捲って暇を潰していた。
本当は「なに勝手に見てるのよこの変態!!」から始まる軽快な会話のラリーを期待していたのだが、どうもアリシアさんは上の空でアルバムを見ている俺の姿は目に入っていないようだった。
む~ それにしてもこのアルバムは興味深い。
幼少期のアリシアさんは勿論の事、エリザベートやサクラさんのロリ時代の写真も数多く収まっている。
まあ大体はアリシアさんがエリザベートに泣かされているのをサクラさんが慰めている写真がほとんどなのだが……
「あの歌」
「え?」
何が引き金になったのかは分からなかったがアリシアさんは不意に天井を見上げながら口を開いた。
「今日私が最初に歌った歌、アレだけ実は私が作ったやつじゃないのよ」
「それって、誰かのカバーって話ですか?」
確かにアリシアさんが最初の歌だけ他のものと雰囲気が違っていた気がする。
まあアイドルなんだからそういうのがあっても別におかしくはないか。
「あの曲はね。死んだお母様が小さかった私によく歌ってくれた物なの、といっても歌詞はなくて鼻歌だったけれど」
「じゃあ歌詞はアリシアさんが?」
「ええ、完成するのに三年も掛ったけどね」
そう言ってほんの少しだけ微笑んだアリシアさんは徐に立ち上がると庭が見渡せる窓へと手をつける。
「完成したお母様の歌をもっと沢山の人に聞いてほしくて始めたアイドル活動だったけど、それがいつの間に楽しくなっちゃってね。今はお母様の歌に負けないくらい素敵な歌を作るのが私の夢なの」
でも、それも潮時みたい――とアリシアさんは言う。
「王族の誘いを断ればスタンフィールド家の立場を危うくする事に繋がる、私の都合で騎士達や使用人達を路頭に迷わせる訳にはいかないわ」
「……」
「だから今度のライブは絶対に成功させたいの、悔いを残さないように」
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。
「ごめんね、急にこんな事言われても困るわよね。忘れて頂戴」
何か、何か言わなければ……
しかし俺が言葉を捻りだすよりも先にドアの向こうから軽いノックが聞こえてきた。
「アリシア様、ミコト様。少しよろしいでしょうか?」
隙間から顔を覗かせたのはスタンフィールド邸に仕えているメイドの一人。
その表情はどこか焦っているように見える。
「どうかしたの?」
アリシアさんが声をかけるとメイドは部屋に入って扉を閉めた後、怯えるような声でこう言った。
「それが…… アルライド王子が屋敷の前まで来ているんです……」
◇
「いやあ、すまないねアリシア。急に押しかけてしまって」
「……いえ、このようなみすぼらしい屋敷にわざわざ来ていただけるなんて光栄ですわ」
白いシーツがひかれた縦長のテーブル、そこには俺の作った昼食を食べ終えたアルライド王子とアリシアさんが向かい合わせの形で座っている。
アルライド・ミスリム・ルーデンベルグ。
年齢は40代後半。
ミスリム帝国の第一王子である彼は同時に正当な第一王位継承権を有している人物に他ならない。
今現在即位している王がなんらかの形で王座を降りれば自動的にアルライド様がこの国の王になるだろう。
今まで多くの縁談を断り続けていた彼はアリシアさんが十八歳となった今年、彼女に婚約を申し入れてきた。
風船を連想させるブクブクに太った身体、両手の指にはそれぞれ種類の違った指輪がはめられており、表情と態度からは『私がこの世で一番偉いんだぞ』オーラが滲み出ている。
実際に会って思ったがやはり俺が苦手な人種だ。
これはスケジュール帳に血のり(恐いよ)で彼の詳細なプロフィールを記載しているキャスカさんの気持ちも多少は理解できる。
それに折角円滑なレールに戻ったスケジュールを完全にぶち壊してくれやがってからに!
まあそんな事が王族相手に言える訳もないので、俺はスケジュール調整を行いながら料理を作るという高等テクニックを披露する事になった。
「ふむ、素晴らしい料理だった。これを君が作ったというのは本当かね? えっと――」
「周防ミコトです。お褒め頂き光栄です」
褒められたようなので一応頭を下げる俺。
どうやら十年間エリザベートの無駄に肥えた舌にしごかれ続けたのが功を奏したらしい。
「申し訳ございませんアルライド様。今屋敷の使用人達はほとんど出払ってしまっていて真面に料理が作れるのが彼しかいなかったものですから」
謝るアリシアさん。流石に王族の前となるとそれなりの立ち振る舞いをするんだな。
因みにエリザベートは王族が大嫌いなのでもっと不機嫌になる。
「いいさ、どうも私は君の怖いメイドが苦手でね」
恐いメイド、キャスカさんの事だな。どうせ殺意丸出しで睨みつけていたんだろう。
「アルライド様、今日はどのようなご用件でしょうか?」
突然の訪問に動揺しているのかアリシアさんはいつもより声のトーンを少し下げた状態で質問する。
「ハッハッッハ! 自分の妻に会うのに理由なんていらないさ。今日も美しいよアリシア」
アルライド様の嫌らしい笑みと言葉にアリシアさんは彼からは見えていない膝の上で拳を作る。
顔に出さないだけ立派だ。
「お戯れを、このような小娘のどこがよいのですか?」
「何を言う、君程美しい女性は世界中を探してもそういるものではない。今でも君を始めて見かけたパーティーの事は鮮明に覚えているよ」
ロマンチックな台詞に水を差すようで悪いがその時ってアリシアさんまだ五歳とかだろ、このロリコンめ。
食事に毒でもいれておけばよかったか……
と、キャスカさんの生霊が俺に乗り移ったのかと思った矢先にアルライド(もう呼び捨てでいいわ)はとんでもない事を口にした。
「実はねアリシア、私達の結婚を早めようと思う」
「!?」
おいおい……
「やはり善は急げと言うからね、もう式も週末に終わらせてしまおうじゃないか」
「……週末、ですか」
「おや? 何か予定でもあったかな?」
「その、僭越ながら私のコンサートを開催する事になっておりまして……」
少しずつアリシアさんの肩に入る力は強くなっていく。
しかしアルライドはそんな彼女の様子を気にする事もなく、
「ああ、あのくだらない広告塔の」と言った。
パリンッ―― 何かが割れる音が部屋に響く。
それもその筈、俺が近くにあった大きな花瓶を落として割ったからだ。勿論わざとである。
こうでもしないと今すぐに殴り掛かってしまいそうだったから後悔はしていない。
「失礼しました。すぐに片付けますので」
後悔はしていないとか格好つけたはいいものの、結構高そうな花瓶じゃんコレ。これは弁償だな……
「アルライド様、さっきの言葉。取り消して頂けないでしょうか?」
俺は花瓶の破片を拾いながらそう言った。
これでは花瓶も割られぞんである、ごめんよー。
「……すまない。よく聞き取れなかったのだがもう一度言ってもらえるかな?」
なるほど、なら今度はもっと近くに行って目を見て言って差し上げよう。
「アリシア様の歌はくだらなくなんてないです、お願いです取り消してください」
「ちょっと馬鹿ッ! アンタ何言ってんのよ!?」
アリシアさんは急いで立ち上がり俺の腕を引っ張る。
ごめんなさい、でもこのまま結婚の予定がはやまってもしキャスカさんとエリザベートが間に合わなかったら意味がないんです。
それに俺は純粋にライブが見たい(本音)。
「ほう、第一王子である私にそんな口を聞いたのは君が初めてだよ」
「生憎平民出身のヘルプ執事なもので、礼儀が分かっていないんですよ。だから僕の非礼はスタンフィールド家とは関係ないので悪しからず」
「ちょっとアンタそれ以上はッ――」
「構わないよアリシア」
アルライドは手でアリシアさんの言葉を制すると俺の事をジッと見つめる。
「どこかで見た事があると思ったら君、ブリュンスタッド家の執事だね。いいのかな君の態度は反逆罪に相当する、君の主共々牢屋に入る事になるぞ?」
「それでさっきの言葉を取り消して貰えるのなら安い買い物です」
例え牢屋に入れられてもエリザベートと一緒ならすぐに出られるさ。
まあ後でこっぴどく怒られるだろうけど……
「君は面白い男だね。だが私は先程の言葉を取り消すつもりはない。あのような低俗で騎士団の宣伝にしかならない活動は次期女王に不要なものだ。アリシアは私だけを見つめ私だけに見つめられていればそれでいい」
もしキャスカがこの場でいたら間違いなくアルライドの脳天にクナイを刺していただろうな。
「そんな事ありません、アリシアさんの歌は純粋に市民達に愛されています」
「ほう、なら証明してみたまえ」
「?」
「その週末に開催されるライブとやらに私も行くとしよう、もし私の前で何も失敗せずにライブを終える事ができたなら先程の言葉を取り消そうじゃないか」
何を言ってるんだこの男は、百戦錬磨のアリシアさんが失敗なんてする訳が――
「もしかして、ライブを妨害するおつもりですか?」
アリシアさんは察したようにそう言った。
一方アルライドは「さて、なんの事かな?」ととぼける。
この豚野郎、やはり食事に一服盛るべきだったか……
「どうした怖気づいたかね、平民執事君?」
ここで折れれば結局ライブは開催されないまま、アリシアさんは結婚してしまう。
キャスカさんから留守を預かっている以上それだけは避けなければならない。
「……いいでしょう。その条件を受け入れます」
「ちょっとアンタ何言って――ぐふッ!?」
俺はアリシアさんの口を塞ぐ。ごめんなさい今は少し黙っててください。
「ただし、アリシアさんや他の観客に直接危害を加えるような真似は辞めて頂きたい」
「いいだろう、だがもし失敗するような事があれば君と君の主の命は無いものと思うがいい」
交渉成立。
◇
「この大馬鹿ァーーーーーー!!」
「ぐえッ」
アルライドが帰った後。
アリシアさんの自室に戻った俺を待っていたのは彼女の腰の入った右ストレートだった。
世界を狙ってあまりある黄金の、いや白銀の右が俺の頬にクリティカルヒットする。
危ない危ない、ギャグ時空じゃなかったら五回くらい死んでるぜ……
「なんて事言い出すのよ、馬鹿なの? 死ぬの? ていうか死んだら!!?」
「いやだって、あの場はああでもしないとライブ自体ができなくな――」
「そういう事言ってるんじゃなーい!!」
「ぶへッ!!?」
次は飛び蹴り、技が豊富で良い事だ。
「どうするのよ、もし失敗したら。アンタもブリュンスタッド家も終わりよ!? 絶対死刑よ死刑!!」
「大丈夫ですよ、エリザベートがそう簡単に殺される訳ないじゃないですか」
「あ、もう名前で呼び合う仲なのね」
「そこに触れないで」
そして急に素にならないで、話のテンポが崩れるじゃないか。
「アンタ何にも分かってないわ! 三大貴族にとって王族と対立するっていうのは物凄くヤバイ事なのよ!!」
「まあまあ、要はライブを失敗せずに成功させればいいだけじゃないですか。アリシアさんなら大丈夫ですよ!」
「ええそうね! 王族の妨害を全部躱す事ができたらね!!」
その上ライブが終わるまでにキャスカさんがエリザベートを連れてこないといけないのだから結構シビアな綱渡りである。
「ああもうどうするのよ…… こんな状況で真面に歌える訳ないじゃない……」
「大丈夫です、全力でサポートしますから!!」
俺は膝を抱えるアリシアさんをなんとか勇気づける。
しかしアリシアさんはそんな俺をジト目で見つめて、
「アンタ。どうして私の……他人の為にそこまでできるのよ」
と尋ねてきた。
「? だって友達じゃないですか俺達」
それに恩人の一人でもあるアリシアさんを助けるのは当然の事である。
「私とアンタって友達だっけ?」
「……」
なんでそんな悲しい事を言うのだ。ただでさえ俺には友達が少ないのに……
「酷いですよ、前世で相棒だったのに……」
「え!? 私とアンタってそういう運命的な関係だったの!?」
「はい。掲示板にアルファベットを三文字書くと呪いの藁人形を渡した後に相手を刀で抹殺する仕事をしていました」
「なんか色々混ざってる気がするのは気のせいかしら?」
馬鹿な会話、こういうのが出来るのも友人の証だと俺は思うんだけどな。
「アリシアさんはただライブを成功させる事だけを考えてください。後の事は俺がなんとかしますから」
「……お人好しね。好みじゃないわ、でも――」
アリシアさんは俯く。そして小声で「ちょっとだけエリザベートが羨ましいわ」と言った。
「惚れちゃいましたか? でもごめんなさい俺、心に決めた人がいるんです」
「勝手に勘違いしておいて勝手に振ってんじゃないわよ」
ばーか。そう言いながらアリシアさんは俺に右手を差し出す。
どうやら握手をご所望らしい。
アイドルと只で握手ができるなんてファンなら泣いて喜ぶところだな。
「割った花瓶の弁償代くらいは働いてよね」
「……はい」
只じゃかった…… 
まあでもこれで俺とアリシアさんは正式に友人関係となった。
――ライブまで後五日。
元より押していたスケジュールだったがこれで帳尻を合わせることができる。
ありがとう、エネオさん。でも帰り際に俺の臀部を触るのは止めて欲しかったけどな!
「……」
レッスンを終えてた後のアリシアさんは自室にて大きめのソファに体育座りしたまま複雑そうな面持ちで黙り込んでしまっていた。
俺はというと棚の中にあるアルバムを勝手にペラペラと捲って暇を潰していた。
本当は「なに勝手に見てるのよこの変態!!」から始まる軽快な会話のラリーを期待していたのだが、どうもアリシアさんは上の空でアルバムを見ている俺の姿は目に入っていないようだった。
む~ それにしてもこのアルバムは興味深い。
幼少期のアリシアさんは勿論の事、エリザベートやサクラさんのロリ時代の写真も数多く収まっている。
まあ大体はアリシアさんがエリザベートに泣かされているのをサクラさんが慰めている写真がほとんどなのだが……
「あの歌」
「え?」
何が引き金になったのかは分からなかったがアリシアさんは不意に天井を見上げながら口を開いた。
「今日私が最初に歌った歌、アレだけ実は私が作ったやつじゃないのよ」
「それって、誰かのカバーって話ですか?」
確かにアリシアさんが最初の歌だけ他のものと雰囲気が違っていた気がする。
まあアイドルなんだからそういうのがあっても別におかしくはないか。
「あの曲はね。死んだお母様が小さかった私によく歌ってくれた物なの、といっても歌詞はなくて鼻歌だったけれど」
「じゃあ歌詞はアリシアさんが?」
「ええ、完成するのに三年も掛ったけどね」
そう言ってほんの少しだけ微笑んだアリシアさんは徐に立ち上がると庭が見渡せる窓へと手をつける。
「完成したお母様の歌をもっと沢山の人に聞いてほしくて始めたアイドル活動だったけど、それがいつの間に楽しくなっちゃってね。今はお母様の歌に負けないくらい素敵な歌を作るのが私の夢なの」
でも、それも潮時みたい――とアリシアさんは言う。
「王族の誘いを断ればスタンフィールド家の立場を危うくする事に繋がる、私の都合で騎士達や使用人達を路頭に迷わせる訳にはいかないわ」
「……」
「だから今度のライブは絶対に成功させたいの、悔いを残さないように」
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。
「ごめんね、急にこんな事言われても困るわよね。忘れて頂戴」
何か、何か言わなければ……
しかし俺が言葉を捻りだすよりも先にドアの向こうから軽いノックが聞こえてきた。
「アリシア様、ミコト様。少しよろしいでしょうか?」
隙間から顔を覗かせたのはスタンフィールド邸に仕えているメイドの一人。
その表情はどこか焦っているように見える。
「どうかしたの?」
アリシアさんが声をかけるとメイドは部屋に入って扉を閉めた後、怯えるような声でこう言った。
「それが…… アルライド王子が屋敷の前まで来ているんです……」
◇
「いやあ、すまないねアリシア。急に押しかけてしまって」
「……いえ、このようなみすぼらしい屋敷にわざわざ来ていただけるなんて光栄ですわ」
白いシーツがひかれた縦長のテーブル、そこには俺の作った昼食を食べ終えたアルライド王子とアリシアさんが向かい合わせの形で座っている。
アルライド・ミスリム・ルーデンベルグ。
年齢は40代後半。
ミスリム帝国の第一王子である彼は同時に正当な第一王位継承権を有している人物に他ならない。
今現在即位している王がなんらかの形で王座を降りれば自動的にアルライド様がこの国の王になるだろう。
今まで多くの縁談を断り続けていた彼はアリシアさんが十八歳となった今年、彼女に婚約を申し入れてきた。
風船を連想させるブクブクに太った身体、両手の指にはそれぞれ種類の違った指輪がはめられており、表情と態度からは『私がこの世で一番偉いんだぞ』オーラが滲み出ている。
実際に会って思ったがやはり俺が苦手な人種だ。
これはスケジュール帳に血のり(恐いよ)で彼の詳細なプロフィールを記載しているキャスカさんの気持ちも多少は理解できる。
それに折角円滑なレールに戻ったスケジュールを完全にぶち壊してくれやがってからに!
まあそんな事が王族相手に言える訳もないので、俺はスケジュール調整を行いながら料理を作るという高等テクニックを披露する事になった。
「ふむ、素晴らしい料理だった。これを君が作ったというのは本当かね? えっと――」
「周防ミコトです。お褒め頂き光栄です」
褒められたようなので一応頭を下げる俺。
どうやら十年間エリザベートの無駄に肥えた舌にしごかれ続けたのが功を奏したらしい。
「申し訳ございませんアルライド様。今屋敷の使用人達はほとんど出払ってしまっていて真面に料理が作れるのが彼しかいなかったものですから」
謝るアリシアさん。流石に王族の前となるとそれなりの立ち振る舞いをするんだな。
因みにエリザベートは王族が大嫌いなのでもっと不機嫌になる。
「いいさ、どうも私は君の怖いメイドが苦手でね」
恐いメイド、キャスカさんの事だな。どうせ殺意丸出しで睨みつけていたんだろう。
「アルライド様、今日はどのようなご用件でしょうか?」
突然の訪問に動揺しているのかアリシアさんはいつもより声のトーンを少し下げた状態で質問する。
「ハッハッッハ! 自分の妻に会うのに理由なんていらないさ。今日も美しいよアリシア」
アルライド様の嫌らしい笑みと言葉にアリシアさんは彼からは見えていない膝の上で拳を作る。
顔に出さないだけ立派だ。
「お戯れを、このような小娘のどこがよいのですか?」
「何を言う、君程美しい女性は世界中を探してもそういるものではない。今でも君を始めて見かけたパーティーの事は鮮明に覚えているよ」
ロマンチックな台詞に水を差すようで悪いがその時ってアリシアさんまだ五歳とかだろ、このロリコンめ。
食事に毒でもいれておけばよかったか……
と、キャスカさんの生霊が俺に乗り移ったのかと思った矢先にアルライド(もう呼び捨てでいいわ)はとんでもない事を口にした。
「実はねアリシア、私達の結婚を早めようと思う」
「!?」
おいおい……
「やはり善は急げと言うからね、もう式も週末に終わらせてしまおうじゃないか」
「……週末、ですか」
「おや? 何か予定でもあったかな?」
「その、僭越ながら私のコンサートを開催する事になっておりまして……」
少しずつアリシアさんの肩に入る力は強くなっていく。
しかしアルライドはそんな彼女の様子を気にする事もなく、
「ああ、あのくだらない広告塔の」と言った。
パリンッ―― 何かが割れる音が部屋に響く。
それもその筈、俺が近くにあった大きな花瓶を落として割ったからだ。勿論わざとである。
こうでもしないと今すぐに殴り掛かってしまいそうだったから後悔はしていない。
「失礼しました。すぐに片付けますので」
後悔はしていないとか格好つけたはいいものの、結構高そうな花瓶じゃんコレ。これは弁償だな……
「アルライド様、さっきの言葉。取り消して頂けないでしょうか?」
俺は花瓶の破片を拾いながらそう言った。
これでは花瓶も割られぞんである、ごめんよー。
「……すまない。よく聞き取れなかったのだがもう一度言ってもらえるかな?」
なるほど、なら今度はもっと近くに行って目を見て言って差し上げよう。
「アリシア様の歌はくだらなくなんてないです、お願いです取り消してください」
「ちょっと馬鹿ッ! アンタ何言ってんのよ!?」
アリシアさんは急いで立ち上がり俺の腕を引っ張る。
ごめんなさい、でもこのまま結婚の予定がはやまってもしキャスカさんとエリザベートが間に合わなかったら意味がないんです。
それに俺は純粋にライブが見たい(本音)。
「ほう、第一王子である私にそんな口を聞いたのは君が初めてだよ」
「生憎平民出身のヘルプ執事なもので、礼儀が分かっていないんですよ。だから僕の非礼はスタンフィールド家とは関係ないので悪しからず」
「ちょっとアンタそれ以上はッ――」
「構わないよアリシア」
アルライドは手でアリシアさんの言葉を制すると俺の事をジッと見つめる。
「どこかで見た事があると思ったら君、ブリュンスタッド家の執事だね。いいのかな君の態度は反逆罪に相当する、君の主共々牢屋に入る事になるぞ?」
「それでさっきの言葉を取り消して貰えるのなら安い買い物です」
例え牢屋に入れられてもエリザベートと一緒ならすぐに出られるさ。
まあ後でこっぴどく怒られるだろうけど……
「君は面白い男だね。だが私は先程の言葉を取り消すつもりはない。あのような低俗で騎士団の宣伝にしかならない活動は次期女王に不要なものだ。アリシアは私だけを見つめ私だけに見つめられていればそれでいい」
もしキャスカがこの場でいたら間違いなくアルライドの脳天にクナイを刺していただろうな。
「そんな事ありません、アリシアさんの歌は純粋に市民達に愛されています」
「ほう、なら証明してみたまえ」
「?」
「その週末に開催されるライブとやらに私も行くとしよう、もし私の前で何も失敗せずにライブを終える事ができたなら先程の言葉を取り消そうじゃないか」
何を言ってるんだこの男は、百戦錬磨のアリシアさんが失敗なんてする訳が――
「もしかして、ライブを妨害するおつもりですか?」
アリシアさんは察したようにそう言った。
一方アルライドは「さて、なんの事かな?」ととぼける。
この豚野郎、やはり食事に一服盛るべきだったか……
「どうした怖気づいたかね、平民執事君?」
ここで折れれば結局ライブは開催されないまま、アリシアさんは結婚してしまう。
キャスカさんから留守を預かっている以上それだけは避けなければならない。
「……いいでしょう。その条件を受け入れます」
「ちょっとアンタ何言って――ぐふッ!?」
俺はアリシアさんの口を塞ぐ。ごめんなさい今は少し黙っててください。
「ただし、アリシアさんや他の観客に直接危害を加えるような真似は辞めて頂きたい」
「いいだろう、だがもし失敗するような事があれば君と君の主の命は無いものと思うがいい」
交渉成立。
◇
「この大馬鹿ァーーーーーー!!」
「ぐえッ」
アルライドが帰った後。
アリシアさんの自室に戻った俺を待っていたのは彼女の腰の入った右ストレートだった。
世界を狙ってあまりある黄金の、いや白銀の右が俺の頬にクリティカルヒットする。
危ない危ない、ギャグ時空じゃなかったら五回くらい死んでるぜ……
「なんて事言い出すのよ、馬鹿なの? 死ぬの? ていうか死んだら!!?」
「いやだって、あの場はああでもしないとライブ自体ができなくな――」
「そういう事言ってるんじゃなーい!!」
「ぶへッ!!?」
次は飛び蹴り、技が豊富で良い事だ。
「どうするのよ、もし失敗したら。アンタもブリュンスタッド家も終わりよ!? 絶対死刑よ死刑!!」
「大丈夫ですよ、エリザベートがそう簡単に殺される訳ないじゃないですか」
「あ、もう名前で呼び合う仲なのね」
「そこに触れないで」
そして急に素にならないで、話のテンポが崩れるじゃないか。
「アンタ何にも分かってないわ! 三大貴族にとって王族と対立するっていうのは物凄くヤバイ事なのよ!!」
「まあまあ、要はライブを失敗せずに成功させればいいだけじゃないですか。アリシアさんなら大丈夫ですよ!」
「ええそうね! 王族の妨害を全部躱す事ができたらね!!」
その上ライブが終わるまでにキャスカさんがエリザベートを連れてこないといけないのだから結構シビアな綱渡りである。
「ああもうどうするのよ…… こんな状況で真面に歌える訳ないじゃない……」
「大丈夫です、全力でサポートしますから!!」
俺は膝を抱えるアリシアさんをなんとか勇気づける。
しかしアリシアさんはそんな俺をジト目で見つめて、
「アンタ。どうして私の……他人の為にそこまでできるのよ」
と尋ねてきた。
「? だって友達じゃないですか俺達」
それに恩人の一人でもあるアリシアさんを助けるのは当然の事である。
「私とアンタって友達だっけ?」
「……」
なんでそんな悲しい事を言うのだ。ただでさえ俺には友達が少ないのに……
「酷いですよ、前世で相棒だったのに……」
「え!? 私とアンタってそういう運命的な関係だったの!?」
「はい。掲示板にアルファベットを三文字書くと呪いの藁人形を渡した後に相手を刀で抹殺する仕事をしていました」
「なんか色々混ざってる気がするのは気のせいかしら?」
馬鹿な会話、こういうのが出来るのも友人の証だと俺は思うんだけどな。
「アリシアさんはただライブを成功させる事だけを考えてください。後の事は俺がなんとかしますから」
「……お人好しね。好みじゃないわ、でも――」
アリシアさんは俯く。そして小声で「ちょっとだけエリザベートが羨ましいわ」と言った。
「惚れちゃいましたか? でもごめんなさい俺、心に決めた人がいるんです」
「勝手に勘違いしておいて勝手に振ってんじゃないわよ」
ばーか。そう言いながらアリシアさんは俺に右手を差し出す。
どうやら握手をご所望らしい。
アイドルと只で握手ができるなんてファンなら泣いて喜ぶところだな。
「割った花瓶の弁償代くらいは働いてよね」
「……はい」
只じゃかった…… 
まあでもこれで俺とアリシアさんは正式に友人関係となった。
――ライブまで後五日。
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