俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

アイドル黙示録

 アイドル――それは自らの魅力で他者を魅了し活躍する者。
 10歳という若さで地球を(物理的に)去った俺はあまりそういう類の文化に触れる機会が無かった。
 そんな俺がアイドルというワードから連想する人物は一人しかいない。


 アリシア・フローレンス・スタンフィールド。
 雪のように白い肌、ツーサイドアップの銀髪、そして華奢な矮躯の効果も相まって妖精と言う言葉がなにより似合う可憐な美少女。
 そんな彼女は俺の主であるエリザベートと同じ帝国三大貴族であり、帝国最強の女騎士でもある。
 そしてアリシアさんを語る上で外せないもう一つの顔――それこそが天使の如き歌声を響かせるアイドルだったりするのだ。


 今回はそんな彼女――アリシアさんの物語である。





 エリザベートの魔力暴走事件が沈静化してから数日後。
 俺はアリシアさんから呼び出しを受けスタンフィールド家を訪れていた。
 ここはその庭園、木漏れ日が差す優雅で気品のある場所に置かれた白い円形テーブルに俺は座っている。
 向かえにはアリシアさん、そしてその隣には専属メイドのキャスカさんの姿がある。


「本日の紅茶は自家製のアールグレイでございます」
「ありがとうございます。キャスカさん」


 恐らく1客数十ゴールドはするであろうティーセットに注がれた紅茶を俺は口へと運ぶ。
 含んだ瞬間に市販の物とは明らかに違うベルガモットの上質な香りが鼻腔を抜け、後に残るのは柑橘系の爽やかな風味。流石は帝国三大貴族の内の一つ名門スタンフィールド家、見事なお手前だ。


「私、結婚するわ」
「ブゥーーー!!!」


 ベルガモットの上質な香りも柑橘系の爽やかな風味も一瞬で俺の口から噴き出していってしまった。
 あーあ、勿体ねえ。


「えっと、アリシアさん。今なんて言いました?」


 俺はキャスカさんに口を拭かれながらアリシアさんに尋ねる。
 まさかとは思うが結婚って言ったか? いやいやたぶん決闘の間違いだろう。
 するとアリシアさんは頬杖をついてどこか遠くを眺めてこう言った。


「だーかーら、私結婚するのよ。たぶん二週間後くらいにね」


 しかしアリシアさんの表情はおめでたい報告とは裏腹にどこか寂し気な物だった。
 こんな表情をする彼女は初めて見る。


「それは、また急な話ですね」


 本来なら『おめでとうございます』と言うべき場面なのかもしれないがアリシアさんの表情を見たらとても手放しで祝福する気分にはなれなかった。


「えっと、じゃあ今日俺を呼び出したのっていうのは」
「まあ一応報告よ報告、アンタからエリザベートにも伝えておいてくれる? 今日アイツ屋敷にいないみたいだし」
「いや、それは別にいいですけど……」


 俺は今朝掛かってきた電話の会話を思い出す。
 アリシアさんは最初『エリザベートはいるかしら?』と尋ねてきたのだ。
 そして俺がエリザベートの不在を伝えると『そう…… ならアンタだけでも来なさいな』とのお誘いを受け今に至る。


「アリシアさん本当に結婚するんですか?」


 アリシアさんってエリザベートと同い年だから十八歳だよな。
 縁談の話がきてもおかしくない年齢ではあるがあまりにも話が急すぎる気がする。


「別にそんなにビックリする事でもないでしょ、アンタとエリザベートだって婚約したんだから」
「なんで知ってるんですか!?」


 俺はまだ誰にも話していない筈だぞ、貰った指輪だって屋敷を出る時は外しているくらいだ。
 情報が漏洩したとすると犯人はやはり……


「あの騒動の後すぐにエリザベートから突然電話が掛かってきたのよ。『なんか~ 妾プロポーズされちゃって~ 仕方ないから結婚する事にしたわ~ どうじゃ? 羨ましいか? 羨ましいじゃろ?』みたいな自慢話を二時間くらいみっちりとね」
「あはは、それはウザイですね~」


 恋人の事を素直にウザいと言える俺、たぶんNOと言える日本人くらい希少な筈。
 アリシアさんもすぐに電話を切ればいいのに、変な所で付き合いがいい人だ。


「まあアンタ達にしては頑張ったんじゃない? めでたく世界一迷惑なカップルの誕生ね」
「あははは……」


 そう、俺とエリザベートはあの魔力暴走事件をきっかけに正式に恋仲(関係性はあまり進展していない)になった。
 貴族と平民、主と使用人である俺達が紆余曲折、右往左往の末に辿り着いたハッピーエンド……の筈。
 しかしあれからエリザベートは今までよりも一層世界征服に熱を入れるようになってしまい、寝る間も惜しんで何やら物騒な計画をニヤニヤして進めているようだった。
 今日の不在も朝早くにフレデリカさんと転移魔法でどこかに出かけて行ってしまったのが原因だ。
 まあ世界征服=結婚式の前準備みたいな物なのでエリザベートからするとこれより愉快な娯楽はないのだろう。


「で、その世界征服っていつ完了するのかしら。明日? それとも明後日?」
「いやいや、そんなすぐには無理ですよ……」


 確かエリザベートが年単位の計画になるとか言っていた気がする。


「そう…… そうよね。そんなにすぐには無理よね…… 悪かったわね急に呼び出して、好きな時に帰っていいからゆっくりしていきなさい」


 いつになく優しい言葉をかけてくれたアリシアさんは静かに立ち上がると一人で屋敷の中へと戻っていってしまった。


「キャスカさん」
「はい」
「詳しいお話し聞かせて頂いてもいいですか?」
「……ありがとうございます」





「つい先日の事です、王族から直々にスタンフィールド家にお達しがありました。第一王子であるアルライド様が正式にアリシア様と婚約したいと……」


 キャスカさんはさっきまでアリシアさんが座っていた席に腰かけると暗い表情で今の状況を話始めた。


「はぁ。折角の番外編だから皆でUNОができるかと思ってウキウキしてたのにな~」
「それ前のシーズンでも言ってましたけど。そんなにUNОしたいんですか?」


 キャスカさんが若干引いた目で俺を見てきたので話を戻す。


「アルライド様って確かもう40代後半とかですよね……」


 さらに付け加えるなら風船みたいにブクブクに太って脂ぎったお人だ。


「今まで婚姻を頑なに拒否していたアルライド様がどうして急に?」


 王族は代々世継ぎを早急に確保すべく二十歳になった王位継承者はお見合いラッシュが始まる。
 しかし第一王子であるアルライド様はどんな相手にもNOを突き付け今までずっと独り身のままだった。


「それは…… アリシア様が十八歳になったからです……」
「はい?」
「アルライド様はアリシア様が十八歳、つまり結婚できる年齢になるまでずっと待っていたのです!」
「うわきめぇ……」


 つい本音が出てしまった。
 しかしなるほど、だから今まで自分自身も独り身を貫いてきたという訳か。
 こっちの世界で結婚が可能になる年齢は男女ともに十八歳。
 アリシアさんがその年齢に達するのをアルライド様はずっと待っていたという事らしい。


「おのれ…… あのロリコン豚野郎。今すぐにでも●●●を切り落として口に詰め込んでやりたい……」
「どうどう」


 殺意のオーラを放つキャスカさん、まあ気持ちは分からないでもない。
 溺愛するアリシアさんが脂ぎった中年親父にとられそうともなればその心中はさぞ穏やかではないだろう。


「あんな…… あんなアリシア様のパンツの柄も暗記して無いような奴を私は認めません!!」
「いやそれを把握してるのは貴方だけですよね?」


 とりあえずアリシアさんと結婚する男性のハードルが物凄く高いという事は分かった。


「一応聞きますけど断ったりは……」
「できる訳がありません、アリシア様はスタンフィールド家当主。帝国の剣、その象徴的存在なのですから……」
「ですよね」


 御三家の中でもスタンフィールド家は王族との関りが最も深い騎士の家系だ。
 その頂点に立つアリシアさんが君主である王族の意向を無視するのは容易い事じゃない。
 まあ裏で世界征服計画に加担しているのでちょっとダブルスタンダードな気もするが、今回はスタンフィールド家全体の問題というのがネックだろう。
 大貴族の当主ならではの悩みという奴だ。


「本人は納得しているような事を言っておられますが、ここ最近ずっと心ここに在らずの状態が続いています。無理もありません、王族に嫁ぐとなれば今やっているアイドル活動も続けられなくなりますからね……」


 歌はアリシア様にとってなににも代えがたい物だというのに――そうキャスカさんは最後に付け加えた。


「アリシア様は一週間後に行われるコンサートライブを最後に引退を宣言なさるおつもりです。そうなればもう手遅れでしょう。ミコトさん、事は一刻を争います。どうかお力をお貸し頂けないでしょうか?」


 キャスカさんは深々と頭を下げる。


「頭を上げて下さい! 元から協力するつもりですから!!」
「本当ですか!?」
「勿論。この前コンサートのチケット貰ったばかりですからね、引退ライブにはして欲しくないです」


 それにアリシアさんには魔力暴走事件の時にとんでもなくお世話になった。
 ここでその恩を少しくらい返しても罰は当たらないだろう。


「でもやっぱりこれはお嬢様に相談するのが一番早いかもしれませんね」


 エリザベートの魔法ならこの退っ引きならない状況を打破できるだろう。
 ちょっと反則技っぽいし、俺自身はなんにもしてない感がヤバいが背に腹は代えられまい。


「そうですね。エリザベート様ならきっとあのロリコン豚野郎をいい具合に八つ裂きにしてくれる事でしょう」
「……まず殺害計画から離れましょうか」

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