はぶられ勇者の冒険譚

雪村 和人

宿屋と水浴び。それからそれから

 ステイスが消えた後、その場には静寂の時が流れていた。

「何かよく分かんない人だったわね。」

 沈黙を破ったのは玲奈だった。玲奈はそう言うとおもむろにカードを取り出した。遥も早速ステイスに貰った力を確かめようと自分のカードに目を通す。

吉村 遥   17歳 天職:剣士
LV 2
HP 106
MP 48
STR 73
DEX 51
VIT 82
AGI 74
INT 31
MND 27
[スキル]
精神苦痛耐性 危機感知 痛覚鈍化 剣術 棒術 夜目 鼓舞 
[恩恵]
暴食の恵み 博愛の恵み
[異能]
神血の眼
[パーティー]
水木 玲奈

 どうやらステイスの力は異能として表示されるらしい。そう確認した遥は、続いてどう使うのかと悩み出した。少しして、遥の視界にホロウウィンドウが映し出された。そこにはこう書かれていた。

ー神血の眼を発動しますか?ー
ー1度発動すると、常に発動し続けますー
YES NO

 それを見た遥は迷わずYESをタップする。すると徐々に視界が赤黒く染まっていった。しばらくすると、視界が晴れて元の風景に戻っていく。何か変わったのかと遥が顔を上げると、玲奈の頭の上に緑色のカーソルが出現した。

「何だ?」

 そう言って玲奈の方を凝視していると、再び窓が表示された。

水木 玲奈   17歳 異世界人 天職:魔法使い
LV 3
HP 112
MP 143
STR 59
DEX 112
VIT 42
AGI 30
INT 168
MND 97
[スキル]
火属性魔法 水属性魔法 魔法強化 魔道具作成 魔石鑑定 言語理解
[恩恵]
知識の恵み
[異能]
禁書庫の司書
[パーティー]
吉村 遥

 そう記されているのを見て遥は、神血の眼は鑑定が出来るのではないかと予想する。遥が「消えろ」と軽く念じると窓は消失する。そこには、首を捻る玲奈の姿があった。

「どうした?」

「この異能ってのの使い方が分からないの。」

 そう言って頭を抱える玲奈を見て、遥は試しに玲奈を見ながら「現れろ」と念る。続いて現れた窓の異能の部分を見て「詳細」と念じた。すると、異能「禁書庫の司書」についての詳細が書かれたホロウウィンドウが出てきた。

異能:禁書庫の司書
特定の人物にのみ閲覧を許された禁書庫の利用権限。そこにはこの世に存在する、または存在した全てのスキルや使い方について記されている。さらに、そのものについて深い知識を持つほどに熟練度が上がる。

使用方法
禁書庫と念じ、本棚が出現したらどんな情報がほしいのかを本棚に伝える。消えろと念じれば本棚は消える。本は手を離せば自然と本棚に戻る。

 遥は出てきた情報を玲奈に伝える。

「何であんたが知ってんのよ。」

 と言いながら遥の方を向いた玲奈は目を細める。

「あんた、目が赤くなってるわよ?」

 そう言った玲奈は遥から距離をとる。

「まさか・・・。」

 遥はすぐに自分の窓を呼び出し、神血の眼の詳細を呼び出す。

神血の眼
神の血を吸った眼。その眼の前では人の使うどんな隠蔽も通じない。
使用方法
常時発動型。発動中は生き物の頭上に友好的なら緑、中立なら黄色、敵対的なら赤のカーソルが浮かび上がる。また、相手を見て「出現」と念じればその者のステータスと種族が出現し、「詳細」と念じればその物の詳細が出てくる。「消えろ」「消失」と念じると消える。副作用として眼の色が紅に染まる。(パーティーメンバーの場合、相手を見る必要は無い。)
 詳細を読んだ遥はがっくりとうなだれる。

「どうしたのよ。」

 いきなり生気をなくした遥に玲奈が問いかける。その問いに遥は死んだような顔のまま先ほど読んだ「神血の眼」の詳細を告げる。

「え。あぁ。うん。まぁ綺麗な紅色だし、良いと思うわよ?」

 詳細を聞き、ひきつった顔になった玲奈は、とりあえず遥を励ましにかかった。その行動がかえって遥の心を抉る。

「うっ!」

 遥はそう言って胸に手を当てながら地面に倒れ込む。その様子を見た玲奈はため息を吐きながら面倒くさそうに話しかける。

「そんなことでウジウジしないでよ。男でしょ!」

 強気な口調で言い放つ玲奈。それに対する遥の返答は実に弱々しい物だった。

「だって紅目だぞ?高校にもなって何でこんな中二病チックな・・・」

 そう呟いている遥を見る玲奈の目には同情の色が浮かんでいた。



 しばらくして、立ち直った遥は玲奈を連れゴブリンと数度のエンカウントしながら、近くの村へと向かっていた。残りは2、3Kmと言ったところまで進んできた所で、玲奈が言った。

「あのさ、村に入る前にちょっと体を洗いたいかなーなんて。」

 数度のゴブリンとのエンカウントを通して、遥は玲奈に魔法の練習と魔石の回収をさせていた。そのせいで、トドメを指していた遥程では無いがそこそこの量の血が付着していた。

「そうだな。」

 自分から発する血のにおいに、さすがにキツイと感じた遥は進む方向を変えた。

 20分程進むと川が見えた。

「この川で水浴びしてこい。俺は見張りをする。終わったら言え俺も入りたい。」

 そう言って去ろうとする遥に向かって玲奈はジト目で言った。

「覗く気じゃないでしょうね?」

「興味ない。」

 少々くい気味で答えられた言葉に玲奈はうなだれる。

「そんな事気にしてる暇があったらサッサと終わらせろ。時間が勿体ない。」

 遥が消えていくと、仕方ないと言うように玲奈は制服を脱ぎ出す。

「あっ!」

 と声が聞こえるのとほぼ同時に遥が消えた方向から何かが飛んできた。地面に落ちたそれは布の固まりであった。

「終わったらこれに着替えろ。制服だと目立つ。」

 声を聞いた玲奈が布の固まりを拾い上げると、王城で支給されたこの世界の服だった。

「こんなのどこに入ってたのよ・・・。」

 そう玲奈が呟くと、その声が聞こえたのか遥の声が飛んできた。

「知らないかもしれないが支給品のバックって見た目の3、4倍ぐらいの容量あるんだぞ?」

 玲奈はバックの容量云々よりもそこそこの距離があるはずの遥が自分のつぶやきに反応したことに驚愕していた。

「早くしろよー。」

 玲奈が止まったままそんな大きな声を出したかな?と考えていると、まるでこちらの動きが分かってるかのように聞こえた声に少し不気味さを覚え、早々に終えようと水浴びを始めた。



 バシャバシャと水の音が聞こえ始めると遥は、よしと呟き、眼を使って自分のステータスを確認する。

吉村 遥[表]   17歳 人族 天職:剣士
LV 4
HP 285
MP 110
STR 203
DEX 138
VIT 188
AGI 145
INT 60
MND 100
[スキル]
精神苦痛耐性 危機感知 痛覚鈍化 剣術 棒術 夜目 鼓舞 投擲 隠密 身体強化 言語理解
[恩恵]
暴食の恵み 博愛の恵み
[異能]
神血の眼

 新しく手に入ったスキルは3つ。投擲、隠密、身体強化である。一度手に入れた能力はそれ以上得られないようで、遥は暴食での熟練度上げを断念する。

 熟練度とは、そのスキルを使う事によって上がっていくもので、上げていくと技を使うまでの時間を短縮したりMP消費効率を削減する事ができる。また、たまに熟練度を上げる事により進化するスキルがあるのだ。

 話を戻す。

 自分のステータスを確認した遥は満足げにうなずき、続いて玲奈のステータスを確認する。

水木 玲奈   16歳 天職:魔法使い
LV 7
HP 189
MP 232
STR 97
DEX 198
VIT 67
AGI 64
INT 319
MND 124
[スキル]
火属性魔法 水属性魔法 魔法強化 魔道具生成 魔石鑑定 言語理解
[恩恵]
知識の恩恵
[異能]
禁書庫の司書

 遥は玲奈のステータスを見て悩む。自分勝手にステータスをいじって良いのかを。遥は、おそらく玲奈はこう言った事に無頓着だろうと考えていた。ただ、相手の意見を聞かずに、と言うのは少し気が引ける。そう思った遥は結局何もいじらないまま窓を消した。



 その後、結局何も起こらないまま水浴びは終わり、2人は再び村へと歩き出した。

 村に着くころには空が綺麗な橙に染まっていた。

「まずは、宿屋を探すぞ。」

 これからどうするのか、と口を開こうとした玲奈に向かって遥はそう言った。

ー 宿屋 綻び亭 ー

 そう書かれた看板を見つけると、2人はドアを開け、店の中に入って行った。

「いらっしゃい。」

 入ってすぐ、宿屋のカウンターにいる男が声をかける。

「これで止まれるか?」

 そう言って遥は、ゴブリンの魔石を4つほど取り出した。魔石を見た男は目を細め、手にとって確認する。

「うむ。まあこれなら2人部屋で5日って所だな。朝夜飯付きで。」

「そうか。1人部屋2つだと?」

「2日って所か。同じ条件で。」

 遥は男の言葉に一瞬考える様子を見せると、玲奈を見て振り返りながら口を開いた。

「2人部屋で頼む。」

「なっ」

 その言葉を聞いた玲奈は何かを言おうとしたが、遥に口をふさがれた。
「あいよ。201号室。上がってすぐの部屋だ。桶とタオルの貸し出しは別料金だ。必要なときに声かけてくれ。」

 男はそう言いながらカギを渡してくる。2人がカギを受け取り、階段を上がり出すと男の声が聞こえた。

「うちは壁が薄いから、ヤるなら程々になー。」

「ヤらないわよ!!」

 男の忠告に少し顔を赤く染めながら叫び返す玲奈。遥はその様子を見て、ため息を吐きながら部屋へと入っていった。


「なんで同じ部屋なのよ。」

 少し遅れて入ってきた玲奈は遥を睨みながら問いた。

「金が勿体ない。今の俺たちには2つも部屋を借りてる余裕がない。金が貯まったら別の部屋にしてやるから、しばらく我慢しろ。」

 余裕がないのは玲奈も分かっていたようで、拗ねながらも渋々と納得した。

 数分後、男が夕飯だと呼びに来た。飯を食べた2人は、部屋に戻ってベットに横たわる。

「ねぇ。村に付いたけどこれからどうするの?」

 微睡みの中にいた遥は玲奈の声で覚醒する。

「しばらくはここを拠点にしてスキルの練習がてら魔物狩りをする。ある程度金が貯まったら少し大きめの町を目指そうと思う。」

 遥は玲奈の質問に少し考えてから答える。会話が途切れ、静寂が訪れる。

「私ここで死んじゃうのかな・・・。」

 静まりかえった部屋の中、今にも消えそうな泣き声が小さく響いた。遥はその声の主が玲奈だと気づくのに少し時間がかかった。

「どうしたんだ急に。お前らしくもない。」

「なんか知らない世界にいきなり連れてこられて。みんなとも離ればなれになっちゃって。そう言うこと考えたら、どうしようもなく不安になってきっちゃってさ。」

 いつもは気が強い玲奈に意外な一面に遥は驚いた。

「大丈夫。一緒にいる限りは俺が守ってやる。」

 気がついたら口からでていた言葉に遥は目を細める。

「何よ。いきなり。あんたらしくもない。」

 玲奈はさっきの仕返しと言わんばかりにそんなことを言った。返しに少しムッとした遥は何か言ってやろうと玲奈の方を向き、言葉を失った。

「でも、ありがとう。おかげでちょっと元気でた。」

 月明かりに映し出された玲奈はとても綺麗に、何よりも美しく笑っていた。

「あぁ。」

 遥は玲奈に見とれていて、気づいたらそんな声が漏れていた。

「どうしたの?」

 玲奈が急に静かになった遥に声をかける。その言葉で我に返った遥は玲奈から目を逸らした。

「何でもない。それより早く寝ろ。」

 遥は頬が熱を帯びるのを押さえるのに必死で、ぶっきらぼうに答える。

「うん。お休み。」

 玲奈はそう言って安心しきった顔をして寝始めた。その後、遥は落ち着いて寝れるまで1時間程かかった。



次の日の朝

「何やってんのよ。」

「すまん。」

 玲奈は盛大なため息を付いていた。

「あの程度で筋肉痛なんて。」

 遥は久々に激しい運動したせいでヒドイ筋肉痛に襲われ、ベットの上から動けないでいた。

「こんなんでしっかり守ってもらえるのかしら?」

「うっ。善処します。」

 こうして、遥と玲奈の旅は始まりを告げたのだった。

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