天空の妖界
雪女と二人の出発地点
「お母さんから電話……」
呼吸を整え、もう一度ケータイ画面を見て呟く茶目に、
「出てやれよ」
と、それだけ言って階段の踊り場に茶目を下ろす。
別に、他人の電話を聞く趣味のない俺は階段を降りようとするが、その腕を引っ張られる。
「こ、ここにいて。いなくなったら本当に気絶してやるから」
ケータイを震えた手で持ちながら、少し睨むようにして茶目は言う。……お前は意識して気を失う事が出来るのかよ……。
かくして、俺は茶目と母親の電話に付き合わされる事となった。わざわざスピーカーにしてくれる。
「も、もしもし?」
なにか期待するような声の節々に、恐怖が混じっている様な声で茶目は通話を受けた。
『茶目? お母さんだよ』
あまり力の入っていないしわがれた声の中に優しさが混じっている、そんな声が茶目に答えた。
「お。お母さん体調は!?」
『もう大丈夫よ。それよりいいお知らせがあるの』
「な、何?」
『さっき、お父さんが病室に顔を出してくれたわ。何度も何度も頭を下げて、取ったお金の倍程のお金を渡してくれたの』
あぁ、ケラさんから解放された本当の父親か。それはよかっ――
「あ、あんな奴! あんな奴は消えて当然なんだよ! お金を返すのだって当然だよ!」
たってわけでもないっぽいな。顔を真っ赤にして地面に足を叩きつけている。
誰もいないからいいが、めっちゃ音響いてるぞ。
『……そっか、茶目は、お父さんがなんで家出したのか知らなかったね。理由も無しにいなくなったわけじゃないのよ?』
「……え?」
『茶目はまだ小さかったから言わなかったけど、お父さんがいなくなる前の我が家にお金はほとんど無かったのよ。あなたを育てる為に私もお父さんも食事を一日一食にしていたわ』
本当に初めて聞いたのだろう。そんな衝撃の事実に、驚いた顔のまま茶目は固まった。
『それからお父さんは、このままじゃまずいからって友人にお金を借りる為と今よりいい職場を探す為に家を出たのよ。確かに私も働いていたけれど、ほとんどはお父さんの仕送りで生活が出来ていたのよ』
「そんな……」
『ずっと黙っていてごめんね。あなたは何も知らなくていいと思ったの。でも、今病院のテレビを見ていて驚いたわ。あなたも私達の様に家の事を考えてくれていたのね』
テレビで茶目の自殺が報道されていたのかよ……。俺の様子って出てないよな……? いや、周りにヘリなんて無かったよな……。
『あなたはあなたでアイドルをやってお金を稼いでくれているなんて思わなかった。歌、とっても上手になったわね。顔を隠していてもお母さんには分かるわ』
「……は?」
「や、やめてよ!」
全く予想外の台詞に、思わず声を出してしまった俺を見て、茶目は顔を真っ赤にする。あ、そういやさっきの曲って最近出た覆面アイドルのヒット曲だったわ。茶葉って名前のアイドルだったっけな。
母親が電話の向こうで少し笑っている声が聞こえ、なぜか俺も安心した。
『お父さんも、しばらく見なかったけどいい勤め先を見つけて頑張っているそうよ。まぁ、たまに意識が無くなるとか言っていたから心配なんだけどね』
「そ、そうなんだ……」
不安そうに俺を見るので、とりあえず首を縦に振ってもう大丈夫だと伝えておいた。
意識がなくなるのはケラさんが憑りついていたからだろう。消えた今その心配は無い。
『これからは借りたお金を返す為にもっと頑張るそうよ。私の体調も良くなってるみたい。入院はもう少し続くけど、もう大丈夫だから』
「そっか……。良かったよ」
『心配させてごめんね。ずっとつらい思いをさせていてごめんね。それが言いたかっただけよ』
「お、お母さん……。こ、こっちこそずっと迷惑かけてごめんなさい……」
『子供の事で苦労する事が迷惑だなんて思う訳ないじゃない。これからも苦労をかけなさい』
「うん、うん!」
『それじゃあ電話、切るわね。茶目、愛しているわよ』
「わ、私も……」
顔をまた恥ずかしさで染めながら茶目は俺を睨む。……いや、睨まれる理由が無くねぇか? 家族のやり取りとか見ても羨ましさしか無いっての。
通話の終えたケータイをポケットにしまうと、茶目は顔を押さえてうずくまった。
「あ~、なんだ? 別に気にしないでいいと思うぞ。アイドルやっているからって言われても、その見た目ならいいんじゃないかって思うし、家族同士で好きを言い合うなんて普通の事なんじゃないか?」
「は、恥ずかしさで死にたい……」
「勘弁しろよ……。もう飛び降りるって言われても助けねぇからな」
「なら早く下に運んで」
「もうお前、絶対意識失わないだろ……」
キョンシーの様に、手を前に突き出して立つ姿を見てそう言ってやったのだが、茶目は何答えずにそのまま固まっている。まぁ、自分で言った事だしな。
ようやくビルの一階へと到着した時には、外の人ゴミはほとんど無くなっていた。どうやらあのサラリーマン達が人払いをしてくれたようだ。
扉を押して外に出ると、俺が階段で見つけたアイドルオタクの連中がすごい勢いで俺の背負う茶目の元へと集まった。
「茶葉(ちゃば)様! おぉ茶葉様! 我らを置いて死ぬなんてないと吾輩心から信じておりましたぞ!」
「本当に良かったでやんす! 茶葉様に死なれたら僕らの生きる意味はなくなるでやんす!」
「我ら、これからも応援している所存ですぞ。ふぉっふぉっふぉ」
一気に暑苦しくなる空間に茶目を下ろすと、俺は逃げる様にビルの中へと戻った。アイドルオタクに囲まれて困った顔をしている茶目を見て、もう大丈夫だと確信した。
まぁ、あれだけ色んな奴に愛されているって分かればもう大丈夫だろ。
「まぁぁぁこぉぉとぉぉぉさぁぁぁん!!」
「あん?」
階段から誰かが必死に俺の名前を叫ぶのを聞いてから、すぐに冷たい風が吹いた。目に涙を溜め、白い鞄を大事そうに抱えた雪撫がその冷気を追う様に姿を現した。
「すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした!!」
俺の目と鼻の先まで近づき、泣きながら何度も雪撫は頭を下げる。さっきのケラさんの言った通り、雪撫の頭は俺の体を貫通してお腹に刺さっている。……いや、怖いわ!
「落ち着けって! まだ無くなったわけでもねぇし大丈夫だって!」
「私も行きます!」
「は?」
「か、鞄を探すのを私も手伝います! 元はと言えば私のせいなんですから!」
「あ、あぁそう……?」
まぁ、一人で探すよりは楽だし助かるか。というより当然の事っちゃ当然の事だよな。
雪撫が置いた場所に俺の鞄が無かったら、財布と学生証どうしようか。ていうかどうしてくれようか。
「なんか今寒気がしました! 怖い事考えました!?」
「何の話か分からないな。というか、雪女でも寒気って感じるんだな」
俺の突っ込みに、確かにと呟いて首をひねっている。……自分の事だろ。
「……あ、あの、真?」
そんな俺達のやり取りをいつの間にか脇で見ていた茶目は、俺へと声を掛けてきた。
「ん? あぁ、茶目か。ファンの奴等は振り払ったのか?」
「ファンを振り払っちゃ駄目でしょ。振り払ってないけど、ちょっと待っててもらった」
「ふぅん、何かやり残したことでもあったのか?」
当然ともいえる俺の質問に、茶目は顔を赤くして口元を押さえる。しばらく落ち着きなくそわそわしていたが、小さく「よしっ」と呟くと、
「ちょっと目を閉じていて」
命令する様に俺に言った。唐突に何を言い出すんだよこいつ……。
とりあえず言われた通りに目を閉じる。暗い視界の中で、雪撫が微かに息をのむ声が聞こえ、頬に温かく柔らかい物が当てられた。
すぐに離されたそれを何か気付かない程、俺は鈍感じゃない。
「……自殺を止めただけででかいお返しだな」
「安いくらいな気がするけど、ファンの人達がそれぐらいはしてあげるべきだっていうから」
「……お前は、その口調の方が似合ってるよ」
「なっ!?」
お礼にお礼を言うのもおかしいと思うので、気になっていた事を言ってやった。まぁ、俺を遠ざけようとして無理な口調を使っていたんだろうな。
顔を未だに赤くしながらも、目を白黒させて口をパクパクさせている所を見ると図星だろう。にしてもこいつ、よく顔を赤くするなぁ。
「これからも頑張れよアイドル。もう会わないだろうけど、応援しておいてやるよ」
「……やっぱりそっち側の人だもんね。いいよ、こっちで頑張って真の耳にも入るくらいの人気者になってあげる。一番のファンとして覚えておくから」
後ろを向いて扉を開ける姿は、沢山のファンのいるステージに出るアイドルの様だと思った。つい先ほどまで自殺をしようとしていた奴だなんて想像もできない、力強い姿だった。
「……さて、じゃあ俺達も行くか?」
「そ、そうですね。鞄を急いで探さないと」
なぜか一番関係ない癖に顔を赤くして恥ずかしがっている奴を振り返ると、視線の先にいる白い鞄を抱えている空飛ぶ女妖怪は、両手を握りしめて気合を入れた。
呼吸を整え、もう一度ケータイ画面を見て呟く茶目に、
「出てやれよ」
と、それだけ言って階段の踊り場に茶目を下ろす。
別に、他人の電話を聞く趣味のない俺は階段を降りようとするが、その腕を引っ張られる。
「こ、ここにいて。いなくなったら本当に気絶してやるから」
ケータイを震えた手で持ちながら、少し睨むようにして茶目は言う。……お前は意識して気を失う事が出来るのかよ……。
かくして、俺は茶目と母親の電話に付き合わされる事となった。わざわざスピーカーにしてくれる。
「も、もしもし?」
なにか期待するような声の節々に、恐怖が混じっている様な声で茶目は通話を受けた。
『茶目? お母さんだよ』
あまり力の入っていないしわがれた声の中に優しさが混じっている、そんな声が茶目に答えた。
「お。お母さん体調は!?」
『もう大丈夫よ。それよりいいお知らせがあるの』
「な、何?」
『さっき、お父さんが病室に顔を出してくれたわ。何度も何度も頭を下げて、取ったお金の倍程のお金を渡してくれたの』
あぁ、ケラさんから解放された本当の父親か。それはよかっ――
「あ、あんな奴! あんな奴は消えて当然なんだよ! お金を返すのだって当然だよ!」
たってわけでもないっぽいな。顔を真っ赤にして地面に足を叩きつけている。
誰もいないからいいが、めっちゃ音響いてるぞ。
『……そっか、茶目は、お父さんがなんで家出したのか知らなかったね。理由も無しにいなくなったわけじゃないのよ?』
「……え?」
『茶目はまだ小さかったから言わなかったけど、お父さんがいなくなる前の我が家にお金はほとんど無かったのよ。あなたを育てる為に私もお父さんも食事を一日一食にしていたわ』
本当に初めて聞いたのだろう。そんな衝撃の事実に、驚いた顔のまま茶目は固まった。
『それからお父さんは、このままじゃまずいからって友人にお金を借りる為と今よりいい職場を探す為に家を出たのよ。確かに私も働いていたけれど、ほとんどはお父さんの仕送りで生活が出来ていたのよ』
「そんな……」
『ずっと黙っていてごめんね。あなたは何も知らなくていいと思ったの。でも、今病院のテレビを見ていて驚いたわ。あなたも私達の様に家の事を考えてくれていたのね』
テレビで茶目の自殺が報道されていたのかよ……。俺の様子って出てないよな……? いや、周りにヘリなんて無かったよな……。
『あなたはあなたでアイドルをやってお金を稼いでくれているなんて思わなかった。歌、とっても上手になったわね。顔を隠していてもお母さんには分かるわ』
「……は?」
「や、やめてよ!」
全く予想外の台詞に、思わず声を出してしまった俺を見て、茶目は顔を真っ赤にする。あ、そういやさっきの曲って最近出た覆面アイドルのヒット曲だったわ。茶葉って名前のアイドルだったっけな。
母親が電話の向こうで少し笑っている声が聞こえ、なぜか俺も安心した。
『お父さんも、しばらく見なかったけどいい勤め先を見つけて頑張っているそうよ。まぁ、たまに意識が無くなるとか言っていたから心配なんだけどね』
「そ、そうなんだ……」
不安そうに俺を見るので、とりあえず首を縦に振ってもう大丈夫だと伝えておいた。
意識がなくなるのはケラさんが憑りついていたからだろう。消えた今その心配は無い。
『これからは借りたお金を返す為にもっと頑張るそうよ。私の体調も良くなってるみたい。入院はもう少し続くけど、もう大丈夫だから』
「そっか……。良かったよ」
『心配させてごめんね。ずっとつらい思いをさせていてごめんね。それが言いたかっただけよ』
「お、お母さん……。こ、こっちこそずっと迷惑かけてごめんなさい……」
『子供の事で苦労する事が迷惑だなんて思う訳ないじゃない。これからも苦労をかけなさい』
「うん、うん!」
『それじゃあ電話、切るわね。茶目、愛しているわよ』
「わ、私も……」
顔をまた恥ずかしさで染めながら茶目は俺を睨む。……いや、睨まれる理由が無くねぇか? 家族のやり取りとか見ても羨ましさしか無いっての。
通話の終えたケータイをポケットにしまうと、茶目は顔を押さえてうずくまった。
「あ~、なんだ? 別に気にしないでいいと思うぞ。アイドルやっているからって言われても、その見た目ならいいんじゃないかって思うし、家族同士で好きを言い合うなんて普通の事なんじゃないか?」
「は、恥ずかしさで死にたい……」
「勘弁しろよ……。もう飛び降りるって言われても助けねぇからな」
「なら早く下に運んで」
「もうお前、絶対意識失わないだろ……」
キョンシーの様に、手を前に突き出して立つ姿を見てそう言ってやったのだが、茶目は何答えずにそのまま固まっている。まぁ、自分で言った事だしな。
ようやくビルの一階へと到着した時には、外の人ゴミはほとんど無くなっていた。どうやらあのサラリーマン達が人払いをしてくれたようだ。
扉を押して外に出ると、俺が階段で見つけたアイドルオタクの連中がすごい勢いで俺の背負う茶目の元へと集まった。
「茶葉(ちゃば)様! おぉ茶葉様! 我らを置いて死ぬなんてないと吾輩心から信じておりましたぞ!」
「本当に良かったでやんす! 茶葉様に死なれたら僕らの生きる意味はなくなるでやんす!」
「我ら、これからも応援している所存ですぞ。ふぉっふぉっふぉ」
一気に暑苦しくなる空間に茶目を下ろすと、俺は逃げる様にビルの中へと戻った。アイドルオタクに囲まれて困った顔をしている茶目を見て、もう大丈夫だと確信した。
まぁ、あれだけ色んな奴に愛されているって分かればもう大丈夫だろ。
「まぁぁぁこぉぉとぉぉぉさぁぁぁん!!」
「あん?」
階段から誰かが必死に俺の名前を叫ぶのを聞いてから、すぐに冷たい風が吹いた。目に涙を溜め、白い鞄を大事そうに抱えた雪撫がその冷気を追う様に姿を現した。
「すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした!!」
俺の目と鼻の先まで近づき、泣きながら何度も雪撫は頭を下げる。さっきのケラさんの言った通り、雪撫の頭は俺の体を貫通してお腹に刺さっている。……いや、怖いわ!
「落ち着けって! まだ無くなったわけでもねぇし大丈夫だって!」
「私も行きます!」
「は?」
「か、鞄を探すのを私も手伝います! 元はと言えば私のせいなんですから!」
「あ、あぁそう……?」
まぁ、一人で探すよりは楽だし助かるか。というより当然の事っちゃ当然の事だよな。
雪撫が置いた場所に俺の鞄が無かったら、財布と学生証どうしようか。ていうかどうしてくれようか。
「なんか今寒気がしました! 怖い事考えました!?」
「何の話か分からないな。というか、雪女でも寒気って感じるんだな」
俺の突っ込みに、確かにと呟いて首をひねっている。……自分の事だろ。
「……あ、あの、真?」
そんな俺達のやり取りをいつの間にか脇で見ていた茶目は、俺へと声を掛けてきた。
「ん? あぁ、茶目か。ファンの奴等は振り払ったのか?」
「ファンを振り払っちゃ駄目でしょ。振り払ってないけど、ちょっと待っててもらった」
「ふぅん、何かやり残したことでもあったのか?」
当然ともいえる俺の質問に、茶目は顔を赤くして口元を押さえる。しばらく落ち着きなくそわそわしていたが、小さく「よしっ」と呟くと、
「ちょっと目を閉じていて」
命令する様に俺に言った。唐突に何を言い出すんだよこいつ……。
とりあえず言われた通りに目を閉じる。暗い視界の中で、雪撫が微かに息をのむ声が聞こえ、頬に温かく柔らかい物が当てられた。
すぐに離されたそれを何か気付かない程、俺は鈍感じゃない。
「……自殺を止めただけででかいお返しだな」
「安いくらいな気がするけど、ファンの人達がそれぐらいはしてあげるべきだっていうから」
「……お前は、その口調の方が似合ってるよ」
「なっ!?」
お礼にお礼を言うのもおかしいと思うので、気になっていた事を言ってやった。まぁ、俺を遠ざけようとして無理な口調を使っていたんだろうな。
顔を未だに赤くしながらも、目を白黒させて口をパクパクさせている所を見ると図星だろう。にしてもこいつ、よく顔を赤くするなぁ。
「これからも頑張れよアイドル。もう会わないだろうけど、応援しておいてやるよ」
「……やっぱりそっち側の人だもんね。いいよ、こっちで頑張って真の耳にも入るくらいの人気者になってあげる。一番のファンとして覚えておくから」
後ろを向いて扉を開ける姿は、沢山のファンのいるステージに出るアイドルの様だと思った。つい先ほどまで自殺をしようとしていた奴だなんて想像もできない、力強い姿だった。
「……さて、じゃあ俺達も行くか?」
「そ、そうですね。鞄を急いで探さないと」
なぜか一番関係ない癖に顔を赤くして恥ずかしがっている奴を振り返ると、視線の先にいる白い鞄を抱えている空飛ぶ女妖怪は、両手を握りしめて気合を入れた。
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