天空の妖界
救う神あれば拾う雪女あり
姿の消えた方向へと向かってみたのだが、やはり先に走っていった雪撫(せつな)とかいう妖怪の姿がそこら辺にあるわけもなく、街の中心まで来てしまった。
妖怪の為の学校にいるのなら妖力を追えと思うだろう。しかしながら、俺にそんな能力は無かった。というのも、俺は普通の成績は優秀でも学校では落ちこぼれの一人なのだ。
妖怪を倒すために集った学校で妖怪を倒せる能力を持っていない人程役に立たない生徒はいない。そんな人間には、妖怪と戦う術どころか、妖怪の気配である妖力を感じる術さえ教えてもらえない。
さっき俺が彼女を妖怪だと気が付いて、今手にしているこのかばんに妖力が溜まっていると感じる様になったのは独学だ。しかし、独学にも限界がある。ずっと抱えていた物、しばらくいた場所、妖力で出来たものを感じる事は出来ても、一瞬通っただけの妖力を追う事は俺に出来ない。
「自殺しようとしている子がビルの上にいるぞ! 誰か彼女を止めろ!」
「は?」
道端で上を見上げて叫ぶサラリーマンを見て、仕事の忙しさで頭がやられたのかと思った俺は無視して立ち去ろうとした。しかし、その場にいて彼の言葉を信じた者たちが上を見上げ息を飲むのを見て足を止めるのを見て、避けて歩くことは出来なくなり、視線を右にあるビルの屋上へと向けた。
確かに、一人の少女がビルの屋上で下を見下ろしていた。転落防止用のフェンスはすでに彼女の背後にある。距離が距離なので、彼女の表情はよく見えないのだが、多分覚悟の揺らいだ恐怖の表情になっているのだろう。
「……はぁ」
俺と右にあるビルの間には誰もおらず、入り口から俺までは数歩の距離だった。後ろで行こうと思っても足が動かない人の視線が、左で彼女の気持ちを止めようと叫んでいる老人の視線、前でせめて彼女が飛び降りても無事であるように毛布を持ってこいと周りに呼びかける人の視線が、ため息交じりにビルの扉へ手をかけた俺へと自然に集まった。
気持ち悪い程向けられた視線の気配から逃げる様にビルの扉を閉めた俺は、目の前の屋上へ上がれるエレベーターのボタンを押す。普通、階段で急いで上がるべきなのだろうが、そんな事はせずに降りてくるエレベーターを待つ俺の背中に、ビルの扉の外から批判的な視線が刺さる。
「なんて声を掛けりゃいいんだろうな……」
ビルの前で上を見上げて不安な表情を浮かべていた人々に感化されて、反射的にビルへ入ったために完全にノープランの俺は、エレベーターを待ちながらそんな独り言をつぶやいた。
軽い機械音と共にエレベーターが開くのを見て、中へ入り込んで屋上のボタンを押す。扉が動き出すのを確認して視線をビルの入り口へ向けると、軽々しく正義を語りそうな男たちが扉を開けるところだった。
「よぉ……」
エレベーターの中で声を掛けるための様々なシュミレーションをしてみたのだが、結局いい案浮かばずで軽く手を上げる挨拶になった。
「く、来んな! 私は飛び降りるんだ!」
下を見たまま固まっていた顔をゆっくりとこちらへ向けた彼女の顔は真っ青で、怖がっている事が一目でわかった。俺はあまり警戒させない様にその場に座り込む。
「分かった、俺はこのまま動かないでやるよ。それと、飛び降りるなってのもあえて言わないでやる」
「は?」
「だから、あんたの最期を看取るかもしれない不思議な縁のある俺に、何でこうなったのか教えてくれないか?」
「……な、何がしたいんのあんた?」
俺の行動を全く理解出来ない彼女は、若干不安な顔をしながら俺の方へと振り向く。しかし、フェンスに手を掛けず、むしろ危険な状態だ。これ以上刺激はできない。下手に刺激すれば足を踏み外す可能性がある。
「いや、ただ気になっただけなんだ。もちろん話したくない、もう落ちてやるっていうなら流石に俺も諦めるけど、まだ死ぬのは早いと思うなら俺の話し相手になってくれないかな?」
「……い、意味が分からないよ。あんたが何をしたいのか本気で分からない」
むしろ俺の態度でなお混乱している彼女は、屋上の転落防止用のフェンスを掴んで俺を見つめる。これ以上刺激をしてはいけない状況であるのは変わらないので、俺は座ったまま空を見上げた。
「俺は、正義のヒーローって嫌いなんだよ」
「はぁ?」
「ヒーローっていう割には遅れてくるわ、街壊すわ、事後処理はしないわで最悪だろ? 正直、敵を倒すだけで英雄面が出来るヒーローってのが俺は嫌いなんだ」
「……」
何も答えなくなった自殺願望を持った女の方に顔を戻して、目を見ながら俺は続けた。
「ヒーローって、ヒーローのつもりでいる奴って、何も知らない癖して何でも知っているから大丈夫って感じで声を掛けてくるだろ? で、助けた後の事はほっておく様な無責任な奴を俺はどうしても好きになれないんだよな」
「……それは共感出来るよ。家庭の事情も知らないで、仲間面で私に声を掛けてくる奴は私も嫌いだよ」
「おぉ、意見が合うとは何よりだ。俺は影弥 真。ちなみに俺のこの意見、学校で多数決をしたら、多分クラスの九割が反対の札を上げるぞ。お互いがお互いにいい顔をしようとするから」
「分かるよ……。私は大葉 茶目」
未だに俺を疑う顔が消える事は無いが、彼女は俺に心を開いて名前を教えてくれた。しかし、フェンスを越えることは無くその場で身の上を話し始めてくれた。
「私は父親が家出をしてしまったからって、母親が一人頑張って育ててくれたんだ。そしてお母さんも五十を過ぎてから無理が重なったせいか病気になった。そして、そんな弱った母親の情報を手に入れてあいつが帰ってきた」
「……」
悔しそうに唇を噛む彼女の表情から、帰ってきたのは父親でそれも母親の為にじゃないという事は容易に想像が出来た。こんな時に無理に共感をしてはいけないと分かっているので口を開かないまま彼女の言葉を聞く。
「家で寝込んでいる母親に通帳の場所を無理やり言わせたあいつは、通帳だけじゃなくて家に私がいなかった事をいい事に、私の部屋にあるバイトで貯めた貯金箱の中身まで奪い取って行きやがった。母親はそれに抵抗しようと、病んだ体に鞭打ってあいつを止めにかかってくれた。そんな母親を殴りつけたて、あいつは家から姿を消した。私が家に帰って見た光景はそんな殴られて壁に頭をぶつけて倒れている母親と、荒れた家だったよ」
そしてフェンスを掴んでいない方の手でポケットのケータイを取り出して、俺に写真を見せた。流石に遠く離れたままで小さなケータイの画面を見る事はできないので、立ち上がってケータイを受け取る。
「これは……」
近づいてしまった事について謝ろうとした俺は、ケータイの写真を見てその謝罪を忘れてしまった。目と口を開いたまま、下を向いている痛々しい姿の老婆の写真がケータイに写っていた。
「お母さん。あいつに殴られた後、頭の打ちどころが悪かったのか体が動かなくなって、植物状態のままずっとごめんなさいを言って病院のベッドに座っている姿。周りの声も聞こえてないから、ご飯を食べる事もできなくて点滴を打っているんだ」
「これはひどいな……」
「母親が頑張って稼いでくれていたから通えた大学は途中退学、バイトも父親の事で首になった私は、それでも生きる為に仕事を見つけて働いていたんだけど、流石に限界だわ」
お母さんはよく頑張ってくれていたんだって思うよと、そう言って茶目は涙を拭いた。そして怒りの顔を俺に向ける。
「それを周りの友人は、大変だねとか茶目なら出来るよとか、時には私で良ければ助けになるよって声を掛けてくれる奴もいたけど、そんな奴等に何が出来るんだ。金を出してくれる訳じゃないし、もし出してくれるとしてもそんな優しい奴等の金を私が使えるわけないと思わないか?」
「……心から思う。同情をしていいレベルがあるだろって言いたくなるよな。それを言ったら傷つけてしまうから言えないけども」
彼、彼女達はもちろん良心からそう言ってくれるのであって、嫌みを言っているつもりは全くないのだ。そんな彼女達を怒る事も出来ないから、その怒りの矛先を向ける方向を見失ったのだろう。そしてその怒りを俺にぶつけようとして思いとどまった彼女は、フェンスを拳で殴る事で収めた。
「まぁなんだ? 俺は残念ながらお前の気持ちを最後まで理解する事は難しいと思う。俺には生まれつき親なんていないから。動かなくなった親の為の金とか必要無いしな」
悔しそうに下を向いて肩を震わせていた彼女は、俺の言葉で驚いて顔を上げる。そんな彼女にどう返せばいいのかも分からない俺は肩をすくめて見せた。別に詳しい説明なんかもいらないし、慰めもいらない。それを一目で分からせる手段はこれしか思いつかなかった。
茶目はそんな俺を見て、何か声を掛けようと言葉を探していたが、俺の背後にある扉から響いた何かがぶつかる音で警戒心を強めて扉を見つめた。しかし、扉からは何かがぶつかったり、誰かが叩いたりする音だけで、開く気配が全く感じられなかった。
「あぁ、そんな大勢で押し掛けたって邪魔でしかないだろうから、ここに入る扉の鍵をかけたんだよ」
「鍵をかけるって言ったって、屋上の扉に鍵なんてついてないじゃんか。鍵なんて掛けられもしないはずだろ?」
「ドアノブを取っちゃえばいいだろ?」
そう言って俺はポケットに隠していた外した扉の取っ手を見せる。そんな簡単に人間は自殺なんて出来ないと思った俺は、下の野次馬が肩で息をしながら階段を上がっている間にドアノブを取ってしまったのだ。
もちろん、工具を用いて取っ手を外したわけじゃない。そんな事をしていたら普通に野次馬に追い付かれる。
ここがまた俺たちと普通の学校では違う所だ。能力を手に入れた人間は、体の筋力だけでなく、身体能力の全てが強化されるのだ。ドアノブを力いっぱい下に捻ったら、ドアノブの方が壊れて外れてしまう。
「……あんたって……はぁ」
俺が取ってしまったドアノブをいじっていると、茶目が諦めたような顔をして顔に笑みを浮かべる。そしてフェンスに近づいて足をかける。どうやら飛び降りるのを諦めてくれるようだ。
「おやおやおやおや、茶目ちゃん、そのまま落ちてくれたほうがお父さん楽だなぁ?」
フェンスを越えようとする茶目に気を取られて、いつの間にか音の消えた扉に違和感を抱かなかった俺は、茶目が恐怖と怒りの混ざった顔で見つめている背後の男へゆっくりと振り返る。
「やぁ、正義のヒーローごっこをした学生君。もう大丈夫だ。僕はこの茶目のお父さんだよ」
わざとらしさを通り越して、善人にさえ見えるその口元の笑みと、その笑顔さえかき消すほど冷たい視線でこっちを睨むサラリーマンがそこに立っていた。鞄を床へ落として、敵意が無い事を示しながら俺へと近づいてくる。
「もう君のヒーローごっこは終わりにしていい。あとは僕に任せて下に降りて構わないよ」
じりじりと詰め寄ってくる茶目の父親を見て、思わず俺はため息をついてしまった。
「なんで学校在学中には一度も会わないのに、学校の敷地外ではこんなに妖怪に会わなきゃいけないんだよ……」
妖怪の為の学校にいるのなら妖力を追えと思うだろう。しかしながら、俺にそんな能力は無かった。というのも、俺は普通の成績は優秀でも学校では落ちこぼれの一人なのだ。
妖怪を倒すために集った学校で妖怪を倒せる能力を持っていない人程役に立たない生徒はいない。そんな人間には、妖怪と戦う術どころか、妖怪の気配である妖力を感じる術さえ教えてもらえない。
さっき俺が彼女を妖怪だと気が付いて、今手にしているこのかばんに妖力が溜まっていると感じる様になったのは独学だ。しかし、独学にも限界がある。ずっと抱えていた物、しばらくいた場所、妖力で出来たものを感じる事は出来ても、一瞬通っただけの妖力を追う事は俺に出来ない。
「自殺しようとしている子がビルの上にいるぞ! 誰か彼女を止めろ!」
「は?」
道端で上を見上げて叫ぶサラリーマンを見て、仕事の忙しさで頭がやられたのかと思った俺は無視して立ち去ろうとした。しかし、その場にいて彼の言葉を信じた者たちが上を見上げ息を飲むのを見て足を止めるのを見て、避けて歩くことは出来なくなり、視線を右にあるビルの屋上へと向けた。
確かに、一人の少女がビルの屋上で下を見下ろしていた。転落防止用のフェンスはすでに彼女の背後にある。距離が距離なので、彼女の表情はよく見えないのだが、多分覚悟の揺らいだ恐怖の表情になっているのだろう。
「……はぁ」
俺と右にあるビルの間には誰もおらず、入り口から俺までは数歩の距離だった。後ろで行こうと思っても足が動かない人の視線が、左で彼女の気持ちを止めようと叫んでいる老人の視線、前でせめて彼女が飛び降りても無事であるように毛布を持ってこいと周りに呼びかける人の視線が、ため息交じりにビルの扉へ手をかけた俺へと自然に集まった。
気持ち悪い程向けられた視線の気配から逃げる様にビルの扉を閉めた俺は、目の前の屋上へ上がれるエレベーターのボタンを押す。普通、階段で急いで上がるべきなのだろうが、そんな事はせずに降りてくるエレベーターを待つ俺の背中に、ビルの扉の外から批判的な視線が刺さる。
「なんて声を掛けりゃいいんだろうな……」
ビルの前で上を見上げて不安な表情を浮かべていた人々に感化されて、反射的にビルへ入ったために完全にノープランの俺は、エレベーターを待ちながらそんな独り言をつぶやいた。
軽い機械音と共にエレベーターが開くのを見て、中へ入り込んで屋上のボタンを押す。扉が動き出すのを確認して視線をビルの入り口へ向けると、軽々しく正義を語りそうな男たちが扉を開けるところだった。
「よぉ……」
エレベーターの中で声を掛けるための様々なシュミレーションをしてみたのだが、結局いい案浮かばずで軽く手を上げる挨拶になった。
「く、来んな! 私は飛び降りるんだ!」
下を見たまま固まっていた顔をゆっくりとこちらへ向けた彼女の顔は真っ青で、怖がっている事が一目でわかった。俺はあまり警戒させない様にその場に座り込む。
「分かった、俺はこのまま動かないでやるよ。それと、飛び降りるなってのもあえて言わないでやる」
「は?」
「だから、あんたの最期を看取るかもしれない不思議な縁のある俺に、何でこうなったのか教えてくれないか?」
「……な、何がしたいんのあんた?」
俺の行動を全く理解出来ない彼女は、若干不安な顔をしながら俺の方へと振り向く。しかし、フェンスに手を掛けず、むしろ危険な状態だ。これ以上刺激はできない。下手に刺激すれば足を踏み外す可能性がある。
「いや、ただ気になっただけなんだ。もちろん話したくない、もう落ちてやるっていうなら流石に俺も諦めるけど、まだ死ぬのは早いと思うなら俺の話し相手になってくれないかな?」
「……い、意味が分からないよ。あんたが何をしたいのか本気で分からない」
むしろ俺の態度でなお混乱している彼女は、屋上の転落防止用のフェンスを掴んで俺を見つめる。これ以上刺激をしてはいけない状況であるのは変わらないので、俺は座ったまま空を見上げた。
「俺は、正義のヒーローって嫌いなんだよ」
「はぁ?」
「ヒーローっていう割には遅れてくるわ、街壊すわ、事後処理はしないわで最悪だろ? 正直、敵を倒すだけで英雄面が出来るヒーローってのが俺は嫌いなんだ」
「……」
何も答えなくなった自殺願望を持った女の方に顔を戻して、目を見ながら俺は続けた。
「ヒーローって、ヒーローのつもりでいる奴って、何も知らない癖して何でも知っているから大丈夫って感じで声を掛けてくるだろ? で、助けた後の事はほっておく様な無責任な奴を俺はどうしても好きになれないんだよな」
「……それは共感出来るよ。家庭の事情も知らないで、仲間面で私に声を掛けてくる奴は私も嫌いだよ」
「おぉ、意見が合うとは何よりだ。俺は影弥 真。ちなみに俺のこの意見、学校で多数決をしたら、多分クラスの九割が反対の札を上げるぞ。お互いがお互いにいい顔をしようとするから」
「分かるよ……。私は大葉 茶目」
未だに俺を疑う顔が消える事は無いが、彼女は俺に心を開いて名前を教えてくれた。しかし、フェンスを越えることは無くその場で身の上を話し始めてくれた。
「私は父親が家出をしてしまったからって、母親が一人頑張って育ててくれたんだ。そしてお母さんも五十を過ぎてから無理が重なったせいか病気になった。そして、そんな弱った母親の情報を手に入れてあいつが帰ってきた」
「……」
悔しそうに唇を噛む彼女の表情から、帰ってきたのは父親でそれも母親の為にじゃないという事は容易に想像が出来た。こんな時に無理に共感をしてはいけないと分かっているので口を開かないまま彼女の言葉を聞く。
「家で寝込んでいる母親に通帳の場所を無理やり言わせたあいつは、通帳だけじゃなくて家に私がいなかった事をいい事に、私の部屋にあるバイトで貯めた貯金箱の中身まで奪い取って行きやがった。母親はそれに抵抗しようと、病んだ体に鞭打ってあいつを止めにかかってくれた。そんな母親を殴りつけたて、あいつは家から姿を消した。私が家に帰って見た光景はそんな殴られて壁に頭をぶつけて倒れている母親と、荒れた家だったよ」
そしてフェンスを掴んでいない方の手でポケットのケータイを取り出して、俺に写真を見せた。流石に遠く離れたままで小さなケータイの画面を見る事はできないので、立ち上がってケータイを受け取る。
「これは……」
近づいてしまった事について謝ろうとした俺は、ケータイの写真を見てその謝罪を忘れてしまった。目と口を開いたまま、下を向いている痛々しい姿の老婆の写真がケータイに写っていた。
「お母さん。あいつに殴られた後、頭の打ちどころが悪かったのか体が動かなくなって、植物状態のままずっとごめんなさいを言って病院のベッドに座っている姿。周りの声も聞こえてないから、ご飯を食べる事もできなくて点滴を打っているんだ」
「これはひどいな……」
「母親が頑張って稼いでくれていたから通えた大学は途中退学、バイトも父親の事で首になった私は、それでも生きる為に仕事を見つけて働いていたんだけど、流石に限界だわ」
お母さんはよく頑張ってくれていたんだって思うよと、そう言って茶目は涙を拭いた。そして怒りの顔を俺に向ける。
「それを周りの友人は、大変だねとか茶目なら出来るよとか、時には私で良ければ助けになるよって声を掛けてくれる奴もいたけど、そんな奴等に何が出来るんだ。金を出してくれる訳じゃないし、もし出してくれるとしてもそんな優しい奴等の金を私が使えるわけないと思わないか?」
「……心から思う。同情をしていいレベルがあるだろって言いたくなるよな。それを言ったら傷つけてしまうから言えないけども」
彼、彼女達はもちろん良心からそう言ってくれるのであって、嫌みを言っているつもりは全くないのだ。そんな彼女達を怒る事も出来ないから、その怒りの矛先を向ける方向を見失ったのだろう。そしてその怒りを俺にぶつけようとして思いとどまった彼女は、フェンスを拳で殴る事で収めた。
「まぁなんだ? 俺は残念ながらお前の気持ちを最後まで理解する事は難しいと思う。俺には生まれつき親なんていないから。動かなくなった親の為の金とか必要無いしな」
悔しそうに下を向いて肩を震わせていた彼女は、俺の言葉で驚いて顔を上げる。そんな彼女にどう返せばいいのかも分からない俺は肩をすくめて見せた。別に詳しい説明なんかもいらないし、慰めもいらない。それを一目で分からせる手段はこれしか思いつかなかった。
茶目はそんな俺を見て、何か声を掛けようと言葉を探していたが、俺の背後にある扉から響いた何かがぶつかる音で警戒心を強めて扉を見つめた。しかし、扉からは何かがぶつかったり、誰かが叩いたりする音だけで、開く気配が全く感じられなかった。
「あぁ、そんな大勢で押し掛けたって邪魔でしかないだろうから、ここに入る扉の鍵をかけたんだよ」
「鍵をかけるって言ったって、屋上の扉に鍵なんてついてないじゃんか。鍵なんて掛けられもしないはずだろ?」
「ドアノブを取っちゃえばいいだろ?」
そう言って俺はポケットに隠していた外した扉の取っ手を見せる。そんな簡単に人間は自殺なんて出来ないと思った俺は、下の野次馬が肩で息をしながら階段を上がっている間にドアノブを取ってしまったのだ。
もちろん、工具を用いて取っ手を外したわけじゃない。そんな事をしていたら普通に野次馬に追い付かれる。
ここがまた俺たちと普通の学校では違う所だ。能力を手に入れた人間は、体の筋力だけでなく、身体能力の全てが強化されるのだ。ドアノブを力いっぱい下に捻ったら、ドアノブの方が壊れて外れてしまう。
「……あんたって……はぁ」
俺が取ってしまったドアノブをいじっていると、茶目が諦めたような顔をして顔に笑みを浮かべる。そしてフェンスに近づいて足をかける。どうやら飛び降りるのを諦めてくれるようだ。
「おやおやおやおや、茶目ちゃん、そのまま落ちてくれたほうがお父さん楽だなぁ?」
フェンスを越えようとする茶目に気を取られて、いつの間にか音の消えた扉に違和感を抱かなかった俺は、茶目が恐怖と怒りの混ざった顔で見つめている背後の男へゆっくりと振り返る。
「やぁ、正義のヒーローごっこをした学生君。もう大丈夫だ。僕はこの茶目のお父さんだよ」
わざとらしさを通り越して、善人にさえ見えるその口元の笑みと、その笑顔さえかき消すほど冷たい視線でこっちを睨むサラリーマンがそこに立っていた。鞄を床へ落として、敵意が無い事を示しながら俺へと近づいてくる。
「もう君のヒーローごっこは終わりにしていい。あとは僕に任せて下に降りて構わないよ」
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