天空の妖界

水乃谷 アゲハ

曇のち雪女

 人を救える様なヒーローになれるかなと昔思った事がある。人を救いさえすれば何でも許されるヒーローになれるのかと今になって思う。

 重役出勤じゅうやくしゅっきんという言葉の通り、ヒーローというのは大体遅れてやってきて、おそわれているところに救いの手を差し伸べる皆のあこがれだ。子供の頃に影響されてヒーローになりたいと思ったことがある奴は多いと思う。

 しかし、身体からだと共に頭も大人びてからそんなヒーロー系のアニメを見ていると、人がピンチになってから連絡を受けてから変身をして、ようやくかと思う程遅れてヒーローは登場をする。そんな遅刻をした挙句あげくに悪役を倒す時、同時に周囲の物を普通に破壊するのだ。街なら建物を、森なら木々を。海で戦えよ。むしろゴミがまっているからきれいにできるぞ。

 しかし、そんなヒーローを見ても文句をいう人間はいない。流石だなんて、頼りになるなぁなんて、感謝に少しの憧れを加えた目をしてヒーローがいなくなるまで見つめ続け、街を汚した挙句に何もしないままいなくなるヒーローを責めることなく、襲われていた被害者がそこに集う人達と集まって、自分達で復興しようとしている。

 今になって気付くこの真実を持って、そのヒーローアニメに飛び込んで文句を言おうものなら、多分その場にいる市民全員からの非難ひなんあらしを受けるんだろう。ならお前はこのピンチを救えたのかって。

「あぁ、嫌いだ」

 そんな小さな呟きを口から吐き出した。そう、俺はヒーローが嫌いだ。他人を救おうとする心は評価するけど、救う手順がどうにも嫌いだ。
 時間潰しに見ていたヒーローのアニメを放送しているテレビの電源を消す。そのままテレビからカレンダーへと目を移すと、カレンダーが残酷ざんこくにもあと三日で学校が始まる事を告げていた。

「なんか買いに行くか」

 玄関に置いてある学生証と財布の入ったカバンを手に取って、俺は玄関から外に出た。今から雨でも降り出すんじゃないかと思える暗い空を見上げて、一応傘を持った。

「あぁ、学校行くの嫌だな……」

 店へ通う道すがら、言った所で意味のない呟きを口から漏らす。とはいえ、別に俺はいじめられている訳でも、学校が嫌いなわけでもない。強いてあげるなら、学校にいる自分が嫌いなのだ。
 俺の学校は一般の学校とは少し違う。いや、少しどころじゃなかったな。

 まず、半年で授業の全てが終わる。つまり、週五日間を半年続けるだけで卒業資格を手に入れる事が可能という訳だ。しかし、うちの学校の八割はそのまま学校に残り続ける。おかげで年齢層が十五歳の若い学生から、六十台という教師より高い年齢までとなっている。
 なぜそんなに残るかと言えば、まぁ多分戦うのが楽しいからなんだと思う。次に違う点がここだ。俺の学校は、半年の座学が終わると生徒の大半が戦闘を楽しみ始める。別に拳や鉄パイプを持った奴等が喧嘩を楽しむ為に集まる不良学校じゃない。

 入学当初、学校のトップであるチャラ男……もとい学園長から不思議な種の様な物を渡されるのだが、それを飲む事により、よく言われる異能の力を手に入れる事が出来て、それを使って戦うのだ。
 なんでそんな物をと思う奴がいると思う。そこで最も普通の学校とは違う点を挙げる。俺の通っている対妖たいよう第一学園は、その名前の通りに妖怪に対しての力を手に入れる為にある学校。わかりやすく言えば陰陽師おんみょうじ育成学校なのだ。

 とは言っても、俺の学校にいる奴で妖怪が見えるやつは一割いればいい方だ。能力によって見える者もいれば、家族の遺伝で見えるという陰陽師の末裔まつえいもいる。ちなみに俺は前者だから一応妖怪が見える。
 見えない奴をなんで学校は退学にしないのかって質問を受けそうだが、俺だってそれを聞きたい側なので何とも言えない。学園長の考えている事は入学式からよくわからん。

「……あぁ、降ってきたっぽいな」

 空を見上げ、遠くにかすかに見えた小さな黒い物を雨と勘違いした俺は、傘を開こうとするが、いつまで経っても見えたしずくが地面へ落ちる事がない。

「ぁぁ!」

「あ?」

 違和感を口から出して徐々に大きくなるその黒い物体へと顔を向ける。というか、なんかあの物体から聞こえなかったか?

「あぁぁ!」

「はぁ!?」

 それが人間だと分かったのは、位置エネルギーを運動エネルギーに変換して相当な速度になったその人間の額(ひたい)が俺の額とぶつかる瞬間だった。
 骨と骨がぶつかりあう鈍い音が俺の頭へ響き渡り、目の前が真っ暗になった。……あ、多分俺死んだわ。



「の~……え、どうしよ……あの~」

 ここで顔面強打によって俺の人生は幕を閉じてこの話はおしまいと思ったらそんな事なく、俺はかすかな痛みを額へ残しながら意識を取り戻した。ゆっくりと目を開けると、さきほどぶつかってきた女が慌てた様子で周りを見回している。

「お、おい?」

 妙に温かくて柔らかい感触が頭の下にあるのを感じて、膝枕(ひざまくら)だと気が付いた俺は逃げる様に頭を上げて距離を取る。

「あ! 目が覚めたんですね! 良かったです……」

 俺が離れた事に何も反応はせず、ほとんど無い胸を撫でおろして、空から降ってきた女は安堵のため息をつく。
 見た事のない恰好だと思った。とても整えられたまっすぐ伸びた長い黒髪に違和感は無いのだが、瞳が青くて虹彩がはっきりしない目をしている。
 一番見慣れないのは服装だ。白い和服を身に着けているのだが、今の時期は俺の学校が新入生に向けて行(おこな)う半年の座学を終えた時期なので、大体夏の終わりあたり。まだ少し蒸し暑さが残っているのにも関わらず、白い厚手の和服は一言で言うと異質だ。

「そ、それじゃあ私はこれで立ち去りますね? ……えっと、右目隠みぎめかくしさん」

「待てや!? 俺の見た目で確かに特徴的でわかりやすいけど待て、誰が右目隠しだ。俺には影弥かげや まことって名前がある」

 初対面の奴にいきなり右目隠しさんとはなんて非常識なんだよこの女……。確かに理由があって右目を髪の毛伸ばして隠しているけども……。ちなみに、妖怪横丁に住む彼の真似じゃない。
 ついでだから自分の説明もしておくと、前の開いたパーカーの下に半袖を着こみ、下はジーンズをはいている。暑さが残っているのにパーカーなのかよとか思われたら終わりだけどな。パーカーが好きだからそこは許してくれ。

「か、影弥 真さんですか。私は雪撫せつな。雪の撫子なでしこで雪撫といいます。用事があってちょっと急いでいるのでこれで失礼しますね」

 雪撫と名乗ったその女は、俺の答えを聞く前に立ち上がって走り去って行く。俺がズボンの汚れを落として立ち上がった時にはすでに豆粒まめつぶほどの大きさとなっていた。

「……あいつ、妖怪だったよな?」

 かすかに俺のおでこを中心にその場に残る空気は、妖怪が身体から発する妖力を含んでふわふわと漂っていた。別に、妖怪退治を義務にされていないから、何も見なかったフリをして、俺も店へと急ごうとしてかばんを持ったのだが……

「……おい、嘘だろ」

 やけに軽いその鞄に違和感を感じて、視線を向ける。そこには小さくて白い鞄が俺の手に握られていた。だが、俺のかばんはそれなりに大きい黒い鞄だ。妖力を濃くまとっているその鞄を見れば答えは一つしかない。

「あの野郎どこ行った!」

 豆粒どころか姿も見えなくなった女を探す事になった。いや、鞄はいいけど中に入っている学生証と財布返せ……。

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