世界を始める戦争か、もしくは最後の聖戦か〜敵国同士の剣姫と暗殺騎士

白季 耀

任務の準備2

あれから自室に籠り早1時間が過ぎようとしていた。

任務に必要な道具や書類などを置く為の部屋は、王城の物を借りている。

レドモンドが「部屋くらい此方で用意させろ!」とやけに強く言うものだから、仕方なく借りている。

普段は街のそこそこ設備が充実した宿屋を使用しており、この部屋に入ったのは2ヶ月前になる。

故にそこら中にしつこい位埃が溜まっている。

王城の中心部付近に位置している為に日差しはこの部屋には届かない。

ただ部屋の蛍光灯の下に照らされる質素で味気の無いありふれた部屋。

あるのは1000冊以上の文献や歴史書が収納される、身長より1メートルは高い本棚。

これだけは王城の物だと確信できる、華奢に飾られたベッドに机の類。

しかしそれさえもこの部屋では、唯の物置の一役で、数える気力すら失せ、深い溜息を促すとあらんばかりに無数の書類が無造作に置かれている。

(しかし床には一切の私物はない)

また、これからしばらくの間この部屋は使わないので、物の整理に精を出している最中だった。

片付けをしなくてはならないのに、思い出に浸ってしまう。

ーー今まで本当に様々な任務を単独で受けて来た。
時には神盟騎士団の連中とも苦楽を共にしたが、基本は一人。

なので任務の準備何て何度も繰り返し行って来た作業にも関わらず、手が進まない。

恐らく本心ではやりたくないと思っているのだろう。
流石に敵国に行くなんておっかない。

いや…違うか。

純粋に此処を離れたくないんだな。

いつも通り定時の時間に起きて食事を済ませて任務に取り掛かる日々。数少ない貴重な休日を行きつけの店の店主と雑談しながら食事を摂ったり、他の客達と意気投合したり、街を歩けば何故か子供達に群がられる。ーー

そんな当たり前の日々が…もう終わる。

そう思うと、妙にやる瀬ないさびしい気分になっていた。

16歳とは言え、成人した大人で、まだ国を出てすらいない、しかも暗殺者なのに軽いホームシックに陥るとは。

まだまだだな。

「コンコン!」

そんな自分に軽く自嘲していると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。

「ユリウスです。…クロノス様はいらっしゃいますか?」

ユリウス王女?何故?

少々疑念を感じながら、恐る恐るドアを開ける。

「ユリウス王女。どうか致しましたか?」

「いえ…その。クロノス様の手伝いをしに来たのですが…」

そうか。そう言えばそんな事を言っていたな。

「そうですか。ですがユリウス王女にそんな事をしてもらうなど」

「いえ、私がしたくてする事ですので、どうかお気になさらず」

うう〜どうしようか?

確かに手伝ってくれるのは有難いが、流石に王女様にそんな雑用をやらせるのは気が引ける。

「ですが…」

「遠慮しなくても良いですよ ︎」

うっ。笑っている筈なのに何処か寒気を感じる。

「はぁ〜。分かりました。ですが本当に少しでも何かあれば言ってくださいね?」

「はい!それで良いですよ!」



 ️ ️ ️



王女様のご好意を無下にするのも薄情な気がするので、否応無く承諾し、現在無言の中黙々と作業をしている。

閑散とする重苦しい空気の中、書類が擦れ合う音だけが聞こえる微妙な空気。

普段はフレンドリーで親しげな王女様だが、今は何処かどんよりとしていて、近寄り難い。

「あ…あの…クロノス様…?」

「はっはい。何か…?」

急に話しかけてくるものだから驚いてしまった。

ユリウス王女は言葉を詰まらせながら口を開いた。

「今回の任務は一体どのような物なのですか?」

任務の内容、やはり知らなかったのか。
クロノスが少し困った顔をするとユリウス王女が…

「すっすみません!私失礼な事を聞きました。お気分を害されたでしょうか?」

今日のユリウス王女は珍しくしおらしい。
これはこれでとても魅力的だ。

クロノスは取り敢えず怒っていない事をアピールするべく、笑いかける。

「いえ。大丈夫ですよ。任務の内容ですよね。…少し長い話になりますが…よろしいですか?」

「…はい。ですが…あの…その、自分で言っておきながらなんですが、そんな簡単に教えて良いのですか?」

ユリウス王女は、やはり聡明な人だ。
物事に対して節度を持った対応ができる。
当たり前の事ではあるが、故にそれは難しい事だ。

だからこそ

「ユリウス王女なら大丈夫です。ですがこれは他言無用でお願いしますね」

「…はい」

俺は、シルフィード王国に成果が得られるまで潜入調査に赴く事、シルヴィス王女の騎士に偽装することを話した。

「そうだったんですか?ですが…それってかなり危険ではありませんか?」

「えぇまぁ、勘付かれたら終わりですし、そもそも騎士になれるかすら怪しいですね」

「その…騎士になる事はクロノス様なら問題ないと思うんですが…」

貴方もそう言うのか!
ユリウス王女と親父さんも、俺の事買い被りがすぎるだろ。
ぶっちゃけかなり難しい気がする。

「それより、潜入調査自体が危ないです!」

「えっ?」

常に品があって冷静なユリウス王女とは思えない程声を荒らげて、妙な怒気を纏っている。

「クロノス様!今回の任務は行かないで下さい!」

「えっ?えっと…どういうことです?」

「だから行かないで下さい!」

「えっ王女様?」

ユリウス王女がクロノスに抱き付き、溢れんばかりの涙を零しながらそう懇願して来た。

クロノスは「泣かせてしまった」と慌てふためく有様。完全に脳がショートしている。

「何でですか?」

そう問い直すしかなかった。行かないで下さいの意味が、長年の闇世界での経験故か、クロノスには分からなかったのだ。
正直、今まで、レドモンドに気を付けろと釘を刺された任務でも成功を収めてきた。
今回の任務とそう大差は無い。

「今回のは今までの任務とは訳が違います!クロノス様も仰ったように、勘付かれたらおしまいです。それに何より…気付かれたらクロノス様…、アウストレアとは無関係、の一点張りですよね?」

「…っ!よく…分かりましたね」

「当然ですよ、グスッ、これでも…王女なんですから」

完全に図星だった。
このアウストレア王国の国民や貴族も皆いい人達だ。
クロノスは万が一捕まり拷問されても、アウストレアに危害がないよう、この身を犠牲にするつもりだったのだ。

本当にユリウス王女も、しっかりレドモンドの血を受け継いでやがる。

「いや…ですよ…。クロノス様が…死んだ…なんて報告…受けるの…いやですよ。お願い…行か…ない…で!クロノスゥゥ…」

本当に温かい人達だ。
平民の出で、それもスラムの人間に、国を代表する騎士団所属だからって此処まで大切にしてくれるなんて、本当に…優しい人達だ。

クロノスは膝をつき、王女様の頰に手を添え、ハンカチで涙を拭いながら言った。

「だからこそ、ですよ。今回のこの任務は、この国の未来がかかってるんです。申し訳ありませんが、王女様のお願いは聞けません」

「クロノス様ァァ…」


 ️ ️ ️


クロノス達は少し気まずくなりながらも片付けを済ませ、準備を整えた。




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