いつか夢見た夢の跡

佐々木篠

第十六話 裏切りとささやかな日常

 一体、どれだけの時間を過ごしただろう。
 処刑台に首を掛けられたまま、刻一刻とすぎる時間を過ごした。
 目を脇に向けると裏切り者がお得意の"はざま"と呼ばれる目のような形をした裂け目に肘をつきつまらなそうにこちらを監視していた。
 彼女は、紫苑は退屈そうにしている。お気に入りのパートナーが出かけててつまらないのかもしれない。
「ねぇ茉莉愛ぁ?いつまでむすくれているのぉ?もっと楽しそうな顔しなさいよぉ・・・ジーゾが出かけてて寂しいのは分かるけどぉ」
「・・・ハッ、んな事思ってもいないぜ。私は奴が第一印象からして大ッキライなんだよ」
 鼻で笑う・・・裏切り者の思考は生憎私は読めない。
 ジーゾ=アンリ・サンソン・・・だったか名前から察するにフランス革命時代の処刑人。ミスタパリとも謳われた奴で著名人を何人も手に掛けたとされる執行人である、シャルル=アンリ・サンソンの血縁者。
 同時期もう一人著名人がいた気がするが・・・この状況下で流石に覚えてない。
「魔女狩りか・・・懐かしい言葉が出たものだな」
 憎たらしげに紫苑に言葉を吐くが・・・当の本人はいつも通りのふわっとした笑顔をしていた。
「そうねぇ・・・フフ、たしかに懐かしいわぁあの時はフランス中大騒ぎで・・・お祭りみたいだったわねぇ!」
 ・・・話しかける相手を間違えたらしい、紫苑は若く見えるが、"妖の大賢者"と畏れられる程には長生きしている。
 人間である私達は長く生きられないがそれでも血の中に残る記憶が紫苑の変わらない姿を本物と捉えている。外見の年齢は関係なく、本当に永遠の○○歳と言っても嘘ではなくなる。そんな外見をしているのだ。
 それに、紫苑なら紫芳・・・妹の力を借りることで時間すらも超えられる訳だが・・・紫芳の能力には代償として、感情を一時的に失う物だ。
 乱用すればそれこそ操り人形だろう、そんなことを実妹にさせるのは最早狂人のする事だ。流石にそこまではしていないだろう。そう祈る。
 とそこに
「・・・んもう、何よぉ!ジーゾ!はいはい分かったわぁ!今行くから・・・それじゃぁねぇ?無理だと思うけど脱走しない事よぉ」
 どうやら用事らしい、紫苑は釘を刺すようにありがたい忠告らしきものを残してはざまの中へ消えていった。
 同時に、可視化されていたはざまが目を閉じるように見えなくなって行った。
 さて・・・・・・こうなるとどうしようにもない。話し相手がいない上どうにも暇だ。
 と店のこととかで頭の中でぼやいていると。
「あやややや?本当におかしいですねっ!ここに馬鹿でかい妖力のドームが!!?」
「巫山戯るな・・・今からこれを割る。・・・下がれ」
「ほいほーい!にしても相変わらず紅葉もみじは無愛想ですねぇ・・・もちっと笑ってみて下さいよ」
「・・・」
「あぁん!黙らないでぇ!」
・・・姿は見えないが声は聞こる、私から向かって右の方から
「・・・・・・集中させろ」
「あ、はい」
 漫才師みたいなノリが風に響く。幻聴・・・ついにそこまでヤバくなったらしい。
「・・・【星の型・枳殻割からたちわり】」
 直後、視界がブレた。質量と魔力が鬩ぎあう時に起こる感覚が私を襲う。もしやと思い、右を見ると。
「いやー!やっぱり紅葉の剣術は中々ですねぇ!これが本当に独力なんて・・・やはりアタシの部下に!!」
「断る」
「あぁん!即答!でも、かっこいいからどうでも良くなる乙女心がっ!!」
「それに剣関係ない。今のは盾術」
「それ位分かってますよ!んもう!馬鹿にしてくれちゃって!ぷんすか!」
 明るめの黒髪と同じ色を携えたピンと立った犬耳と対比するように服と剣と盾が真っ白な獣人と記者のような姿をして烏帽子を頭に載せた銀色の鴉羽を背負った奴らが漫才を始めていた。
「にしても・・・あややややや・・・本当にいましたねぇ・・・白煉の巫女恐るべし」
「奴は底しれない・・・待ってろ霧醒きりさめ 茉莉愛まりあすぐ助ける」
 獣人は持っていた剣で私を拘束していた処刑台を破壊し手を差し伸べ私を立たせる。
「・・・ったく、誰の差し金だ?こんな嬉しい事してくれんのは」
「そりゃ勿論、白煉の巫女に決まってるじゃないですか。おかしなこと言いますね?」
「・・・最近新聞買ってないから今度から買おうと思ってるぜ」
「おぉ!まいど!アタシと『幻想紀行新聞』をご贔屓に!」
 そう言って営業トークをするのは鴉羽を背負った奴・・・幻想世界唯一の新聞屋。最速の妖怪八咫烏の血を引いた中での"自称はぐれもの"の『在風 綾ありかぜ あや
その隣には能面を貼り付けたような無愛想で佇むこの山の"裁定者"である『明日 紅葉あすの もみじ』が私を助けてくれた。
 裁定者は特定の場所のみにいるその場所の風紀を取り締まる者を言う。
「・・・早く行く。紫苑モドキに見つかる」
 モドキ・・・って事は
「ペルソナか?」
「・・・ぺる・・・そな?」
「明日が言ったモドキの事だ」
「ほほぅ・・・後でその、ぺるそなとやらの話を聞かせてもらえないですかね!!記事にするので!」
「あぁいいぜ。・・・この異変とも呼べる事件が全部済んでから密着でもなんでも受けてやる」
 その言葉を聞いて在風の顔が華やぐ、「言質取りましたからね!」と奥にあった私の道具一切合切を持ってくる。
 私はそれを素直に受け取り、道具の中の箒に跨り魔力を込める。
 すると、何日、いや何週間経ったか分からない位見放されていた箒はなんの文句も無く、むしろ喜々として私が見上げるだけだった空に飛び込んだ。
 私と言う、不甲斐ない主人を乗せて。

















【???・???】
「ふぉあ・・・ねむ」
 朝靄に包まれた自宅を見ながら日課となったラジオ体操を始める。
 眠い目を擦りながら先日建ててもらった自宅の洗面所で顔を洗うのは、無論、俺こと社だ。
 この家は、あの姉妹、スカーレット家の迷惑料として館を修復するついでに、簡素な日本家屋を建ててくれる資金を提供してくれた。
 場所は人里の外れ。玲華・・・この世界、幻想世界を支えていると言われている白煉の家の巫女が神主兼巫女をしている神社の階段を横に抜け獣道を過ぎた人目につかない所。
「うし・・・やるか!」
 立て掛けられていたくわはさみを手に、裏手に回る。そこには、チラホラと実を実らせ次世代へと繋ぐためにぶら下がるこの時期の野菜達と、この時期じゃ旬ですらない胡瓜が植えてある小さな畑が広がっていた。
 植えられていた物は、ニラ、人参、そら豆、キャベツ、じゃがいも、アスパラとあと胡瓜。
 しかし、この胡瓜の種は季節に応じた顔を見せるように人工的に作り出した物で・・・平たくいえば自分の能力で生み出した万能種。鮭で言う時不知のその胡瓜版と言ったところで、あえて言うなら四季それぞれの旬と言う感じだ。
 能力の無駄遣い?知らんな!
「ほむほむ、なかなか大量だな」
 ちなみに農業を始めたのには深い理由はない、強いて言うなら毎朝朝食を作ってもらっていた者だから、多少は自活しなければ。
「よし、こんなもんか」
 収穫し終わった畑を鍬でならし、耕す。
 収穫物は近くに置いてある竹編みの籠にいれ背中に背負って桃太郎の芝刈り爺さんモードで家に帰る。
 家の中に入り台所に入る。手を洗い、竹編みの籠を下ろし、中の野菜達を引っ張りあげる。流して、土を落とし必要なものだけを選別、残りは小さな冷蔵庫にぽいする。
 必要なのは人参、キャベツ、アスパラ、あと冷蔵庫から取り出した豚肉、よく家庭にあるような薄い奴を取り出し醤油、塩などの調味料を取り出す。
 取り扱い上慣れているガスコンロに火をつけ鍋に水を張り沸騰させる。
 その間に、アスパラの穂先と尾先を切り分ける。切り分けた物は別の料理にするため別に置いておく。キャベツを三枚に切り人参の皮をピーラーで剥く。
 丁度沸騰したのでお肉を下茹で。白くなった豚肉を使ってアスパラを巻く。さらにその上からクロスするようにキャベツを包み込むようにして巻き頭頂部分を爪楊枝を刺して留めさっと茹で上げる。
 同じ物をいくつか作り、お皿に盛る。次に超小さなボウルに醤油、常備してある鷹の爪のみじん切り、水溶き片栗粉を混ぜたしょっぱ辛いタレを作り、先程盛ったキャベツにぶっかける。
 簡素な料理だが、これでも自作だ。食べられる分ならば問題無い。人様に出すわけじゃないから、自己満足で良いのだ。
人参は短冊切りに、余ったキャベツの葉っぱはみじん切り、アスパラの穂先は大まかに切る。余った豚肉を二枚取り出し、それでも余った物は冷蔵庫へぽいする。ついでに味噌を取り出す。
 フライパンを出し、火をつけ油を敷く。油が彷彿したら下拵えした、野菜と豚肉を炒める。塩コショウを加えつつ、先程作ったタレにレモン汁を加えたものをかけながら更に炒める。
 炒め終わったら、皿に盛り付ける。今日の朝食はこれが主食だ。
 フライパンにつけていた火を落とし、かわりに鍋の方に再点火する。ぬるくなっているお湯を更に沸騰させる。
 え?米?釜に回しているよ。とっくに。
 炊き上がったご飯を見てみる、そこにはまるで雪のように柔らかく、暖かな大地が屹立していた。
 人里で買ったお椀によそい居間の卓袱台にいままで作った皿を載せる。
 お湯が沸いたので、急いで豆腐を切り分け、ニラを刻み、ネギを刻み、厚揚げを切り分けお鍋にぽいした後いままで放置だったアスパラの尾先を短冊切りにしてからお鍋にぽい。
 あとは味噌をいれて椀に注いで卓袱台に乗せて、今日の朝食の完成。
 火事が怖いので火を落としてから畳の床に胡座をかく。
「いただきます」
 最早愛用品と化した箸を持ち、万象遍く存在する命達に感謝しながら食をすすめる。
 ふと、外を見ると、標高が高いのか曙が顔を覗かせているのが見えた。
 数カ月前と化したあの霧ももう面影は無い。紅ではなく、薄い白い帳が下々を照らす存在を隠し、しかし太陽の前では無駄のようで、こうして朝靄が晴れて、朝が来た。

















 しかし、朝が来ても、日常は平穏無事を許さない。そのことを俺が知るのは、またあとの事。

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