いつか夢見た夢の跡

佐々木篠

第十五話 空へ羽ばたく少女の

【紅華館・最奥】
「どうして・・・確かに貴方を貫いた筈・・・なのになんで、なんで生きているの!!?」
 私が見るべき光景は、フランを誑したその男が私の槍に貫かれて美味しそうな血の海が出来ている光景。それが・・・実際は男が生きており、貫く筈の槍は弾かれていた。
「お生憎様、たった今から人間辞めたんでね。まぁ半分だけお姉さんとフランと一緒って訳」
「私達と一緒・・・?笑わせないで、たかが人間如きが!!」
「そう?なら試してみる?アンタが――――おっと口が悪かった。お姉さんが最初に言った種族の差って奴が本当にあるかどうか」
「・・・生意気なッ!!」
 私は右の親指を噛み、そこから出てきた血を形状化、形を固定化させ三叉槍を作り出す。
「紅玉礼装解除パージ!!神威礼装展開!!彼方を穿つ死棘の槍ゲイ・ヴォルグ!!!」
 それは、吸血鬼が持つ最も堅牢な城郭にして、最強の攻撃手段。紅玉礼装の上位互換こと神威礼装。
 神に近しい英雄の力を借りる神威礼装は燃費が悪く戦いではまず使わない状況を作り出すのがベストだ。
 しかし、使わずしてこの煮えたぎる屈辱を晴らすことは出来ない!!
「私の妹を誑したその重罪!死を以て冥府で贖罪を請いなさい!!」
 三叉の槍を思いっきり投げつける!!
 投げつけた槍に血を追加し、鋭さを増加させる!!
 槍は見事に男を貫いた!
 良かった・・・これでフランの洗脳も解けるはず。
「なるほど洗脳ねぇ・・・一応、お姉さんとして心配してた訳か」
「・・・え?」
「お、びっくりした?ねぇねぇどんな気持ち?殺した相手が目の前でニヤけながら煽ってる所見てねぇねぇどんな気持ち?」
 戯けたようにニヤけながら憎たらしい口を開く、私の槍が殺した筈の男は・・・明らかにおぞましい気配を忍ばせながら生きていた。












 間にあわなかった・・・でもお兄様は生きている。途中でお姉様の槍を弾いたのだ。
 でも・・・なんで?なんで・・・人間であるはずのお兄様が吸血鬼の槍を?
 そう思っていたら私の横を飾り気のない紅の長槍が高速で走り去っていった。そして槍は見事にお兄様の体を貫いた。
「お、びっくりした?ねぇねぇどんな気持ち?殺した相手が目の前でニヤけながら煽っている所見てねぇねぇどんな気持ち?」
 それでもなお、お兄様は生きていた。お兄様が行使すると言う媒体術の、先程の気配は感じてない。となると別の何かだ。
 それにしても・・・先程から喋っているこの、お兄様の形をした者は誰なんだろう?
 体形はお兄様のソレだけど・・・中身がまるで別人のようだ。
















『ようやく、和解したのかい?』
 槍を抜きつつ俺の中で錺が嬉しそうにからかってくる。
『和解って程苦労はしなかったよ、てかその言い方だと俺とグレイさんが喧嘩したみたいじゃないか』
 苦笑しながら答える、吸血鬼の力が混じっても精神までは人間のままみたいだ。
『にしても、この力って何なんだ?俺ってば媒体術が使えるだけの一般ぴーぽーだったはずだぜ?』
『・・・壊れでもしたのかいヤシロ?キャラがかわってるよ?』
『おっと、こりゃすまん。んで実際何なんだこれ?』
『"力の黎明"と呼ばれる現象さ、臨死体験した人が前世の記憶を持って生き返る事はよくある事らしいよ。それが行き過ぎた結果が、"前世憑依"。前世の人物の力、知識、技能と言った全てを前世の人物が宿主に憑く事を言うが力の黎明は憑依を越えた先の場所。すなわち、意識を保ったまま、前世のチートじみた力を使えるって訳さ』
『ほほう、なるへそ。これからは前にも出られるって訳ですな』
『そうだね、でも力の黎明は使えば使う程前世の意識の方が強くなるから前に出るなら別の方法も考えよう』
『だな、まずは』
 錺との会話を終え声高らかに、"宣戦布告"する。
「お姉さん!びっくりしているだろう!種族の差?アホらしいね!お姉さんの槍に貫かれてなお俺は生きてる!ただの人間如きがだ!」
 悔しそうに顔を顰める、そして急に表情を落ち着かせて彼女は問うた。
「人間?確かにさっきまでは人間だったわね・・・・・・じゃぁ貴方の中にいる吸血鬼は誰なのかしら?」
 同族の血とやらなのだろうか、グレイさんの事は気づかれていたようだ。
 それはフランも同じようで先程向けていた眼差しとは打って変わって疑心が大きい。当然ったら当然だな。
「・・・アルテラ・E・K・グレイって奴だよ、俺の前世さ。訳あっていまちょっと協力してもらっている」
「へぇ・・・ド三流の奉仕血種の前世かしら?」
「一日王位はしってるだろ?」
「えぇ、帝王学で愚政を働いたとまではね。そんなクズが前世とはお似合いね?」
「あっそ!」
 降り注いでくる槍を避ける吸血鬼の力のおかげで余裕で避けられる。
 人間を卓越した能力が体に馴染み始める。
「お兄様?本当にお兄様なの?」
「ごめんフラン・・・これについては後で話す・・・けど・・・けど・・・今は、目的を果たそう。」
「・・・わかった、信じる」
「ありがとう」
 心苦しいけど仕方ない。これもフランとの約束を守るためなのだ
 フランが頷いて翻る、焔の刀を振りぬく。
 先程より威力は衰えているのを見てやはり何処かまだ疑心が残るのだろう
「ほら、フラン!見なさい!貴方達の信頼なんて結局はそんな所なのよ!!何者でもない関係が!信頼だなんてありえないの―――」
「囀るな、羽虫が」
 おっと・・・
 俺の声ではない、しかし俺の口から声が出ている・・・
 グレイさんか・・・――――
「・・・は?」
「グレイさんが言いたい事あるようだから、今から話す事は俺の言葉じゃないと先に言っておく」
「お兄様・・・?」
 訝しげな瞳をこちらに向けるフランの姿が見える。
 ホントにスマナイ。
 そして、俺の口でグレイさんは語った。一日王のその呼び名に至るまでの、遥か彼方、誰にも語られることがなかった"史実"を。















 語ったのはあまりにも切なく、それでいてまさに悲恋と呼ぶにふさわしい物語。
 私が幼き日々に習った帝王学での愚王が、為政者として本物の愚王であり、思わず手の中の槍を落としてしまった。
 槍が床を砕く音は気にならなかった。
 それは、本物の愚者であった。人格者故に民に慕われ、国は一時の豊年を得た。だからこそ民を愛し過ぎその身を苦心の渦中に置いた。
 そんな中、王は一つの禁忌を犯してしまった、それは越えてはならない一線を約束と言葉で容易く越えてしまったが故に罵られ愛した民に反乱を起こされた。
 その身は焔の棺の中で大事な人と共にあったと言う。
「そんな・・・貴方は愚政を民に強いてその報いを受けたのではなかったの!?」
「我が?愚政?たわけ、民の為に尽くし、我が力の髄を以て国を導き守ったつもりだ。しかし、我は皮肉とは思わぬ。なにせ、愛すべき者と共に逝く事が叶ったのだから」
 突如として、男こと愚王の魔力が震え上がる。服についていた乾ききった血が液体化し、さらにある形を伴って固形化する。
あれは・・・!!
「なぜ・・・貴方がそれを知っているの!!?」
 吸血鬼は知識と血と魔力から力を顕現させる、あの愚王の手の中にあったのは
翡翠に戴く極光の剣シャムシェキナー・・・それは翡翠の血種にしか扱えない宝剣よ!!」
 いくら一時名を馳せた亡国の愚王だからとはいえ、翡翠の・・・吸血鬼最高血種の大剣を振るえるとは思えない。
「ふむ・・・たしかに翡翠の一族の大剣かもしれぬ・・・今では、な?」
 吸血鬼は代々、血種と呼ばれる血族でランク分けされていた。基準は初代の血の優劣。
 最高血種である翡翠の血種総代初代は冷酷で狡猾な王の器たる者だと聞いた。私達スカーレット家、通称紅の血種はその分家筋にあたる為に他の血種の情報なんかもそれなりに入って来るが・・・・・・
「灰の血種なんて・・・聞いた事がないわ!」
「それはそうだ、なんせ我が死んだ直後にあの者らが力を増したのだからな。聞いたことないか?灰夜の王ノスフェラトゥの事を。」
 ノスフェラトゥスは現翡翠の血種総代を意味している、優れた血種に贈られる称号で、元来は知らされていない・・・っ!!
「まさか・・・・・・!?」
「察しが良いようだな?羽虫よ。元々灰夜の王とはノスフェラトゥスの事ではない。奴ら翡翠の血種は上に立つ血種が居なかったから最高血種と呼ばれるようになったに過ぎぬ。ノスフェラトゥスとはあくまで王を・・・"夜の王"を讃えた意味合いに過ぎぬ。灰夜の王それすなわち我だ。」
 納得がいった。
 古き王たる灰の血種が存在したとすればその下についていた翡翠の血種の総代が扱う宝剣が灰の王に扱えない訳がない。
「それと、シェキナーは元々奴らが改変した魔剣。本物の姿ではない」
「じゃぁ・・・それは・・・なんだって言うのよ」
 そう問うと、愚王の口角が釣り上がる。
 我が意を得たりと言った顔だ。
夜を穢す星々の檻スターリアウスレージ
天使を閉じ込めるための血の檻だ」
「檻・・・天使・・・なんの事よ!?」
「理解できぬのらばそれまでだ、ただ、その骨肉に刻んでおけ。夢々、お主が言うシェキナーは虚構でしか無く、我が手の中にあるこの檻こそが真実である事を!!」
 檻・・・天使・・・・・・・・・分からない、愚王が・・・コイツが何を言いたいのか。
「そして最後にそんなお主等に、一つ贈り物としよう。存分に受け取るがいい!!!」
 そう言って愚王は檻だと言う大剣を肩にかけ、急加速し私の前に立ち塞がる。
「―――――!?」
 刹那の時を経て、最善と思しき手を打つ。
 即座に小さな盾を作り衝撃を受け止めようとしたが重くそして大剣であることが不思議なくらい素早く振り抜かれた。
 結果
「あ・・・がッ!?」
 口から薄い呼気と、血が溢れた。
 盾は貧弱な強度であった為簡単に砕かれ、衝撃は殺しきれず壁に背中から衝突した。














 薄らになっていく景色の中、私のそばに立って心配そうに見つめるあの子フランの姿が見える、でもきっとそれは幻だ。
 傍から見ればあの男、カンザキヤシロが言った通りの事をしたのだ。空を霧と夜で包み込んだのは、私達吸血鬼が自由に空を舞い、外の世界を知るためだった。
 いや、違う。
 私はただ、フランの為にフランに外を自由に歩けるようになってほしかっただけなんだ。私達吸血鬼は陽の元を歩けない。だから永劫の夜にすればフランも外に出られる。
 でも、間違いだったのかも知れない。私がフランを一人にしたのは事実だ。












『いつから・・・私は・・・間違えたんだろう・・・』









 意識の中でふと呟く、なんだか遺言みたいになってしまった。
 けど、死ぬわけには行かない。雪ぎきれない贖罪に気づいてしまったから、でもそう思っていても、手足の感覚は薄れるばかりで・・・・・・。
【こーら!寝るな!いつまでも余裕ぶっていると人間である俺にも負けるぞ?】
 これは・・・走馬灯だろうか・・・そしてこの声は・・・あぁ、あの人だ。亀みたいに鈍くさくて、でもちゃんと私を守ってくれるあの優しい人だ。
【ん? 別に綺麗じゃないわけないだろ?幾ら親に無い色の瞳だからとは言え、少なくとも俺には綺麗な蒼に見えるな】
 私の外見と人格を否定せず、ただ温かく包み込むように側にいてくれる。
【俺は・・・お前に相応しい使い魔になれたかな?】
 その最期の時の微笑みさえ、穏やかで優しくて。













『グレイさん、そこら辺で止めておけ』
『宿主・・・なんだ、慈悲でもくれてやるつもりか?』
『ここでこの人を殺したりしてみろ・・・!!私怨で殺すのは貴方が本当に愚王となる引き金となるぞ!』
 体はグレイさんに制御を預けてある・・・と言うか途中から情けない事に制御を乗っ取られてしまった。
 鼻を鳴らしながら、首元に突きつけてある大剣を血に戻す。液体化した血液は服にこびりつく事なく慣性の法則に従って床にドバッと落ちる。
『全く・・・ヒヤヒヤさせるね。グレイ?
"天使は檻に、鬼は罰に"
意味・・・分かるよね?』
『ちっ・・・』
 錺の言葉に舌打ちしたのが分かった、意外と俗っぽいのな。
 意味は分からんけど錺の言葉はこうかばつぐんだったようだ












「お姉様・・・」
 静かに意識を失う姿は衝撃で眠ったように見える、その閉じた目には涙だろうか。 きっと暖かな夢を見ているのだろうか。とても憎らしい、と思っていたら男の大剣が液体化し血が落ちる。
「どうして・・・殺さなかったの?」
「・・・なんだ、この者は汝の身内であろう?」
「確かに、血筋では・・・ね。でもお姉様は・・・どうやっても、どう向けても相容れないの。」
「・・・ふむ」
「だから・・・いっそ・・・!!」
「フラン」
「・・・え?お兄・・・様?」
 目の前で、男の人からお兄様の匂いがした。吸血鬼でも王様でもない。あの暗い部屋から出してくれたあの時のような温かい匂い。
 そのお兄様が何故かとても悲しそうな顔をしている、わたしは間違った事は言っていないはずなのに
「相容れないから殺す、気にいらないから家族じゃ無いって言うのは寂しいもんだ」
「お兄様・・・?何を・・・言って・・・っ?」
「ごめん、でもこれだけ言いたい。フランは外に出たい。それは俺もフランを外に出させてあげたい。でもだからって殺すのは違う」
「お兄様・・・?だ、だってお兄様はお姉様を説得するって・・・!?」
「確かに言ったけど、説得と殺しは違う。説得は言葉で相手の気持ちと意見だけを押さえつける平和的な方法。殺しは・・・分かるよな?」
「・・・・・・お兄様・・・?」
 だんだん、お兄様の言うことが分からなくなってきた。
 分からない分からない分からない
「殺したら、会えなくなる。亡骸は物を言わないまま冷たくなるんだ。そこにいた人がぽっかり穴が開くように消えるんだ」
 脳が理解を拒絶する。
 お兄様の言葉が嘘のように聞こえる。覚め得ることのない悪夢のよう
 そうだ、これは夢だ。
 目を覚ませば、目を開ければ抜けるようなお兄様が言っていた蒼空があるはずなんだ
「だから・・・・・・フラン?」












 だからこれは夢なんだ夢、そう夢だ夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢ゆめユメユメユメゆめ夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢ゆめ・・・・・・・・・・・・












「フラン?・・・おい、おいっフラン!!?」
 お兄様が肩を掴みぐらぐら揺らす。
「――――お兄様の・・・ウソツキ・・・空を・・・見せてくれるって・・・言ったのに」
「嘘じゃ無い!空を見せるのは本当だ!!だけど・・・違うだろ!?確かにお姉さんはフランにとって憎しみの対象だったかもしれない!でも、でも本当にフランは殺しをして空をみるの?フランが見たい景色は血の色をしているのか?」
「ち・・・血・・・?」
「そう、血。目の前にあるこの血みたいな色の空をフランは見たい?」
 空は・・・紅い物じゃない気がする。青色だから綺麗なのかも知れない。
 私が見たいのは・・・・・・どっちだろう。
「好きだから気に入っているからどうこうじゃない、繋がれて紡いでしまった縁は永遠に切れない。鎖みたいに両手両足に絡みつくものだ。けど、その中にもいい事や悲しい事がある。俺もついているから、悲しい事は軽く出来る。いい事は共有できる、分け合えるんだ。だから殺しはいけない。それは全てを消す行為だ」
「えぁ・・・ぐっ・・・!うぅ・・・だ、でも。でもぉ・・・!!お姉様・・・ぁみでぐれなかったの。わたしを・・・!!家族として・・・そばに・・・置いてくれなかったの・・・!!」
酷く掠れた声が喉から出てくる、気付いたら涙が溢れていた。
「それでも家族だ、他の誰でもない君だけの縁だ。そばにいてもいなくても、心の奥底にはきっとずっといるはずだ」
 歩み寄られ抱きしめられた。
 お兄様の温かい匂いが目と鼻の先にあって、余計に・・・涙が・・・
「時間がたってもいい、変化が無くてもいい。縁ってのはすぐに変わるものじゃない。ゆっくりと失くした分を埋めていこう。忘れるのではなく受け止めよう、そうすれば・・・あまり痛くも痒くもないから」
 髪を優しく撫でられている、とても温かく穏やかな優しさで包まれていて泣きやむ事を忘れられなかった。

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