いつか夢見た夢の跡

佐々木篠

第九話 霧

【幻想世界・???・同時刻】

「お嬢様、準備が整いました」
 そこは、陽光をそのままに浴びる様な巨大なステンドグラスが主が座る椅子の後ろに鎮座する。ただそれだけの部屋だった。
「えぇご苦労様。流石に仕事が早いわね」
「光栄に御座います」
 うやうやしく、女性が頭を垂れる。それを慈しむような目で椅子に座りながら、この屋敷の主はいつの間にか付近に設置してある白い机に置いてた紅茶を啜る
「あら、いつもより香りがしっかりしてるわね」
「はい、今宵は目出度い日でありますのでいつもよりも気合を入れてみました」
「なるほどね、これを続けられるように努力しなさいな」
「御意」
「まったく・・・変なとこで重いんすよねぇ」
と、突如声を上げメイドらしき人の近くに寄るチャイナ服の女性
「・・・貴女は軽すぎです。お嬢様の前なのだからもっとしっかりしなさい」
「別にいいのよ、私、彼女のようなアットホームな雰囲気も好きだし」
「お、お嬢様まで・・・」
 その言葉に気をよくしたのかチャイナ服の女性は言葉を紡ぐ
「そぉっすよ!そぉっすよ!自分からこの雰囲気を取ったら何が残ると言うんですかぁ!」
「その多少うざったい性格ね」
「ちょ!そりゃ無いですって!」
 そんな言い合いを主は微笑ましく見守る。その視線に気付いたのかメイドらしき女性は慌てて取り繕う
「良いのよ、気にしないで。もとよりこんな事をしでかそうとしているのよ。先程の白煉の手助けをたった数分でふいにしようとしているのだから」
 物憂げな目で天井を見据える。シャングリラが垂れ下がるのが主の目に映るのはどこか別の場所。
「いま、外に出してあげるから待ってなさいよ"フラン"」
 主らしき少女の、ただ一人の血の繋がった妹の名を呟くその姿にメイドらしき女性は何も言えなくなり、チャイナ服の女性は黙ったあと、何かを言おうとしたが神妙な面持ちで口を閉じ俯いた。

【幻想世界・神社へ続く階段・昼前】

「んで、行く場所何処だっけ?」
「あなたねぇ・・・さっき言ったでしょが。まずは"芒代庭すずしろてい"、ここはさっき言った芒って娘が両親と共に経営している貸本屋よ。表向きとしては宿屋なのだけれどね。次に"紅華館大図書室"、あそこにあるでっかい館の中にあるのよ。」
「ほむほむ、りょーかい」
 俺と紫芳と玲華は3人で先の2件へ霊媒を取りにお邪魔する所だ。日はすっかり高くなり、丁度真上にお天道サンが映り込んでいる。
 紫苑と茉莉愛はアリスさんとやらを探してもらっている。
「そういえば、アリスさんってどんな人?」
「そうねぇ、彼女はなんて言うのか、お淑やかなお嬢様だったわ。性格的にも気品を感じられるそんな娘よ。能力は[人形使役]。魔法で編み込まれた糸をそのまま人形に繋ぎとめて、彼女の意識に反応して人形が動く仕組みよ。お兄さんもいたらしいけど・・・あったことないわね」
「ほー」
 ありがたいくらいに細かい説明を拝聴しつつ階段を降りてゆく"マーガレト"。言葉の意味は知らないがどうにか引っかかるものがある。違和感のようなそんな感じのささやかな疑念が、体中に纏わり付いていた。
「・・・ぁぁぁぁあ・・・!!」
 ふと、そこに悲鳴が広がった。人里からだ。
「走るわよ、この先なんかヤバそう」
「りょーかい!錺!戦闘準備!」
『了解した!』
「!!」
 その声を聞いて走り出す。人里と言えばあの気前のいい魚屋のおっちゃん達が商売やっている所だ。この時間帯だと、多少繁盛する頃合いだろう。勘でしかないが。
「まって!」
 その命令を聞いて立ち止まる。そう言えばさっきから空の色がおかしい。あと、地面に這ってくる霧の色も・・・
「この霧・・・もしかして!!」
 その匂いでわかった。この匂いは・・・
「鉄・・・?いや、血か?」
「多分後者ね。血を気体に置換して動かすなんて芸当普通の人なら出来ない。」
「多分、紅華館じゃない?」
 予想なのだろうか、紫芳が不安そうな、だが確固たる意思のもとで、その存在を語る。
「あの館は"吸血鬼"がいる、血を直接使う術は吸血鬼が一番長けているの。」
「吸血鬼って言うと・・・あの?」
「えぇ、その吸血鬼よ。崩落寸前だった所を見てきたけど日の当たらない所にいたわ」
 どうやらこっちの世界での吸血鬼は俺らの知っている吸血鬼であっているらしい。となると・・・この状況を鑑みるに相当の力を有しているようだ。
「あ・・・ぁぁ」
 とそこへ苦しそうな声が俺の足を止めた。聞き覚えのあるというレベルではない。むしろ、今朝の朝食に鰤をくれた、紛れもない魚屋のおっちゃんだった
「!?おっちゃん!!」
 駆け寄り手を握る。多少冷たくなったその手は血を抜かれているのか、どんどん衰弱している。
「お・・・ぉぉ、若造・・・鰤は美味かったか?」
「あぁ!美味かったさ!今まで食べてきた魚よりも美味かったさ!!美味すぎて・・・美味すぎて活造りにしちまったよ!!」
 死なないはずの幻想世界の住人が息絶えて行く、あまりにも残酷な矛盾が今の今に目の前に映っている
「・・・そうか・・・そりゃ、漁師も・・喜んでくれるだろうな」
 途中から、声が嗄れてた。おっちゃんは最後にいい事を聞いたと思ったのかゆっくりとその手から温もりを無くしていった。
「おっちゃん・・・おっちゃん!!」
 その周辺にも同じように苦しそうな声をあげる里の人達。皆同じくして血を抜かれているのだろう。俺ら三人だけは例外みたいだ。
 ただ、そんな事どうでも良かった。
 人の命は1回だ、皆同じくして恥じ、失敗し成功するのだ。それが現実世界の掟だ、幻想世界ではそのルールは通用しない。
 能あるものは全力で牙爪がそうを振るいそして上に立つのだ。
「・・・」
 沈黙が続く。いや、俺だけ自分でもあまり無い感覚。頬に伝うのは懺悔を具現化した宝石。あまりにもきれいで残酷な、透明の宝石。













 彼が泣いた所を、私は見たことが無かった。お姉ちゃんがぞっこんだったらしい彼を、お姉ちゃんと私は現実世界で見ていた。
 分かった事と言えば誰よりも近寄りがたく、それでいて危なっかしいのだ。だが、いつも周りには人がいて何気ない暴言も軽口で撥ね退けた人、趣味は写真撮影と読書。
 ただ、その目に映ったのは空虚な人形のような目だった。まるで望む半生を送れない人の目。
 そんな目を見て、私は同情と仲間意識を持ち始めた。私と同じように人形のように褪せた瞳が似ているからだろうか。
 だが、この世界にお姉ちゃんが彼を呼び出してから彼は、それこそ反転したような人格の変わり様をしたのだ。それこそ、自分で動く事を覚え自由に走り回る幼子の様なキラキラとした目をしていた。それを見て失望したし、羨望も覚えた。私は向こうの世界に行った所で期待等を覚えなかった、見たことが無いからと言って感動したりすることをしなかった。
 いや、出来なかった。それが能力[時空編纂]の代償。
 『使用時に、彷彿した激情を亡くす』と言うもの。
 かんたんに言えば能力を使うごとに興味、感動が薄れていくと言うなんとも異質な能力だ。だから、今彼が泣いている所で何も感じない。さっさと先を行くべきだと彼を呼ぶ。












『やれやれ、まったくやってくれたね。まさかここでこんな事を仕掛けてくるなんて・・・今の吸血鬼は随分とずる賢い』
 その錺の声を聞いた途端、彼の本から膨大な翠光すいこうが溢れ出た。
 その光は、万物が生すべきと定義する光だった。

















『やれやれ、まったくやってくれたね。まさかここでこんな事を仕掛けてくるなんて・・・今の吸血鬼は随分とずる賢い』
 その錺の声はなんとも楽しそうで、少し苛ついた。
『まぁ、見ててよヤシロ。これが媒体術って奴の"一端"だよ』
 嬉しそうに、声高らかにこの世の不条理を変換させる一言を紡ぐ












『「序文:死とはあって無いようなもの」』












 その後の景色に、苛立ちなど吹っ飛んだ。
 まず、目の前の媒体が翡翠色の光を放ちその後、媒体は猛烈にページをめくらせ、紙片を宙に漂わせる。舞った紙片は倒れた人々の上に降り立ち、倒れたおっちゃんの手から温もりが戻ってきた! 
 多分周辺にいる人たちも同じだろう。
「い、今のが・・・」
 そう驚くしか出来ない。
 なんせ数分前まで死んだと思った人たちが戻ってきているのだ。恐るべし、媒体術。
「・・・もう、出鱈目じゃない」
 玲華が呆れたように安心したような声を漏らす。
 紫芳は只、目を見開いて今起きたことを目に焼き付けている、その目は会った時よりも、見た目相応の子供らしさが残る幼気さを少しだけだが秘めていた。
『どうだい?これが媒体術、死すら歪めることが出来るヤシロの先祖が遺した最高傑作だ』
 その声はどこか自慢げで、だけど俺は伝えきれない感謝が胸いっぱいに広がった。














 その現象を私が語ることは出来ない、なんせ感動が薄れたこの体じゃ、言葉を形にすることが難しいのだ。だけど、それでもこの胸をいっぱいにするこの激情は本物だと言うことはなんとなくわかる。
 本物の"感動"と"感謝"。
「あ・・・ありゃ?・・・俺生きてる。」
 目の前の豪快そうなおじさんが呆然としたようなポカンとした顔を浮かべている。
 それを見ながら彼は泣きそうな笑顔で「良かった」と連呼している。その顔は私が最初に彼を見た時の笑顔とは180度違うとても、素敵な笑顔だった。














「さて、そろそろ行くわよ。」
「おっちゃん、また魚買いにくるわ」
 そう笑いかける
「・・・おう、また戻ったら今度は鮪を食わせてやりゃぁ!」
 その返しに満足し、俺達は真っ直ぐ紅華館へ向かう。霧は少し薄くなっている気がした。

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