花に願いを

水乃谷 アゲハ

第37話

絶対悪い事が起こるという予想をしながらフィオーレの背中を追っていた陽朝は、すぐに彼女が向かっている場所を察した。


「ふ、フィオーレさん……あ、あのあの、もしかしてご飯の前にお姉ちゃんがいた場所に行くわけじゃ……無いですよね? ね!?」


「お~ええ勘してるやん。陽朝ちゃん強いんやろ? ええやんか、少し付き合ってくれても」


「い、いや私そんな強くなっ……軽猫さんなんで階段を上っているんですか!」


「あ、あたしは上から見るから頑張ってね」


「さ、行くで~? そんな魂抜けた様な顔せんといてよ……。あ、じゃああれや! 陽朝ちゃんが勝ったら良い物上げるよ」


「本当ですか!?」


暗い顔が一転して笑顔になるのを見て、フィオーレは面食らった様に瞬きを数回繰り返した後、意地悪そうな笑顔を作って指を立てた。


「ただし、負けたら罰ゲームや。どう? やる気出た?」


「最後の台詞でやる気が一気になくなりました……」


陽朝が残念そうに肩を落とすのを見て、フィオーレは楽しそうに笑うと陽朝の背中を叩いて昨夜竜太郎と月宵が戦った広場へと辿り着いた。観客席には一番前に座って申し訳なさそうにしている軽猫だけが顔の前で手を合わせていた。


「そういえばどうでもいい話なんやけど、ここはギルド内でコロシアムルームと呼ばれているんや。今日みたいに人がいないのは珍しい事なんやで」


「なるほど……ところでフィオーレさん、ルールはなんですか? まさか片方が死ぬまでなんて言いませんよね……?」


「お、吹っ切れてくれたん? まぁそうやな、時間制でどう? どうせもう三十分もすればコロノ君も戻ってくるやろ」


「分かりました。負けるわけにはいかないので遠慮なく行かせてもらいます。"寄生人形ドール・パラサイト"!」


「う、うえぇ……」


陽朝の掛け声に合わせ、彼女の背後から見覚えのあるボロボロの人形が二匹姿を現すのを見て、観客席にいた軽猫は不快感を口から漏らす。


「人形の数が減るほど的確な指示を出す事が出来る能力、寄生人形ドール・パラサイト。初めて見るわぁ」


「えぇ、それとこれが"人形遊びカタシロ"。この子が私の武器です」


「あれ、何匹かいるって話やろ? 一匹でええの?」


「あと二人いますが、この戦いでは出すつもりがありません。それにしてもフィオーレさん、随分私の事を調べたんですね」


陽朝が喋りながら右手を横へと伸ばすと、それに反応したカタシロが、自分の姿を槍へと変化させて陽朝の右手に移動する。無防備にも見える一連の動作に、フィオーレは感心していた。


(今攻めに行ったら、確実に後ろの人形達が攻撃してきた。なんや、隙だらけな能力かと思ったら計算されているんやな)


心の中でそう陽朝を称賛しつつ、服の中に隠していた扇を掴むと軽猫へと放った。軽猫は慌てながらもそれを手に取り、首を傾げる。


「軽猫ちゃん、それは大事な物だから試合終わるまで持っといて欲しいんよ。隣の席に置いといてくれればええよ」


「わ、分かりました!」


「ついでに軽猫ちゃん、試合開始の宣言お願いするわー」


「あ、分かりました! それでは今から、陽朝ちゃん対フィオーレさんの試合を始めます! お、お互い……礼?」


「審判が疑問形でどうすんねん……」


「お、お願いします?」


「もう分からないからいいや! 用意スタート!」


閉まらない試合開始の合図に、フィオーレは思わず苦笑して肩を落とした。


「めちゃくちゃすぎるやろ……」


「隙あ――!」


そんなフィオーレを見て、陽朝は槍を手に跳び上がった。手に持った槍を、下を向いた頭目掛けて突き出すが、フィオーレは読んでいたかのように体一つ分横へ移動する事で躱した。


「無いよ。いやでも、初撃から頭を狙ってくれるあたり殺すつもりで勝ちに来てくれているんやな。良かったわ。もしこれで足でも狙おうものならカウンターで終わらす所だったわ」


「い、いえ! 頭を狙った方が反撃されにくいと判断しただけで……あの、殺すなんてそんな……」


「陽朝ちゃんこそ油断してるんとちゃう? 今こっちは敵なんやで? そんな悠長に喋っている余裕は無いやろ!」


「"寄生人形ドール・パラサイト身がわりサクリファイス"」


顔の前で両手を振り、激しく否定している陽朝の鳩尾目掛けてフィオーレが掌打を打とうと手を伸ばすと、陽朝と後ろで待機していた人形の位置が入れ替わる。


「なんや、可愛い見た目してえげつない事するやん」


「フィオーレさんも、優しそうに見えて戦う時は容赦無いんですね」


「あっはっは、確かにそうかもしれへんね」


フィオーレが人形の腹へ深々と刺さった腕を抜くと、フィオーレの魔力に耐え切れずに人形がはじけ飛んだ。辺りに人形の綿が飛び散るのを冷静に観察していたフィオーレは、綿に微弱な魔力が残っているのを感じて急いで離れた。地面へ落ちた綿が爆弾の様に弾ける。


「ほんっと……えげつない事するやん」


「まぁ、戦いですから……。ところでフィオーレさん、この綿を避ければいいと思わないでくださいね。その手にも、綿の魔力は移っているんですよ」


「いやいや、それを軽猫ちゃんに見せようと思ってこうして何もしてないだけや。軽猫ちゃん聞いたやろ? 今この手には爆発を促す魔力がこびりついている。さぁ、どうすればいいと思う?」


「えぇ!? えっと……ファイターの能力を使う……とか?」


「んー、まぁそうなんやけどもう少し答えが欲しかったな。まぁええわ。答えは魔力を手に帯びるや。ファイターの魔力を簡単に言えば、身体の一部分に攻撃も防御も出来る武器を作り出す能力や。見る限り爆発の条件は何かに触れれば爆発するってところやな。それを知らずに陽朝ちゃんを攻撃すればボンッか、本当に怖い子やな」


フィオーレはそう言うと自分の手と腕に魔力を込めて、空から降ってくる綿の一つに触れた。綿とフィオーレの手に付着した魔力が音を立てて弾ける。
しかし、フィオーレの身体に傷は無く、魔力が込められない衣服だけが少し破れていた。


「こんな所やな。それと、少しこの能力を極めるとこういう事も出来るで」


フィオーレは手に魔力を込めたまま地面へと触れると、手の魔力を全て地面へ流し込んだ。地面の砂が魔力を帯びて揺れ始め、コロシアムルーム内に軽い地震が起こる。
やがて綿の下にある砂が膨れ上がり、流れ込んだフィオーレの魔力を持ったまま上に持ちあがった。
全ての綿が弾け、その爆発音でまたコロシアムルームが揺れた。


「あ、ちなみにここでの音や振動は本部に絶対届かないから、気にしないでええよ」


舞い上がる砂を見て唖然としている陽朝にそう言ったフィオーレは、肩に落ちた砂を払った。

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