花に願いを

水乃谷 アゲハ

第27話

「そういやコロノ、ここがお前の住んでいた星なんだったら未来花っていう例の花の場所も知っているんじゃないのか?」


何もない平原を歩いている時、一向に話しかけてきそうにないコミュ障のリーダーを見て、流石に竜太郎が声を掛ける。地面すれすれを飛びながら竜太郎を見つめるコロノを見て、それは飛ぶ意味があるのかも聞きたくなった。


「いや、残念だけど分からない。未来花は、住んでいたのと反対側、つまりこっち側のどこかにあるという認識しかないんだ」


「へぇ、ま、そこら辺よく知らないけどよ。ちなみにコロノ、俺まだ目的地言ってないけど、これどこ向かって歩いてんだ?」


「別に何も考えてない。ただ、このまま歩けば海に出るよ」


飛び上がって遠くを見つめたコロノは、先にある森をさらに進んで見える海を見つめていった。勿論飛ぶことの出来ない竜太郎には一切見えていない。
しかし、コロノから海という単語を聞いた竜太郎は足を止めて右へ向いて歩き出した。その不可解な行動を静かに見つめていたコロノは、魔力を使って竜太郎の足を止める。


「ぐっ! ……くくっ!」


しかし、竜太郎は顔を真っ赤にして自分の向いている方向へと足を進めようとしている。様子を見ていたコロノは、更に魔力を使って竜太郎の体を海の方へと向けた。無表情ではあるが、その顔はどこか少し楽しそうだった。


「み、右にむ、向けねぇ!」


「竜太郎、海嫌いなの?」


「きき、嫌いじゃねぇよ! ただ気分で右に行こうとしているんだわ!」


「……泳げない?」


コロノの質問に、竜太郎の動きが一瞬止まった。そして、チラリとコロノへ首を向けた竜太郎はさらに顔を赤くして右へ顔を向けようとする。どうやら図星らしい。
勿論、それを聞いたコロノは目を光らせ、さらに魔力での束縛を強める。


「泳げないの?」


「こ、答える義務はねぇだろ……」


「答えないと魔力は解かない」


「な、舐めんなよこら! こんなんさっさと解いてやるわ」




数十分の間格闘していたが、折れたのは竜太郎だった。膝に手をつき、肩で息をしている。コロノは、自分の痺れた腕を見て改めて竜太郎を感心した目で見ている。
しばらく黙っていた竜太郎だが、やがてゆっくりと顔を上げてコロノを見る。


「お、泳げねーけど文句あるか?」


完全な開き直りだった。コロノは驚いた顔で何度も瞬きをしてから、口元に笑みを浮かべて首を横へ振った。


「いや、別に」


「そういうコロノはどうなんだよ? 泳げるのか? お?」


「……」


まるで挑発の様な言いぶりの竜太郎を静かに見つめていたコロノは、顔から笑みを消して空へと飛び上がる。


「空を飛べるのに、泳ぐ必要ある?」


「……」


今度は竜太郎が黙る番だった。悔しそうに唇を噛んで膝を叩く竜太郎を見て、コロノは「ごめん」とだけ謝ると海の方向へと進みだした。


「今回はついてきてもらうよ。竜太郎の負けだし」


「くそったれ……」




森の中に生える植物や果物を観察しながら森の中を進む竜太郎は、コロノが動きを止めるのを見て自分も足を止めた。


「どうした?」


「何か来る」


言われて竜太郎も耳を澄ませると、確かに草木を分けて進む微かな音が聞こえた。かなりのスピードでコロノと竜太郎目掛けて突進している様だ。今横へ逃げたとしても、恐らく手遅れだろう。
それを頭で理解している竜太郎は木に背中を当て、待ち構える様にして待った。コロノはその木の上で待機し、相手の姿を見逃すまいと目を細める。
刹那、竜太郎の身長程あるアルマジロの様な生き物が、受け止める気満々の竜太郎の前へと姿を現した。竜太郎は右手を握って拳を突き出し、コロノは魔力で動きを止める。その生き物は勢いを無くし、横へと倒れると丸まった体を広げた。目測三メートルはあるであろう生き物は、竜太郎達を睨んで小さく鳴き声を上げると木々の間を抜けてすぐに姿を消した。


「……なんだあいつ」


「ローリングアルマジロ。森の木の上で得物を探していて、得物の臭いを感じると木から降りて今の様に襲うんだ」


「へぇ、まぁ柔らかいな」


小さな時は森に生えた木を食べる為、樹木と同じ硬さになると言われているローリングアルマジロに対して平然と言ってのける竜太郎を見て、コロノは驚いた顔をしてから、口元に笑みを浮かべて枝から枝へと飛び移った。勿論竜太郎も後を追う。
その後数分同じような景色を進むと、ようやく木々の間から海が見えた。


「……あ? 海の中にまで木が生えているって……」


白い砂浜の中からは太いヤシ木が生えているのを見て辺りを見回していた竜太郎は息をのむ。まばらではあるが、ヤシの木はそのまま海の中にまで続いていたのだ。澄んだ海とヤシの木の光景に息をのんでいた。


「こりゃ綺麗だな。あの猫女にも見せてやるべきか」


「ついでに、目指していた目的地もここ」


「あ、そうなのか?」


砂浜に座り込んで顔を上げる竜太郎に頷くと、コロノは海へから目を離して下を向いた。しばらく動かないコロノの様子を見ていた竜太郎は、突然慌てた顔をして腰を持ち上げる。


「お、おいコロノ。てめぇ何するつもりだよ」


コロノの魔力を封じているという赤いタトゥーが顔から消えていく。その様子を見て竜太郎は近くにある気を盾にするようにしてコロノを睨み上げるが、コロノは目をつぶったまま苦しそうな顔をして何かを呟いている。


「……」


数分の時が流れ、竜太郎の気が少し緩んだとき、コロノは目を開いた。普段は黒い目が、血液の様な赤黒い目の色になっているのを見て、竜太郎はもう一度体に力を入れる。
コロノは海に向かって両手を広げると、コートの下から虹色に輝く羽が現れたのを見て、竜太郎はまだ夢の中なんじゃないのかと頬を引っ張る。勿論夢ではなく、頬に痛みが走る。


「竜太郎、海見てて。良い物見せてあげるから」


「は?」


木の陰に隠れていた竜太郎は何が始まるのか分からないままコロノの言葉に従い、木の陰から顔を出す。コロノのそばにある海がよく見える場所で恐る恐る腰を下ろした。
すると空が暗くなり、自分の周りに影を作ったのを見て顔を上げた。


「はっ――」


辛うじて声を発した竜太郎は、その後口を開いたまま固まった。

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