花に願いを

水乃谷 アゲハ

第24話

竜太郎が目覚める少し前、環境の事もありぐっすりと寝られた軽猫は、布団から飛び起きて目を擦った。


「え゛……あ、そうか」


しばらくジュエル洞窟での生活を続けていた為に、初めは自分が布団で寝ていたという状況に驚いたが、すぐに頭も目覚めて納得する。


「とりあえず疲れが取れたのは良かった」


誰もいない部屋で呟いた軽猫は、まるで猫のように床で背中を伸ばすと、部屋を出る。


「おや、起こしに行く前に起きてるとは感心やな」


「あ、フィオーレさんおはようございます」


部屋を出てすぐに見つけたのは、隣の部屋の扉をノックしているフィオーレだった。軽猫の姿を見かけると笑って手を振る。


「わぁ、フィオーレさんのその服……とっても綺麗です」


黒いレースのドレスに身を包むフィオーレの姿は、女の軽猫でもドキドキする程綺麗だった。
言われたフィオーレは、驚いた顔をして自分の服に視線を運び、服の裾をつまんでから笑った。


「あはは、軽猫ちゃんにそんな事を言われるなんて思わんかったわ。そうだ、ご飯の時間までまだしばらく時間あるし、ちょいと一緒に時間潰さへん?」


「え、わ、私なんかで良いんですか?」


「何処に悪い所があるん? それに、うちに返さんといかん物があるやろ?」


「あ、そうでした。ちょっと待っていて下さい!」


軽猫は、フィオーレの言った事をすぐに理解して、布団の中に入れていた遮音石を手に取って、その隣においてある遮光石も手に取った。
たちまち部屋が暗くなったのを確認した軽猫は、その隣に自分で置いた短剣を手に取らず部屋を出た。
廊下が真っ暗になったのを見たフィオーレは無言で懐から巾着袋を取り出す。軽猫が受け取って二つの石を中へと入れると、すぐに朝日が廊下に差し込む。


「本当は、遮光石も一緒に持っているべきか迷ったのですが、流石に持っていかない方が良いと思ってしまいました」


「いや、別に構わんよ。そのおかげで昨日の敵が遮光石を狙っているって分かったんやから。むしろ、それで軽猫ちゃんが襲われてた方がやばかったわ」


「た、確かに……」


「ま、説教するつもりも無いし、軽猫ちゃんが起きたなら起こす作業も終わりや。ほな、まずはうちの部屋にこれを戻しに行かんとね」


「あ、御供します!」


軽猫の言葉に、声を上げて楽しそうに笑ったフィオーレは先に歩き出した。その後ろを、まるで甘える猫の様に軽猫がついていった。
四階女子寮からギルド長室へは、男子寮のある三階を通って一階へと降りる構造になっている。


「あ」


一階へと降りている時、見慣れた背中を見つけた軽猫は思わず指さして声を出す。辛そうに手すりへともたれかかりながら、一歩一歩階段を降りるその背中は誰が見ても昨日酔いつぶれていた竜太郎だった。


「竜太郎も起きるの早いんやなぁ。声かけてく?」


「あ、いえ大丈夫です。……あれ、竜太郎どこに行くんだろう?」


「ん? あれは多分、台所の方向やな。まだご飯を作っている途中だと思うけど、つまみ食いとかせんといいけどなぁ」


階段を右に曲がり、姿を消した竜太郎の背中を見て、フィオーレと軽猫は顔を見合わせると同じく右へと曲がった。しばらく扉の陰に隠れていたが、二人が大声で言い合っている声が聞こえて扉から姿を見せる。


「……大丈夫そうやな」


「ですね」


二人で何か言い合いながらも料理を作っているのを見て、フィオーレと軽猫は静かに扉から離れた。そしてそのままギルド長室へと辿り着く。




「そうや軽猫ちゃん。ずっと忘れていた事があるんやけど、軽猫ちゃんもこれ書いてくれへんかな? ほら、竜太郎が書いとったあれや」


「あ、そう言えば書いていませんでしたね。ごめんなさい書きます!」


「いやいや、忘れていたのはこっちなんやしそんな謝らんでも……ま、ええわ。それより軽猫ちゃん、この後どうするつもりなん? 明日になるまで暇やろ?」


「あ、とりあえず今日はギルドの中を探索しようと思っています。これからお世話になるギルドの中を知っておかないといけないと思って」


「んん? あはは、軽猫ちゃん。明日明後日ギルドで過ごしたら、しばらくギルドは要らなくなるはずよ? なんせ、明後日からはギルドの為に冒険をしてもらわんといかんからなぁ」


「え?」


軽猫は、ゆっくりと書いていた紙から驚いて顔を上げる。その勢いでペン先が動き、紙に変なシミを残した。


「まぁ、このギルドに残るチームもいるんやけどね。でも軽猫ちゃん、コロノ君や竜太郎は花を探しに行くと思うで? 叶えたい願いの為に」


「そ、そっか。考えてなかった……」


「とは言っても、ギルド長として皆の安否は心配やからな。まずはここで行く所を宣言してもらって、探索が終わったら帰ってきてもらうっていう形になっているけどな」


そう言って、フィオーレは机の中から一枚の大きな地図を広げる。ギルドが中心になっている地図だった。ところどころに大きな赤い丸が書かれていて、時折黒くバツ印が記入されていた。


「赤い丸は探索を終えた所。黒いバツ印は安否が確認できないメンバーの向かった場所や。言ってなかったと思うけど、このギルドの他にもギルドはいくつかあるんや。その中で、このギルドは一番小さく、一番勢力が弱い。だからこそ情報が必要なんよ」


「な、なるほど。あ、あとこれ書き終わりました」


「ありがとう」


フィオーレは紙を見る事なく、地図と一緒に机に入れると立ち上がって軽猫の脇へと立つと手を取った。


「もし良ければ、ギルドの案内をうちにさせてくれんかな? まだ色々軽猫ちゃんと話していたいし」


フィオーレの誘いにとても驚いたものの、断る理由も無いので、軽猫は喜んでその手を握り返した。

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