花に願いを
第13話
「ふむ、今の手ごたえは肋骨を幾本か砕いたかや?」
壁に激突したままピクリとも動かないミックを見て、楽しそうに呟く月宵にその場の全員が固まった。止めに入ろうとしたミララさえ、その月宵の不気味な笑みにゆっくりと後ずさりをしている。
「ん? 次は誰が妾を楽しませてくれるのじゃ? 折角久しぶりにこちらへ顔を出した。妾にも戦わせてはくれないかや? ん? 次はお前か? それともお前か?」
ゆっくりと首を回し、まるで得物を品定めする獣の様にシックやシュウへ顔を向ける月宵は、やがてその首を後ずさりしているミララへと向けた。
「敵の魔人はお主だけの様じゃのぅ。せめて足掻いて妾を楽しませてもらおうか」
影刀イチノセを構え直した月宵はゆっくりと腰を落とし、先ほどの技、縮地斬りの構えをする。その向けられた殺気を肌で感じ取ったミララは、自分に残った魔力でその場から逃げようとするが、強すぎる殺気に体が固まって動けなかった。
「……なんじゃ?」
逃げようとして躓き、尻餅をついたミララの元へと一瞬で距離を詰め、縮地斬りのモーションへと入る瞬間に、その腕をコロノが掴んでいた。
「別に殺す必要はない。彼らはテクスタの方で預かる」
「ほぉ? お主は殺人や窃盗を数え切れぬほどやってきたこいつらに罰を与えないとそう言うつもりかや?」
「いや、罰はテクスタで与える。だから今ここで殺す必要はない」
「……つまらんのぅ。ならなんじゃ? 折角久しぶりにこっちに顔を出したのにもかかわらず、何もせずに帰れと、そう言いたいのかや? 唯一の楽しみも出来ず?」
「……戦う相手はここにいる」
「コロノ!?」
二人の言い合いを呆然と見ていた軽猫は、今にも戦い始めそうな月宵と、彼女に対して自分を指さすコロノを交互に見比べて、思わず止めようと声を掛けるがその声はどちらにも届いていなかった。
「面白い事を言ってくれるのぅ。そうじゃな、一応ヨナヨナのギルドリーダーからは味方だと言われ、戦うのは禁止と釘を刺されておるが、お互いが納得の上なら文句は無いじゃろ」
「でも……」
「ん?」
「今戦うつもりはない」
「……あ?」
にこやかな表情がコロノの言葉を聞いた瞬間に一転した。返答によっては容赦しないと言いたげに、イチノセを握る手に力をこめる。
「今はここでのバトルの他に、入団試験で魔力を使ったから、月宵を満足させられるほどの魔力が残っていないと思う。どうせ戦うなら、楽しい戦闘をさせてあげたい。それに、彼らがいると巻き込みかねない」
コロノが振り向くと、躓いたミララの元へ駆け寄ったシックとシュウが驚いたように肩を震わせる。ミララに至っては、恐怖からか気絶をしてしまっていた。シュウの肩にミックが担がれているのを見ると、彼もまだ意識が戻らないようだ。
「……ふぅん、この場をまとめるだけの言い訳に聞こえんでもないが、お主を信じてやろう。そうじゃな、うちのリーダーに怒られるのも面倒くさいから、次はヨナヨナのギルドリーダーから許可を貰っておこうかの」
納得言ってない自分の心を無理やり口に出して落ち着けた月宵は、イチノセを影の中へと戻した。
「その代わり、次戦う時は手加減なしの命を懸けた試合をするという事になるが、それでいいかや?」
「分かった」
二人のやり取りにようやくため息をついた軽猫は、ゆっくり立ち上がってコロノの元へと駆け寄った。
「無事でよかったよコロノ」
「この程度問題ない。それより早く戻ろう」
「今日はこれでお別れと、そういう事になるのか? 寂しいのぅ」
肩を落とす月宵に、軽猫は同情の目を向ける。コロノは興味無さそうに視線を月宵からシック達へと向けた。シック達は諦めたように頷いて、コロノの元へと集まった。
「全員これに触れて。転移石っていう触った対象者を移動させられる道具だから」
ローブの内側からテクスタの牢屋に転移するようになっている石を取り出したコロノは、シック達へと触らせる。すぐにシック達の姿が消えた。
「それじゃ、こっちも転移石で帰らせてもらおうかの。約束、決して忘れないようにの」
月宵もシック達が消えたのを見て、言葉を残して消えた。静かになった広間に、軽猫とコロノだけが残る。
「アリガトウ」
誰もいなくなった広間から、そんな声がした気がして振り返った軽猫は、
「……どういたしましてって言ってると思うよ」
笑顔を作って既に広間から姿を消そうとしているコロノの気持ちを言って、急いで背中を追っていった。
二人がギルドに戻るころ、ようやく夕方になっていた。アルカリアでは、時間がたつのが少し遅いらしく、コロノがギルドに着いてから十八時間が経過していた。
「それにしても、コロノが私とギルドに行ってから、もう次の事をやらされてるね……? 急っていうかなんていうか……休ませてくれてもいいのにね」
「入学試験と言われる三つのミッションを一日でクリアしないとギルドの正式なメンバーになれないらしい」
朝、ガンタタから渡された紙の内容を覚えていたコロノは、不満そうな顔の軽猫に言って、かなり離れてはいるがギルドが見えた所まで来て足を止めた。
「おっとっと、こ、コロノ?」
よそ見をしていた軽猫は、コロノの背中にぶつかって不思議そうに首を傾げる。そしてコロノの視線の先を見るが、特に何も見えなかった。
「何か言い合いをしてる」
「え、えぇ?」
耳を澄ましても特に何も聞こえない軽猫は、コロノが慎重に歩き出す後ろをついていくしかなかった。やがて、ギルドの裏口が見えた所でその声は軽猫にも聞こえた。
「だから、地球代表が来れなくなったから俺が来たって言ってんだろ!」
「そんな連絡聞いてないって言ってんだよ!」
どうやら、ガンタタが聞いたことない声の主と喧嘩をしている所だった。
「お、やっぱり気配がした思ったらコロノ君達か。ごめんなぁ、ちょっと今立て込んでるんよ……」
「あ、あの、何があったんですか?」
「お、軽猫さんも無事やったんね。う~んそうやな、まぁ不法入国者ってところやな。今日、本当は地球って星から代表の人がうちに来る事になってたんやけど、何の手違いか分からんけど違う人が来てしまったんよ。見てみる?」
その質問に対して、好奇心が勝る二人の答えは決まっていた。ギルドの中を通り、表の玄関の扉を開けると、ガンタタと見た事ない男が胸倉をつかみ合い、睨み合っていた。
「フィオーレさんに、コロノと新人か。変なところ見せて悪いな、すぐに追い払うから待ってくれや」
「は? だから追い払われる理由がねぇって言ってんだろ」
「あ? だからお前に代わるなんて連絡受けてねぇから帰れって言ってるんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな風に言い合ってたら終わらないよ!」
また二人で睨み合うのを見て、慌てて軽猫が間に割って入った。二人共睨み合ったままではあるが、とりあえず距離を置いてくれた。
「軽猫さんの言う通りや。こんな所で同じような事を何度も言い合った所で変わらないやろ? まずは落ち着いて話さへん?」
「ま、まぁ……。フィオーレさんがそう言うなら……」
「……ちっ」
壁に激突したままピクリとも動かないミックを見て、楽しそうに呟く月宵にその場の全員が固まった。止めに入ろうとしたミララさえ、その月宵の不気味な笑みにゆっくりと後ずさりをしている。
「ん? 次は誰が妾を楽しませてくれるのじゃ? 折角久しぶりにこちらへ顔を出した。妾にも戦わせてはくれないかや? ん? 次はお前か? それともお前か?」
ゆっくりと首を回し、まるで得物を品定めする獣の様にシックやシュウへ顔を向ける月宵は、やがてその首を後ずさりしているミララへと向けた。
「敵の魔人はお主だけの様じゃのぅ。せめて足掻いて妾を楽しませてもらおうか」
影刀イチノセを構え直した月宵はゆっくりと腰を落とし、先ほどの技、縮地斬りの構えをする。その向けられた殺気を肌で感じ取ったミララは、自分に残った魔力でその場から逃げようとするが、強すぎる殺気に体が固まって動けなかった。
「……なんじゃ?」
逃げようとして躓き、尻餅をついたミララの元へと一瞬で距離を詰め、縮地斬りのモーションへと入る瞬間に、その腕をコロノが掴んでいた。
「別に殺す必要はない。彼らはテクスタの方で預かる」
「ほぉ? お主は殺人や窃盗を数え切れぬほどやってきたこいつらに罰を与えないとそう言うつもりかや?」
「いや、罰はテクスタで与える。だから今ここで殺す必要はない」
「……つまらんのぅ。ならなんじゃ? 折角久しぶりにこっちに顔を出したのにもかかわらず、何もせずに帰れと、そう言いたいのかや? 唯一の楽しみも出来ず?」
「……戦う相手はここにいる」
「コロノ!?」
二人の言い合いを呆然と見ていた軽猫は、今にも戦い始めそうな月宵と、彼女に対して自分を指さすコロノを交互に見比べて、思わず止めようと声を掛けるがその声はどちらにも届いていなかった。
「面白い事を言ってくれるのぅ。そうじゃな、一応ヨナヨナのギルドリーダーからは味方だと言われ、戦うのは禁止と釘を刺されておるが、お互いが納得の上なら文句は無いじゃろ」
「でも……」
「ん?」
「今戦うつもりはない」
「……あ?」
にこやかな表情がコロノの言葉を聞いた瞬間に一転した。返答によっては容赦しないと言いたげに、イチノセを握る手に力をこめる。
「今はここでのバトルの他に、入団試験で魔力を使ったから、月宵を満足させられるほどの魔力が残っていないと思う。どうせ戦うなら、楽しい戦闘をさせてあげたい。それに、彼らがいると巻き込みかねない」
コロノが振り向くと、躓いたミララの元へ駆け寄ったシックとシュウが驚いたように肩を震わせる。ミララに至っては、恐怖からか気絶をしてしまっていた。シュウの肩にミックが担がれているのを見ると、彼もまだ意識が戻らないようだ。
「……ふぅん、この場をまとめるだけの言い訳に聞こえんでもないが、お主を信じてやろう。そうじゃな、うちのリーダーに怒られるのも面倒くさいから、次はヨナヨナのギルドリーダーから許可を貰っておこうかの」
納得言ってない自分の心を無理やり口に出して落ち着けた月宵は、イチノセを影の中へと戻した。
「その代わり、次戦う時は手加減なしの命を懸けた試合をするという事になるが、それでいいかや?」
「分かった」
二人のやり取りにようやくため息をついた軽猫は、ゆっくり立ち上がってコロノの元へと駆け寄った。
「無事でよかったよコロノ」
「この程度問題ない。それより早く戻ろう」
「今日はこれでお別れと、そういう事になるのか? 寂しいのぅ」
肩を落とす月宵に、軽猫は同情の目を向ける。コロノは興味無さそうに視線を月宵からシック達へと向けた。シック達は諦めたように頷いて、コロノの元へと集まった。
「全員これに触れて。転移石っていう触った対象者を移動させられる道具だから」
ローブの内側からテクスタの牢屋に転移するようになっている石を取り出したコロノは、シック達へと触らせる。すぐにシック達の姿が消えた。
「それじゃ、こっちも転移石で帰らせてもらおうかの。約束、決して忘れないようにの」
月宵もシック達が消えたのを見て、言葉を残して消えた。静かになった広間に、軽猫とコロノだけが残る。
「アリガトウ」
誰もいなくなった広間から、そんな声がした気がして振り返った軽猫は、
「……どういたしましてって言ってると思うよ」
笑顔を作って既に広間から姿を消そうとしているコロノの気持ちを言って、急いで背中を追っていった。
二人がギルドに戻るころ、ようやく夕方になっていた。アルカリアでは、時間がたつのが少し遅いらしく、コロノがギルドに着いてから十八時間が経過していた。
「それにしても、コロノが私とギルドに行ってから、もう次の事をやらされてるね……? 急っていうかなんていうか……休ませてくれてもいいのにね」
「入学試験と言われる三つのミッションを一日でクリアしないとギルドの正式なメンバーになれないらしい」
朝、ガンタタから渡された紙の内容を覚えていたコロノは、不満そうな顔の軽猫に言って、かなり離れてはいるがギルドが見えた所まで来て足を止めた。
「おっとっと、こ、コロノ?」
よそ見をしていた軽猫は、コロノの背中にぶつかって不思議そうに首を傾げる。そしてコロノの視線の先を見るが、特に何も見えなかった。
「何か言い合いをしてる」
「え、えぇ?」
耳を澄ましても特に何も聞こえない軽猫は、コロノが慎重に歩き出す後ろをついていくしかなかった。やがて、ギルドの裏口が見えた所でその声は軽猫にも聞こえた。
「だから、地球代表が来れなくなったから俺が来たって言ってんだろ!」
「そんな連絡聞いてないって言ってんだよ!」
どうやら、ガンタタが聞いたことない声の主と喧嘩をしている所だった。
「お、やっぱり気配がした思ったらコロノ君達か。ごめんなぁ、ちょっと今立て込んでるんよ……」
「あ、あの、何があったんですか?」
「お、軽猫さんも無事やったんね。う~んそうやな、まぁ不法入国者ってところやな。今日、本当は地球って星から代表の人がうちに来る事になってたんやけど、何の手違いか分からんけど違う人が来てしまったんよ。見てみる?」
その質問に対して、好奇心が勝る二人の答えは決まっていた。ギルドの中を通り、表の玄関の扉を開けると、ガンタタと見た事ない男が胸倉をつかみ合い、睨み合っていた。
「フィオーレさんに、コロノと新人か。変なところ見せて悪いな、すぐに追い払うから待ってくれや」
「は? だから追い払われる理由がねぇって言ってんだろ」
「あ? だからお前に代わるなんて連絡受けてねぇから帰れって言ってるんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな風に言い合ってたら終わらないよ!」
また二人で睨み合うのを見て、慌てて軽猫が間に割って入った。二人共睨み合ったままではあるが、とりあえず距離を置いてくれた。
「軽猫さんの言う通りや。こんな所で同じような事を何度も言い合った所で変わらないやろ? まずは落ち着いて話さへん?」
「ま、まぁ……。フィオーレさんがそう言うなら……」
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