花に願いを

水乃谷 アゲハ

第12話

「試合は勝ったとしても、死んだら意味が無いじゃろうが!」


「え!?」


突然口調が変わり、コロノの方向へと剣を突き出した陽朝ひあさ軽猫かるねこは反応できず、剣に目を奪われてコロノへと視線を移した。すると、体を動かしていないコロノの左側すれすれに陽朝の剣が伸びていた。


「貴様ら、油断大敵もいい所じゃ。姿の見えない敵がいる可能性を考えろよ」


「……悪かった」


口調の変わった陽朝に、コロノも驚きながらとりあえず謝罪をする。コロノの横にまっすぐ刺さった剣の先には何も刺さっていなかった。しかし、陽朝はまるでそこに誰かがいるかのように剣を刺したままゆっくりと立ち上がる。


「この影刀えいとうイチノセで腹の真ん中を突かれているのにも関わらず、声を出さんその根性はすごいと褒めておこう。しかしながらお主、声を抑える為に口を押えていたら次の攻撃は防げんぞ? ましてや消えている状態を維持する為に魔力を常に消費している身。そんなに余裕があるようには見えないがのぅ?」


「ちょ、え? ひ、陽朝ちゃん何を言っているの?」


先ほどの内気な陽朝とは打って変わり、多弁に余裕な態度を取る彼女に軽猫は自分の目を何度もこする。そして刀の先と陽朝を何度も見比べるが、結局何もわからずに首をひねる。


「ふむ、お主は我が妹の知り合いか? どうやら勘違いしておる様じゃな。わらわ月宵つくよ。陰陽星出身、影族のリーダーである月宵じゃ。覚えておくと良いぞ」


「……月宵? 陽朝ちゃんじゃないの? でもその体はさっきまで陽朝ちゃんの物で……あれ?」


もう訳が分からないと言いたげに頭を抱える軽猫を置いて、月宵はコロノへ顔を向けた。


「ふむ、お主は驚かん様じゃのぅ。なんじゃ? 予想でもしておったのか?」


「買いかぶりすぎ。驚いてる」


「……ま、そういう事にしておいてやるかのぅ」


月宵は不服そうに、そして疑う様にコロノを見つめていたが、首を横に振って影刀イチノセで刺しているのであろうその相手を睨んで、少しずつその刀を奥へと押し込む。


「おい、いい加減姿を見せんか。妾は待つのが嫌いじゃ」


「ちっ!」


月宵が握った刀の先、何もいない様に見えるその空間から確かに男の声が聞こえた。それと同時に、刀をはじく音もその場に響く。


「光学迷彩……」


刀がどけられ、ようやく自由になったコロノは小さくそう呟くと、辺りを見回した。光学迷彩とは、自分の体の色を変色、脱色して風景に溶け込む術である。


「ま、まぐれで調子に乗るんじゃねぇし。次の俺の攻撃は絶対成功するし」


声の主は、言葉とは真逆の焦りを含んだ声を発する。その声の方向からコロノは敵の位置を把握しようとするが、そこにいたであろう場所の砂利が動いたのを見てすぐに視線を外す。


「お主、敵の左側から攻撃するのが好きじゃのぅ」


「なっ!?」


呆れた様に独り言をつぶやく月宵を見て、声の主は驚いた声を上げる。自分の能力に絶対の自信があったのか、言い当てられた事で心を乱し、その姿をゆっくりと現した。


「ひっ!?」


「ほぉ、中々にユニークな見た目じゃな」


その姿に思わず飛び退く軽猫と、ニヤニヤしながら見る月宵。コロノは目を細めて相手の事を観察する。彼の見た目は、まるでトカゲの様だった。つるつるした顔に、大きな目が付いていて、人間の様に鼻が高くない。というよりは、鼻がある位置に二つの穴があるだけで、綺麗な皮膚しかなかった。
頬のあたりにヘビの様な鱗が付いていて、時々出す舌は二股になっている。


「お前、なんで俺が見えているし! 俺の魔法は他人に絶対見えないようにする魔力だから、見えるはず無いんだし!」


少し腹を抑えながら叫んでいるのを見ると、月宵の剣は確かに彼のお腹の中心を狙って突かれた物らしい。見えてなければほとんど出来ない芸当だ。


「お主、今自分で言ったじゃろ? 周りに見えないようにする魔法、ならばそれを使っている間、お主の体には魔力が流れているはずじゃろ」


「あ……」


わらわはバカに興味などない」


「ミック! 逃げろ!」


後ろで見ていたシックが月宵に向かって走り出しながら叫んだ。ミックと呼ばれた消える男も、思わずそこからさらに後ろへ飛び退いて距離を置こうとする。
その時、剣を構えて居合斬りの様な構えをしていた月宵がコロノの見えている範囲から消えた。軽猫なら分かったかもしれないが、少なくともその場にいる他の人間は誰も目で追う事が出来なかっただろう。


「逃げたつもりかや?」


ミックが飛び退いた脚を地面につける前に、ミックの横で既に月宵が影刀イチノセを構えて立っていた。


影刀居合えいとういあい縮地しゅくち斬り!」


その殺気に気が付いたミララが、足に魔力を溜めて二人の間に飛び込もうと跳ぶが、既に遅かった。ミックの脇腹に深々と月宵の振るった刀が打ち込まれていた。その威力でミックがミララと同じスピードで逆方向へと飛んだ。そのまま壁に激突したミックは口からかなりの血を吐きながら、砂ぼこりを上げて床へと倒れこんだ。

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