花に願いを

水乃谷 アゲハ

第9話

陽朝の言葉に、本気で嫌になったのかシックは肩を落とす。


「……だからそれが冷めるって言ってんだよ。実力差も分かってない雑魚と戦う事になるのが一番冷めるんだわ。足引っ張らないように? 既にお前とそこの女はそこの落ち着いた男と実力差がありすぎるのに気が付けよ」


「……確かに、そこのコロノ=マクフェイルさんの実力は私なんかじゃ到底追い付けないと直感が言っています。でも、実力に差がある事が必ずしも足を引っ張る事じゃないです。私は私の出来る事をやります。先ほどは小手調べのつもりの攻撃が全く効かずに怯みましたが、今度は最初から本気で行きます」


シックは面食らった顔をしてから、盛大に笑った。


「っは! 小手調べと言うか。なるほど、それなら俺が調べているつもりが調べられていたわけだ。びくびくオドオドしていたさっきの嬢ちゃんが今はそんな風に俺を睨んでいるって事は嘘ではなさそうだしな。俺の方が実力が見えてなかったわけだ。オーケーオーケー俺の方こそ悪かったよ。こっちがやる気じゃないのにやる気出せってのも無理があったな」


天井のかぎづめから手を放して下へと着地する。天井から舞台まではかなりの高さがあるが、シックは手をつくこともなく静かに足から着地した。


「さて、お嬢ちゃん。本気になるっていう事はなんかするんだろ? 待ってやるよ。今度こそ本気でぶつかり合おうぜ?」


「ありがとうございます。……寄生人形ドール・パラサイト


陽朝が何かをつぶやくと、彼女が立つ周りの地面に奥の見えない暗闇が何個も現れた。そしてその陰から何十個という影が飛び出す。その一つがなんと軽猫の方へ飛んで行った。


「ちょっ、こっち来たよ!? ……あれ、くまの人形? にしてはかなりボロボロで縫われてるね」


「モケケケケケケケ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」


突然抱えていた熊の人形が目を軽猫へ向けて笑ったので、軽猫は驚いて思わずその人形を舞台へと投げる。


「おいおい、紙の見た目が奇妙になって数が増えただけって言うんじゃ……ないようだな」


言葉を止めたシックの目には、持ち主の体にちょうどいい長さの、真っ白な薙刀を持った陽朝が写っていた。先ほどのカタシロがいない事から、形を変えて薙刀になった事はその場にいる全員が安易に想像できた。


「その通りです。この子たちはあくまで私のサポート。本体の私があなたと戦います」


「ふぅん。楽しませてくれそうでよかったぜ。それじゃあもう一度だけルールを確認しておくぜ? ルールはデスマッチ。あともう一つルールを足させてもらおう。この舞台から落ちても負けとする。いいか?」


「別に構いません。元よりそのつもりでしたから」


「よし、そこの後ろの男も把握しとけよ。っと、ルールを確認したところで……」


言葉を残してシックはまた姿を消した。陽朝はそれに素早く反応し、一瞬で背後に回ったシックの攻撃を手に持った薙刀で受け止める。
いつの間にか手に持っていた腰の脇差の軌道は、寸分の狂いもなく陽朝の首元を狙っていた。受け止められたのを確認したシックは飛び上がり、先ほど天井に刺したかぎ爪を掴んだ。


「そちらこそ、もしかしてその脇差一本で私を倒すつもりじゃないですよね?」


「そんなつもりは無かったけどな。お嬢ちゃんの得物が薙刀なら脇差でも勝てるんじゃないかと思ったのさ。その長さの武器は、近距離にとても弱い。だから次に俺がお嬢ちゃんの懐に行ったら敗北を覚悟しておけよ?」


「……先ほども思いましたが、相手が俺だからという台詞、そのままお返ししていいですか? 相手へのアドバイスがかなり多いと思うのですが……」


話しながらも、足元の人形達に指で指示を出す。人形達はそれを確認してシックの方へと跳びあがる。


「ふっ、いつも戦ってきた奴らはさっきのスピードについて来れないで、頸動脈を一撃だったからな。毎回出血多量で死ぬまでの間こういう話を聞かせてやっていたんだよ。いつもの癖だ気にすんな」


すべての人形を脇差一本で処理しながらシックは答える。
先ほどのカタシロとは違い今度の人形は本物で、脇差が当たった人形からどんどん二つになって落ちてくる。
しかし、陽朝の人形もぬいぐるみとは思えないパワーを持っており、シックが脇差で流したぬいぐるみの拳は天井の岩を容赦なく砕く。


「この人形達、威力は強力だがまっすぐしか飛ばないんだな。硬化と浮力の魔法をぬいぐるみに溜めて、銃の引き金を引くみたいに命令すれば飛ぶ仕組みってわけか。なるほど面白い能力だ。だが……」


左手の脇差で未だに捌きながら右手で懐から何かを出す。


「こうすりゃそれも関係ねぇよな」


「煙幕っ!?」


陽朝はすぐに人形への攻撃をやめて警戒を強める。


「拳銃みたいなもんだと思えば、所持者の視界さえ奪ってターゲットが見えなくなれば関係ないんだよな。簡単な話だ」


「なっ!?」


煙幕が無くなった天井だけでなく舞台の上にさえシックの姿はない。しかし、シックの声は確かに舞台の上から聞こえてきている。


「忍法隠れ身の術っていうんだけどな。周りの風景に俺は溶け込めるのさ。さぁ、舞台から降りるか降参するかそのまま刺されるか、どれかを選びな」


「くっ!」


陽朝は目を閉じてシックの足音を探ろうとする。しかし、唐突に消えたシックに動揺している状態の陽朝に冷静になってあたりの音を探る余裕はない。自分でもすぐにそれを理解し、彼女は自分が先ほど立っていた場所から舞台の周りを走り出した。


「無駄だって。足音を聞こうとしているんだろうが、俺は足音なんて立てないし、走り回って砂ぼこりを起こしたとしても俺の居場所は分からない。俺は透明な物体じゃない。周りに溶け込む色を持った生物なんだ。空間が膨らんでいるのを見つけるのも不可能なのさ」


「その様ですね……。それならやる事は一つです」


そう言って彼女は舞台の真ん中へと足を進めた。そしてまるで瞑想するかの様に目を閉じる。


「……なるほど、俺が攻撃をする一瞬の殺気を読むつもりか」


「えぇ!? こ、コロノ、そんな事可能なの?」


姿の見えないシックの台詞に軽猫はコロノを見る。


「……出来ない事は無いけど不可能に近いと思う」


「あぁ、その通りだな」


コロノの冷静で冷たい回答にシックが同調した。


「さっき俺が人形捌いたの見ただろ。俺がこの脇差を抜いてからお嬢さんに攻撃する事を止めるには、俺の攻撃が当たる前に殺気を感じてその攻撃を目でとらえ、どこを攻撃するかを予想してその軌道に一切触れない場所へ躱すことが必要になる。そんな事が出来るはずがないだろう?」


「コロノ! ひ、陽朝ちゃんやられちゃうよ! 止めよう!?」


顔を真っ青にして軽猫がコロノの服を引っ張るが、コロノはその手を握って、


「彼女は信じてと言ったんだ。信じよう」


それだけ言った。軽猫も手を放して舞台を見つめた。
静かな静寂が辺りを包み込み、緊迫した空気が流れる。シックが言った通り、舞台の足音は一切聞こえない。もしかしたら動いていないのかもしれない。
少しの時間、恐らく一分程しか経っていないだろう時間は、その場にいる全員がもっと長く感じただろう。そしてその時は来た。


「そこですかっ!」


唐突に叫んだ陽朝は、左後ろへと飛びのいた。そしてその陽朝がいた場所へ、刃物の怪しい輝きが通ったのを全員が見逃さなかった。


「……なんでわかった? 殺気は消したはずだぞ。それに、頸動脈を狙うことも見通していたな?」


顔は見えないが、声だけでシックが面食らっているのは分かってしまった。


「……殺気は本当に勘でした。でも、頸動脈への攻撃は確信がありました。先ほどあなたが言った台詞、『いつもはこの一撃で終わり』という発言が無ければ分かりませんでしたけど。いつもという事は、いつも攻撃は頸動脈を狙う攻撃だと予想したんです。あと、一番最初に舞台で向かい合った時の態度から、あなたは後ろからという行動はしないという予想を立てたんです」


「へぇ、なかなかやるな。だが……詰めが甘いな」


「……そうでしょうか?」


「あぁ。なんでかを教えてやる。もう一度行くぞ」


静かなシックの言葉は、陽朝がまた全神経を張り詰めるきっかけには十分な言葉だった。


「……」


また陽朝は同じようにステージの真ん中へと立ち、集中した。
また先ほどと同じ程待つかと思いきや、今度はすぐに決着がついた。陽朝の敗北で。


「なっ!?」


彼女が目の端に捕らえたのは土の壁だった。彼女の身長の三倍はあるだろう壁が、彼女の左から飛んで来たのだ。
陽朝は壁を薙刀で受け止め、自分の背後へ沢山のぬいぐるみを出現させて持ちこたえようとするが、次から来る壁を押さえる事は出来ずにじりじりと舞台の外へ押される。


「『土遁、土流壁どりゅうへき』っていう技だ。俺たち忍者は、五行と言われる火、風、土、金、水を使った特別な技を持っている。さっきお嬢ちゃんが自分で言っただろう、脇差一本で戦うのかって。その質問は、俺の武器が脇差一本とは限らないという考えからの質問だったはずだ。はっきり他にもあるって言ってなかったら、持ってないと決めつけないでずっと警戒しておくべきだったな」


「くぅっ! ……きゃっ!?」


壁の押し出しにずっと耐えていたが、ついに陽朝の人形の魔力が尽き、力負けして外へと押し出された。そのままの勢いで壁へと激突する。


「陽朝ちゃん!? 陽朝ちゃん大丈夫!?」


軽猫がすぐに陽朝の元へ駆け寄り容態を確認すると、どうやら頭を変にぶつけて気絶しただけらしい。目立つ外傷もない。


「まずは一勝。俺たちの勝ちだ。もうそっちの後が無くなったな」


冷たい笑いを浮かべてコロノを睨むシックに、コロノも落ち着いた顔で睨み返す。


「軽猫、陽朝をよろしく」


あくまで冷静に軽猫へ言うと、コロノは舞台へと上がった。


「俺はもう戦ったからな。次の相手になる。次は身長二メートルの怪力女、シュウが相手だ」


名前を呼ばれたシュウは、シックとハイタッチして舞台を上がる。


「私をがっかりさせる様な戦いはさせないでね。私、飽きたらあなたの命が無くなるわよ。怪力で知られている星、パワード出身の私の力、侮らないでね」


「……」

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