花に願いを

水乃谷 アゲハ

第3話

コロノは、ギルド長の部屋を出ると、すぐに北の洞窟へと向かった。
洞窟の前に着くと、脇で座っていた衛士がコロノに声を掛けた。かぶとを付けていて、その表情は見えない。


「やぁ、君がコロノ君だね? 私はギルドから案内人として派遣はけんされた者だ。今回、君にはこのジュエル洞窟でギルドの紋章もんしょうである、桜の彫られた桃色の石を見付けてきてもらう。中は、光る宝石であふれているから明かりの心配はしなくていい。但し、光の色は様々であるため、見つけたと思ってもよく観察しないといけない。違う色を持ってきてしまった場合、失敗とする」


そう言って、衛士は持っている袋をあさり、桃色の石を取り出した。


「これが持ってくる石だ。よく見て覚えておくといい。さて、質問があるなら聞くが、質問はあるかな?」


「一つだけ。違う色の石にもやっぱり桜の紋章が?」


衛士は笑って頷いた。その態度を見ても、コロノは表情を変えない。


「まぁ、うちのギルドには沢山人が来るから、同時にやるときのために色々な石を用意しておくんだ。同じにしたら簡単になってしまうからね。でもまぁ、君は自信があるようだね。それじゃあ、頑張ってくるといい」


それだけコロノに言うと、また先程の様に腰を下ろした。


洞窟の中は衛士が言っていた様に、光る宝石が至る所にあり、明るくはないが確かに進むことが出来た。
しばらく壁を頼りに奥を進む。すると、目の前に別れ道が現れた。


「……」


コロノは目を閉じて少し考える素振りをすると、突然落ちている手頃な宝石を拾って地面に投げた。カツーンと地面に当たる音が響く。
その反響した音のわずかな音程の差だけで正解を導いたコロノは、左へと歩き出した。


「ウゥ……ガゥ」


小さな唸り声がコロノの耳に届いた。ガンタタに言っていた様に、何も持たず、素早く構える。
僅かにしか光らない宝石だが、敵の影を確実に映し出している。毛の生えた体はかなりでかい。


「……ウ、ガァァァウ!」


影は一つ大きな雄叫びをあげると、真っ直ぐにコロノへと跳んできた。そこでようやくコロノは影の姿を全て見た。狼の姿をしているが、目が顔の三分の一程の大きさもあり、一つしかない。足は前足一本、後ろ足二本の計三本で、尾が二本生えていた。
獣の姿を認識し、コロノは落ち着いて獣の攻撃をける。獣の方は避けると思っていなかったのか、頭から地面に激突する。
その獣の横へコロノは立ち、その腹に片手を添えた。


「……掌拳しょうけんこうの型。せんせん波掌はしょう』!」


その言葉と共に、ゴンッ! と、獣の背にあった床が凹む。一瞬の衝撃に獣は口を開くも、鳴き声もあげられない様だ。肺に溜めていたすべての空気と一緒に大量の血を吐いて絶命した。


「……大丈夫そうだ」


小さく呟いて死体となった獣を置き去りにしたまま奥へと進んでいく。
しばらく壁を頼って進んでいる時、ふとコロノは足を止めた。目を細めて注意深く壁を観察する。というより、壁に空いた穴の先を観察している。


「……おかしい」


そう呟いたが、目の前にあるのはただの壁だった。その壁をまっすぐ見つめて、コロノは腰を落として拳を握る。破壊しようとしているようだ。


握拳あっけん三式、正拳突せいけんづき!」


ただの中段正拳突きだが、壁が崩れ落ちる。コロノは拳の痛みは無いのか、すぐに壊した壁の先へと進む。その先は小さい空洞となっているが、中は暗くよく見えない。


「……暗い」


空洞の中にも宝石はいたるところにしっかり刺さっている。しかし、どの宝石も輝いてはいなかった。
コロノは手を伸ばす。手に、宝石の様なツルツルした感触ではなく、ゴツゴツした石の感触を感じてそれを引っ張り出す。
コロノの手には黒い謎の石が握られていた。石の中で白く何かが光っていたが、光が淡すぎて何か見えなかった。
石を持って通路へ戻ると、今度は通路が真っ暗になっていた。どうやら手に持った石は、周りの光を吸収してしまうようだ。コロノが両手で石を隠すと、通路の明かりは元の明るさに戻った。


「……」


コロノはその石をポケットに入れて歩き出した。
やがて、先程と同じ様に、別れ道の正解を当てながら歩いていると、一つの階段が目の前に現れた。敵は一匹も出てこなかった様だ。


「階段……」


その階段をコロノは迷わず降りる。
降りた先は、大きな広間となっていた。天井も高く、その所々に宝石が刺さっている。通路に比べ、明るい。


「止まれ」


不意にコロノの後ろから声が掛かる。声からして女だと分かる。
コロノが声のする方へと顔を向けると、一人の女が先程通ってきた階段のちょうど真ん中辺りで、地面に手をついている。その様子は、


「猫みたいな……人間?」


と、そんな言葉を連想させた。衛士の言っていたように色は暗く見えて本来の色はわからないが、目だけは光に反射し、コロノを睨んでいるのが分かった。


「お前、名前は何だ?」


女は静かに言った。コロノは少し半身になり、いつ跳んできてもかわせるようにしながら、


「コロノ」


と、短く答える。


「あたしは名前はない。仲間からは、身軽で、あんたが言った通り猫みたいだからってあだ名で軽猫かるねこと呼ばれてる」


「何の用?」


「そんな怖い顔しないでよ。あたしはただあんたに相談があるだけだ」


そう言うと、手を地面から離し、階段をゆっくり降り始める。


「……相談?」


油断せずにコロノは質問を聞き返す。


「あぁ、そうだよ。あたしはずっとあんたが洞窟に入ってきた時から後ろをつけていたんだけどさ、意外に強いし、観察力もある。それに頭もいい。あたしの仲間にぴったりだ」


そう言われて、コロノの注意は強くなる。洞窟に入ってから、追われていた気配が全く無かったからだ。


「どう? あたしと二人で組まないかい?」


その発言に、コロノは疑問を持つ。


「仲間がいるって今言わなかった? その仲間はいないの?」


その言葉に軽猫はつまる。暗い表情になり、やがてポツリと言った。


「いないよ。あたしにはもう」


「いない?」


「うん。あたしは元々『虹の光』って盗賊団体にいたんだ。いつも旅人から何かを盗んで生活する五人の盗賊集団だった。そんなある日、五人で滝を見に行こうという話になってね。あたし達は面白そうだとその滝の所へと行くことにしたんだよ。でもそれは、言い出したやつの罠だった」


「罠……裏切られたの?」


「そう。裏切られたんだ。あたし達は滝に向かうと、いつもの盗みなんて忘れてはしゃいだ。そしたら囲まれていたよ。今まで盗みを働いた所とか警察とかに。あたしはすぐに逃げ出したけど、団長と他二人は盗みの罪で捕まった」


コロノの質問に、苦い顔をしながらも軽猫は答える。


「それからあたしは団長が言ってくれた様に違う星に逃げる事にした。それがここアルカリア。ここに来ても、私には何も無かった。だから今までやってきた様に人から盗んで生活しようと思った。でも冷静になってやっぱり良くない事だって思って盗みをやめて、違うことをしようと思った」


何か声を掛けるべきか悩むコロノに軽猫は続ける。


「だけど私は何も持っていないし、何もできない。仕方なくこの洞窟の奥で暮らしてた。ここには意外に食べられる物があったしね。でも流石に飽きてさ。新しい事をしたいと思っていたんだ。でも、一人じゃ何も出来なくて、仲間が必要だけど、いつもここに来た人は何人も仲間がいたから声をかけられなくて。……ってあれ? あたし何であんたにこんな事言ってるんだ? って涙まで……可笑しいな……」


コロノからは顔なんて見えないが、声の震えから泣いている事は分かっていた。やがて、軽猫は、コロノに背を向けた。


「ご、ごめん。やっぱり何でもないや。今の話は忘れてくれる?」


その口調や、涙からは裏切られてから今に至るまでの苦悩を語っていた。そして彼女は肩を落とし、力なく階段の上へと歩き出した。


「……桜」


「う、うぇ?」


階段の最上段に足を掛けた軽猫にコロノは聞こえるか聞こえないかという静かな声でそう言った。


「桜の紋章の彫られた桃色の石を探しているんだ。もし暇なら手伝ってくれると嬉しい」


「え、え? えっと……」


「暇ならでいい」


と、それだけ言ってコロノは歩き出した。広場の中心へと足を向けて歩き出す頃には軽猫の気配が消えていた。
コロノは、広間の真ん中につくと上を向いた。今まで刺さっていた宝石の数倍もある大きな宝石が薄く綺麗な青い光を放っていた。


「綺麗……」


宝石に見とれていると、


「ほ、ほら。あんたの言ってた桜の紋章が彫られた桃色の石」


と、顔の横に軽猫の手が現れる。


「もう見付けたの?」


石を受け取りながらコロノは聞いた。軽猫は照れた様にそっぽを向いて、


「その桜の紋章が彫られた石は、毎日同じ場所にあるからね」


と教えてくれた。石は上の宝石の光で薄い紫に光っていた。


「軽猫、この宝石持ってて?」


「え? う、うん。いいけど?」


コロノはポケットを探り、壁を破壊して手に入れた石を取り出す。一瞬で部屋が暗くなる。


「遮光石だね。さっきあんたが手に入れてた」


「遮光石?」


「そう。光を遮る力を持った石だから遮光石。結構珍しい物なんだよ。あたしも初めて見る」


「そっか。僕がこの石を持っちゃうと、通路が見えなくなるから、軽猫の記憶に任せる」


実際手で包めば大丈夫と分かっていて、わざとコロノは言った。


「へ? ってそれは……私に入り口までこの宝石を運べと? って、えっと……い、いや、うん! どうせなら最後まで手伝うよ」


「よろしく」


真っ暗になった広間に震える軽猫の声とコロノの短い返事だけが聞こえた。

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