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プラスチックの兵士

阿刀翼

第零話 旅支度

 
 ペトリコールの匂いが残る林の中、月光がにぶく地面を照らしていた。枝葉をらす心地良い風が吹いている。私は眼前がんぜんの消えてしまいそうな焚火たきびを見つめながら、枝で灰をき出していた。
 人工知能が技術的特異点シンギュラリティを超えた現代、人々の生活にはアンドロイドが配備はいびされ介護かいごや教育の場で多くの活躍かつやく功績こうせきげていた。空を飛ぶ車やたたかうロボット、など一世紀前の子供が夢に見た未来の世界がそこには広がり、経済格差は大きくなる一方だった。そんな中、私は一匹の犬と少女の三人で旅をしていた。




 犬は幼い頃に両親がペットショップで買ってきた。名前は『ヒナラキ』、犬種は確かシベリアン・ハスキーで毛並みはサラサラ、歳は忘れたがもう老犬ろうけんである。
 一方、少女は説明が難しい。理由は知らないが正解である。出会ったのは一週間ほど前で、とある村の橋台きょうだいたもとにて一人でいるところを拾った。その時の服装はボロボロでとても成人男性が直視できるような恰好かっこうではなかった。私は雨具とフードを少女に渡して着替えさせた。
 身長は私の腰ほどまでで髪色は焦げ茶色、肌は白色で瞳は椎鈍色しいにびいろ。あと、無口でそれ以外は知らない。今では旅に同行している。


「フアァ…アア…」


 一つ大きな欠伸あくびをし、随分ずいぶんと長いこと考え事をして夜更けまで起きていることに気付いた。
 そろそろ寝床ねどこに着くことにした。




 浅い眠りの中、ある夢を見た。それはとても不思議な光景だった。
 そこには枯木かれきが一本たたずんでいて、その枝にはなんと轟々ごうごう燃える炎が生えていたのだ。周囲には人々が亡者もうじゃのようにうつむき、その枯木に向かって一本に整列するのが見えた。
 人々はその枯木に向かい一定の速さで行進を続けており、その枯木にぶつかるように通過すると驚くことに消えてしまったのだ。私はその情景をただ、呆然と眺めていた。気分は悪くなかったが、なぜかどうしてもこの行進を止めなければならないと感情が沸き上がっていた。
 するとここで、夢を断ち切るように吠える声が聞こえた。


「ワンッ」


 それは、ヒナラキの起床きしょうの合図だった。
 夢見ゆめみの悪さを噛み締めながら目を開けてみると、遠方の東の山頂から朝日が昇り始めていた。私は寝惚ねぼまなこのまま水汲み用のバケツを持つと、少女と一緒に近くの水場へと向かった。
 少女はバケツを胸の前で抱え、裸足でぺたぺたと足音を立て後ろを着いてきた。ここでふと、少女に名前があるのか気になった私は少女に尋ねることにしてみた。


「ところで、お前さんに名前はあるのかい?」


 少女は歩みを止めると首を横に振り、自分に名前がないことを表現してきた。


「そうか」


 私は不憫に思えた。そんな感情を振り切るために、再び歩みを進めた。




 水汲みを終えて戻ってきた私たちは、身だしなみを整え、朝食の準備に取り掛かった。前の村で買った干し肉と牛乳を温めて、さらに焚火で溶かしたチーズを半切りにした黒パンに乗せて少女が持ってきてくれた木のボウルとプラスチックのコップによそってあげた。少女が用意した小さなテーブルとイスを広げ、そこに二人分の朝食を並べた。
 ヒナラキには余り物と牛乳で作った簡単なスープを与えた。こいつはなんでも食う。
 朝食の準備が済んだところで私は椅子に座り、食事にすることにした。


「いただきます」


 私は食物への感謝を述べるとゆっくりと食べ始めた。少女は言葉に合わせ軽い会釈えしゃくをし、小さな口へと食べ物を運んだ。どうやら、表情は変わらないが食欲はあるらしい。 
 ヒナラキはというと口周りを汚しながらもしっかりとスープを食べていた。
 黒パンはパリッと香ばしい匂いを放ち、溶けたチーズは私の食欲を誘っていた。
 食事は質素しっそだがナイフやフォークを使ってお上品に食べるよりも性に合っている気がした。
 食事を続けていると、少女が私の名を呼んだ。


「……アンカル」


 普段、自身から話しかけてこない少女から呼ばれたため少しおどろいていると、続けて少女は私に頼み事をしてきた。


「私に名前を付けて欲しい」


 少女は欲しがるような純粋じゅんすいひとみでこちらを見ていた。確かに、名前が無いと何かと不便ふべんだ。名前を呼ぶにしろ、これから旅を続けるにしろ名前はあった方が良い。
「そうだな…何か要望ようぼうはあるのか?なんか、こう、可愛いのがいいとか親しみやすいとかさ」
 少女はまた首を横に振った。


「うーんと…」


 私は腕組うでぐみをして考えをめぐらせた。そういえば、名前を付けるなんて子供でも生まない限り、ゲームのアカウントか幼少期にノートのすみに書いた落書きの勇者にしか付けたことが無かった。ましてや、人様に名前を付けるなんて難題に私は戸惑とまどった。
 ここで私はふと、辺りを見渡した。どうせこのまま考えても直ぐに出て来ないと感じたため、そこらの物の名前でも付けてやろうと考えたのだ。ここに来る前の旅の途中で大きな大豆畑があることを思い出した。


「大豆か…幼熟期ようじゅくきは…」


 考えを進め、一つの答えにたどり着いた。


「よし、名前が決まった」


 ぐいっと顔を上げると少女とヒナラキがこちらを見た。大豆の幼熟期と少女の幼さを含ませて新たな名前を告げてやった。


「お前さんは今日から『エダマメ』だ」


「エダマメ…」


 少女は新しい名前をつぶやいて数秒間静止し、力強くうなずいた。どうやら気に入ってくれたらしい。
 ヒナラキは優しい目つきをしたように感じたが、直ぐに食事に戻っていた。




 名付けの一件のあと食事を終えると、食器等を片付けて次の村へ出発するための支度を始めた。
二人もそれぞれ始めており、エダマメは与えた小さなリュックサックに食器類を仕舞しまっていて、ヒナラキは自分の口周りを地面の草を使って器用に拭っていた。
私も焚火の後始末を終わらせて旅をする装いに着替え、キャンプ用品をまとめた。古臭い紙の地図を広げ太陽の位置で現在地を推測すいそくし、次の目的地となる村に印をつけた。
 名前しか知らない村だがどうにかなるだろう。


「準備完了だ、お前さんたちはどうだ?」


「大丈夫」


「ワンッ」


 いい返事が返ってきた。


「さあ、旅を始めよう」


 その掛け声を合図に、私たちは歩み始めた。

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