Untitled

雁木夏和

Untitled 01-008

 泰盛たちが松前隊に混じり、しばらく手に左翼部隊と交戦していると、後方から増援部隊がやってきて、次々と戦線に加わっていく。
「しめたぞ!味方の増援だ!押せ押せー!!」

 松前隊の足軽が声を上げる。戦線をやや後方から見ていて分かったことがある。松前隊は右に右にと前線を伸ばしているようだ。

それに呼応して、垣内の采配か、中央から増援が送られ、横に広く伸びた前線を補強しているのだと考えられる。

「どうやら竹内殿は、最右翼におられるようだ!俺たちもそっちに向かおう!」

 権六が竹内の臭いを嗅ぎ取ったか、泰盛にそう告げる。ここからじゃ、放物線を描いた先の右翼先端は伺いしれない。犬並みの嗅覚か。

 なるほど松前隊が右方向に進んでいる理由は竹内か。俺たちが無策に敵集団に突っ込んだ頃、竹内は敵左翼の中央の敵とやり合っていたはずだ。

「松前殿だー!松前殿が戻られたぞー!」

 続いて、ぞろぞろやってくる増援の中に騎馬にまたがる、将の姿が確認できる。あれが松前か。敵から矢を受け負傷したと聞いた気がしたが、そんな様子は感じさせない。

 ふと、松前と目が合う。どうやら、松前がこちらに向かってくるようだ。齢の頃、五十は超えているだろう。蓄えた白ひげが老練さを物語っている。

「ぬしが間抜けか?まだ、斯様な場所にいたか。ここにはぬしの戦場ではありゃせんぞ。竹内殿は敵方の喉元に食らいついておられる。急いて駆けつけんか」

 馬上から見下される視線には一種の好奇の色が伺える。眼前にいた泰盛を見つけ、更に言葉を続ける。

「泰盛ー!聞いたぞ。そちらが、この大役を賜ったそうだな」

 泰盛も攻撃の手を止めこちらにやってくる。

「これは松前殿!久方ぶりにございます!」

「よいよい!我が方は左翼と中央を捨てた。泰盛よ。この任、ぬしが思うておるより遥かに重大である。こやつの命を第一に考え、竹内殿の元に届けることだけを考えよ」

 優勢だった左翼と、中央を捨てた。些か異様な作戦のように思えるが、あの一癖ある総大将からすれば、奇策で何でもないのかも知れない。

「まぁ、よい。この童が無事であっただけで大儀である。配下の者をここに連れてまいれ」

 その命令を聞くやいなや、泰盛は前線に仲間を探しに戻る。それを見届けていると、松前に首根っこを捕まれ軽々と持ち上げられ、馬の後部に乗せられた。

 馬の後部から戦場を見渡す。敵兵の動きに勢いが増して見える。どの兵も死にものぐるいで、こちらを目指しやってくる。

「怖いか?」

 松前が時折飛んでくる弓矢を小太刀で打ち落としながら話しかけてくる。

「……怖いです。でも、少しだけ慣れてきました」

 先程まで前線にいたときほどではないが、恐怖を感じている。

「わしも実は怖い。わしも皆には言えんが怖あて怖あて堪らんときがある。みなも口には決してせぬが、みな似たようなものじゃろう」

 語り始める松前の意図は汲めないが、だんだんと心臓の鼓動が落ち着きを取り戻してくるのが分かる。

「では、みなは何故戦うのでしょうか?」

「知らん。……じゃが、わしは家のために戦い続けてきた。忠義やら大儀、名誉のためにと建前をつくってはみるも、結局は家族のためじゃ。皆も対して変わらんじゃろう」

 松前という古兵の姿を垣間見た気がした。その声色は先程までのものとは違い、ゆっくりとしたどこか優しさを感じるものであった。故郷の家族のことでも考え、哀愁に浸っているのかも知れない。

「ぬしは、なんのために戦う?」

 俺はなんのために戦うのだろうか。自由のためか、生きるためか。いや、違う。これは俺の理由じゃない。今は生かされるために、ただただ戦場に連れ出されただけに過ぎない。

 生きるため戦う。この答えは松前殿の質問の答えとして不十分な気がした。俺はなんのために生きているのだろうか。

「……わかりません」

 俺の答えに松前殿は落胆することなく、こう続ける。

「今は分からずともよい。ぬしが刀を抜くときは今ではないのだ。今は我らの生き様をしかと目に焼き付けよ。それがぬしの、この戦場で出来る戦いよ」

 胸にぐっとくるものがあった。松前殿の言った通り、せいぜい俺が出来るのは戦を眺めることくらいだ。ならば、目を逸らさずこの人たちの戦をしっかりと目に焼き付けよう。

 泰盛達がそそくさとやってくる。先程、足を貫かれた権六の歩き方が痛々しい。左之助の顔色も良くない。甚八も流石に疲れたのか肩で息をしている。

「うむ。揃うたか。なに、老兵が手柄を横取りしては示しがつかんのでな。ぬしらには竹内殿のところまで、わしの護衛として、付いて参れ」

 そう言った松前殿は手綱を操り、馬を走らせる。松前殿が前線のやや後ろを馬で駆ける。その後に松前殿の手勢二十名ほどが続く。その中には泰盛、畝助が見える、少し遅れて左之助、甚八が後を追う。甚六の姿は早くも豆粒のようだ。

 右翼の右に布陣していた部隊は随分と間延びして、敵を打ち漏らしている。打ち漏らした敵は松前殿を見つけるや否や、口上をあげながら突貫してくる。

 松前殿は刀を抜き、巧みに敵の槍を交わし、すれ違いざまに敵の首をまるで豆腐を切るかの如く両断する。

 凄い。見ていて惚れ惚れする卓越した技術だ。その後も徒党を組んで襲い来る敵の槍の束も刀で巻き上げ、馬で蹴散らす。後ろを追走する兵士たちが敵に止めをさす。

 右へ右へと行くにつれて、敵の数がどんどんと増えてくる。前方五十│米《メートル》程のところに中腰になり火縄銃を構える兵士の集団が見える。まずい。流石の松前殿も古式銃は防げまい。

「なんの小癪な。小童よ、面白いものを見せてやろう」

 松前殿は槍を捨てたかのように見えたが、槍の柄が足に触れた瞬間、その姿をくらました。納刀だ。熟練するとこういった事もできるのか。

 驚くにはまだ、早かった。松前殿の手にはいつの間にやら弓が握られており、右手を背中に伸ばしたかと思うとこちらは矢を掴んでいる。すかさず矢をつがえる。

「いかにせん夏はくるしきものなれや衣かへても暑さまされば」

 矢が燃え始める。弓が弧を描いたかと思うと、弦が風を切った音ばかりが残った。松前殿の手には弓すら消えている。

 放たれた矢は炎を纏い敵に迫り、集団の一人に│中《あ》たるや否や、大火となって集団を飲み込んだ。あれでは誰も助かるまい。

 横をすり抜ける頃には動くものは何もなかった。松前殿の属性は火なのだろう。矢に付与した火を祝詞で強化したのだ。

「昔から、こればかりは得意でな」

 松前殿はからからと笑いながら、弓を引くポーズをとって、おどけてみせた。

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