Untitled

雁木夏和

Untitled 01-007

 甚八の突破力は一級品だ。敵の兵士たちも、甚八同様に加護を受けているのだろが、甚八の純粋な膂力の前では赤子同然のように弾き飛ばされていく。

 しかし、敵もさることながら兵の集団だ。負けずと集団になって甚八の盾を押し返そうする。甚八に攻撃が集中する中、その後ろから左之助と権六の二人が甚八を狙う敵に確実に槍で致命傷を与えている。

 一騎当千の働きをみせる甚八の体は早くも自身の血と返り血で真っ赤だ。心做しか甚八の背中がひと回り大きく感じる。

 敵の頭数が減ると甚八の力を抑えきれず、敵は力負けして吹き飛ばされる。左之助も権六も泰盛さんや畝助は陣形が崩れないように攻守一体に、巧く立ち回っている。俺は小太刀を構え、味方の邪魔にならないように動線を意識して、自らのみを守っている。

「甚八!もっと右だ!」

 権六は嗅覚を頼りに甚八に指示を飛ばす。右に舵を取る甚八。当然のごとく左翼の左之助、畝助に敵の正面部隊が晒され、敵の凶刃が左之助の左肩を抉る。

 痛みに耐えかねた左之助が押し戻されそうになる。権六が素早く気づき左之助と入れ替わる。左之助の傷は浅くない。傷口からは鮮血が迸り、左之助は顔を歪める。

「この程度の傷、屁でもないやい」

 目のあった左之助が、俺の心配を払拭するために強がってみせるが、平気そうには全く見えない。甚八はそれでも構わず前に進む。左翼に展開する権六、畝助は必死に追いつこうとするが、徐々に隊列に乱れが生じる。

 隊列の隙間から敵の兵士が俺めがけて槍を構え飛び出してくる。権六は慌てて対処しようとし槍を捨て、刀を抜いたところを正面の敵にふくらはぎを貫かれる。

「ぐぁっ!」

 権六は呻き声をあげがらも、俺に襲い来る敵を叩き切る。しかし足に受けたダメージから著しく機動性を失い、甚八との距離が更にひらく。

「いけない!甚八!速度を落とせ!」

 甚八と権六の間に、すかさず割り込み敵の流入を阻止する泰盛さん。

「やっさん、駄目だ!今速度を落とすと今度は甚八がやられちまう」

 畝助が泰盛さんに異を唱える。気づかぬ間に畝助も随分と傷つき、鎧もぼろぼろになっている。見ているだけで痛々しい。

 両者の意見の板挟みになった甚八は足を止めてしまう。ここぞとばかりに勢いづいた敵に甚八は勢いよく弾き飛ばされてしまい、泰盛さんを巻き込んで後ろに倒れてしまう。

 この状況はまずい。小太刀を握る手に力が入る。左之助が槍を捨て、甚八の盾を拾い、速やかに矢面に立つ。甚八に対する追撃は免れたが、手負いの左之助が前線を維持するのは数秒も持たないだろう。

「ふたりとも、立て!」

 甚八と泰盛さんは権六の手を借り起き上がる。しかし、陣形はずたぼろだ。このままではこの隊は、遅からず壊滅してしまいかねない。頭の中に、そんな不安がよぎる。

 その間も正面にさらされている左翼を、一人で支えていた畝助は、致命傷こそなけれど満身創痍だ。その槍は柄が折れ、やや短くなっている。

「一旦引こう!」

 権六が叫ぶ。俺でも分かるが、それは無理だ。松前隊から突出してしまいすぎ、後方に敵が回り込んでしまっている。

「左之助さん、代わります!」

 立ち上がった甚八は阿吽の呼吸で左之助から盾を受け取り、そのまま前線を支える。盾を失った左之助は刀を抜き、後方に回り込んだ敵を牽制する。

「間抜け!地響きを使え!」

 泰盛さんが俺に向かい叫ぶ。小太刀しまおうとするが、緊張のあまり、うまく鞘に収まらない。敵に完全に囲まれてしまった。小太刀を鞘に収めることを諦め、迫りくる敵に向かって咄嗟に投げつけるも、当たりどころが悪く鎧に弾かれてしまう。

 地響きを取り出してみる。一瞬、脳裏にもしも地響きを取り出せなかったら、という嫌な予感がしたが、なんということなく取り出せた。

「使えったって、どう使えば……」

「柄の頭を、思いっきり地面に打ち付けろ!」

 泰盛さんに怒鳴られながら、地響きを両手で構え神通力を注ぎ、自分の足元目掛けて思いっきり打ち付ける。

 地響きという長槍に打ち付けられた地面から、ゴーンという鐘に似た低い音が生まれる。地響きと呼ばれる所以だろう。そして音の衝撃波が周りに広がる。

 しまった。余計なものを込めてしまった。地響きという媒介を得た俺の気は、発生した衝撃波にのり、半径二十米ほどの敵味方問わず伝わる。

 音が駆け抜けていくにつれ周囲の時間を根こそぎ奪っていく。当然のように泰盛さん達も衝撃に耐えるような格好で、蝋人形のように固まっている。近くのものほどその効果は絶大なようだ。

 やってしまったものは、仕方がない。周囲の敵の動きが著しく緩慢な間に、地響きをしまいを泰盛さん達全員を担ぎ上げ、敵をかき分けて自陣の方に向かう。

 集団から抜け出した頃には、敵兵の動きにスピードが戻り、突然目の前から忽然と消えた敵の姿を探している様子が伺える。

「何だ今のは!?間抜け、何をした!?俺の知る、地響きではなかったぞ!」

「すみません!気を込めてしまいました」

 同様にスピードを取り出した五人をおろし、撤退を始める。

「いや、よくやった!すごいぞ、お前!ものすごく速かったぞ!」

 左之助に褒められたところで、嬉しくもなんともない。が、窮地を脱したことばかりは、喜ばしい。

「正直、俺には何が起こったのか、てんで分からんかったわ」

 泰盛さんには何が起こったようだ。俺と泰盛さんと距離も、俺と左之助の距離も同じようなものだった。動体視力が強ければ、すばやくうごいているように見え、そうでなければ消えたように映るのだろうか。

 五人から口々に感謝の言葉をかけられ、俺の尊厳が回復していく。俺の気と地響きがあれば、戦況を優位に進めることが出来るのではないだろうか。

 松前隊に合流し、隊形を立て直す。所詮は後方を警戒していた足軽部隊なのだろう。力押しで数に勝る敵には通用しないかに思えた。

 左之助は肩から、権六はふくらはぎから、血を流している。畝助と甚八も満身創痍だ。泰盛も少なからず傷を負っている。

 そうだ。この五人に守られた俺が敵に時間を奪い、近くに待機した松前隊に倒してもらえばいいのだ。

 泰盛に近づき、その旨を提案するが、泰盛の采配では松前隊の人員を自由に扱うことは出来ないらしい。

 ならば、勝手に実行してやろうと思ったのが、失敗すれば避難は避けられないと考えやめた。

 松前隊と合流してからは、徐々にではあるが前線が進んでいる。正直なところ、五人に任せるより、松前隊に守られながら後ろに控えてゆっくりと安全に竹内のところまで向かいたいものだ。

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