気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 祐樹の笑顔が横に見えるというのも、この店に来る楽しみの一つだった。
 それほど人間の顔に――いや顔だけではなくて人間そのものかも知れないが――興味を持っていないし、単なる個体識別のためのモノにしか過ぎないと思っていた、祐樹を別にすれば。
 ただ、やはり記憶にはキチンと残っている顔立ちの中でも、正面から見て整っているなと完全なる他人事ひとごととして認識していても横から見るとそうでもない人間も多い。
 しかし、祐樹の場合は横顔も端正で凛々しいので思わず匙を止めて見惚れてしまいそうになる。
 大阪のリッツとか他のレストランなどでは当然ながら向かい合って座るし、空きテーブルの都合上横に並んで座っても距離感は割とゆったりしている。
 しかし、このお店は有名料亭風ではなくて――何でも辞める時に店側とトラブルが起こったらしいことはチラッと聞いた覚えがあって、そのせいで元の店の固有名詞は出さないと約束したらしい――京料理の美味しさを手軽に味わって貰えるようにという、それだけのこだわりだけなので、それほど店内は広くない。
 そのために却って祐樹との距離の近さも嬉しい。
 鰹節かつおぶしと昆布で取っていると思しき出汁の香りとか焼いたり煮たりしている料理の香りが湯気と共に香って来て、何だかとても幸せな気分になれる点も。
「この雲丹は甘くて口の中でねっとりと蕩けるような感じがしてとても美味しいです。
 雲丹って、何だかもっと潮の香りがキツいモノという印象がありましたが」
 祐樹が顔を向けた頑固職人と顔に書いてあるような店主の厳つい顔も嬉しそうに綻んでいる。
「そう言うて頂けてほんまに嬉しいです。そりゃあ、雲丹が居る海岸に行けば新鮮なのが獲れまっしゃろ?
 そのまんま召し上がるだけなら誰でも出来るんで、そこからがウチら職人の出番でおます。それに繊細な味に仕立て上げるのが京料理の醍醐味ですさかいに……」
 京都風の言葉使いも――そもそも自分が生まれてから住んでいたところはこれほど純粋(?)な京都弁でなかったような気がする――耳に心地よく響いてくる。
「あ、この辛口のお酒に良く合いますね。そう思いませんか?」
 店主お勧めの日本酒を口に含んだ祐樹は満足そうな輝く笑みを自分へと向けてくれた。
 多分、店の店主との会話に――と言っても彼は包丁を握った手を動かしながらだったが――加わって欲しいということだろう。
 だから。

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