気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「香川教授に憧れて心臓外科志望だったのですが……。あ!握手しても良いですか」
 東北地方出身っぽいのは言葉の端々はしばしに残るアクセントで分かった。ただ、岩手県
雫石が最寄りの「都会」らしい野口陸士の純粋な朴訥さを髣髴ほうふつとさせながらも、そこはやはり、同じ大学に通っているという親近感とか矜持のようなものを矢口君は持ち合わせているのだろう。
 自分のような人間に握手してもどうしようもないと思うのだが、別に断る理由もないので手を差し出すと、ジーンズで手を拭ってからおずおずとした感じで手を差し伸べてきた。
「有難うございます!心臓外科に特化するのも良いと思っていたのですが、田中先生の素晴らしい手技を動画で拝見して、あ!握手を頂いても良いですか?」
 祐樹の神懸かり的な手技を見ることが出来たということは、医師免許の番号と個人名が合っている場合のみアクセス出来るサイトに入れたということになる。
 矢内君は大学生なのでもちろん医師の資格は持ってないので、おそらくお父様が医師とかそういう関係で閲覧出来たのだろう。
 祐樹も愛想のいい笑みで握手を交わしていた。
「それでですね。救急救命医も捨て難いと思ったのです。
 あの地震の時には、医学的な知識もそれほどないので裏方に回りましたが。しかし、ああいう秀逸とかそういう言葉を凌駕していた、田中先生の手技というのは心臓外科だけでは培われないと思ったのです。
 だったら、救急救命医もありなんじゃないかと思ってしまって……悩み中です。
 すみません、お忙しいお二人にこんなことで声をお掛けしてしまって……」
 自分の経験則だがーーといってもサンプルは矢内君と野口陸士という二人だけなので信頼性には欠けるのも自覚しているーー東北の人は人懐っこいし純朴なのも確かではあるものの、こうと決めたら梃子てこでも動かないという感触なのも確かだった。
 ただ、悩める学生の相談に乗るというのも、本来は教授職でもある自分の仕事のウチだと思ってしまう。講義などは黒木准教授に丸投げしていてーー黒木准教授の方が教育者に向いているという判断した結果だったがーーその意味では楽をしているという自覚も有ったので、この際は質問に答えておいた方が良いだろう。せめてもの罪滅ぼしに。
 祐樹に少しだけ話すが良いだろうか?的な眼差しを向けた。
 すると。

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