気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「ただ、ウィーンの街の人は音楽家になるかどうかは別にして皆そういう素養はあったとか読んだ覚えがある。だから楽譜くらいは読めたのではないか?
 それに高名な作曲家として街でも有名なので『あの先生は散歩の途中で作曲をする』というウワサは広がっていたそうだし、分かったのではないか」
 そこまで自分が読まされた文章に書かれていたわけではないが、何となく推察は可能だった。
 祐樹と他愛のない話を交わしながらそぞろ歩きをする時間には――その話題が仕事に及ぶことも有って、そういう時はキチンとエビデンスに基づいた話をしているが、基本的にはその他の話題が多い――ほとんどが思いついた話題について話し合うという感じだった。仕事の話題以外は八割がた合っていれば問題ないと個人的には思っている。
 祐樹は可笑しそうに唇を弛めて、そして瞳の輝きにはいつも以上だったのは先ほどの写真の出来栄えを楽しみにしているからなのか、それとも今の話しのせいかは分からない。分からないがただ、そういう祐樹を見ていると自分の気持ちもお日様の光を浴びた花のように活気を帯びて煌めいているのが分かってとても嬉しい。
 祐樹とツーショット写真の完成品がセピア色に染められるらしいが、そちらが出来上がるのはとても楽しみだ。
 ただ、今日、ああいう白い薔薇を飾ったアンティークな椅子に座って撮った時間は白い薔薇のように香り立つ至福の時間だった。
 そういう宝石のような時間を共に過ごした余韻が薔薇色のシャンパンの泡のように心の中に弾んでいる。
 その気持ちは祐樹も持っているらしく、男らしく整った顔に輝く笑みを浮かべている。
 そういう祐樹と眼差しを絡めて歩くのも。
「ああ、なるほど。私も大学時代に三味線だったかな?その楽譜らしいものを実家住まいの同級生が大学まで持って来ていましたが、あれは西洋の楽譜とも異なって筆でごちゃごちゃ意味不明な記号が書いてあって私には呪文のように見えました。
 ただ、心得というかたしなみがある人間には分かるようですから、ベート―ヴェン先生が作曲中なら分かるのでしょうね。
 ただ、市民の皆さんが必死にベンチを運んでいるのを想像すると笑えて来ますね」
 祐樹の凛々しい唇が可笑しそうに、楽しそうに笑みを刻んでいる。
 自分も頬とか唇が笑みを浮かべている自覚があって、二人で笑いながら雑踏を歩く幸せを味わっていた。
 すると。

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