気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 祐樹が可笑しそうに唇を緩ませているのは、今となっては笑い話になってしまうからだろう。
 高校生の時のクラスが落ちる――ちなみに自分の高校は大雑把に理系クラスと文系クラスに分けられていただけで、そういう憂き目に遭ったことはないが――問題と、大学入試を無事にクリア出来たことの重みの違いを考えてみれば子供にだって分かる理屈だと思う。
「精霊が乗り移ったかのような、芸術的衝動という意味での『霊感』として使われていたのではないか?インスピレーションと同意語の」
 祐樹は大きく頷いていた。
「やはり分かりましたか。後で冷静に考えたら分かりそうなモノなのですがね。テストの時に気付かなかったのが『暗い過去』です。で、ベートーヴェンの話しを教えて下さい。話を逸らせてしまっていましたね……」
 祐樹が興味津々といった感じの眼差しで自分の目を見て来るのも嬉しい。
 他愛のない話をして笑いあえるだけで充分幸せだったが。
「ああ、ウイーンという町は面積的にも狭いので、生前も充分有名だった作曲家が趣味の散歩の途中で『霊感』に打たれたらしい。しかも書き留めなければ忘れてしまうタイプだったらしくて、最初こそは耳の不自由さも有っていつも持ち歩いているスケッチ帳に書いていたのだが、その紙面でも埋まり切れないくらいの量だったらしい。それで、苦肉の策としてそこに有ったベンチに書いて行ったそうだ。それでも足らないな……と思っていたところ、散歩途中のウイーンの人が『ベートーヴェン先生の作曲に協力しよう!』と思ったらしくて、公園のベンチを皆で運んで来てくれたそうだ。のどかと言えばそうだし、それだけ芸術を重んじる文化的な雰囲気だったのかも知れない、な……」
 祐樹が目を知的な感じに輝かせてくれているのも嬉しかったが。
「ウイーンの人って、良く楽譜を書いているとか分かりましたよね?私はそういう方面には全く疎いので、オタマジャクシの群れにしか見えませんよ、きっと。
 たとえばアラビア語を見ても何が何だか分からないですよね?あれと同じ感覚です」
 そういえばそうだな……と思う。一応楽譜の読み方は学校で習ったので覚えているが、その曲が誰かの模倣というかコピーなのかオリジナルなのかは分からないだろう。
「そういえば、ウイーンの街は京都に似ているというエッセーも読んだことがあるな……。つまり、伝統的に歌舞音曲の類いは男女問わず習わせるという点で。ちなみに私は何も習ってないが。
 ただ」

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