気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

95

「素敵ですね!!本当に。この写真にセピア色がかすみのようにかかるのでしょう?
 あの、すみません、この大きさではなくて、もっと大判にならないのですか?」
 夢から醒めたように柏木看護師が何だか鬼気迫るような感じで店主兼カメラマンに詰め寄っている。
 自分はしたことはないものの、祐樹と行ったシンガポールの時計屋さんで――散歩の途中というかウインドウショッピングという、普段はしないお店の「冷やかし」が出来るのも旅先で流れる穏やかな時間だった――目撃した「なにがなんでも負けさせる」というオーラが物凄い日本人女性が片言の英語と電卓を物凄い勢いで叩いている様子に驚いたが、その時のことを彷彿ほうふつとさせる感じだった。
「こっちも良いけれど、もう片方のも捨てがたいし……でも、教授のお顔の角度が一番映えるのはこっちで。
 そして田中先生の手が良い感じに触れているのはもう片方だし……」
 「良い感じ」というのがいまいち分からなかったので、柏木看護師の穴が空くのではないかと危惧してしまうほどの凝視の先を見ると、確かに祐樹の腕から手にかけて自分の体の肩から胸に――当然ながら二人ともスーツ姿なので、そんなに不自然なポーズでもなければ公序良俗に反するわけでもない――親しそうに置かれている。
 もう一葉の写真とこちらではそれほど顔の角度が変わっているようには見えないが、そこは男性と女性の着眼点の違いかもしれない。
「――どうしましょう、私には選べないです!!どっちも予想以上に良くて、いえ、良過ぎて……」
 柏木看護師が助けを求めるように見上げてきた。
 ――柏木先生は滅多にショッピングに同行しないそうだが、彼女の品物選びが毎回これでは確かに遠慮したくなる気持ちも良く分かった。
「裏返しにしてからシャッフルをして、めくった方を当たりにしてはいかがですか?」
 祐樹の割と真剣な口調――ただ、なんだかもうどうでもいいという響きも僅かながら潜んでいるのは二枚の写真が甲乙付けがたいというか、どちらも秀逸な出来栄えだからだろう。
「そんなっ!テストの選択肢問題で二個にまで絞れたけど、それ以上は分からなくて鉛筆を転がして決めるようなやり方はダメです!!
 さては田中先生も過去のテストでそうやって決めてきた人ですか?」
 なんだか話がどんどんズレて行っているような気がする。
 テストの選択肢問題など、正解は一つしかないのでどれがそれに近いかを判断して迷わず一つの記号を書き込んだ覚えしかない。
 ただ。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品