気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「とても悩むわねぇ……。いえね、主人に買い物を付き合って貰っていた時にも、『どっちでも良いから早く決めろ』とか散々言われて、それが嫌で結局お買い物は一人で行くか、稀に友達に付き合って貰うコトにしたんです。ほら、私たちの仕事の都合上9時から17時の定時上がり――と言っても残業とか急な会議とか有って17時にキチンと帰れる人の方が稀だとは聞いていますけれども。ただ、ウチの職場のシフトではなかなか友達と一緒にショッピングが出来なくて。
 だから一人でぶらっと買い物に行くことが多いのですが、今日は教授と田中先生がいらっしゃるなんてまるで夢のようです。
 ね、こちらとこちらはどちらが良い映りだと思いますか?」
 確かに手術室勤務のナースの場合は――自分は手技も早い方だと自負しているが、ガンなどの場合で手術にギリギリ耐えることが出来る容態の患者さんの場合は8時間以上かかってしまうこともある。それに、手術中に何らかの深刻なアクシデントが有って、大幅に時間が延びるケースも。柏木看護師は並外れた敏捷性と機転の効きの良さに度々指名はしているが、外科の執刀医も皆そのことに気付いているので、彼女は脳外科とか悪性新生物ガン科とかに先を越されることもたびたびあった。
 長時間に亘る手術でも最後まで手術室に留まらないといけないのは医療人としては当たり前なので、定時に上がれる場合と――自分の手技のスタッフに加わって貰っている場合は予定時間よりも早く終わることは有っても逆はない――そうでない場合が有るのだろう。自分の場合はあらゆるシュミレーションを行っているし、患者さんのバイタルなど検査出来ることは全て行うスタンスなので手術中に緊急かつ命に関わるようなアクシデントはないが、教授会に出てみると「訴訟にまで発展しそうな手術について」という議題が度々上がってくるので、病院内では珍しいことではないのだろう。
 まあ、斉藤病院長の場合は――自分の帰国前には訴えられたケースがあったと聞いている――訴訟沙汰にならないためには涙を流しながらの土下座どけざも辞さないと聞いていた。
 自分は医師に珍しい程度に法律を知っているし、訴訟大国のアメリカにいたせいで裁判というものは「普通」の生活にも忍び込んでくるものだと漠然と思っていた。しかし、日本の場合、勝訴・敗訴に関わらず患者さんが病院を訴えただけで新聞沙汰になる。それに一患者さんと独立行政法人になったとはいえ大学病院なので、大きなモノが悪者わるものになってしまう報道の仕方で。
 だから普段は尊大極まりない斉藤病院長が泣きながら土下座というのはその患者さんの闘志を思いっきり沈静化する効果が有る。
「え?二枚とも同じようにしか見えませんが?」
 祐樹のやや困惑げな声に我に返った。
 すると。

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