気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 サイン会を経て――それ以前から祐樹もサインの練習をしていたことは知っていたが――書き慣れた感じでボールペンを走らせて端整な文字を書いていくのを横目で見ていた。
 自分の場合は手元を見なくてもサインくらいは書ける。自分の数少ない――と自覚している――特技の一つが手先の器用さと見た瞬間に把握出来る空間認識力なので。
 祐樹に言わせれば料理とか家事全般も特技だ!と言い張ってくれているが。
「わぁ、素敵です。文化人みたいな――いえ、お医者さんですから文化人に入りますわね――サインです。
 こういう大人のサインを名刺に書いて頂けて嬉しいです」
 大人のサイン……?自分の知る限りアイドルグルーブなどでは未成年も居るのは知ってはいるが、サインをする人間は百合香ちゃんから見たら皆大人ではないのだろうか。
 サインイコール芸能人というイメージが有るが――と言ってもサイン会を行った書店の店長室などに仰々しく飾られていたのはベストセラーを毎回のように出版する著名な作家の先生のサインが多かった。後は漫画家と思しき色紙にサインとイラストが描いてあるモノだ。祐樹と共著の本も一冊の販売部数は「出版不況というのはどこの国の話しなのだろう」と思えるほど売れてはいるが、所詮は一冊しか出さないので次の機会はない――芸能人に全く興味がないのでサインを見たこともない・
「文化人としてのサインですか?どこか違いが有るのでしょうか?」
 百合香ちゃんは鈴蘭スズランの可憐な花を彷彿とさせる笑みを浮かべていた。
「はい。父のパーティには――正直なところ票集めが目的ですけれども――いろんな有名人がいらっしゃって『サインを強請ねだれ』というお祖父じい様やお父様の言いつけに従って色紙に書いてもらうのが私の役目なのです。だからいらして下さった皆にサインを頂いています。好き嫌い関係なくですけれど。
 ご存知かどうか分かりませんが伯父様おじさまは俳優をしていますので、その関係で芸能界の方のサインなども書いて頂きます。そういう方のは読めないような文字で書くのが普通みたいです。
 だからこんな達筆な字で書いて下さってとても嬉しいです」
 百合香ちゃんは銀の鈴を転がすような声と鈴蘭の笑みでそう言ってくれた。
「ああ、もちろん伯父様が俳優をなさっているのは知っていますし、ドラマでも観たことが度々あります」
 主役はなかなか演じられない俳優さんのようだったが準主役とか重要な役で出演でていることは知っていた。
 すると。

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