気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 百合香ちゃんは小さな淑女に相応しく純銀の鈴を転がすような感じで笑っている。
 会話力というかコミュニュケーション能力に欠けている自覚が有り過ぎた自分だったが、どうやら子供相手では大丈夫らしい。
 ただ、最近は祐樹も大人の患者さんへの対応について褒めてくれるようになってとても嬉しかったが。
 何しろ、入院患者さんはベッドにずっと居る人の方が多いのでテレビを四六時中――と言っても就寝時間以降はダメだが――観ているので、自分達の出たドキュメンタリー番組とか、祐樹が漏らした「テツ子の部屋」の放映日とかの――これは患者さんの口から見舞客に話すことによって視聴率を上げるという目論見が有るのは分かっている――件で患者さんからお祝いとか祝福の言葉が掛けられていた。
 教授総回診の患者さん一人に割く時間はそれほど多くはないけれど、それでも最近は容態説明だけでなくて、いわゆる雑談も交わせるようになったのは個人的には大きな進歩だと思っている。そして祐樹も当然その場に居るわけで、自分と患者さんの会話を黙って聞いていた。
 そしてその後、必ず褒めてくれるようになったのだから尚更嬉しかった。
「語尾に『じゃん』をつけるのは東京ではなくて神奈川県の一部の地域です。
 けれども、『ですね』ではなくて『だよな』みたいな感じに替わっていますね。コックニー訛りを訳す時には。しかし、実際は発音の差なのですよね……。日本の地方に残る訛りは語尾の変化とか単語が異なる場合が多いですけれども」
 百合香ちゃんに相応しいひらひらの白いレースがふんだんに使われたネグリジェと――確かそういう名前だったと思う――言うよりはご令嬢がお屋敷内で着るような愛らしさだったが、そのレースから覗いた華奢な手が口を覆って笑っているのもお上品さで匂い立つような感じだった。
 そう言えば裕樹と行ったシンガポールのラッフルズホテルの朝食用のレストランにフランス人形みたいな碧い眼と金髪、そして滑らかな白い肌を持つ少女が同じような服を着てお行儀よく朝食を摂っていたことを思いだした。ご両親もほぼ同じような外見かつ上品そうな感じだったので、もしかしたらヨーロッパの名の有る家柄なのかも知れなかったが。
 シンガポールもイギリスの植民地だったこともあって――自分達が泊まったホテルの名前もイギリスのラッフルズ卿にちなんでいる――コロニアル形式が見事な建物が多かった。
 その名も知らぬ少女と目の前の百合香ちゃんはどことなく似ているような気がした。
 そんなことを思っていると。

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