気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

23

「ワトソン先生との出会いを作者は参考にしたのでしょうが、まず名前から間違っていて」
 純銀の鈴のような笑い声が楽しそうに弾んでいる。
 それと共に昔読んだ本の挿絵にホームズとワトソン英国貴族の屋敷を訪れた場面が描かれていて、その調度が――特に椅子だが――先程、医局で祐樹が見せてくれたPCの中の写真館の画像と綺麗に重なった。
 そして、祐樹が二人きりになった時に自分に何を望んでいるかということも考え併せてしまい、心が真紅のベルベットに包まれたようになった。
「どうして名前を間違ってしまったのですか?」
 目の前の天使のように無垢な少女に、内心を気振りにも悟られないように細心の注意を払いながら会話を続ける。
 共通の話題が有れば会話のキャッチボールが上手く続けることが出来ることに今更ながら気付いた。
「漱石はB211の部屋を訪ねる前にシェイクスピアの研究家の下宿でシェイクスピアについてのレッスンを受けていたのです。そして、その先生の帽子を間違って取って来てしまったのです。しかも……」
 帽子の内側とか服の見えない場所に名前とかイニシャルを書いてあるのは今も昔も変わらないらしい。
 ただ、いきなり違う名前を自信満々で呼ばれたらさぞかし驚くだろうなとも思った。
「しかも熱帯地方から帰って来たばかりだ!とか確信を持って言われて……。火焼けだとホームズは判断したのですが、黄色人種としての劣等感を持っていた漱石が内心怒っていて」
 実際――手技で黙らせるという方法で解消されたが――アメリカでも人種差別めいたことは現在でも存在するので、19世紀のイギリスでは尚更だっただろう。それでなくとも黄色人種の東洋の国はイギリスの植民地支配を受けていた場所が多かったのだからコンプレックスは想像以上だろうな……とも思った。
「それは面白そうですね。せっかくの機会ですので私も買って読んでみようかと思います。
 それはそうと、私のクイーンズイングリッシュがどの程度正確なのか、判断して下さいませんか?
 イギリスの外交官夫人の発音の方が上手いのは分かっていますので、こう直した方が良いとかのアドバイスを下さればとても嬉しいです」
 そう言って、百合香ちゃんのベッドの傍らの椅子に腰を掛けた。
 そして。

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