気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

12

 一糸も纏わない姿で祐樹に背後から腕を回されて、二つの尖りを愛されて、それに繋がった部分も鏡に映っている……。多分自分は祐樹の首に縋って口づけを強請っているという構図が頭の中に描き出されてしまっていた。
 幸せ過ぎる愛の行為を職場で思い描く――まあ、それ自体が不謹慎だという自覚は有ったものの――薔薇色のため息を零してしまいそうな甘い感触を必死に押し殺した。
「私は吉田百合香ちゃんの病室に行ってくる」
 祐樹の意味有り気な笑みと眼差しの魅惑的な呪縛の眼差しから逃げるようにそう告げた。
 心の中では紅色の天使が慌てたような感じで羽ばたいていたし、その上祐樹の甘く囁かれた言葉にしっかりと反応をして布地を押し上げている二つの尖りとかが身じろぎすると擦れて甘美な痛みを訴えている。
 これ以上熱く甘く煽られると色々と不味いことになりそうなので、退散した方が良いような気がした。
「六掛けまで下げたのですが、後は田中先生お願いします」
 久米先生のやや甲高い声が切実さを帯びている。
 1万5千円の六掛けだと9千円で、仮に千部売り上げるだけで6百万ものリターンが見込める計算になる。今の甘い熱を帯びた脳が間違った計算をしている可能性は高いが。
「分かりました。外科親睦会の資金造りのために微力を尽くします。
 それに、スーツ姿の肖像写真だけでこんなにお金が集まるのでしたら、かなり美味しい話しですよね……。教授の許可も頂けたことですし、久米先生が土下座して直訴した甲斐が有りましたね」
 祐樹は値切るのも上手いので、妙に戦闘的な感じの雰囲気を醸し出している。
 久米先生にそんなことをさせなくても、自分の許可が下りる程度のことは裕樹も分かっているだろう。それをこんな大袈裟な舞台を演出したのは「医局員の熱意にほだされて、不本意ながら協力した」という認識を皆に与えるためだろう。
 ナース達も――裕樹曰く妄想から奇跡的に導き出した正解という――良く分からない結論を頭の中にインプットしている人が多いらしいし、周りの目を気にした結果だろうなとは思う。
「外科の親睦会には協力を惜しまないので、私で力になれることが有りましたら今後は直訴状をわざわざ書く必要はないですよ……」
 パワーハラスメントの疑いでも掛けられたら厄介なことになる。医局内では「お遊び」の積もりでも――特に久米先生は祐樹の言うことに嬉々として従うので、嫌がらせとかそういうマイナスの印象は持っていないだろうが――外部に漏れた場合に難癖を付けられるのも面倒だった。
「了解です。こういう寛大過ぎるほど優しい上司で助かりましたね」
 祐樹が医局内に響き渡るような大声で言っているのも、真の関係を気付かせないためだろう。
 祐樹が受話器を取って話し始めたので、しばらくその真剣な眼差しとか良く動く唇などを佇んで眺めてしまった。半ば仕事モードの裕樹は惚れ惚れするくらいの存在感で輝いているので、視線が釘付けになってしまう。
 久米先生が書いたと思しき紙片を――多分、どの論点でどれだけの金額が値引き出来たかとかそういう類いのモノだろう――見ながら祐樹は受話器に向かって何やら話しかけていた。その真剣な眼差しながらもどこか楽しそうな輝きを浮かべる瞳というのも滅多にお目にかかれない種類だったので。
「香川、田中先生は手技の時に次いで活き活きしているよな……」
 柏木先生に話しかけられて思わず大きく頷いてしまった。
 すると。

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