名前を棄てた戦士たちは今日もそこいらで暗躍するようです。~ハム~

ミルクプリン

序章…1

「ふぅ。このネタもガセだったか」

    季節は夏。スーツの男は一人古びたビルを出た。虫を集めたロビーの蛍光灯は点滅し、壁の落書きを照している。

    男はネクタイを緩めて煙草に火を着ける。

    一年以上も前から男は上の命令で、ある事件を追っていた。一言に言えば連続失踪事件だ。卒業式当日に数名の高校生がいなくなる。簡単に言えばそれだけの事件。

    同じ高校。十年連続。一年につき五人。この三つのそれがなければ。普通の失踪は出された届け出を共有して事務作業はほぼ終了だ。一般の警察も調べたが何も見つからなかった。

    そこでこの男達に白羽の矢がたった。彼らの集団は公にされていない。日本国内でも知っている者はほぼいない。知っているのは警視庁、警察庁、それと、政府のごく一部の人間だけだ。

    その名も警視庁公安部けいしちょうこうあんぶ公安異物第一課こうあんいぶつだいいっか第一公安捜査第七係なながかり
という集団だ。

    その内の七係なながかりに配属されている男、椎名しいな達基たつき巡査部長じゅんさぶちょうは改めて失踪者を思い返す。

・構成は男性一人。女性四人である。

・失踪日は卒業式当日である。

・血液型、血縁関係、髪型、人種、人間関係、成績、宗教を含めその他諸々に共通点はない。

・全員が日本人である。

    一年目、達基たつきは企業を辞めた新人教師として私立高校に潜入した。勿論、表向きには天下りで太いパイプのある会社からの転職だ。当然のようにいろいろ・・・・違法である。

    意外と遣り甲斐があり、人生で初めてのバレンタインチョコレートを貰ったりもした。情報収集のためにと始めた生徒とのふれあいも楽しい。公安と教師の板挟みの激務の中であったがこのような生活は輝いていた。

    学級を受け持っておらず、同好会の顧問を形だけ受け持っているが外部に委託されているので自分の仕事を終わらせれば定時の十六時四十分と比較的早く帰ることもできる。

    放課後に生徒とカラオケやボウリングに行ったり、飯を奢ってやったり、生徒についた変な虫ストーカーを撃退したり、若者ヤンキーと(拳で)語り合ったりもした。薬物ドラッグに手を出した生徒を保護して、警視庁の組織犯罪対策課に情報を完璧に調べあげてからたれ込んでおいたりもした。そのときは上司に自重しろと怒られた。

    そんな騒がしい生活もすでに一年が過ぎた。公安の話を聞く技術が役立って最近は生徒の悩みを聞くカウンセリング紛いのことまでしている。時々自分はどこに向かっているのかと疑問に思うことも暫し。

    そんな疑問も夏の夜の町並みに煙草の煙と共に溶け込んでいった。




「貴女なんて産まなければよかった。」

    ワタシを産んだ母親にそう言われたのは幼稚園児の頃だった。今でも鮮明に覚えている。その後、ワタシのせいで両親は離婚。養子に出され五つ前の里親に引き取られた。

    その後、さまざまな人の手を転々とし、今の里親ゴミに中学生の時に流れ着いた。企業の社長、公務員、一般会社員、役者、そして最後に病院の院長とたらい回しだった。

    学校では小学校、中学校、高校とずっと虐められている。隠蔽体質の社会に抵抗するため転校してはあちこちに隠しカメラを設置し、自身もボイスレコーダーと小型カメラを持ち歩く生活が続く。

    お陰でマスコミには知り合い(顔馴染み)が何人か出来た。その度に学校のブラックリスト入りするのだが。

    兎も角、ワタシが回りの目を気にする生活を送っているのも生まれ持ったこの力のせいだ。相手が大体何を考えて、何を思ってるのかがわかる能力。これは厄介だった。優しそうな人の裏側があっさりと見えるのだから。

    企業の社長の時は脱税。

    公務員のときは犯罪者との癒着。

    一般会社員のときは業務上横領。

    役者の時はドラッグと快楽殺人。

    今現在は病院の院長である。すでに把握しているだけで臓器密売、違法手術、医療ミス隠蔽、贈賄、児童売春、夫婦揃って不倫、様々だ。一番種類が豊富だ。毎日がどろどろしている。

    困ることばかりでもない。

    企業の社長からは【社会の生き方】を知り、その時嗅ぎ回っていた探偵の人から、【尾行】と【変装】【隠しカメラ・ボイスレコーダーの使い方】【ハッキング技術】を学んだ。

    公務員からは【人のたぶらかしかた】と【ケンカ】【尋問】【脅迫】を見取り、その妻から【裁縫】【刺繍】【家庭料理】を教わった。奥さんはいい人だった。

    一般会社員からは【人の騙し方】や【簿記等の術】を知り、その妻から【人の痛め付け方】や【交渉術】を知った。二人の友人から【工事用重機の操作】を見て盗んだ。

    役者からは【薬学の知識】と【親からの愛情】【人の殺し方】【死体の処理の仕方】そして【多少の武術】と【演技】を。その妻から【酒に関する知識】を聞き出す。

    病院の院長からは【裏社会との伝】と【専門的な医療知識】【専門的な医療技術】【専門的な薬学知識】【隠蔽術】【腹芸】【知識としての房中術】そして【言い逃れる術】を。その妻から【踊り】や【楽器】を教わる。

    更に来院した関係者から【銃火器の取扱】【ピッキング】【兵器の取扱】【大型船の操作】【小型飛行機の操作】【呪術】【魔法】【魔術】【霊術】【簡単な洗脳の仕方】【ギャンブルのやり方】も知った。

    特に【呪術】【魔法】【魔術】【霊術】の四つは眉唾物だったが実行出来たことに驚いた。

    一般患者からも【釣り】や【漁の仕方】【プログラミング】【サバイバル技術】【金属加工加工技術】【囲碁】【将棋】【チェス】【麻雀】【マジック】【投資】等を教わった。

    もう、最近では半ばマンネリ化してきた生活に飽きていた。ワタシが本当の意味で笑わなくなったのはいつのことか。少くともワタシが演技以外で泣いたのは産みの親と別れた時が最後だった。

    生きている意味がわからない。生きている感覚がわからない。だから、リストカットをする。手首を切ったり、針でプチプチしたり。最近のマイブームは致死量ギリギリの毒物を自分で調合、服薬することだったりする。やる理由はただひとつ。

“痛いだけ生きてると感じるから”

    ファッションとしてはボディステッチも個人的には好きだ。可愛いし適度に痛い。外すときの引っ張られる感覚もスリルがあって「あっ。生きてる。」って感覚を感じる。細かいものになればなるほど燃えた。

    さて、話を戻そう。金も人脈も知識も不自由しないワタシは貨幣経済の滅ぼし方を幾つか考える暇があるていどには暇でしょうがない。

    高校のテストなんかも授業中に教師のここが要点と言った心の中を読めば余裕で平均点は超える。

    リストカットの痕はいつでも消せるし、別の理由でも便利だ。まわりからの見映えなんて気にもしていない。ただなんとなく瘡蓋を指で弄るのが好きなだけ。時々剥がれて出てくる血を見ると、ワタシは人なんだ。生きてるんだとわかる。

    ワタシは今、ビルの屋上にいる。辺りは暗い。縁に手をかけ下を見た。ここから飛び降りればビルの正面に落ちるだろう。規則正しく並んだ街灯が夜の孤独と寂しさだけを照らし出していた。

    いよいよ縁に両足を載せた。どちらかの足でもう一歩前に進めば解放される。

    今一度終着点ましたをみた。

    人が出てきた。ワタシの知っている人だった。ワタシが二年生になるときに学校にやって来た先生だ。月田つきたと言う名前だったはずだ。

    二十代半ばで、仕事が早いことで教師からの信頼があり、生徒にもよく声をかけていて、よく相談にのり警察沙汰になることを何度かいさめたこともあると噂されている。

    何度かワタシも声をかけられたが、心をよく読めなかったので軽く流すだけにとどめていた。

    観察力がいいようでワタシのリストカットに気付いていた一人でもある。そんな男性教師月田つきたがこのビルから出ていくのが見えた。このビルは築三十年以上もたっていて外観内観共によいものではない。

    そんなここになんのようだったんだろうか?

    ワタシは疑問に思った。面白いことになる気がする。これは、もしやもう少し生きろと運命か何かがワタシにいってるのかもしれない。

    明日、何でここにいたのか聞いてみよ。

    どうせいつでも死ねるんだから一日くらいずれてもかまわない。


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