これはきっと夢。

鈴木ソラ

これはきっと夢。14話



朝の満員電車、俺はいつものように人と人との間に潰されながら考えていた。


プリンスと俺との関係って、なんなのだろうか。

昨日、プリンスに好きだと言われた。そして俺も好きだとちゃんと言った。…言ったけれど、プリンスとの間に関係の変化は…特にないよな?

思い返せば穴に入ってしまいたいくらい恥ずかしいことを言ったのは間違いない。けれど、プリンスに言われる言葉全部が、俺は嬉しかった。プリンスと俺は、どうやら同じ気持ちらしい。

…………夢、じゃ……ない…。

満員電車の息苦しさの中で、俺はそう感じた。

するとズボンのポケットの中でスマホが震えた。俺は何とかスマホを取り出して画面を見ると、どうやらメッセージを受け取ったようだった。

…………プリンスだ…。

見慣れない名前が表示されているのを見て、少しドキッとした。内容は、今日も登校できないため放課後の図書当番の仕事を任せてしまうことになる、という連絡だった。文脈から申し訳なさそうな様子が容易に想像できて、少しくすりと笑ってしまう。

…放課後の図書当番くらい、ひとりでも問題ないのにな…。

うちの学校には勉強するための自習室もあるし、わざわざ放課後に図書室を利用しようという人もあまりいない。

……だからあんなことになっちゃったんだけども…。

あのときのことを思い返して、俺はひとりで恥ずかしくなった。もうもはや夢だったんじゃないかと思えるぐらい、非現実に近い出来事だったのだ。


プリンスの前であんな醜態を晒してしまうなど、確実に黒歴史のひとつとして俺の人生に刻み込まれたあの日。俺は放課後、図書当番のために再びその現場へ赴かざるを得なかった。


先生から鍵を借りて図書室を開けると、埃っぽい空気が一気に俺を襲った。毎日掃除当番が割り当てられているはずだが、どうやらサボっているらしい。

……今度掃除しとこう……この間の罪悪感もあるし……。

閉められたカーテンを全て開けると、図書室内は一気に明るくなった。大きな窓からはグラウンドで運動部が部活動に励む姿がよく見える。

………サッカーしてるプリンスも…かっこよかったな……。

ふと体育の時間のプリンスを思い出して、心が癒される。

窓の外を見てぼうっとしていると、背後から突然肩を叩かれた。それにびっくりして振り返ると、目の前には知らない生徒が立っていた。


「あ、ごめん、びっくりさせた?声掛けても返事なかったから」

ごめんと謝るその人は、よく見てみるとどこかで会ったことあるような気がしてならなかった。しかしその正体も、すぐに判明する。

「ご、ごめん俺こそっ……えっと、本、借りるっ?」
「あ、いやそうじゃなくて、俺も図書委員。今日一人でしょ?先生に代理で入れって言われて」

上履きを見る限り同学年らしい。どこかで見たことがあるような気がしたのは、委員会が同じだったからか。

「えっ、あ、そうなんだ…!知らなかったっ…一人だとばっかり…」

………まずいな、どうしよう……怖い人じゃなさそうだけど…初対面の人と話すの、やっぱり苦手だ…。

「って言っても、することないよね?放課後って特にココ過疎化するし。まあ俺も頼まれちゃったから帰るわけにいかないんだけど」

一人なら掃除でもしようかと思ったが、図書委員にとって仕事の範囲外のことまでこの人に手伝わせるのは申し訳なくて、掃除のことは言い出せなかった。

とはいえ何をするでもなく、俺とその人は受付の椅子に座ってじっと来るはずもない利用者を待っているだけだった。

……気まずい…話すこともないし、することもない……。…俺いつの間にか、プリンスといることに慣れてたんだ……。

プリンスといるとドキドキして落ち着かないが、こんなふうに気まずいというわけではない。俺の話はなんでも聞いてくれるし、プリンスも楽しそうに喋ってくれる。人見知りで友達のひとりもできなかった俺が唯一、居心地良くいられる相手だったんだ。


「梅山くん、だっけ?3組の」

静かな時間が始まって十数分経ったところで、向こうが口を開いた。

「…あ、うん、そうだよ」
「俺、隣のクラスのさかき。一応副委員長だからさ、こういう当番の穴埋めは大体俺にまわってくるんだよね」
「そ、そうなんだ…俺から先生に大丈夫って言っておこうか…?ひとりでも平気だし…」
「いーよ、担当の先生めんどい人だし。部活も入ってないから放課後は暇」

……優しさは嬉しいけど……正直ひとりの方が気が楽……。

「3組の図書委員って、もうひとり松任谷 結太郎でしょ?だからこうやって穴空くことも多いらしいね」

俺はそう言われ、少しむっとした。

………それじゃまるで、遠回しにプリンスが厄介者みたいな言い草だ…。プリンスは俺に気をつかって一緒にやってくれたっていうのに…。

「転校してきた初日すごかったよね、全クラスの女子が3組の前で群がってた。ファンレターとかプレゼント渡されてるのも結構見た」
「…お、俺も何回か見たことある…。最近は担任の先生がそういうの回収するようになったけど…」
「あの人気アイドルだもんなー、いちいち受け取ってたらキリないよね」

………それでもきっと、プリンスなら全部笑顔で受け取っちゃうんだろうけどな……。

「そんなアイドルと図書委員なんて、希望者絶えなかったんじゃない?」

そう言って顔を覗き込まれ、反射的にふいっと目を逸らす。

やっぱりよく知らない人と目を合わせるの、すごく苦手だ…プリンスとあんなに仲良くなれたの、奇跡みたい……。

「…お、俺は押しつけられただけで…プリンスは、気をつかって後から立候補してくれたんだよ…」

…そう……本当に優しくて、王子様みたいなんだよ…。

「ふーん、なるほどね。梅山くん、仲良いんでしょ?よく校内で一緒にいるの見るよ。彼目立つし」

俺はきっと校内でプリンスの次に有名なんだろう。学校であのアイドルといつも一緒にいるのだから。最初は自分が必然的に目立ってしまうのがすごく気になっていたけど、今ではあまり人の目も意識しなくなった。俺とプリンスが並んでいる光景に、周囲が見慣れてきたというのもあるのだろうか。

「もともと仲良かったとかじゃないよね?どういう関係?すっごいフシギ」

興味深々にそう聞かれ、思わず気圧されてしまう。しかもその質問が的を得ていて、答えるのにも戸惑うしかなかった。

確かに誰がどう見ても不思議だろうけど、俺とプリンスとの関係なんて、俺にもよく分からない。けれど、昨日あったことを口にしてはいけないことくらいは、容易に分かった。

俺がプリンスのことをそういう意味で好きで、プリンスも俺と同じ気持ちだったなんて、きっと、誰にも言えない。

「…ぐ、偶然席が隣だっただけだよ……。優しいから、こんな影の薄い俺とも仲良くしてくれてる…」

俺と絡んでることで、プリンスの株を下げてはいけない……!

まず第一にひとりのファンである俺は、そう決心した。

「…ふーん、そう」

興味深々だった割には、なんだかあっさりとそう返される。すると今度は、その質問の矛先は俺自身へと向いた。

「梅山くん、FLARE好きなんでしょ?どんな感じなの、アイドルが友達って」

さっきと一ミリも変わらない明るい調子でそう聞かれ、さらに俺は気圧される。

……なんだかこの人と話してると……何か聞かれるたびに体力が削がれる気がする……。

それが痛いところを突いてくるような的確な質問ばかりだからだろうか。

「…な、なんで…俺がFLARE好きって…」
「さっき"プリンス"って言った。それってファンの子がする呼び方でしょ?」

………し…しまった……最近気が緩んできたのか、ついいつもの癖でそう呼んでしまう……。たぶん本人の前でも…無意識にそう呼んでるんだろうな…。

「……別に、普通だよ…。友達だからってサインもらったり、未公開のイベント情報聞き出したり…特に優遇されることなんてないし…」

……満員電車で壁ドンされたり、放課後にカラオケ行ったりはちょっと……あったけど……。

うしろめたさを隠しつつ俺がそう答えると、顔を覗き込むのをやめて椅子の背もたれに勢いよくよりかかった。

「なーんだ、なんかフツー」

……フツーって……何を求めてたんだ…?…イマイチ考えてることが分からない…。

俺のそんな意思を汲み取るかのように、彼は突然また喋りだした。

「二人が仲良いのがあんまりに異様だから、なんかワケでもあんのかなーって思ってたんだけど案外フツーだったなって」
「………な、なにもないよ」
「そ?結構噂はあるのにな」
「……う、噂……?」
「実は腹黒王子で梅山くんがパシリに使われてるんじゃないかとか、逆に、梅山くんの親が実は芸能界で相当な実権握ってるんじゃないかとか、まあいろいろ」

…………そんなこと言われてるんだ……。

何かしら言われているのだろうとは思っていたものの、そんな根も葉もないことばかりだったとは知らなかった。

「ま、本気にしてる人なんていないと思うけどね」

俺はその言葉にひとまず安心する。

……お、俺のせいでプリンスが変なふうに言われてたら……どうしよう…。

俺がもっと普通なら、クラスの子とも仲が良くて、もっと友達がいて、プリンスと友達になっても不自然じゃないような人間だったら、周囲の目を気にすることもなかったのだろうか。

「おーい、梅山くん?」

名前を呼ばれハッと我に返ると、目の前にこちらを覗き込む彼と目が合った。

「……えっ、あ、なにっ…?」
「だから、松任谷 結太郎のどーいうとこが好きなの?同性のアイドルファンって珍しくない?」
「え……あ…そ、そうかな…」

……す、好きなとこ…?そんなの、考えたこともなかった…。

「……キラキラ…してて、頑張ってるところ……かな」
「なーんか、どのアイドルにも当てはまりそうな理由」

そう言われ、確かになと自分でも思ってしまう。けれどそれ以外の理由なんて、すぐには思いつかなかった。

「す、好きな振り付けの瞬間とか、お気に入りのベストショットとかなら…たくさん言えるんだけどな…」
「…へぇ、それってどんな?」

俺が苦笑いでそう言うと、予想外にも食いつく様子を見せる。ただの会話を続けさせるための返しに過ぎなかったのかもしれないが、俺にとっては十分驚くべきことだった。


「ほ、ほら…録画した音楽番組で、お気に入りのところは何回も再生しちゃったり…、気づいた頃には、俺も振り付け覚えちゃってるくらいまであるよ」
「え、じゃあ踊れるってこと?」
「………お、踊れないことはないけど…、踊らないかな…あはは」

踊ってくれとでも言いそうな雰囲気だったので、俺はそう切り出される前に断っておく。

自分が踊っている姿など、家族にも見せたことはない。いつしか自分の部屋でひとり鏡の前に立って軽く踊ったことはあったが、あまりの似合わなさにショックを受け二度とやらないと心に誓った。

……やっぱりああいうのは、アイドルがやるからこそ輝くんだ。

「あ、この前、彼が出てるバラエティ番組観た。なんだっけ、…ナントカ動物園」
「"武田たけだ動物どうぶつ倶楽部クラブ"?」
「そう、それ」
「プリンスが最近番組のレギュラーになったんだよね。俺も観たよ?動物と戯れてるプリンスなんて貴重でテンション上が…」

俺はそこまで言って、ハッと口を噤んだ。

……………………しまった……語りすぎで引かれる……。

急に黙ったのが不思議だったのか、ひょいっと横から顔を覗かれる。

さっきまでプリンスとのことばかり聞かれて、何かプリンスのプライベートを嗅ぎ回ろうとしてるんじゃないかと少し警戒していた。……さっきまでは。

それなのに、あまりにもすんなり俺にプリンスの話を振ってくるものだから、つい喋りすぎてしまう。俺がFLAREファンということを知ったところで肯定も否定もせず、聞き上手というか喋らせ上手というか……。

​───────でも……、家族以外の誰かに気兼ねなくプリンスのこと喋れるの、初めてかもしれない。

俺はその新鮮な相手に、少し心を許してしまっていた。

「………さ、榊くんって…アイドルとか、興味あるの…?」

ただの話題作りに過ぎないのかもしれないけれど、それでも素直に俺とアイドルの話をしてくれるのは嬉しかった。

「んー、俺は何にでも興味あるよ。ただの知りたがり。隣のクラスに人気アイドルが転校してきたなんて、興味湧かないわけないし。そのアイドルと唯一仲が良いって言われてる梅山くんとこうして話せるのも、なんかのラッキーじゃん?」
「……ゆ、唯一なんて…そんなことないよ…。体育のときとか、プリンスはちゃんとクラスの男子ともコミュニケーションとってるし…」

俺といる時以外は、極たまにだけれど、クラスの男子に話しかけられているところも見たことがある。

……俺はアイドルでなくても馴染めないのに、プリンスはすごいや…。

「ふーん、そうなんだ。でも梅山くんほど仲が良い人はいないでしょ、女子とか特に、寄せ付けないカンジする」
「…?そ、そんなことないと思うけど…この前だって…」

俺は先日の朝、ホームルーム前にプリンスが女子生徒に呼び出されていたのを思い出した。あれが告白だってことは、いくら鈍感な俺でも分かる。ああやって直接伝えに来る子は稀だろうけど、きっと、こうして転校してきて途端身近な存在になったプリンスに、本気で惚れてしまう子は、少なくない。

……俺を含め​─────


……………………あれ……俺も、同じなのか……?


「梅山くーん?どうしたの、神妙な顔して」
「………えっ、あ……な、…なんでも、ない」


今まで手の届かない存在だったはずのプリンスが、急に、少し手を伸ばせば届く距離に現れた。その感動は言葉にできないくらい強烈で、衝撃的で、非現実的で。



……………俺の"好き"は……その感動に、便乗しただけ…………?




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